トランプ新大統領の経済政策は選挙キャンペーン中から一貫している。減税、インフラ投資、規制緩和、保護貿易である。当選後、投資家は身勝手に「減税、インフラ投資、規制緩和といったビジネスフレンドリーな政策は実行されるものの、保護貿易は口先だけで終わるだろう」と都合の良い青写真を描いていたが、現実にはトランプ大統領はほとんどの公約に忠実であった。しかし、米株は元々の景気の良さもあって堅調さを保った。以下、トピックごとに考えを備忘録的に書き並べていく。

減税、インフラ投資、規制緩和


 減税とインフラ投資は実行さえされれば景気にも企業収益にも雇用にもポジティブであるが、両方実行に移すには財源が問題になるだろう。景気加速による自然税収増だけで賄えるものなのか。規制緩和については、目下最もホットな話題になっているのがドットフランク法の撤廃に向けた動きである。金融機関のリスクテイクを阻害し、代わりに一銭にもならない規制対応の人員雇用や研修を強いるこの法律が撤廃されれば金融機関の収益性、ひいては社会に出回るリスクマネーの量を明らかに向上させる。まさに規制緩和が経済に良い影響を及ぼす好例である。

関税


保護貿易は最も熱い話題である。既にトランプ大統領はTPPからの脱退を宣言し、海外で工場を建てようとする企業をツイッターで攻撃した。また選挙中から中国からの輸入品に45%の関税をかけると宣言したり、最近になってメキシコからの輸入品に20%の関税をかけると、関税にも度々言及している。中国製品に関税をかけるには1974年通商法の201条や301条(これを強化したのが日本叩きに使われた悪名高いスーパー301条)を根拠にできる。基本的にどちらもWTOのルールに違反するが、米国がWTOを無視すればそれまでである。当然関税をかけられた中国も航空機などに報復関税をかける。その結果米中ともに成長が鈍化すると見る声が多い。

国境税調整


 下院共和党は、税制改革の一環として国境税調整(Border Adjustment Tax)を考案している。国境税調整とは、輸入品には20%の国境税調整を課し、一方で米国企業の輸出に係る利益は無税とする、というものである。輸入品部分はただの関税であり、その税収をもって輸出に税還付を行う形である。国境税調整は米国の輸出競争力をブーストするため、強烈なドル高要因である。その上、ドル高による競争力低下をオフセットできる。むしろ、ドル高にならなかった場合は輸入業者の息が止まってしまう。関税的要素があるため、こちらもWTOから条件付きの許可しかもらえない可能性が高いが、単純な関税に比べるとやや実現可能性が高い。もっとも、トランプ大統領はこのシステムを「複雑すぎる」と批判しており、最終的に共和党案に歩み寄れるかは不明。

貿易戦争と物価


 当たり前だが関税はインフレ要因であり、関税を最終的に支払うのは米国の消費者である。1990年以降、先進国がインフレをほとんど心配せずに来られたのは、(組合に守られた生産性の低い米国労働者から離れ)新興国の安い労働力を利用できたからであり、保護貿易はこれを1980年代に巻き戻す。国境税調整に至っては、輸入品の値上げに加えて米国で生産された製品を海外に吸い出す。とすると米国は再び高金利になり、ドルの強さを支え続ける。米国以外の国々にとっても、米国の強力な購買力にさらされる分野はインフレ要因となり、一方で米国から締め出された分野はデフレ要因になるため、物価の安定が損なわれる。

 今のところ、トランプ大統領の関心はメキシコに向いており、中国に対して無意味な嫌味は言っているものの、通商や為替関係で特に具体的な交渉を持ちかけていない。これは中国が見逃されることを恐らく意味しない。先に中国に突っかかっていたら恐らく冷たい反応が返ってくるため、中国の態度に日本やメキシコも勇気付けられ、米国がこれらの国にも強く出にくくなっていたであろう。

 昨年に一度話題になっていた第二次プラザ合意を再び期待する声も一部ではあるようだ。ドル安人民元高方向に介入でもすれば、米国は輸出競争力を付けられ、中国は人民元安予想に基づく資金流出に歯止めをかけることができ、双方ハッピーになる。だが、米国にはドル高のまま関税で中国を一方的に痛めつけるというオプションが残されている。

雇用


 通商問題とは結局雇用問題である。トランプは当選後初めての記者会見で「最も多くの雇用を作り出す大統領になる」と述べた。日本の官邸もそこをわきまえており、米国の雇用というトランプ大統領の目的に直接働きかけることによって、雇用を作り出す手段である通商問題を回避しようとしている。
話をややこしくしているのは、好景気下にある米国がほぼ完全雇用にあるということである。2017年1月時点の米国の失業率は4.8%である。Fedは(景気に左右されない)長期の自然失業率を4.5 - 5.0%と見積もっている。ここから更に公共工事を増やしたり工場を米国に戻しても、もはや生産性の低い人間しか雇えないのではないか。

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米国の失業率は数十年スパンで見ても底値圏にある。

 これに対する反論としては、米国の労働参加率が低下しているため、本当の失業率はもっと高いというものがある。人々が職探しをしても無駄だと考えるとハローワークに行かなくなり、失業率を計算する時の母数である労働力人口から外れる。

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2000年代に入ってから米国の労働参加率は一貫して低下している。

 失業率が決して高くない中でどうして職探しを諦め続けるのか、米国に住んでいない筆者には想像が難しいが、雇用問題を重視するトランプ大統領は恐らくこれを「失われた雇用」としてとらえ、問題意識を持っていると思われる。余談だが、米国の中産階級は公共工事でも減税でも工場の米国移転でもあまり恩恵を受けないが、生産性の低い人間の労働市場復帰による賃金インフレ及び製品原価の上昇の双方が直撃する。

雇用と金融政策


 筆者が最も不思議に思っているのは、それならばトランプ大統領がなぜタカ的な金融政策を取るということになっているのだろうかということである。インフレへの思い入れが薄く、(Fedの認識よりも)雇用状況が悪いというのであれば、ハト的な金融政策が整合的である。なぜタカ的なスタンスということになっているのか。オバマ時代がハト的だったからその反対をとりあえず唱えているのか。1980年代の強いドルに感覚が止まっているのか。それとも本人が何も言っていない中で報道だけが一人歩きしているのか。関税をかけたり、ツイッターでいろんな企業を攻撃しなくても、利上げを止めれば自然とドル安になって輸出が増えるはずだ。もっとも、現時点ではこのモヤっとした感覚は思考実験にとどまる。

この記事は投資行動を推奨するものではありません。

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