中国の重厚長大産業が好調である。2014~15年に一度は引き締められたインフラ投資と住宅投資が再開されたため、2016年は中国経済にとって申し分のない年となった。2016年4Qに至っては、6.7%だった公式発表が6.8%に加速すらしている。
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李克強指数は+10%以上の伸び


 6%台成長を続ける中国の公式GDPを信用せず、当局による捏造であると考え続ける人々が大好きだった李克強指数というものがある。李克強は中国の首相であるが、彼がまだ遼寧省の幹部であった2007年に米国大使に「遼寧省のGDP成長率など信頼できません。私は省の経済状況をみるために、省内の鉄道貨物輸送量、銀行融資残高、電力消費の推移を見ています」と語ったと、ウィキリークスが主張している。この発言が国際的に大受けしたため、鉄道貨物輸送量、銀行融資残高、電力消費からなる李克強指数 (Likeqiang Index)が作られた。2015年にはこの指数が一時期2%台まで落ち込み、特に鉄道輸送量に至ってはマイナス転落していたため、「鉄道輸送量や電力消費がほとんど伸びていないのにGDPが6%も成長するはずがない。公式GDPは嘘だ」といった使われ方をされてきた。

 ところが、この李克強指数は2016年になって急激に回復しており、年末には+10%を超える伸びを記録している。李克強指数を根拠に中国の公式GDPを否認していた人々は、「2016年末の中国のGDPは公式発表を遥かに超えており、当局はGDPを不当に過小に見積もっている」と主張しなければならないが、もちろん彼らにそのような一貫性を求めるのは無駄である。なお、2016年中は中国の「真実のGDP」を探すことがホットトピックになっていたが、結局公式発表を否定するような材料は出て来ず、公式発表が概ね正確であることがコンセンサスである。
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 嫌味はさておき、李克強指数はどうも中国のインフラ投資や不動産投資が増えれば急上昇し、減ると急低下する傾向があるらしいが、第三次産業が半分近く占める中国のGDPとは連動が薄い。代わりに、鉱工業の景況感を表す中国PPI、製造業PMI、また海を渡って米国のISMをもよく説明している。インフラや不動産投資が落ちこむと、たとえ消費や金融取引でGDPそのものがサポートされても、米中の製造業は儲からないのである。米株のラリーを取りそびれた人々の多くは、トランプに一喜一憂するばかりで、根源にある中国の好況を見過ごしていたのではなかろうか。

 余談となるが、李克強指数の主語である遼寧省は重厚長大産業が中心であり、近年では中国のラストベルトとも言われる最も成長が遅い省である。2017年に入ってからは過去の経済統計を改ざんしていたことが明らかになり、ニュースになった。つまり遼寧省に関する限り、李克強のコメントは全くもって妥当であったことになる。

人民元の下落は終盤に差し掛かっている


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 中国の人民元の下落、もしくは切り下げによるデフレ圧力は2016年を通してグローバル経済の最大のリスク要因の一つとされてきた。鉱工業の減速を受けて基準金利の引き下げなど金融緩和が行われたが、それが2014年の中国株バブルを引き起こし、また2015年春の中国株暴落につながった。さらに、2015年夏の人民元ショックを経て中国からの資金流出が続き、2016年の人民元は対米ドルで6.6%の下落、外貨準備は最盛期の4兆ドル近くから3兆ドル割れまで減少した。金融緩和をしてきたのだからこれくらいの下落は当然であり、ドル円で言うと100円が107円に下落したようなものである。しかし、中国国民は人民元は対ドルで上昇するもの、少なくとも安定しているものと信じていたため、この下落はパラダイムシフトであり、パニックを引き起こした。その後、中国当局が下落を食い止めるために外貨準備を取り崩して介入していたが、外貨準備の減少そのものが新たな売り材料とされた。その次は国民や企業による外貨購入を制限、妨害したが、それがまた人民元への不信や、駆け込みの外貨買いを招き、また海外勢の中国への投資を躊躇させる結果となった。

 今でも主に中国国内勢からの外貨換金に由来する資金流出(厳密には主に外貨が中央銀行から国民へ、人民元が国民から中央銀行へ、という形なので流出と言うほどでもない)が続いている。しかし冷静に考えて、鉱工業の減速が終わった今、人民元がさらに下落する理由はほとんど見つからない。成長率では米国の2%台に対して6%台。長期金利は米国の2.5%に対して3.4%。特に鉱工業の好況と共にPPIが露骨に上昇しているため、金融政策が緩和から引き締めに変わる日も遠くない。人民元という通貨を自由に交換できなくしている中国当局の資本規制は、資金流出の唯一の原因になりつつある。

全人代における保守的な目標設定


 今行われている全国人民代表大会(全人代)では、2017年のGDP成長率目標を6.5 - 7.0のレンジから6.5に引き下げた。実績が6.7 - 6.8と元々のレンジに収まっているにもかかわらず、である。M2伸び率目標も2016年の13%から12%に引き下げている。2013年に立てた「2020年までに所得倍増」と言う目標を達成するにはここからも毎年6.5%成長を続けなければならないが、2017年目標はこの下限に当たり、計画よりも経済運営の自由度をより重視している形となる。昔は「8%成長を続けないと大量の失業者が出る」という都市伝説もあったが、今は明らかな労働力不足であり、8%の目標もとっくに打ち捨てられている。遠くないうちに成長目標はさらに引き下げられ、所得倍増計画が忘れ去られる可能性が高い。

 6%成長のインパクトは我々の想像より遥かに大きい。中国当局の成長目標のせいで無理な借入れを招いていると言う見方もあるが、無理なレバレッジを招いているのはむしろGDPの成長実績である。不動産で高値掴みしても、5年間ホールドさえしておけば住民の所得は30%上昇するため、フェアに見えてくる。インフレは2%程度なので、3%程度の銀行預金は実質マイナス利回りに転落しているわけではないが、クラスの同級生、近所のおじさんおばさんも毎年6%のペースで稼ぎを増やしているため、GDP成長対比では目減りしてしまっている。実業をやるにしても、立ち止まって品質向上に凝っていたらすぐに他社にシェアを全部取られてしまうため、見切り発車しながら倍々ゲームで成長していかねばならない。

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 そう考えると、遠くない将来に中国の金融政策は引き締めに転ずる可能性が高い。素直に考えると金利高は景気や資産価格にネガティブに働くが、2015年からの低金利は製造業や株価を支えられず、不動産バブルを生み出しただけだったことを考えると、逆のケースも一筋縄にはいかない可能性がある。実際、1月に一瞬だけ金利上昇が上海株の売りを呼んだが、結局3000も割れないままブル転している。金利が高止まりすれば米中金利差の安定化から人民元からの資金流出は鈍ると思われ、そうすると鉱工業の減益や資本流出を織り込んでいる香港のハンセン指数や香港上場の中国企業(金融中心)を集めたH株は割安に見えてくる。A株も高くはないが、流動性を確保できる投資方法がない。

この記事は投資行動を推奨するものではありません。