FT Local bond 
 中国の足元の減速を招いた原因は貿易戦争、デレバレッジ、そして財政緊縮があると思われる。2018年の財政赤字目標のGDP比は2.6%と、2017年の3.0%対比で大きく引き下げられている。それが固定資産投資などの落ち込みに繋がってきたと考えるのが自然だ。ところが夏以降は地方政府専項債(通称・地方政府特別債券、特別債、Infrastructure bonds, Special bond)の発行が急増しており、財政による景気支援が強まるとの期待が高まっている。チャートは前回の記事でも引用したFTの記事より。

 

専項債とは

 地方政府専項債はInfrastructure bondという通称からもわかるように、地方政府がインフラ整備などに際して発行する債券である。地方政府が発行する債務としてこの他に一般地方債があり、更に融資プラットフォーム企業を利用したプラットフォーム債(城投債)などがある。もっとも後者は2015年に解禁された、より利回りが低い一般地方債と専項債によって代替されていくことになっている。専項債が一般債から区別されるのは、あくまでもプロジェクトベースの発行であり、一般公共予算ではなくプロジェクトによる収益などにより償還されるレベニュー債であり、財政赤字に含まれないからである。プロジェクトが債務を返せるほどの収益を上げなかった場合はよく知らない。

発行枠

 2017年度の専項債発行枠は全国で0.8兆元であり、2018年度は1.35兆元なので前年比0.55兆元増である。財政赤字目標を数字で言うと2.38兆元なので、財政赤字額の1/4弱の財政拡大が財政赤字と別途に計上されている形となる。こちらを足し合わせると財政赤字目標がGDP比で低くなったからと言って一概に緊縮的であるとは言えない。もっとも今年の枠は1.35兆元と春の両会( 全国人民代表大会と全国政協会議、議会のようなもの)で既に決められたものであり、ニューサプライズというわけではない。

 春に枠が決まった後もしばらくは地方政府がデレバレッジの空気を読んだのか、明らかに発行が少なかった。そこで7月に国務院が「発行と利用を加速するように」と呼びかけを行ってから夏以降に急増している。9月末までには各地方政府とも枠の8割を使えという指令が出たそうだ。従って「未達となりそうなペースから満額利用へ」程度の改善はあったようだ。9月末時点で既に2018年度枠の92%にあたる1.25兆元ほど使ってしまったので、10月の発行額は急減速している。一応規定上は地方政府債務上限という別途決められている枠さえ守っていれば、1.35兆元の新規発行分上限を超えても良いことになっているが、今のところ枠にチャレンジしようという動きはまだない。
China social financing
 専項債発行が8、9月に集中して10月に急落したおかげで、せっかく9月に専項債を新たに含めた社会融資総量そのものが10月にまた大幅に落ち込む形になった。

財政出動

 地方政府の債務拡大に加えて個人所得税の減税発表により、足元の減速を受けた中国の財政拡大を期待できる状況となっている。もっとも減税は公共工事と比べて、長期的に経済にとても大変プラスである代わりに、消費しか波及経路がないので即効性が薄い。また話を分かりにくくしているのは、中国当局は党派が異なる前政権下で行われたリーマンショック後の(世界中から喝采を浴びた)財政拡張に対して基本的に否定的な見方をしており、財政拡大に立ち戻ることになっても「あの時の無原則な財政拡張とは違う」と事あるごとに言い訳しなければいけないところである。

粗探し

  一方Bloombergの統計によると、「8月以降に発行された特別債全体の約42%は、土地取得の際に農民に払う補償金や将来的な開発に充てられる土地備蓄専項債だった」そうだ。補償金については「中国ど根性ビルへの同情は思い上がりだった」に詳しい。債券を発行したお金を将来のばら撒きのために積み立てる、今すぐ土建工事を発注してくれるわけではないようだ。Bloombergはこのデータを「お金を吸い上げるだけ吸い上げて、結局使わないから景気浮揚効果は薄い」と論証しようとしているが、これはあえてそうしているというより、明らかに「7月後半になって9月末までに使えと言われても使い道が思いつかない」という状況に近いだろう。Bloomberg記事はさらに発行の集中によるクラウディング・アウトを論じているが、使わずにどこかに預金するのであれば逆にクラウディング・アウト効果は限定的なので議論としてやや欲張りな感がある。もっとも当局の思い付きのせいで発行ペースが振り回されているのは事実であるし、市場が待ちわびていた公共工事が中々出てこないのも事実である。財政拡大の効き目は確実にだがゆっくりと、というところだろうか。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。