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 猛スピードで全国に高速鉄道路線を建設し続けてきた中国国鉄だが、北京交通大学経済管理学部の趙堅教授がその高速鉄道の採算の悪さと債務問題を指摘し、列車の中国語である「火車」とかけて「火の車」と翻訳されたことが日本でも話題になっている。

 ところで、この趙堅教授をGoogleで検索すると、何十年間も高速鉄道反対で論陣を張り続けた筋金入りのアンチ高速鉄道論客である。中国政府が高速鉄道を計画し始めたのは1990年代初頭とされるが、趙教授は確認できるだけでも1993年に北京交通大学で上海・北京間の高速鉄道について研究を始めた時に早速反対している。それから実に26年である。2009年の「陽光衛視」の取材では「中国は1キロたりとも高速鉄道を建設すべきではない」と喝破している。恐らくはこの時の「高速鉄道はコストが高すぎ、その結果料金も人民にとって高すぎて需要がない」「米国にサブプライム危機があったように、中国も鉄道債務危機に直面している」といった主張がNew York Timesの記事「Is China's Economy Speeding Off the Rails?」にも引用されている。さらに2010年には「世界で持続可能な高速鉄道は一本もない」「高料金は社会的な不満を呼び起こす可能性もある」といった主張がNew York Timesの記事「China Looks to Rails to Carry Its Next Economic Boom」に引用されている。その頃から「遅くとも2015年まで(第12回五ヶ年計画中)には債務問題は爆発する」と予想してきた。もちろん債務問題は爆発していないので、2019年になってもう一回「重大な金融リスクの予兆」と言われてもやや狼少年感がある。

 趙教授は日本の新幹線をよく研究しているようで、高速鉄道反対の論陣を張る時に「国鉄が新幹線建設の負債のせいで分割民営化された」「1000キロを超える東京〜福岡間では新幹線よりも航空機のシェアの方が圧倒的に高い」などと知識を披露している。ただ「昼の時間は夜の時間よりも貴重であり、広い中国で何時間も新幹線に乗るよりも夜行列車に乗った方が効率が良い」と主張したりと、日本の夜行列車の衰退には興味がなかったようだ。冒頭の記事でも趙教授は中国高速鉄道の輸送密度(キロあたり人キロ)が新幹線の半分にすぎないことを批判しているが、流石に日本と中国では人口密度が違うので、東海道新幹線並みの輸送密度を求めるのは酷すぎるだろう。
 
 その間に中国鉄道部は胡錦濤政権リーマンショック後の財政出動もあって「全世界で半世紀をかけて建設された高速鉄道路線の総和の2倍以上」の高速鉄道路線を建設してきた。2006年にはこの巨大な高速鉄道計画を餌にアルストム、シーメンス、ボンバルディア、そして川崎重工業から技術移転を引き出すことに成功した。その結果、今の中国高速鉄道にはフランスのTGV、ドイツのICE、そして東北新幹線を白く塗っただけにしか見えない車両が行き交っている。中国国鉄も新幹線も満鉄の規格を受け継いでいるので、順当にいけば新幹線がそのまま導入されるのが当然だったが、中国鉄道部は反日感情を受けた新幹線導入反対運動をバックに欧州勢をも参加させた。なおこれらの交渉で辣腕をふるった劉志軍・元鉄道部部長は、自ら毎回の試運転で運転席に座るほど高速鉄道建設に入れ込み、「高速鉄道の父」と言われていたが、2013年に汚職で習近平政権によって死刑判決を受けてしまった。
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 開通当初こそ空席が目立ったと言われる高速鉄道だが、教授の批判は外れ、高速鉄道利用者数は2009年以降うなぎ登りとなっている。債務危機ももちろん爆発しなかった。国鉄は分割される前は37兆円の債務があったと言われるが、中国国鉄の債務は趙教授によるとちょうどその倍にあたり、どうせ国が引き継ぐと考えてGDP対比で見るとほぼ同水準である。
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 教授が予想できなかったのは、その後人民の収入があっさり増えてしまって高速鉄道運賃が全く割高に感じられなくなったこと、また航空機があまりにもPM 2.5による視界不良などで遅延が多すぎて使えなかったことである。中国の高速鉄道運賃はいまだに新幹線の1/4程度である(上図)。更に環境問題により当局は鉄道への再シフトを後押ししている。

 とはいえ、高速鉄道は欠点がないわけではない。どこの駅も過剰に広いホーム(冒頭写真)を作っているが、教授の指摘通り本数が少ないため利用率が低く、大半の時間帯はガラガラである。またその無駄なホームのための広い土地を確保するためか、どの高速鉄道の駅も都会から離れたところに建てられており微妙に不便である。

 趙教授は学者として2016年より中国政府から特別手当をもらっていたが、高速鉄道反対論への他の学者やネット民からの批判があまりにも強かったため、2017年に勤め先の北京交通大学から「社会的影響を鑑み」特別手当を取り上げられてしまったのはさすがにかわいそうだ。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。