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 我々は米中貿易戦争における中国のアキレス腱を見てきた。カタストロフィックな話はウケが良いようで、プロの偉い人にもその記事を回覧して頂いたようだが、公平を期するためにも次は米国の弱点を見て行きたいと思う。

 言うまでもなく米国の弱点はインフレ耐性である。関税を払うのは中国企業だけでなく米国の輸入企業と消費者でもある。我々は伝統的に中国製品への軽蔑から「中国製品はローテクで競争力が弱く、すぐに他国製品に代替されるため米国は無傷で済む」と考えがちであるが、果たしてそうだろうか。

洗濯機のケース

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 ここで貿易戦争に先立って2018年1月からトランプ政権により「120万台を上限とする輸出割当分について関税20%、120万台を超える分については関税50%」を掛けられた洗濯機の例を見てみると、月間35万台あった輸入台数が半減し(つまり概ね実効関税が30〜40%程度と推定)、洗濯機の価格は12%上昇した。メーカーのサムスンやLGの値上げ幅は10%台と半分近くの関税を飲んだようだが、残りは米国消費者が支払った。興味深いことに、関税の影響を受けないホイールプール社は30%以上の便乗値上げを行なった。もっとも、値上げに伴う販売台数の激減のおかげでホイールプール社の収益も伸びなかったようだ。ここまでは経済学の教室で学ぶ基礎知識通りである。

ゴールドマンの試算

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 話を洗濯機以外に広げよう。Goldman SachsがCPI Core, PCE Coreと、その中で関税の影響を受けた洗濯機、家具、寝具、床材、自動車部品、オートバイ、スポーツカー、掃除用品、裁縫用具の9分野だけからなる指数を比べたところ、9分野は顕著に他の分野より値上がりしたことが判明している。大半は「技術競争力」とやらと無縁な、「競争力がない中国企業」以外によって今日明日にも代替できそうな製品である。
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 もっともこの値上がりは毎年ずっと続くわけではなく一回きりのものではある。同じGoldman Sachsによると、米国のPCE Coreに対して与えた影響は、5/10までの10%関税で最盛期で0.2%、それに1年かけて慣れたところに5/10の25%への引き上げ(第三弾)で再び0.2%だったそうだ。ここまでは「代替先が見つかるような分野」を選別したようだが、「残りの3000億ドル」にも25%をかける(第四弾)ならせっかく選別したのが意味がなくなるため、インパクトは0.6%に激増する。足元の1.6%のPCE Coreが2.2%になるのだからそこそこのインパクトである。そうなると米国のインフレ耐性が問われ、「利下げで対応する」どころではなくなるため、第四弾の発動はないと本ブログは見ている。挙げた拳を降ろさせられるのが早くなるだけである。

IMFの見方

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 IMFのブログを見ても、2018年の関税分の一部は中国企業の利益吐き出しでカバーしたものの、やはり顕著な輸入物価の上昇が見られた。もっともAverage Log Priceなどというわかりにくい縦軸を使っているため、「顕著に上昇した」としかパッと見分からない。「米国の輸入企業は収益を圧迫すれば一部の関税を吸収できるが、それでも米国の消費者はコストを負担する」と図の副題は言う。

NY連銀の試算

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 CPIやPCEのbp単位ではなく、もっと直感的に米国消費者の負担額を試算したのはNY連銀である。第三弾(2000億ドル x25%)により米国の平均的な家計が支払う追加支出は年間831ドルである。第四弾(2800億ドル x25%)は触れられていないが、PCE Coreに3倍のインパクトなので概ね3倍、つまり年間で30万円の支出増と推定できるだろう。愚かしい上院下院エリートの総意()とやらのために全家計がそれだけ支払うのだ。我々は貿易戦争を「中国の覇権を阻止する米国の総意」などと期待も込めて表現するが、米国の家計は来たる支出増をトランプ政権に隠蔽されているし、当のトランプ大統領も覇権争いを始めるのだなどと有権者に説明できず「雇用を奪い返す」としか言っていない。ひどい欺瞞であるが、これが通用するのも米国消費者の財布の紐が引き締まるまでである。

 それでも米国消費者が米国政府に関税を払うだけならまだ米国内で完結する話であり財政政策で調整することも可能であるが、下手に非中国製製品に代替されながら便乗値上げされると、単に米国消費者がサムスンあたりに便乗値上げ分を支払うことになる。(As the U.S. economy sources more goods from countries other than China, firms are forced to pay more for similar goods, but there is no tariff revenue collected. )そもそも、競争力がないなら利幅が薄いので値下げ余地も薄いのではないか。米国のインポーターに対して25%も値下げするくらいなら他国で10%でも値下げした方が良い。米国と海外のインフレ格差も広がっていくと思われる。

 更に日本総研は質以前に量の観点から、そもそも中国製品は代替可能なのかと疑問を呈する

GVC(Global Value Chain)再編のスピードは、産業によって異なる生産拠点分散化の費用や、分散化の対象となる国・地域の労働力人口を含めた受け入れ能力によって左右されるため、IMFが想定するほど円滑に進まないと思われるからである。

 実際、中国の対米輸出の規模は第三国が簡単には代替できないほど大きい。TIVAによれば、中国は2015年の世界の製造業の対米付加価値輸出の25.5%を占め、インド(2.6%)、台湾(2.2%)、ベトナム・タイ(1.2%)、マレーシア(0.9%)、インドネシア(0.8%)、シンガポール(0.7%)、フィリピン(0.5%)を圧倒する。中国の製造業は約1億人の就業者を擁する。アジア諸国・地域は生産拠点の全てではなく、組み立てなどの最終工程だけを担うとしても、中国の生産能力が短期間で別の国・地域によって円滑に代替されるとみるのは非現実的である

 我々は「中国から親米親日の東南アジア・インドへの産業シフト」という妄想で何年も悦に浸ってきたが、これらの国がいきなり対米輸出を5倍も10倍も増やすと期待するのは明らかに役者不足である。バリューチェーン再編が円滑に進まないなら、消費者が無駄なコストを負担することになる。米国民の成人の5人に2人は400ドルの緊急出費にも対応できない可能性を懸念しているが、その2倍〜6倍の額を毎年お布施することになりそうなので、権威主義との冷戦という大義のためにせいぜい歯を食いしばってもらうしかない。何しろ全米が大義の下に一致団結しているのだから。

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Consumers Bore Cost for U.S. Tariffs on Washing Machines -WSJ 
洗濯機にみる米国保護貿易のブーメラン効果 -野村総研 
The Impact of US-China Trade Tensions -IMF 
New China Tariffs Increase Costs to U.S. Households -NY Fed 
中国の対米輸出はどこまで代替されるのか -日本総研 

貿易戦争における中国の弱点はやはり外貨準備 

画像は引用サイトとTwitterより

この記事は投資行動を推奨するものではありません。



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