昨年の秋から冬にかけて株式指数の急騰とクレジットスプレッドの激しいタイトニングが同時に起きたが、今年に入ってからそれが反転しつつある雰囲気がある。特に1月のFOMCでIOER(超過準備付利)が5bpと限界的に引上げられて以来に相場が一層重くなっている。我々はEverything Bubbleの背後にあるものも十分に理解できないまま帰り道に差し掛かろうとしているようだ。Fedのバランスシート拡大やらスタンス変更という話をよく聞くが、10月からのこの一往復は一体何を背景とするものだったのか。

EFFR -IOERと超過準備残高の関係

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Fed Fund IOER
 2008年までFRBは自ら教科書的な債券買入れ、レポ・リバースレポといった公開市場操作(Open Market Operations)を行うことによってFF金利(銀行間で超過準備金をオーバーナイトで融通し合う時の金利。その加重平均がEFFR, Effective Federal Funds Rate, 実効FF金利)をコントロールできた。しかし、リーマンショック後のQEによってFedのバランスシート(総資産)が4兆ドルの規模まで膨らみ、またそれに付随して負債側の超過準備残高も巨額になるにつれてFedは間接的にしかFF金利を制御できなくなり、せいぜいIOER(Interest on Excess Reserves, 超過準備付利)の設定とリバースレポオペレーションによって特定の政策金利レンジ(今は1.5%〜1.75%)内に収まるよう制御できるくらいである。しかし、レンジ内には直接干渉できないにもかかわらず、Fedはどうも間接的にEFFRをレンジの真ん中に誘導したいという願望があるようで、それが金融政策をやや複雑にしている。

 上の2枚の図はほぼ同じことを言っている。上図は11月にツイッターのどこかで拾って来たもので、下図は筆者が作成した。銀行がFedに預けている準備金のうち法定準備を超える分である超過準備の残高と、EFFR -IOERスプレッドはやや反比例するというのである。市場金利であるEFFRと違って、IOERの方はFedが一本値で設定できるのでベンチマークとしよう。超過準備がじゃぶじゃぶになればなるほどEFFR(の対IOERレート)は低下し、逆に減ってくればEFFRは上昇しがちである。2018年までのQE期にEFFRがIOERを下回ったのはIOERで運用できない連邦住宅貸付銀行(FHLB)などの政府支援機関(GSB)がIOER未満のレートでも余資を放出してきたからであり、一方超過準備残高は銀行によって凸凹があるので、銀行全体の超過準備が減っていくにつれてEFFRで借りて回る銀行が増えていく。この全体像が生きている限り、EFFR -IOERスプレッドは超過準備額によって規定されると考えられている。

QTとその破綻

EFFR IOER 2019May
 2018年から2019年9月にかけて、FedがそれまでのQEの結果膨らんでしまったバランスシートを縮小させるQT( Quantitative Tightening, 量的引締め)により超過準備残高は減り続けたが、その結果EFFRは対IOERでポジティブ域まで上昇した。Fedはレンジ内のEFFRに直接干渉できないため、「超過準備額が一定ならEFFR -IOERスプレッドは固定」という関係式を使って、5月に(QTを緩めないまま)IOERを引き下げることによってEFFRを間接的に引き下げようと目論んだようだ。これはまさに「EFFRレンジを決める金融政策」とは関係ないテクニカルな調整であった。実際、上図からも明らかであったように、超過準備額が急に変わらない中でベンチマークのIOERが引き下げられたためEFFRも一時的には低下した。しかし、時間が経つにつれてQTで超過準備は減り続けるためEFFR -IOERスプレッドは更にワイドニングしてEFFRはIOER引き下げ前の水準に近づいてしまった。IOER引下げでキャッシュをインターバンクに追い出そうとしても、そこにお金がなければ意味がない。このままではEFFRが更に上に突っ走って「勝手に利上げ」になだれ込む恐れも出てくるに至り、7月にFedは利下げとQT停止を敢行して全てをうやむやにした。と言いたいところだが、利下げを経ても超過準備額が減り続けるにつれてEFFR -IOERスプレッドはワイドニングを続け、9月にはレポショックもあって激しくブローアップした。

レポショックへの屈服

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repo on
 9月のレポショックは、QTの進行によって超過準備が減り続け、また市中で増え続ける国債をプライマリーディーラー(国債の取引を行う投資銀行)がレポでお金を借りながら抱えるようになった中で、JP MorganをはじめとするいくつかのGSIB米銀のFedストレステスト結果が合格スレスレであったため大挙してレポ市場から資金を引き揚げ、その結果レポ市場での資金供給が急減してレポ金利が跳ね上がったものである。あまりにもドル資金の供給が減ってしまったため、レポでドル資金を貸し出すと国債担保付きで数日間にわたって年率10%近く稼げる機会があったが、圧倒的に多くの銀行は借りる側だったし、資金を持っているGSIBのマネーマーケットトレーダーはインターバンクに貸し出すのを偉い人に禁止されたと思われる。レポは閉ざされた世界であり、証券部門の国債トレーディングデスクのファンディングが付かないからと言って直ちに銀行財務部に頼んで無担保で借りに行ってもらえるわけではない。またキャッシュが余っている銀行もレポ金利が爆騰したのを見て即日で超過準備を取り崩してリバースレポを受け入れて小遣いを稼げる体制を整えられるわけでもない。同時期にEFFR -IOERも小さくブローアップしたが、これは連想か、それとも本当に誰か少数の銀行がEFFRでファンディングを埋めようとしたのか。

 レポショックを規制強化のせいと言い張って放置するわけにもいかないため、Fedが取り急ぎレポファシリティを作ってGSIBが引き揚げた流動性をインターバンクに供給すると共に、あるべき超過準備額の議論もなされる。ここで、冒頭のプロットが再び思い出される。EFFR -IOERスプレッドがゼロになるような超過準備残高があるべき超過準備残高ではないか、と。プロットを目を凝らして見ると、どうも1.5〜1.6兆ドルがそれに当たるのではないか、ということになったらしい。

理解者が少ないnot QE

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    というわけで10月のFOMCから超過準備額を1.3兆ドルから1.5兆ドルに戻すための金融緩和が始まった。資産購入とは言っても割引短期国債(T-Bill)で賄われて市場から国債のデュレーションリスクを吸い上げないし、その気になれば(T-Billが償還されるまでの)短期間で畳めるため、パウエル総裁はこれを”not QE”と呼んだところ、人々の嘲笑を買った。not QEという言い方は全く正論だが、プロット的にはEFFR -IOERをゼロ近辺に保つために1.5兆ドルの超過準備を常に維持しなければいけないため、実質的にはどうせ畳めずにずっと続けることになるに決まっていると思った人にはQEに見えるだろう。その間銀行の資金を超過準備からより機動的に動かせる改革や規制緩和でもできれば別だが、基本的に1.5兆ドル規模維持はしばらく堅いだろう。

    Fedが1兆ドル台前半の超過準備を増えるように誘導するには資産買入れを行なってバランスシートを膨らませるしかないが、人によっては、もし短期国債保有者による応札が十分でなかったり、海外に流出した米ドルが新興国の外準マネージャーあたりによって米国債に再投資されたら超過準備は順調に増えないだろう、そして超過準備の引上げに失敗した時には割引債の短期国債(T-bill)だけでなく利付国債の買入れオペにも追い込まれるだろうという観測もあった。パウエル議長をはじめとするFed高官も100%の自信はなかったこともあり、株を下げてトランプに怒られるリスクまで犯してその観測を完全には否定してこなかった。そもそも超過準備が増えたからと言ってレポ金利のボラティリティは収まるのか。レポのオペレーションに金融機関がアグレッシブに群がると「また刷ったドルが垂れ流された」と受取る参加者もいれば、まだ短期金融市場はストレスが高いのかと受け取る参加者もいただろうが、実際にその時に取引されていたのはnot QE失敗→本格的QEになだれ込む期待値だったのではないか。

テクニカルなIOER引上げ

 からの、今回のIOER引上げである。結果的にnot QEによって順調に超過準備は増え、EFFR -IOERはゼロまでタイトニングした。超過準備が足りなくてEFFR -IOERを上手くコントロールできない前提で2019年5月に導入された5bpのIOERの下方乖離も不要になるので、元々の位置に戻されたのが今回の5bpのIOER引上げである。5月の時の「行き」がテクニカル調整だったのと同様、「帰り」の今回もテクニカル調整である。EFFRの誘導目標が1.5〜1.75%であることを考えると1.55%のIOERは明らかに低すぎであり、これで誰かIOERで余資運用できない人がインターバンクに戻ってきたらEFFRが1.5%を下に突き抜けてしまいそうだ。IOERの水準には深い意味はなく、5月と比べて目指すべきEFFRを「低いIOER +ワイドなEFFR -IOER(少ない超過準備)」で実現するか、「低くないIOER +タイトなEFFR -IOER(潤沢な超過準備)」で実現するかが入れ替わったにすぎない。

    IOER引上げにあえて意味付けをしようとすれば、色々と心配され続けた超過準備不足問題が目論見通りnot QEで解決されたという象徴であり、FedはEFFRの下振れを抑制したいと考えているのでnot QEの拡大もないという象徴でもある。「IOERもEFFRも上がって資金を吸収しやすくなったことは間違いないからやはり緊縮である」という直感的な捉え方もあり得るが、超過準備の量そのものはnot QEによってコントロールが試みられている。「低いIOER +タイトなEFFR -IOER」でEFFRをFOMCで決めたレンジの「下限に張り付かせる」ところまでは元々織り込まれていなかったはずだ。
GC -OIS
    そして何よりも大事なのはnot QEが成功したことである。not QE上手くいかず本物の追加QEになだれ込む確率は激減した。GC(General Collateral、国債のどの銘柄を担保に差し出してもよい)レポ金利は10月以来沈静化が続いている。EFFRが低すぎて困るなのはIOERが低すぎるのではなく超過準備が多すぎるからではないか、という指摘も正論である一方、2019年5月以降のIOERの下方乖離そのものが緊急措置であった背景を考えるとやや言い掛かり感も漂う。畢竟EFFR -IOERを見ながら普段から超過準備そのものを簡単に操作できるわけではない。

    5月の「行き」は7月利下げを預言していたようなものだったし、実際5月IOER引下げと7月の臨時利下げは独立した事象ではなかった。では今回のIOER引上げは利下げ局面から利上げ局面への転換を預言するものなのかというと、行きと帰りの関係からすると明らかになさそうだし、短期金利市場でもそのような見方があるようには全く見えない。従ってIOER引上げは金融引締めを意味しない。

Fedバランスシートとパブロフの犬

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   そしてそもそもの問題として、なぜこのnot QEで株が上がったのか。市場に資金が供給されたとは言っても、資金そのものはあくまでも準備預金という形で固定されている。レポファシリティで何が起きたかというと、レポで急に資金ショートしそうになった銀行達がショートを免れただけである。一方インターバンク貸出やめたGSIBは手元で増えたお金で何をしたかというと、どうも震源地のJP Morganは国債を買っていたようだ。出典にあたるまでもなく元々銀行はレポでお金を借りられた、或いは保有する短期国債を売れて手元資金が増えたからと言ってポンと株を買えるわけではない。従って資産価格についてもnot QEという表現で合っているはずだが、どうもFedの総資産を見てパブロフの犬のように株式指数を動かす集団がいるようで、体感的にこの増減に逆らって指数のポジションを取るとけっこうきつい。これはnot QEなので株が上がるのは間違いだ、と言っていたら目まいがするほど踏まされたことだろう。
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Libor
    パブロフの犬以外に株を買うお金を産まないnot QEがリスクオンを作り出す経路はないのかというと、もちろんあることはある。一つはnot QEが上手くいかずにリアルQEになだれ込む期待値があった。またお金が短期債券市場内でしか回らないとしても、銀行のCD・CPは買いやすくなるし、レポ金利も落ち着いてきたため銀行の資金調達コストを表すLIBORは低下した。特にLIBOR -OISは9月に向けて上昇が続いていたが、年末にかけて天井を打って急低下に転じており、これらを見て動かすパブロフの犬「インターバンクの資金調達ストレス」としてシグナルに組み込んでいたり重視しているファンドのリスクオンポジション構築を誘発することくらいは造作なかっただろう。実際、過去のS&P 500記事でも取り上げたようにシステマティックファンド達はnot QEが始まった以降、高値で指数を買い上げながらリスクオンポジションを目一杯構築してきた。
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    not QEというテーマで始まった強引なブル相場だが、まさか永遠に買い上げるわけにもいかない。ではどこで降りるか。not QE失敗からのリアルQE突入という希望は大きく後退した。レポファシリティの利用残高も年末のターンを無事に通過して増加から減少に転じた。バランスシートの縮小はレポ市場が沈静化しつつあることを意味するのではないかという問いはパブロフの犬にとっては意味がない。「not QEの目標達成」を象徴するIOER引上げをきっかけにパブロフの犬達が撤収を始めても全く不思議ではない。足元で起きているのはコロナウィルストレードに加えてQE期待トレードのアンワインドではないか。しかしかと言って「10月以来の馬鹿げた上昇分は全部消滅すべきだ」とまでは思わない。実際にレポショックは落ち着き、超過準備がじゃぶじゃぶになったという変化そのものは残っているからである。QE期待からぶち上げたバリュエーションが剥落することはあっても、LIBOR -OISが落ち着いている限り、金融引締めによるクラッシュなどという場面はまだまだ地平線の向こうである。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。



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