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 中国経済が長い春節から目を覚ましつつある。図の石炭消費量や住宅取引件数、道路混雑指数を筆頭に中国各地の企業活動をトラックしようとする日次データは10数種類あるそうで、これは世界でも稀に見る透明性ではないかと思われるが、それをクオンタメンタルにたくさん集めても結局報道通り「いまはあまり生産活動が戻っていないが少し戻り始めた」以上の話はない。それよりもこの戻りを左右する新型コロナの伝染状況の方が重要である。伝染が止まりそうになければ活動再開はどんどん後倒しになるだろう。幸いにして患者数も日次で公表されており高い透明性が確保されている。とはいえ統計は複雑であり、更に少なくとも2度もの基準変更が加えられているため注意して読まないと現状を掴みづらい。
 
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 図はTencentが公式発表を拾って集計している日次患者数の推移である。中国は2/8に新型コロナの患者数の定義に一回めの変更を加えている。変更が行われたのは最も患者数が多い湖北省のみであり、新規「陽性確定者/confirmed cases 図の赤」と新規「感染嫌疑者/suspected cases 図の黄色」という二つのカテゴリーだったのが「臨床診断/clinically diagnosed cases」と「無症状陽性/positive tests」も加わった。外野は中身もよく見ないまま「どうせ患者数を減らしたんでしょ」と笑っていたようだが、しばらく「臨床診断」を「新規確定」に入れたり引き戻したりした挙句に2/12には一時5倍への急増が見られて世界中を仰天させた。

 新型コロナ患者かどうかの診断は一義的にはPCRの検査キットで行われる。これは患者の身体組織などに含まれるウィルスのRNA(遺伝子)をキットの中で増幅させて検出する方法であり、少なくとも数時間かかる。また感度(sensitivity, 感染している人が陽性と判定される確率。100%ー感度が偽陰性)が半分程度であり、特異度(specificity, 感染していない人が陰性と判定される確率。100%ー特異度が偽陽性)はほぼ100%であるという特徴がある(正しく操作できていれば)。一回陽性が出たら確実に「陽性確定」に振り分けられるのはよいとして、一回陰性が出たところで安心して家に帰すのは躊躇われるため、医療施設で優先順位を付けられず混乱を招いた。そこでより簡便だが他の肺炎との区別が怪しいCTスキャンでそれっぽければまず「臨床診断」という新カテゴリーに入れることにしたのである。これはあくまでPCR結果待ちが大行列になっている中で現場の負担を整理するための分離であり、政治的な意味、ましてや金融市場への影響までは考慮していなかった。PCR陰性や結果待ち/CTスキャン陽性で「臨床診断」となった患者も「新規確定」に含まれるため、恐らくそれまでにたまっていた症例もまとめて放出された2月12日には「新規確定」が1日で1万5千人に達した。

 一方「陽性無症状」とは症状がないまま来院して検査したらポロッと陽性が出た患者のことであり、主に患者の家族などである。こちらは医療機関に余裕がある他の省ではそれなりにいるかもしれないが、重症者でも対応しきれない湖北省では診てもらえず放置されるだろうから統計全体への影響は小さかったはずだ。混乱を起こしたのはあくまでも「臨床診断」の方である。
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 実際CTスキャンのみで断定された「臨床診断」の大半も時期が時期なだけに恐らく陽性だった可能性が高いとすると、2月前半の毎日3千人程度の新規陽性確定というペースは伝染のペースが落ち着いているのではなく、赤いシャドーで描き足したように実はPCR検査の限界によって規定された処理ペースでしかなく、患者数はもっと激しく増えていたのではないか、と疑わせる図となった。しかし、更に3日も経ってみると「臨床診断」も含めた「新規確定」のペースは再び3千人/日程度のペースに戻り、2月後半になると更に減少し始めた。どうも1万5千人/日のペースは一瞬だけだったようだ。CTスキャンはPCRより遥かに速いため「臨床診断」を含む「新規確定」の外側に待機患者が大量にいるとも思えず、恐らく3千人/日以下というのは実際に運び込まれる患者のペースに近いだろう。

 そして2/19になると再び「臨床診断」というカテゴリーは取り払われて元に戻った。日経は「感染者の基準が頻繁に変わり、公式統計への不信がさらに強まりそうだ」としているが、これは時間が経つにつれてPCR検査が間に合うようになり(実際日本にキットを贈る程度の余裕は出てきたようだ)、CTスキャンだけで簡易的に「臨床診断」に入れる必要がなくなったからだろう。実際2/12に「新規陽性」14,840件の中に放り込まれた「臨床診断」は13,332件であったが、2/15時点で「臨床診断」は888件まで減っており、2/16以降の発表文にはそのカテゴリーは省略されるようになった。この過程で過去の数字を除外したため日によってはマイナス患者数の自治体もちらほら見られ、そして更に除外の禁止を指示されるなど混乱が続いたが、実際に「CTスキャンで陽性判定されたが実は他の病気だった」という患者も一定数いたに違いない。いなかったなら元よりPCRでダブルチェックする必要などないのだから。

 基準が目まぐるしく変わる中で、実態を読み解くキーとなるのは実は上図・黄色の新規「感染嫌疑者」の数ではないか。一応体調が悪くて来院して受け付けてもらって初めてカウントされることになるが、こちらは病院がパンクして追い返されていない限り、診断基準がどう変わろうと影響を受けないはずだ。そしてわざわざ「臨床診断」カテゴリーを削除するくらいなのでCTすら撮らずに追い返しているということはなさそうだ。この新規「感染嫌疑者」は「臨床診断」のノイズに惑わされることなく「新規確定」と共に2月前半にピークを迎えてから緩やかに減りつつある。「新規嫌疑者」と「新規確定」の高い一致度はノイズを除いた「新規確定」の信頼性を強化している。湖北省に厳しい自宅隔離令が敷かれてちょうど潜伏期間とされる2週間が経ったところでもあり、実際に人同士の接触が減って新規感染も減り始めたということだろうか。
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 上のデータの積分である「累計確定(濃い赤)」「現有確定(赤、入院中)」からも似たようなストーリーを読み取ることができるだろう。「累計確定」と「現有確定」の差は「累計治癒」と「累計死亡」の合計(足元で2万8千件)に当たると思われる。「現有確定」と「現有嫌疑」の合計が「体調が悪くて入院している患者数」になるだろう。「現有確定」と似たようなペースでPCRが確定できない「現有嫌疑」も増え続け、検査体制のパンクが危惧されるようになったが、2/8を境にCTスキャンで「現有嫌疑」をさっさと処理し始めた。「新規嫌疑」は特段減っていないのにその積分であるはずの「現有嫌疑」が速いペースで減り始めたのはそこからのアウトフローが加速したことを示唆する。その裏で当然「現有確定」は爆増する。「現有嫌疑」の減り方と「現有確定」の増え方の微妙な形の違いは「政策よく分からないからとりあえず保留→まとめて大放出」で解釈されるだろう。そして足元はほとんど「現有嫌疑」が溜まっておらず、医療機関の検査体制は安定しているようだ。

 まとめると統計が二転三転して「深まる不信」などと言われている横で、湖北省を含む中国国内の症例数は安定期に入りつつあるようだ。もちろんこの8万人の外では大量の無症状陽性が病院の外をウロついているはずであるし、である以上患者数が減り続けるのは難しいと思っていたのだが、長い自宅隔離で封じ込めに成功しつつあるのか。1人から平均3人に移すとすれば、総患者数を安定化させるにはざっくり無症状を含むウィルス保有者の100% -1 /(1+3) =75%を隔離しなければならないが、それができているということか。

 今後はこの安定期に入った統計結果を受けて企業の営業再開が続々と始まり、またまだ帰省先から帰ってきていない労働者が戻って来る(もっとも大都市に帰ってきたらまず14日間の自宅待機が待っている)。それが二度目の症例増加に向かうきっかけとなるかどうか。当局の隠蔽から手遅れの状態から始まった湖北省より患者密度が濃くなることはなさそうなので医療崩壊や都市の再封鎖の可能性は低そうだが、予断は許さない。ただ完全な制御不能な状況に陥る可能性は大幅に減っており、それが今後あるとしたら中国というよりも中国以外のどこかで起きるのが先ではないかと思われる。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。