8/27にジャクソンホールでパウエル議長が今後数十年間の金融政策の行方を示唆する重要な講演を行った。雇用、物価というFedのダブルマンデートの両輪それぞれについて総括と新枠組みが提示された。またその新たな枠組みは9/16のFOMC声明文に落とし込まれている。

 ジャクソンホール講演はまずリーマンショックに始まり数ヶ月前に終わった前サイクルを以下の4点にまとめている。

 1) これまでの数十年と比べても人口動態などを背景に長期的な潜在成長率が低下
  (FOMCメンバーの推定中間値は2012年の2.5%から1.8%へ)
 2) 自然利子率(中立金利、均衡実質金利)も低下
  (FOMCメンバーの推定中間値は2012年の4.25%から2.5%へ) 
 3) 一方、前サイクルにおける雇用情勢は事前の予想よりも遥かに堅調なものとなった
 4) にもかかわらず2%インフレが継続的に達成されることはなかった
  (俗に言うフィリップスカーブのフラットニング) 

 以上の経済情勢を背景にFedは「雇用の広範で包括的な最大化」を新しい金融政策のあり方とした。新しい金融政策は「完全雇用からの逸脱」ではなく「完全雇用と比べた不足」に基づいて決定される。つまりどうせ堅調な雇用はインフレの高騰に結び付かない蓋然性が高いので、これまでのように労働市場の過熱そのものを(インフレの高騰や金融安定性などその他のリスクが顕在化しない限り)警戒して引き締める必要はないということである。

 物価の方についてはかねてから提案されてきた平均インフレ目標(Average Inflation Targeting, AIT)の考え方を採用した。期待インフレの安定のためにはインフレ率は2%をはさんで推移すべき(前サイクルのように不況時は2%を大きく下回り、好況時も2%未達という分布ではなく)とした。もっともどのような期間で平均を取るのかについては明確な公式が示されるわけではなく、あくまでも「柔軟なAIT」である。いずれにしてもインフレ率が2%を超えても直ちに引締めないということである。もちろん「過度にインフレやインフレ期待が高まる時は引き締める」という保留は付けられている。
PEC Deflator
 ではどこが過度なインフレかというと、どうやら現レジームの始点となっているらしい2012年以降のコアPCEデフレーターはコロナショックまで1.2%から2.2%の間で推移してきた。リーマンショックから平均を取ると1.5%である。だとすると2.5%を継続的に超えるようではいくらAITでも引締めが正当化されそうである。また金融政策は引続きフォワードルッキングなので、継続的に超えるというより「継続的に超えそう」でもよさそうである。一方コアPCEが2.0%を下回っている間は利上げの心配をしなくてよさそうである( FOMCから数日しか経っていない時点でエバンス講演で2%を上回る前に利上げできるとも言っているが、すぐにクラリダによって火消しが入っている)。

 ジャクソンホールでの金融政策枠組み変更を「歴史的に重要な出来事」とするFedウォッチャーもいる。雇用が改善すると(失業率が自然失業率の推定値まで低下する前から)すぐ引き締めたがるのは「ボルカーのインフレ退治」から始まった慣習であり、この実に40年間にわたる、最大雇用を妨げてきた慣習が今回の修正によってなくなりそうだからである。

 一方、ステートメントは以前から話題になっていた(フィリップスカーブのフラットニングなどの)現状の追認でしかないという見方もできる。名前こそ異なれど数年前から話が持ち上がっているシンメトリックインフレ目標から劇的な変化を遂げたわけではない。何よりもこれは雇用が回復しインフレ率が2%を超えた遠い将来の話であり、雇用が弱くインフレ率が2%から程遠い現状下においての喫緊の追加緩和を示唆するものでは全くなかった。意地悪な言い方をすればもし将来にわたって雇用が過熱せずインフレ率も2%に近付きもしないならば、今回のジャクソンホールがあろうとなかろうと金融政策は変わらないのである。
BEI and RR
 春以来急速に上昇してきた10年BEI(長期インフレ期待)とそれに伴って急速にマイナス域で低下してきた10年実質金利はジャクソンホールを経て「追認を確認して出尽くし」という雰囲気である。10年以内に「インフレが放置され高騰」するシナリオを織り込み始めたようには見えない。
SFH
 次の引締めサイクルは2.5%まで利上げが進んだ前サイクルほど積極的な引締めにならないのは間違いない。しかし今はQEのおかげでタームプレミアムは深くマイナスであり、今の長期金利は将来の金融政策云々よりも足元のQEと国債増発の需給バランスによって影響される。
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 元より米金利カーブは5年以内に0.15回程度の利上げしか織り込んでいない。

 9月FOMC声明文ではジャクソンホールの精神を「完全雇用まで労働市場が回復し、インフレが2%に上昇ししばらく2%をやや上回るとの見通しに沿うまで現行の0 -0.25%の金利水準を維持する」と早速フォワードガイダンスに落とし込んだ。BEIと実質金利の反応を見る限り、こちらも特段サプライズをもって迎えられたわけではない。QEについては「少なくとも現行の買入れペースを続ける」(前回と変更なし)としつつその目的について「市場機能の円滑化 /sustain smooth market functioning」に加えて「緩和的な金融環境を促進 /foster accommodative financial conditions」が加えられた。
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 ジャクソンホール前の記事で「量の拡充が実際に行われるとすれば市中を増発国債が溢れた時、超過準備の枯渇かレポ金利の吹き上がりをきっかけとするものだろう」としていたのは、年末年初のnot QE騒ぎの時のように「市場機能の円滑化」という名目でQEに雪崩れ込むイメージが強かったからであるが、一応論理的にはFOMC声明文ではそのケースだけでなく、株式指数や経済の再クラッシュへのリアクションとしてのQE拡充への道が開かれたと見ることができる。ただ市場の反応は思ったよりも冷淡である。やはり目に見えるような追加緩和がないとリスク資産はこれ以上バブルを追いかけられないということか。いずれにしろ、追加緩和というのはあくまでもFedによる資産買入れペースの加速や供給に合わせたデュレーションの長期化を指すものであって、遠い将来の絵に描いたインフレ容認の餅では追加緩和にならない。

 QEの拡充は少なくとも大統領選を前に現職を支援する形で導入するのは勇気がいるし、景気後退に再び転落しそうならともかく株が上がって下がった程度で導入したくなるものではない。もっとも追加緩和がなくても肝心の国債市場には今のところ強いストレスがかかっているようには見えないので、株のバブルからの自重崩壊を止めるほどではないにしろ新たにクラッシュを招くほど流動性は枯渇していない。Fedがジャクソンホール後にボールを財政政策に返しているわけであるが、もし追加の財政政策が実現すれば増発で国債市場に再びストレスがかかり、市場機能維持のためにFedがQE拡大に追い込まれ、そして副作用としての株バブル再開はあり得るかもしれない。
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 金融政策の変化がしばらくないことが確定したため、長期金利の期待ボラティリティを表すMOVE指数は低下している。名目金利の趨勢はより一層ファンダメンタルズの微々たる変化を無視し、需給によって決まりそうである。

 なおジャクソンホール前の記事では「アベレージインフレーション(AIT, Average Inflation Targetting)やフォワードガイダンス強化によるインフレのオーバーシュートなどはあっても数年先の話なので、果たして今の期待インフレをブーストさせたり実質金利を押し下げることができるだろうか」「(実質金利が)▲1%だからと言って引締めはあり得ないが、追加緩和で更に下を掘れそうな水準であるとも言いづらい」としていたので実質金利とBEIというマニアックな領域では予想通りの展開となった。
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 株式指数は概ね実質金利を鏡に映した、またBEIとシンクロした推移となっている。

この記事は投資行動を推奨するものではありません。