Nominal Rates
10 year Rates
30 year rates
 大統領選前の記事から米国の長期金利は更にじわじわと上昇し、10年金利は1.1%台後半、30年金利は2%近辺まで上昇している。実質金利は夏以降概ね横ばいであり、ほぼ完全なBEI主導の金利上昇となった。前回の記事では10年も30年もBEIがコロナ前の巡航速度にあたる2%を大きく超えて上昇するとは想定していなかったが、足元ではBEIの伸びが止まらない。「BEIは既に冒頭のチャートに引いたトレンドラインが示すようにコロナショック前の水準まで戻っており、2.0%を超えてどんどん上昇するイメージはない。であればもし10年1.0%超えまでの大幅な金利上昇があるとすればそれは実質金利の上昇によるものの可能性が高く、それは債券、株を含む全資産価格のバリュエーション調整を伴うものとなりそう」としていたが、実際には実質金利の上昇が起きず、名目金利の上昇はBEI主導の上昇となった。そのため10年1.0%を超えても資産価格の調整には全く結びついていない。ここに至って金利の大幅な上昇が株などの資産価格に及ぼす悪影響が世の中でも懸念されているが、今のところそれは顕在化していない。

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 2013年5月のバーナンキ元議長のQE縮小示唆が金利の急上昇を通じて資産価格の大クラッシュを招いたテーパータントラム(Taper Tantrum, 俗称バーナンキショック)は多くの市場参加者にとってトラウマとなった。しかし足元の金利推移を分解するとテーパータントラムと全く似ていない。冒頭の10年金利要因分解は足元の金利上昇がBEI上昇主導であったことを示しているが、2013年のテーパータントラムは明らかに実質金利上昇主導であり、BEIはむしろ引締めの悪影響への懸念などにより低下した。

 足元は2013年と違って実質金利が上がっていない。国債ネット発行超の拡大も米国債金利の先高観を強めたものであるが、それでも実質金利は横ばいなので俗に言う悪い金利上昇ではなく、あくまでも財政出動→需給ギャップの引き締まり→インフレ期待とGDP上方修正期待の上昇、というルートで動いているように見え、このルートは同時に他資産の価格上昇をも正当化するものであるCBOの推計によれば昨年第4四半期の需給ギャップは約6650億ドルだったが、1.9兆ドルはその3倍にあたる
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 ではどこまで金利が上昇したら正当化できなくなるか。株の上昇と米金利の上昇に伴いグローバル株式の益回りと10年米金利のスプレッドはどんどん縮まっており、2010年以来の低さとなっている。これは一見すると米国債対比で株式の魅力度が薄れつつあるように見えるが、将来の収益も名目値でありBEIが実現すれば同じくらいのペースで膨らんでいくと思われるので、やはり米金利上昇が実質金利の上昇によるものでない限りバリュエーション調整を強制するものではない。
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 もちろん例外的なシチュエーションも起き得る。朝起きて米金利が20bpも上昇していたらさすがに「異常な値動き」として検出され様々な市場参加者のエクスポージャー縮小行動のきっかけになるだろう。また本ブログの「金利低下への期待はリスクオフ期待そのものであるし、株高はBEIの緩やかな上昇に頼る形になる」論は株式指数と国債価格の逆相関(国債金利とは正相関)を示唆するが、この相関が正相関域でスパイクしたら資産価格はクラッシュしやすくなるだろう。

 資産価格にとってネガティブになり始める金利水準は1%台の中で様々な憶測があるが、明確なトリガー水準を当てるのは難しい。BEI次第でゴールポストが動くのは頼りにならない印象を与えるがこれは恐らく正しい。名目金利がある特定の水準まで上昇するとネガティブになるというより、むしろ逆に金利上昇そのものがタントラムの可能性の少なさを表現しているのではないか。本ブログの考え方は前回の記事と同様、「金利低下への期待はリスクオフ期待そのものであるし、株高はBEIの緩やかな上昇に頼る形になる」で変わりがない。株式が失速するのはやはりBEIが失速し実質金利が昨年後半のレンジを抜けて上昇トレンドに入る時(つまり2013年の構図に似てくる時)ではなかろうか。
BEI
 ゴールポストを動かすBEIの方には上限がないのか。AITの記事で示したようにコアインフレの上限は今までの2%から2.5%まで引き上げられたと考えてよさそうだ。従って非常に雑に考えると10年BEIや、インフレスワップから算出されFedがチェックしているという5年先5年BEIが2.5%まで上昇したら2013年パターン(BEI伸び悩み、実質金利上昇)に移行するのではないか。現に2013年前半もBEIはそのあたりだった。たとえば10年BEI 2.4%実質金利▲0.9%名目金利1.5%の組合せがタントラム抜きで達成されても驚くべきではない。もちろんこれはタントラムの可能性に限った議論であり、「どうやって行くのか」はここでは無視されている。近い将来にその組合せが実現するとは本ブログは考えていない。大統領選前に決め打ちした「30年名目金利の1.7〜2.0%は決して低い水準ではない」はすっかり危うくなったが維持する。
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 「株式の下落を招くのはあくまでも実質金利上昇であり、BEI主導の金利上昇が続く限り株式はクラッシュしない」論にはトラップがないのか。この話はBEIが本当に正しく将来のインフレを予想できていることが前提である。実質金利を利回りとして取引されるTIPSにも需給による歪みがありそうだ。コロナショック後にTIPS市場の流動性の薄さを勘案して財務省はTIPSの発行額を名目債対比で抑えた(上図青線)。一方FedによるTIPS買入れペースはむしろ他の債券対比でも加速した(上図オレンジ)らしく、TIPS市場に占めるFed保有割合は上昇しており、ノルデアによると昨年9月時点で18%に達した(下図)。昨年9月時点と比べて足元のFedによるTIPS保有額は更に1割ほど増えており、保有割合は23%まで上昇した。流動性の薄さが有名なTIPSで買入れが継続すれば価格は当然押し上げられる(利回り=実質金利は押し下げられる)。その結果、発見された実質金利やBEIは歪められているのではないかという議論も当然あり得る。

 他に8割の保有者もいるので価格発見機能が深刻に損なわれていると直ちに断言するのは難しい。日本の物価連動国債のように買入れがあっても値上がりしないケースもある。しかし、Fed以外でも政策的に保有割合を定めて動かさない機関投資家が多い場合、実質金利が不当に低くても売却フローに押されて調整が行われるとも限らないではないか。誰かがTIPS売却に動いてBEI下落、実質金利上昇の流れになった場合は根拠あってやっている可能性が高いが、民間投資家が誰も売買しないままFedが淡々と買い上げる場合は「市場のインフレ期待が高まった」とは必ずしも言えないのではないか。つまりBEIの下落は根拠が伴っている可能性が高いが上昇は水物である可能性がある。最も有名なTIPS ETF "TIP"の総資産額はFedの10分の1にも満たないのでプライシングパワーがなさそう。ファストマネーも壮大な逆張りを張ることには興味がないだろう。インフレスワップは直接Fedの干渉を受けていないがTIPSに影響されるだろう。定量化は非常に難しいものの、インフレ期待にプレミアムが付いていると言われても納得できる。

 とすれば「本当の実質金利」はもう少し高く、タントラム限界点は1.5%よりもう少し近いかもしれない。しかしBEIへの疑問が急にスポットライトを浴び出さない限り、米金利の現水準はタントラムを招くまである程度の距離がありそう。
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 ノルデアは5年ものTIPS利回りが更に激しくマイナス域を下に掘っており、その結果5年先5年のフォワード実質金利が浮き上がっていることに注目している。このフォワード実質金利の浮上はバーナンキショック直前にも見られた傾向とされている。あえて解釈するなら一部のTIPSの保有者が実質金利デュレーションの短期化を図っていそうということになるが、5年TIPSの流動性は水物どころではない薄さらしいのでこちらも眉唾に見える。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。



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