US CPI 
Inflation MoM
 12日に発表された米国のCPIは前年比でヘッドライン+4.2%、コア+3.0%と約12年半ぶりの大幅な伸びとなった。前年比では昨年4月対比になったのでベース効果で跳ねても仕方がないが、前月比もヘッドライン+0.8%、コア+0.9%と高騰している。予想よりもインフレが高騰し、金融引締めを連想させたということで(実際に金利の値動きが限定的であったにもかかわらず)S&P 500の急落を招いた。経済のリオープンに伴いリフレーションの動きが出るのは予想されており、Fedはそれを「一時的な(Transitory)」として金融政策変更から切り離すと宣言してきたが、本当に一時的かについてエルリアン氏をはじめとして市場参加者から疑念が呈されている。"Transitory"という用語までFed当局者の他の用語と同様に皮肉の的となっている。実際、これほど勢いが強いとなるとインフレが一時的かどうかの自信も揺らいでくるというものである。

Inflation Reopening
Inflation Breakdown
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 前月比0.8%のCPI上昇のうち、中身を見るとCPIの13%のウェイトを占める中古車、リオープンカテゴリー(ホテル、外食、イベント、航空運賃など)が0.5%も寄与し、それを除く全てのセクターは残り0.3%を寄与したにすぎない。中古車と航空運賃は前月比で10%も値上がりした。これでは広範な分野でインフレ基調になっているとは言えないだろう。GSがまとめたように2019年までにインフレドライバーだった分野とは全く異なる面々である。
Inflation Travel
 リオープンというイベントは一度しかないので、リオープンによる物価上昇も一度限りに決まっている。コロナショックにより航空運賃は以前より30%落ち込んでからマイナス18%まで跳ねたところであり、ホテルは14%落ち込んでからマイナス6%まで跳ねたところであり、どちらも全戻しの途上であり、また全戻ししない理由はないが、全戻しは一度限りである。コロナ前の軌道に戻ってから更に全戻し途上と同じペースで価格が上昇するにはよほどの構造的な変化が必要だろう。このセクターについてFedは無視するに違いない。
Inflation Car
 中古車は少し様相が異なる。ロックダウンに伴いレンタカー企業が経営危機に陥り中古車を大量に処分していたが、リオープンに伴い再び中古車を買い集めて陣容拡大を試みる動きが見られる。オフィスに復帰させられる会社員の中では公共交通機関を忌避して車通勤を始める人もいるだろう。レンタカーの車隊復元は広義のリオープンに入るかもしれない。一方で供給の方も半導体不足などサプライチェーンディスラプションの影響が出ており、こちらは短期に解消されると決まっているわけではない。もっともグローバル供給網もFedが金融政策を引締めれば回復するようなものではない。
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 GSの予想では供給網寸断によるインフレ押し上げ効果が1年近く続くことになっている。もっともそれを考慮してもコアPCEの伸び率は「4月と5月」で天井を打り、年後半にはFedターゲットの2%近辺に回帰するとされている。
Chip
 供給網のうち海外に依存する分は海外の経済活動再開や生産能力拡大次第となるだろう。半導体などしばらく回復するあてがないものもある。しかし繰り返すようだがグローバル供給網もFedが金融政策を引締めれば回復するものではない。むしろ海外の供給網が復元するまで物価がどうブレようと金融政策変更は様子見になる可能性の方が高いのではないか。
Inflation still catching up
 ここですっかり忘れ去られたアベレージインフレーションターゲットを思い出すと、2018年からFedのターゲットであるPCE 2%インフレ(≒CPIベースで2.4%)が続いた場合の軌道(青い点線)にまだまだ届いていない。2010年からの出遅れを取り戻すには赤い点線までCPIが伸びる必要があり、現状程度の一度限りの上昇で届こうとすると前年比5~6%程度のCPI上昇が必要そうだ。
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 金融政策を考える上で懸念すべきは一度限りで片付けられるに決まっているリオープンセクターよりもむしろ持続的なコモディティインフレである。こちらは供給元の海外がまだリオープンしていなかったり、政治的な理由で供給が制限されたりと物品ごとに理由がバラバラに見えるが、投機的な資金流入も背景の一つになっているとすれば唯一金融引締めが効きそうな分野である。しかし引締めサイクルでは米ドル高になるはずだが今のところその形跡は全くない。金利市場でも例えば3月と比べて差し迫った金融引締めを織り込んだわけではない。
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 一方、たとえば木材価格の高騰が住宅着工を滑らせたように、供給制約に由来する物価上昇は需要サイドをも萎縮させる効果を持つ。
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 またミシガン大の調査によると消費者のインフレ期待も高まっているが、こちらは消費者センチメントを悪化させている。消費者のインフレ期待はあまり深く考えずにガソリン価格によく連動することが知られているが、ガソリン価格上昇がセンチメント悪化に繋がるのはシンプルに可処分所得が減るからである。収入が伸びない限りインフレ期待に基づく消費加速はあり得ないことが知られている。この混乱に伴う物価上昇に対してFedにできることはあまりない。もしFedを始めとする各国中銀が一時的な物価上昇に誤って反応するならば経済の縮小均衡化と資産価格の調整を招くことになるだろう。むしろインフレ懸念というのは「リオープンしたものの供給力の制約(ボトルネック)のせいでそもそも経済が思ったより伸びない」ことの言い換え方の一つにすぎないように見える。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。