PBoC Press Conference
 中国人民銀行(PBoC)が主導する中国不動産業界への融資引締めとその影響について、当のPBoCは長らく沈黙を貫いてきた。それが本ブログも警戒してきたような当局政策の不透明感にも繋がってきたとも言えるが、10/15の第3四半期金融統計数字発表会の記者会見でようやく長い沈黙を破り、不動産企業のクレジットリスクと恒大集団の現状についてアップデートを行った。日本経済新聞やBloombergをはじめとする海外メディアの質問が海外勢が注目する不動産市況に集中した。回答者は調査統計司の司長・阮健弘(Ruan Jianhong)、貨幣政策司の司長・孫国峰(Sun Guofeng)、金融市場司の司長・鄒瀾(Zou Lan)であり、いずれもよくニュースに取り上げられるオフィシャルメンバーである。孫国峰はRRR Cutの有無を読む上で、鄒瀾はシステミックリスクと規制回りで登場する。本記事では主に恒大をはじめとする不動産クレジットについて役に立ちそうなやり取りを探し、全訳を掲載した。

Nikkei
日本経済新聞:「今年の中国金融安定リポート(中国金融穏定報告、9/3公表)は「不動産貸出集中度管理制度(総量規制)は既に恒常的な措置となった」 としていたが、最近多くの都市で不動産価格はクールダウンし、経済成長も減速を始めました。もし今後経済成長が更に減速するようなことがあれば、人民銀行の不動産融資への管理は緩和される可能性もあるか」

PBoC・鄒瀾:「(前略)今年の前3四半期では個人向け住宅ローン貸出金額は安定しており、同期間の住宅販売金額に見合うペースである。中では少数の都市で不動産価格の上昇ピッチが速すぎる例もあり、それらの場所では住宅ローン融資制限が一層の上昇を抑制した。不動産価格の安定化と共にこれらの都市の需給も正常化すると思われる。最近、特定の大型不動産企業の信用リスクが顕在化したのに伴い、金融機関の不動産業界へのリスク許容度は顕著に低下し、一斉に信用収縮に走る行動が見られた。その結果不動産開発融資の伸び率は大幅に下落した。このような一時的な過剰反応はよくある市場現象であり、2019年の包商銀行の経営危機や、昨年のデフォルトラッシュの後もそれぞれインターバンク市場と社債市場で似たような現象が見られた」

 「更に、一部の金融機関では不動産企業30社向け「三線四档(例の三道紅線によって企業群を四色に分ける政策)」の融資管理規則に対する誤解が存在した。「(三つの線を全部ブリーチした)紅組の有利子負債残高を新規に増加させてはならない」を「銀行は紅組に対して新たに不動産開発融資を出してはならない」と誤解したのである。不動産企業が物件を売却して銀行に負債を返済しても次の新規着工に対する融資が付かないといった事案が起こり、一部の不動産企業の資金繰りが圧迫された。これらの現象に対し、人民銀行と銀保監会は既に9月末に銀行を呼んで座談会を開き、主要行に対して不動産金融管理制度を正しく理解・執行し、不動産向け融資の安定した、秩序ある実行と不動産市場の健全な成長を維持するよう指導した」

 要するに、足元民営不動産企業への融資は引締められすぎであり、緩和(追い貸し)方向への指導が必要となり実際に指導を行った、と今サイクルの不動産引締めの責任者である人民銀行は認識していることになる。であればこれ以上追加で新規引締め策が出てくることはしばらくなさそうであり、不動産向け金融政策は限界的に緩和側に振れるだろう。一方、銀行の貸し剥がしはルールの読み間違いなどではなく、どう見ても確信犯である。もはや計画経済でもないのに、PBoCによって貸出先を潰すリスクを冒させられながら、実際に潰れるまで「PBoCに(貸出先を生き延びさせるには足りないものの)貸してよいと言われた枠」を目いっぱい融資するほど銀行も脳無しではない。もしこれが単に無難な表現として選ばれたのではなく人民銀行が事態を額面通りにそう受け取っているとすればポリシーフェイルリスクが首をもたげるが、さすがに過去も年に一度のペースで信用収縮を対応した経験があるPBoCならそれはないと信じたい。一方、インターバンク運用が多く融資総額があまり多くない=不動産融資クォータもあまりない国営メガバンクはともかく、インターバンクで調達して実際に融資を実行する数多くの地方銀行に人民銀行の窓口指導がどこまで効くかが問題になってくる。いずれにしろ、テーマはPBoCの敵意意向から、PBoCの事態をコントロールする能力に移行することになる。
Bloomberg
Bloomberg:「恒大集団の債務危機は国内外の投資家の幅広い注目を集めた。中央銀行として不動産企業が直面するデフォルトリスクをどう見ているのか、システマティックリスクを誘発する懸念はないのか」

PBoC・鄒瀾:「恒大集団の総資産は2兆元に上る。その中で不動産プロジェクトは6割を占め、1000社以上のプロジェクトを法人化した子会社を抱える。近年この企業は市況の変化に従って慎重に経営を進めるのではなく、逆に盲目的に多角化を進めて拡張路線を取り続けた結果、経営と財務指標の著しい悪化を招いた。恒大集団の総負債の中で金融負債は1/3未満であり、債権者は分散されており各個別金融機関のエクスポージャーは大きくない。従ってリスクの金融業界への拡散はコントロールできるものである」

 「足元で担当部局と地方政府は法治化、市場化の原則の下で処置を行っており、恒大集団には資産売却、建築工事の再開、そして消費者の権益保護を督促している。この過程で金融部門は住宅城郷建設部と地方政府と協力しながら工事再開の金融面の支援を行う」

 「恒大集団の問題は不動産業界では個別の事案にすぎない。ここ数年の不動産マクロコントロールを経て、国内の不動産市場は地価、住宅価格、そしてそのセンチメントのどれを見ても安定しており、大半の不動産企業の経営は堅実であり財務指標も良好である。業界全体は健全である」


 負債などの数字は本ブログが先立って整理してきた通りであり、本ブログの読者にとって目新しい話は無い。「法治化(法の支配)」は言っていないのと同じであり、「市場化(市場志向)」とは無原則には救済しないという意味である。金融負債については「総額が少ない」としか言っておらず返済の話は全く出て来なかった。実際、「影響はコントローラブルである」が返ってこない場合のインパクトを指しているのは明白である。一方システミックリスクの質問であるにもかかわらず中断された工事に時間を割いており、会社の財務≒工事の進捗とすら言える。これは前回の記事でも述べたように、デレバレッジは既に土地を仕入れて始まっているプロジェクトの工事を完成させて引き渡すことによってしかできないからである。「恒大の例では販売用不動産は総債務の1割もないので頑張って処分したところで何の助けにもならない。工事が止まるかどうかの方が遥かに重要である」。この回答における扱いの違いがまさに本ブログが最初から主張し、その後のニュースで確認された「工事代金>金融債権」の優先順位そのものである。どこまで窓口指導で思う通りにできるか分からない(窓口指導で他人にクレジットリスクを取らせる大変さは経験済みなはずである)ものの、工事再開への融資支援を優先事項に据える方向性は正しい。ドル債市場を見ても明らかに恒大という個別企業の問題ではなくなっているが、こちらも見て見ぬふりされている。
JDonline
香港経済導報:「最近多くの不動産企業のオフショア米ドル建て社債価格が下落しているが、中央銀行としてそれをどう見ているか」

PBoC・鄒瀾:「最近、個別の不動産企業債のデフォルトリスクの影響で、不動産企業のオフショア米ドル建て社債価格が大幅に下落した。これはデフォルト事件が発生した後の自然な反応であり、過去にも多くの前例がある。たとえばこの間の華融集団にデフォルトリスクが顕在化した後、市場センチメントが急速にリスク回避に傾き、他の資産管理企業(AMC)の株価、債券価格も連れ安し再融資に支障が出た。その後、8月に華融が戦略的投資家への増資が成功するにつれてオフショア債券のディスカウントは急速に縮小し市場センチメントも回復した」

 「関連部局は既にオフショア不動産企業債の変動に注目しており、発行体及びその株主に市場の規律と規則を遵守し、市場化、法治化の原則に基づき自身の債務問題を正しく処理し、法律に定められた債務償還義務を積極的に履行するよう促す。我々は同時に、いくつかの不動産企業は既にオフショア債券のバイバックを始めたことに注目している。これは企業の自身の将来に自信を持っている証であり、市場のセンチメントを回復するのに役立つだろう」

 注目の的になっている米ドル債市場の後始末について中央銀行が正面から回答したのは貴重であるが、肝心の内容は緊張感に欠けたものとなっている。華融は国営であり政府に救済してもらえた。恒大のケースも現金のあてがないとセンチメント回復どころではない。一個上のパラグラフでは恒大に資産売却を催促すると言っており、また国営企業には恒大の資産を積極的に購入するよう指令が出ていたものの、現に資産売却は国営不動産に足元を見られており困難さはむしろ増している。同業以外から謎の資産の引き取り手が急に出てくるともあまり思えず、華融のケースと違って現金が湧いてくる壺は存在しない。自社社債の買戻しについても手元現金がその分減るだけなので何の解決にもなっておらず、ショートカバー誘発以外に意味がある行動にはあまり見えないが、なぜPBoCに高く評価されているかは本ブログの理解が及ぶところではない。ファンタジアのように資金が切れていないと言われているのにあえて利払いを拒否するケースよりは誠意があるということか。

 解説がややぬるいとはいえ、とにかく不動産金融へのPBoCのスタンスが引締めから限界的な緩和に振れたという変化は大きい。10/17に易綱・PBoC総裁もG30バーチャル会合で似たような話を繰り返した。更に10/15には当局が主要行に対して年内の住宅ローン承認を加速するよう求めていたとのニュースも流れた。PBoCによって4月からこちらも総量規制が入っていた、不動産向け融資総額規制のクォータを空けることができるRMBSの発行再加速も認められたという。こうしてデベロッパー向けと消費者向けの双方向を同時に引締められていた不動産向け融資が、双方向とも限界的に開放されることになった。もちろん総量規制が取り払われるわけではないので、実務的には多くの銀行としてはRMBSにローンを移さないことには「加速」と言われても枠が残っていない実情は変わっておらず、住宅販売金額の急速な反発を示唆するわけではない。それに加え9月の住宅販売金額の低迷が示すように、消費者の方もどんなに住宅購入自体に前向きでも、頭金が返ってこないかもしれないとなると当然様子見になる。

 その上で不動産価格については、前回の記事でこれだけは大幅に下落する可能性が低い(クラッシュするとしたら経済が先)としていたのは一層自信を持って維持する。本当に下落トレンドに入ったら地方政府が価格統制を敷いたところで止められないのは常識であるものの、「本格的に当局が住宅価格の急落を食い止めたいなら施策は価格統制ではなく戸籍の一部開放や住宅ローン金利引下げなどが考えられる」としていた通り、価格統制とは異なる方向の多様な対策が取られると前回の記事は予想していた。実際、下落局面で最も脆弱そうな東北地方で黒龍江省ハルビン市が10月に入って不動産開発支援策を発表しており、これが地方都市の住宅価格下支え策のロールモデルとなる。金融政策も含めて少し前にモルスタのElly Chenが「不動産政策の転換点は近い」としていた通りの展開となった。
China MLF TMLF mature
 話題をPBoCに戻そう。バッドニュースしかない金融市況に加え、MLF(とそのケチ版であるTMLF)の大量償還が年末にかけて控えているので、市場では再びRRR引下げ期待が盛り上がった。これについても本土勢が正面から質問した。
SecurityTimes
証券時報:「第4四半期にはMLFの大規模な償還が控えており、中央銀行はこの資金繰りの圧力をどう対応するのか、第4四半期に流動性の大幅な変動を警戒すべきなのか。Fedのテーパリングアナウンスを控えて中国からの資金流出圧力は観察されているか」

PBoC・孫国峰:「(前略)第4四半期、銀行システムの流動性需要は引続き基本的に均衡を維持する予定であり、大きな変動は現れないと思われる。政府の債券発行と税揚げ、更に中期貸出制度(MLF)償還などの変動要因に対してPBoCは流動性、金融機関の需要等を総合的に考慮し、中期貸出制度(MLF)、公開市場操作(OMO)などの多くの貨幣政策ツールを柔軟に活用し、適度、適時に様々な期限の流動性を釈放して短期の需給変動に対応し、金融機関の資金需要を満足し十分な流動性を確保する。同時に構造的な貨幣政策ツールの実施も流動性総量の増加に一定の役割を果たすだろう」

 構造的な貨幣政策ツールは要するに9月に打ち出されてRRR cut期待を萎ませた、資金使途を限定された再貸出である。なかなかの眠い長文であるが大事なポイントは一つしかなく、MLF、OMOから構造的なツールまで触れられているのにRRRは触れられていないということである。MLFの引下げに期待する声もあったが、こちらもどうも中国の市場参加者が恐れているらしいFedのテーパリングアナウンスが近付くにつれ、米ドルへの資金流出を警戒する時間帯に入る。電力価格自由化でPPIも一段と盛り上がりそうな雰囲気となっている。金融緩和転換への道のりは長い。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。