China 70 city property price GS
China big cities new home price FT
 9月の中国の70都市住宅価格は久しぶりに前月対比で下落に転じた。あれだけ民営不動産企業の資金繰りを当局が圧迫し、恒大が潰れるか潰れないかの瀬戸際まで騒ぎを作ったところで、前回の記事でも取り上げた、頭金が返ってくるかどうか分からないがゆえの住宅販売金額の大幅下落を経て、ようやく住宅価格が少し下がったということである。この価格下落は幅広い範囲にわたるものであり、前月対比で価格が上昇した都市は70都市の中で1/3程度となった。もっともそれでも北京、上海をはじめとする大半の大都市でまだ昨年9月対比では住宅価格が高い。

 もちろんこの記事は住宅価格がコンマ1%下がったのを見て政権がビビって民間不動産企業の規制を緩めるだろうという趣旨ではない。不動産価格の微弱な下落にハイジャックされるような政権ならそもそも恒大が経営危機に陥ることもなかったので、そう考えていた市場参加者の大半は市場から駆逐されている。前回の記事では「地方財政が高地価下のランドセールに依存している体質についてここで深入りするつもりはない」 としていたが、不動産引締めの議論を続けるにつれてそこに目を背けていられなくなってきた。というよりこの体質が今サイクルの不動産引締め策の命脈でもある。
China regional gov revenue
 中国の地方財政はランドセール収入(Sales of Land-use Rights, Land-sales Revenue, 土地使用権の譲渡収入)が9割台を占める政府性基金収入(Fitchの表現ではCapital Revenue)が地方政府歳入の1/3を占め、残りは1/3が中央政府からの地方交付金、1/3が地方政府自身の収入である。政府性基金収入への依存度は一口に3割と言っても地域によってばらつきがあり、例えば上海が28%、重慶が36%である。左右の棒グラフの金額を比較しても中国の税収は少なく、GDPに占める割合は大半のOECD加盟国より少ない上にVATなどの間接税に大きく依存することが知られている。これを是正するには直接税、特にその中でも少ない個人からの所得税を増やしていく必要がある。この議論は遅くとも2013年以前から国内外で提言されてきたことであり、最近バズワードになった「共同富裕」もこの流れを汲むものである。特に富裕層からの個人所得税増税と不動産税(固定資産税)の徴税開始が「共同富裕」の目玉ということになる。不動産税も2013年から取り沙汰されてきたがこれまでの進展は極めて限定的であった。
China 2021 cumulative land sales revenue Fitch
China LRG capital revenue and capex trends  Fitch
 今年になって限界的には先年対比で伸び悩んでいるように見えるものの、ランドセール収入は今年になって民営不動産企業がデレバレッジに苦しむ中でも積み上がりつつある(上図)。長期的に見ると、地方政府のインフラ整備などの政府性基金支出(Fitchの表現ではCapex)は政府性基金収入(Capital Revenue, 要するにランドセール収入)に依存してきたのは明白である(下図)。これは基金支出が土地売却に伴う住民への補償支払いやその土地でのプロジェクトに使われるので当たり前でもあるものの(つまり土地売却が減ることによって支出もある程度減る)、いずれにしろランドセール収入が激減すれば基金支出も大幅に減ることは簡単に想像でき、それによって地方の成長が急減速すれば税収減などで返ってきてスパイラル状に地方政府の財政に打撃を与える。そうなると地方政府はより一層中央政府からの交付金に依存するか、断られれば投資の急停止がもたらすGDPの急減速と地方政府の急速な財政悪化が同時に起きることになる。現に多くの調査機関や投資銀行本ブログも取り上げた論理でGDP成長予測を引き下げている。

 フィッチは上の資料を「不動産税の導入によって不動産市況が悪化した場合のリスクシナリオ」を解説するのに使っているが、入り口をデレバレッジのための民営不動産のランドオークション不参加に置き換えても同様である。むしろ、政権が描いた計画はランドセール収入が減った分を不動産税で補うというものであったはずである。不動産税は主に地方政府の収入となり、一回限りのランドセールと違って永久に取り続けることができる。なお固定資産税=不動産税の中国語は「房地産税」であり、2011年に上海と重慶で導入された、建物のみにかかる所有税「房産税」とは別物である。

 中国共産党政権は過去に地主階級、資産家階級から収奪した土地をはじめとする莫大な国有財産を保有しているのでこれまで税収への依存度は低かった。固定資産税もキャピタルゲイン課税も相続税もないなど、公有制の建前がかえって貧富の差の放置に繋がった形でもあるが、建前の多くを取り払った時期も経済成長を優先させる時期と被るので徴税と再分配は後回しになった。不動産税についても「公有制の建前の下で使用権しか所有していないのに、所有していない資産に対して固定資産税を掛けるとは何事か」という批判に対して政権は長らく答えを用意できなかった。そこで現指導部は政敵の大半を粛清した後の強力な実行力を頼りに、共同富裕という名目を考え出し長年の懸案だった税収拡大を推進しようとしたわけである。

 不動産税が導入されれば副作用として富裕層の空室維持コストが上がって物件処分が増え、住宅価格も調整していよいよ「房住不炒」が実現する可能性が高いという前提の下、恐らく政権にとっては「共同富裕」を利用して不動産税を取り始めたいのが先にあって、その不動産市場に与えるインパクトが金融システミックリスクとして波及しないように、あらかじめ民営不動産企業のデレバレッジに取り組む必要があったという整理になるのではないか。とすれば今年の発作的にしか見えない不動産引締め策も納得できるものとなる。

 しかし、肝心の不動産税導入は難航した。この件は4人の副総理の中で最もシニアな韓正(Han Zheng)が担当しているが、意見を募集したところどう見てもエリート層からも党員からも非難轟轟であり、韓正も指導部に対して導入範囲の縮小を建言した。5年間の試験期間の導入を全人代は10/23に承認したが、元々30個の大都市で試験的に導入する予定だったのが10個になり、ついに「当面は1~2都市のみ」という声も上がるほど骨抜きにされてしまった。

 となると不動産税の導入による地方政府の財務体質の改善は遥か遠くの未来の出来事になってしまい、予想できる将来にわたって地方財政のランドセール収入への依存は変わらなそうである。政権は役割を終えたと判断したセクターには厳しいが、今後とも引続きランドセール→不動産企業が家計から頭金をかき集めてオークションに参加→開発、販売のサイクルへの依存が続く以上、不動産企業を大がかりに潰してしまったら自分の首を絞めることになる。現政権の民営企業虐めの後によく見られた「民退国進」パターンに従い、LGFVが公的としての信用を利用して資金を調達してランドセールに参加して自ら不動産開発に乗り出したりしているが、民営不動産の役割を完全に代替することはできない。民営不動産という強欲な徴税代理人と完全に決別できるのはあくまでも不動産税を徴収できるようになってからである。
China HY Index OAS
 つまり民営不動産企業に無理にデレバレッジさせたところで地方政府の財政悪化として返ってくる。この力学に基づき、一旦不動産税が挫折すれば民営不動産企業のデレバレッジ運動も挫折するのは時間の問題である。現に前回の記事で述べた限界的な緩和から始まり、緩和度合いはゆっくりと拡大しつつある。『証券時報』は11/9に銀行間債券市場の規制機関である中国銀行間市場交易商協会(NAFMII)が不動産企業と座談会を開き、国内市場での社債発行とABS発行を巡る規制を緩和する公算が大きいと報じた。ABSは8月には借り換え発行すら認可が下りなかったそうだが、それが借り換えなら認められるようになりそうだ。指数ベースで25%の利回りを要求される海外市場(米ドル建て社債発行)への復帰はまだ絶望的であるものの、国内市場で資金調達を再開できれば多少なりとも流動性を取り戻すことができる。
China Individual Residential Home Mortgage Outstanding
 また、PBoCは通常クォータリーにしか発表して来なかった住宅ローン残高について直近の月次データを開示しており、それを中国証券報と上海証券報、証券時報が一斉に1面で報道した。住宅ローン残高は総需要の手前で総額規制されておりゆっくり増え続けるのは当たり前なのでこれは口先介入でしかないが、緩和的なメッセージ性を出そうとしていることは間違いない。
China New Loan to citizens
 メッセージ性を持たせたはずの棒グラフが見づらければ社会融資総額(TSF)の個人向け融資の前年比で代用できる。

 更にPBoC(中央銀行)は財務上問題を抱えた不動産企業がプロジェクトを国営企業などに売却した場合、関連債務が購入側の債務比率に影響しない形で資産を引き継げるように調整することを、恐らく買収する側の国営不動産企業からの要請を持ち帰る形で「検討している」とWSJが報道されている。今のところ要請が行われたにすぎないが、もしこの調整が行われればいよいよ業界の総負債増加への道が開かれ、前回の記事で取り上げた三道紅線枠内の追い貸し要請と違って三道紅線自体の形骸化となる。いずれにしろ、「房住不炒の原則を堅持しつつ不動産企業の合理的な融資需要に応える」という弁証的な言い訳の元で様々な方向からの三道紅線形骸化の動きは続きそうである。であれば民営不動産企業の社債指数にしろ株式指数にしろ、センチメントとバリュエーションの修復余地が出てくるいうことになる。

 一方、調達引締めを多少緩めたところで今いま資金繰りに苦しんでいる不動産企業が一個残らず円満に破綻を回避できるようになると保証されるわけではない。恒大などはクレカ払い感覚で全てのドル債利払いをとりあえずスキップしてから1ヶ月後のデフォルト認定日直前に毎回返済するなど綱渡りな運営が続く。前回の記事でも触れたように、当局の意向は明らかに限界的に緩和方向に反転しつつあるので問題にならなくなってきた。次は当局が平地で起こした乱の後始末を事故なく行う能力が問題になる。
China Housing Price
 以前の記事に続いて言えるのは、これだけのストレスを掛けられても住宅価格がほとんど下がらないなら本当に下がりづらそうということである。たとえ将来不動産税を導入したところで、地方政府の税収が増えた分ランドセールは減るのでやはり不動産価格は下がらなそうである。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。