以前の記事:

北朝鮮問題における米中のトラウマ (1) : 金利とセンチメントから資産価格を考えるブログ

北朝鮮はICBMに続いて水爆実験にも成功し、完全に米中の二大国を翻弄した。ここで、米中ともにろくに動けなくなった理由となっているそれぞれのトラウマについて書いてみようと思う。 米軍のトラウマは当然朝鮮戦争である。1950年6月25日に突如始まった北朝鮮軍の南進に対


 元々「同じ民族が停戦ラインに沿って分断された国家のうちの東側」である北ベトナムは北朝鮮と似たような立ち位置であり、ベトナム戦争でも中国は軍事物資と顧問団の双方を送り込んで北ベトナムを支援していた。しかし、中国はソ連との関係悪化からベトナム戦争の最中から対米接近を図り、1972年2月にはニクソンが訪中している。後世から見るとニクソン訪中は「戦争終結のため」と軽く言えるし、中国もベトナムでの軍事的プレゼンスをディールの材料として十二分に活用できたが、北ベトナムから見ると空爆で苦しんでいる時の米中接近は中国の裏切り行為に他ならなかった。結局、(反戦運動に毒された我々のイメージとは異なり)米軍の北爆と米中接近で四面楚歌になった北ベトナムは1973年1月にパリ協定に署名し、南北統一を諦めて停戦に同意する。この時も、さらに1954年にフランス軍を追い出した後にジュネーブ協定で17度線を初めて引かれて南北分断された時も、中国は北ベトナムに西側に妥協するように説得していたという。
0417namfall02

 しかしその後、北ベトナムはパリ協定のわずか2年後に米軍の支援を得られずほぼ無防備になった南ベトナムに再侵攻し、1975年4月30日に南ベトナム首都のサイゴンを陥落させた。こうしてベトナムが自力で統一されると、戦争中に敵国の米国に接近し、またディールメーカーとしてベトナムの南北分断を二度も作った中国は非常に気まずい立場に立たされた。ベトナムは戦争終結後直ちに華僑排斥を始め、またカンボジアに侵攻して米中が支援していたポル・ポト政権を打倒した。迫害された華僑の多くはボートピープルとなって香港を目指して脱出し、時には九州にも漂着したという。 
IMG_4771
 途中で米国に接近したとはいえ一応は国を挙げて北ベトナムを支援してきた中国から見るとこちらも裏切りであり、1979年2月に懲罰戦争と称して中国陸軍がベトナムに侵攻する。最終的にこの戦争は10年間続き、中国は南沙諸島の一部と国境地帯のいくつかの山を獲得したが、緒戦では文化大革命で精神論に毒されて弱体化していた中国陸軍が苦戦し、わずか1ヶ月で万を超す戦死者を出したと言われる。両国ともに東側であり信頼できる資料がないため全体像は不明だが、語り継がれている断片では集団突撃する中国軍歩兵が機関銃で部隊ごとなぎ倒されたり、文化大革命で階級と階級章を廃止したため士官が戦死すると後任士官が来ても兵士たちが識別できなかったり、住民からもゲリラ戦を仕掛けられたり、しまいには大隊ごとベトナム軍に包囲されて投降する有様だったという。ベトナム戦争の時に最新鋭兵器を中国軍への配備よりも優先してベトナム支援に出していたのも仇となった。

  中国からすると、一旦子分を作ってから中途半端に突き放すと、元々の敵よりも憎い存在になってしまうというのが教訓になったと思われる。現に米国・ベトナム関係は中国・ベトナム関係と比べて悪いわけではない。その後中国と韓国の国交正常化も、北朝鮮が第二のベトナムにならないように配慮して南北朝鮮の国連加盟後まで待たねばならなかった。今回の北朝鮮問題も同じである。米国がどうせ北朝鮮と戦う勇気がないのが明白である以上、ある日あっさり北朝鮮と平和条約を結んで核保有を承認する可能性が高い。その時には米国に言われるままに原油供給を止めて北朝鮮に圧力をかけていた中国が北朝鮮の最大の敵になってしまう。米中共同で軍事行動など論外だ。中国が北朝鮮を明らかに嫌っているのに今ひとつ歯切れが悪いのはこのトラウマから来ていると思われる。

 蛇足となるが、朝鮮戦争を教訓として考える時にもう一つ忘れられないのはソ連の役割である。ポーツマス条約で失った旅順港と満鉄を、戦後ソ連は満州出兵の代償として再び租借していた。毛沢東率いる中国共産党は国共内戦で序盤こそソ連から関東軍の鹵獲兵器を分けてもらったものの、それ以降ソ連からほとんど援助を受けられなかった。自力で中国を統一すると、特にソ連一辺倒になる理由がない毛沢東はスターリンに対して旅順と満鉄の返還を要求した。ソ連は建前上社会主義国なので正面から拒否しづらいが当然面白くないので交渉は難航した。中ソの対立を察知した米国も中国を取り込むために台湾の放棄を示唆した。そこでスターリンは金日成の南進を許可して朝鮮戦争を起こさせ、米中両国を戦争に引きずり込んだと言われている。ソ連が安保理会議で欠席して否決権を行使せず、国連軍の介入を正当化することになったのは老いたスターリンが正常な判断を下せなくなっていたためと解釈されているが、恐らくわざとだろう。地理的にも北朝鮮は日中韓の心臓部から近いがロシアとは人口の薄い沿海州で接するだけであり、ロシアは北朝鮮が暴れても最も安全な立ち位置におり、常に北朝鮮を駒として使いやすい立場にある。

この記事は投資行動を推奨するものではありません。



コメント

このブログにコメントするにはログインが必要です。