北朝鮮が全ての説得や圧力を跳ねのけて核戦力保有に突っ走る原動力について、TV番組でも金正恩はサダム・フセインやカダフィの轍を踏むのが怖いからという話を見るようになったので、まだ陰謀論の感がなくもないが三連休にこの二人について調べてみようと思う。
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1983年、国交正常化の特使としてイラクを訪問したラムズフェルドと握手するサダム・フセイン。
G8+L+Aquila+Summit+Concludes+OiJa-YE9jDrx
2009年のローマG8にて、西側に溶け込もうとするカダフィ大佐。
 イラクは第二次世界大戦後も王政が続いていたが、1958年にクーデターで王政が崩壊し、その後の混乱で頭角を現したサダム・フセインが1979年に大統領に就任した。21世紀を生きる我々から見た反米のイメージとは異なり、フセインが大統領になって最初に取りかかったのは、イスラーム革命で反欧米政権を樹立した隣国イランへの侵略(イラン・イラク戦争)だった。イスラーム革命の波及を阻止したい欧米がやりたかったイランへの干渉戦争を、サダム・フセインが欧米の手先になって実行に移した形であり、欧米はこぞってサダム・フセインを支持、支援した(イランの支援者はシリアと北朝鮮などアレな面々が中心であった)。米海軍も散発的にサダム・フセインの味方としてイラン軍と交戦している。緒戦こそイラン軍が革命で混乱する中でイラク軍は優勢に立ったが、その後はイランは大国ならではの粘り強さを発揮して戦争は膠着化した。この間、フランスの援助で建設した原子炉をイスラエル空軍の空爆で破壊される事件があり、また対イランで化学兵器を度々使用した。軍事マニアの興味を引いて止まない多薬室砲の研究も行なうなど、イラクは総じて大量破壊兵器の保有に積極的だった。全て欧米の手先として働いていた時代の出来事なので、これらの企みが欧米政府から非難されることはなかった。

 イラン革命を主導したホメイニ師が1989年に死去し、イスラーム革命波及の心配がなくなると、サダム・フセインは用済みとなった。欧米の手先として戦っていた間は黙認されていたクルド人弾圧など人権問題が取り上げられるようになった。10年間にわたった戦争の結果、イラクは中東最大の軍事国家になった代わりに国内経済を悪化させた。アラブ世界と欧米のためにイラン・イラク戦争を戦い抜いたにもかかわらず、クウェートに戦後復興のための原油価格引き上げも妨害される(とサダム・フセインが考える)と、クウェートを侵攻し、併合を試みた。欧米は直ちに多国籍軍を作ってイラク軍主力を一方的に撃破し(湾岸戦争)、以後10年以上にわたりイラクは軍事力の低下と経済制裁に苦しむことになる。

 2001年に9/11が起きると、米国のブッシュ政権はまるでサダム・フセインが9/11を起こしたかのように、イラク攻撃に積極的なった。IAEA報告によると20世紀の間にイラクは核兵器開発を放棄していたし、またイラクは湾岸戦争の停戦協定に違反して保有していた長距離ミサイル「アルサムード2」を破棄したが、それでも2003年に「大量破壊兵器保有に対する武力制裁」という理由で米英軍の「有志連合」によって徹底的に侵攻された。長い経済制裁で弱体化していたイラク軍はすぐに敗走し、サダム・フセインは首都バグダッド陥落から半年間の潜伏を経て米軍に拘束された。

 戦闘において噂の大量破壊兵器が使用された形跡はなかった。また戦後の調査でも大量破壊兵器は発見されなかった。正当な理由もないまま国を滅ぼされたサダム・フセインは2006年に絞首刑に処された。拘束から収監、裁判の映像は全世界に流れ、当然北朝鮮の指導部も見たと思われる。その後サダム・フセインがいなくなったイラクがIS発祥の地になったことは記憶に新しい。

 次にリビアのケース。1969年にクーデターでリビアの王政を崩壊させ、国家指導者となったカダフィ大佐は反欧米主義を掲げ、1980年代に欧州の空港や航空機で爆破テロを何度も行ない、米軍からも住居を空爆されたりしていたが、2000年代になるとイラク戦争の結果を見て反欧米を取り下げ、テロ犯人を国際法廷に引き渡したり米国に補償を行ったりしていた。北朝鮮の支援で核開発を行なっていたが、こちらも2003年にIAEA査察団を受け入れ、核、化学、生物など大量破壊兵器計画を放棄した。2008年に米国と国交を正常化させ、2009年にはオバマ大統領と握手も交わした。しかし、それでも安全を手に入れることはついになかった。

 2011年に両隣のチュニジアとエジプトでアラブの春が起こると、欧米はリビアでも反政府デモを扇動した。我々が想像するデモンストレーションではなく、王政が打倒された後くすぶっていた王党派の武装蜂起だったとする観測もある。カダフィ大佐はこれを軍事力で鎮圧し、一時は多数の犠牲者を出しながらもほぼ成功したが、NATO軍が「人道的介入」の名目で介入し、政府軍を空爆して情勢を逆転させた。NATO軍の支援を得た反乱軍は逆にリビア全土を制圧した。カダフィ大佐はリビア国内で2ヶ月潜伏した後、フランス軍と米軍の戦闘機に車列を爆撃され、爆撃を避けて排水管に隠れたところを反乱軍に拘束され、直後に無抵抗なまま五男と共に銃殺された。この時の映像も全世界に流れ、当然北朝鮮の指導部も見たと思われる。IS発祥の地となったイラクと同じく、カダフィがいなくなったリビアも内戦状態となり、地中海を渡って欧州に向かう難民の多さで話題となっている。

 フセインもカダフィも、大量破壊兵器を放棄しても結局侵攻/政府転覆され、殺害された。大量破壊兵器がもしあったら米軍は簡単に侵略できなかったかもしれない。或いは大量破壊兵器があっても男気を出して攻撃したかもしれないが、今の米国の北朝鮮への対応を見ると男気のかけらもない。いずれにしても大量破壊兵器の放棄は絶対的な死を意味した。この二人の末路を見ても、もし北朝鮮が大量破壊兵器を放棄すれば遠くない将来に言いがかりをつけられて軍事侵攻や政府転覆されて殺害されると予想できないほど金正恩は頭が弱くない。現に北朝鮮はリビアへの軍事制裁決議が採択された時、「リビア核放棄方式とは、安全保証と関係改善という甘い言葉で相手を武装解除させた後、軍事的に襲う侵略方式だということが明らかになった。地球上に強い権力と横暴な振る舞いが存在する限り、力があってこそ平和を守護できるという真理が改めて確証された」述べており、表現は雑だが概ね本音と思われる。

 トランプが北朝鮮の意志を全く変えられなかったのは彼の責任ではなく、中東でやりたい放題やってきたブッシュとオバマのレガシーである。また、以上の経緯が核戦力保有にこだわる理由であるとすれば北朝鮮の目が向いているのはあくまでも米国であり、もとより体制転覆に興味がない人畜無害の日本と、体制保護を提供してくれない中国は両方視野に入っていないと思われる。

この記事は投資行動を推奨するものではありません。



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