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 金融庁が29行の都銀地銀に提出させたデータを元に作った「投資信託の販売会社における比較可能な共通KPIを用いた分析」が話題を呼んでいる。中でも「主要行9行と地方銀行20行の窓口で投信を買った客全員の今年3月末と購入時の投信の評価額を比べた。顧客が払う手数料も引き、実質的な「手取り」を試算すると、46%の人の運用損益がマイナスで、損をしていた」という結果は衝撃的に見えるだろう。リーマンショック以降資産価格はずっと上昇傾向にあったにもかかわらず、一部の銀行が窓口で「正しい商品を勧めなかった」せいか、顧客の半数近くは恩恵に預かれず、投信で損を抱えているというのである。もしそうなら銀行はもはや社会悪である。

    結論から言うとこれは眉唾な話だ。まず投信などファンドの評価はそれ自体が一つの学問であり、「運用損益別顧客比率」などという金融庁が思い付いた新しい切り口で代用できるものではない。それでは金融庁が挙げた三つのKPIをそれぞれ見ていこう。
 

①運用損益別顧客比率
 個人顧客の46%が損していると話題になったのはこちらのKPIだ。含み損の顧客が直感より多い理由はすぐに二つ思いつく。一つは投資家の行動パターンだ。「一般的な個人投資家の傾向として、2割程度の利益が乗ると売却して実現益を出し、含み損のある投信は抱え続ける」という。これは直感的にも納得できる話であり、含み損は損ではない、売らなければ損は確定しない、と言って利小損大トレードを続ける身内を説得するのは至難の技だ。利益が出た投信は利食われやすいため、この統計に入っていないことが多いのだろう。ヘッジファンドの運用成績を評価する時に「パフォーマンスが悪いファンドは閉鎖されるため、生き残ったファンドの成績だけ並べると実績よりも良く、今から様々なヘッジファンドに投資すると思ったよりリターンが上がらない」という生存バイアスが教科書に載っているのに対し、これは逆生存バイアスとも言えるだろう。もちろん、銀行員側としても利を伸ばし、損を確定するよう顧客を説得すべきだったかもしれないが、所詮は相場であり正解はない。最終的な意思決定はあくまでも投資家がするものである。

 もう一つは分配金の存在だ。金融庁に批判されてきた毎月分配型投信では、投資家は毎月分配金を受け取る代わりに評価額が下がっていく。この場合、投資で損したのではなく分配金を引き出して飲み食いに使ったのだ。退職金を運用する高齢者などは年金と投信の分配金くらいしか収入源がないわけで、生活で取り崩しながらなおも総資産を毎年増加させ続けるというKPIは高すぎるハードルではないか。本ブログとしては毎月分配型投信を不利にするという目的ありきでこのKPIが考え出された可能性を疑う。毎月分配型が悪なら、退職金を分配しない投信で正しく複利で運用しながら手動で毎月少しずつ解約して銀行口座に出金して使うのが善なのか。

*分配金は損益にカウントされているとのご指摘を頂きましたのでこのパラグラフは削除させて頂きます。
https://www.fsa.go.jp/news/30/sonota/20180629-3/02.pdf
HoldPeriod
 顧客の投信の平均保有期間と含み益顧客の割合の関係。ここ数年はたまたま上昇トレンドが続いたとも、長期投資は素晴らしいものであるとも、含み益投信を売らなければ見かけ上の運用損益率は良くなるとも解釈できる。

②投資信託預り残高上位20銘柄のコスト・リターン
CostReturn
 コスト・リターンとはまた新しい概念であるが、①ほど突っ込みどころは多くない。5年間程度ではリターンは(資産の種類に依存する)結果論な気もしなくもないが、高コストは当然高い運用利回りを約束するものではない。投資家にとってよほど特殊なテーマやアセットクラスに思い入れがない限り、なるべくコストの安い投信を選ぶべきだというのは正しいだろう。リターンはどっこいどっこいなのに、都銀の方がややコストが高く地銀が安いのが特徴だ。

 ここで一つ注目してみたいのは、28行?29行?の全ての預り残高上位20投信のリターンは5年間で3%〜11%とプラス域で分布していることだ。①と合わせると、銀行はプラスリターンの投信しか提供していないのにどうして半分近くの顧客は「損した」のか。保有期間もちょうど2から5年だ。①で二つほどカラクリを挙げたが、よほど売買タイミングが下手だったとかでなければ、こういう裏があると思わなければならない。 

③投資信託預り残高上位20銘柄のリスク・リターン
SharpeRatio
 いわゆるシャープ・レシオ。最もまともな指標である。一個だけ良い地銀がいるが、他はどっこいどっこいだ。肝心な「リスク対比の良質なリターンを上げたファンド」を多く売ったかどうかでは、ほとんどの銀行は差が付かなかった。確かに11%のリターンを弾き出した地銀が一行目立っているが、一行だけ突出して良いのを他行も見習えという構図ならどうしても悪い前例を思い出してしまう。
CostReturn
SharpeRatio
  QUICKの記事はさらに踏み込んで、金融庁は「5年以上存続した投信」だけを対象としているが、売れ筋の新しいテーマ型投信を加えると「コスト・リターン、リスク・リターンともに正の相関がある」と、テーマ型投信が嫌いな金融庁に正面から喧嘩を売っている。そして記事のまとめには筆者も同感である。「投資家にはこの指標に過剰反応しないでほしい、とも思う。投信を買って損失が出たら、それは市場環境が悪かったのか、金融機関の売り方や運用に問題があるのか、それとも自身の判断が間違っていたかのいずれかだ。ある意味、共通KPIの数値には投資家自身もいくばくかの責任があるはず。指標の公表をきっかけに「損をしたら何でも金融機関のせい」という風潮が広がらないよう願いたい」

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。