Nikkei EPS
 日本株のEPSが改善している一方で株価の息切れが目立っている。7/31にETF購入の柔軟化を決めたばかりだが、むしろ増額すべきではないかという主張が目立つようになった。

 7/31の日銀金融政策決定会合で出たある質問
からこの話題が始まった。量的質的緩和の「質的」とはリスクプレミアムを圧縮するためということになっていた。しかし足元は「むしろPERが下がってリスクプレミアムが上がっているではないか」という視点がある。

「(問) 本日も少し修正のありました、ETFに関する政策について、改めて お聞きしたいと思います。かねてから、金融政策の中でETFを購入している ことに関しては、リスク・プレミアムに働きかける、という言葉を使っていらっ しゃいます。どんなところでその効果を判断されているのでしょうか。ちなみにETFを最初に購入した 2010 年 11 月、日経平均ベースのPERは16倍程度でした。これを逆算して益回りを出して国債のリスクフリーレートを引くと、 おそらくリスク・プレミアム、一つの試算としてはその当時 5%くらいだった かと思います。今現在PERは13倍程度、金利を差し引くとリスク・プレミ アムは多分 7%台半ば。始めた時と今とを比べると上がっている、あるいは、 もうちょっと単純にいってPERは、最近は下がり気味ですが、リスク・プレミアムに働きかけるという効果は、どこで検証できるのでしょうか」

 黒田総裁はPERによるリスクプレミアムの評価について「様々な指標をみて議論をしています」とスルーしている。更に、このやり取りを見て「リスクプレミアムが上がっているのだから日銀はむしろETF購入額を増やすべきだ」という主張まで出てきた。リスクプレミアムとは何か。

PERとリスクプレミアム

 「リスクプレミアムを要求する」とは「割安でないと買わない」ということだ。では何が割安なのか。債券なら満額で償還される前提の下で利回りが決まっている。社債投資で国債に比べてリスクプレミアムを要求したいなら、国債より何bpか高い利回りでしか買わないと決めれば良い。ところが株の運用利回りは事前に確定しないため、この水準で買えばこの利回りが得られそうだ、というのは自明ではない。

 現代ポートフォリオ理論の一つであるCAPM(Capital Asset Pricing Model, 資本資産評価モデル)では個別株のリスクプレミアムが登場する。曰く、βリスクが唯一のリスク指標となる効率的市場で個別株は市場リスクとの連動性(β)次第でリスクプレミアムを要求される。今回議論になっている指数のリスクプレミアムは市場リスクそのものだが、市場リスクは結局過去数十年の指数の平均収益率からリスクフリー金利を引いて算出されることが多い。指数のパフォーマンスが良い時代ほどリスクプレミアムが高かったことになるのは直感に反するのでこの路線は行き詰まる。
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  そこで冒頭の会話のように割安・割高指標と言われるPERを使うというわけだ。PER(Price Earnings Ratio、株価収益率)は株価 ÷EPS(1株当たり純利益)であり、発行済株数をかければ時価総額 ÷純利益でもある。今の時価総額が何年間の利益に相当するか、という指標であり、今の水準の利益が続けば5年で回収できる銘柄もあれば25年、100年かかる銘柄もある(ただしこれはあくまでもEPSを利回り化したものであり株主還元利回りではない。またEPSも変動するので、PER 5倍の株に投資しても本当に5年で回収、つまり倍になるわけではない)。このPERの逆数をとって益回りとする。PERが低ければ益回りは高くなり、それから国債金利を引いたのがリスクプレミアムとされている。短期的にはEPSは安定しているので、株価が上がるとPERが上がってリスクプレミアムが低下する。過去を見ると日本株指数は長期的にはEPSに比例する形に収斂している(≒PERは長期的に安定している)
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 足元では日経平均企業EPSが上昇している一方で株価はキャッチアップできていないため、PERは低迷している。ではリスクプレミアムが高すぎるかというと、先行きに対する見通しとリスクプレミアムは正確に切り分けることは難しい。アベノミクス開始時にはEPSが動き始める前から株価とPERが上がり始めていたが、では株が割高だったかとというとそうでもない。貿易戦争や円高などで足元のEPSを維持できないと判断された場合はその逆が起きることもあり得る。その時に、日銀はそれに逆らってあくまでもPERが一定になるまで、つまり指数が指数EPSが同じチャートを描くようETF買入れ介入を行うべきかというと、明らかにそれをやる意義は薄い。散々買入れを行なった挙句に、本当にEPSが落ち込んできてPERが正常化したら買入れをやめるべきということにもなる。もちろん、市場参加者が考えすぎに陥っており結局EPSの落ち込みがやって来ない場合もあり、その時はPERの低さがまさに「疑い深い市場参加者が要求したリスクプレミアム」のせいということになり、割安さの修正がどこかで進むだろう

「米株のリスクプレミアムも拡大」

SPX PER
 奇しくも、米株でも同じ構図の主張をする人がいる。米国企業の2019年の予想EPSは減税もあって大きく伸びているが、S&P 500は今年に入ってから伸び悩んだため、過去最高値更新中とはいえフォワードPERが低下している。米株の足元フォワードPERが16倍であり、一方10年金利が3%弱である場合のヒストリカル平均PERは19.5倍とのことなので、S&P 500は実に22%のリスクプレミアムが載っている逆バブルだというのだ。日米共に株が超絶割安と見るか、PERはその程度の眉唾指標であると見るかは各人の自由である。いずれにしても同じ論法を当てはめると米株にもリスクプレミアムが乗っているようなので、日本株のリスクプレミアムが足元で高まっているのは日銀のせいではない

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。