スマートフォンの通信料金の引き下げが話題になっている。元々この話題は2015年9月に安倍首相が総務省に携帯料金引き下げ検討を指示したことに始まっているが、その後楽天の通信キャリア事業参入など、通信デフレのヘッドラインが定期的にくすぶってきた。2018年8月21日に菅官房長官が「携帯電話料金は4割程度下げる余地がある」と発言し、更に2018年10月31日にNTTドコモがそれをうけて実際に2019年から2〜4割程度の引下げを発表した。そのたびに各通信会社の株が激下がりした。楽天の通信事業参入の日に至っては楽天株自身も暴落している。
通信3社(NTT・NTTドコモ、ソフトバンク、KDDI)は時価総額が大きいので、通信デフレのニュースが出るたびに海外環境と関係なくTOPIXが大きく押し下げられてきた。冒頭のチャートの水色で囲まれたところが2017年12月14日の楽天参入、2018年8月21日の菅長官による携帯料金4割下げ発言、2018年10月31日のNTTドコモ値下げ発表のそれぞれの日のTOPIX日足である。8月21日などはS&P 500が夜間に史上最高値を更新していたが、3日間共にTOPIXは陰線で終わっている。今後も通信で値下げのニュースが出た場合、指数を寄りで売って後悔することはなさそうだ。
ところで、わざわざ一業界の値段設定に対して当局があえて口を出す根拠は何か。単純に儲けすぎが気に入らない、というだけでは説得力に欠ける。公共の回線を使わせて頂いているのだから薄給で儲けずに働け、と言われても、これから5Gの導入に向けて世界各国が規格争いしている中であまりにも浮世離れしている。急に家計への気遣いに目覚めたというのが表向きの背景になるだろう。
総務省の家計調査を見ると、携帯料金(移動電話通信料)が家計支出に占める割合が年々上がっているのは事実である。しかし2010年〜2016年にかけての6年間で8万円から9万6千円へのせいぜい20%の増加であり、年率3%程度の上昇である。その過程で携帯電話が固定電話を代替しつつあり、固定電話コストの節約分を肩代わりしていることを考えるとトータルの電話通信料で見るべきであり、そう考えると携帯料金負担の増加は6年間で11%、年率で高々1.8%の増加である。2013年以降の本邦のインフレターゲットが年率2%であること(ここは笑うところではない)を考えると、「本邦当局が目指している全業界の理想的な値上げっぷり」と比べて少し甘いというペースである。更にその間にモバイル通信が3GからLTE(4G)に変わっており、回線速度も上がっているので物価指数の品質調整の考え方からすると更に優等生である。
更に、この負担増は通信会社のあこぎな値上げによって実現されたわけではない。総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」の結果が示す通り、平日の平均1日あたりモバイル端末からのインターネット利用時間は10代から60代の全体平均で67分から82分と22%も増加している。22%も利用頻度を増やしたサービスの負担が11%増えたのは果たしてサービス提供者が悪いのか。
現に、携帯通信料が消費者物価指数にどう影響を与えているかを日銀の展望レポートで見ると、MVNOが広まった2016年以降を中心に、携帯通信料は既に消費者物価指数にデフレ的影響を与えている。それを、今回4割値下げで更に大きく深くデフレ的影響を与えよういうのが官房長官の主張である。携帯会社3社がそれに従った場合、2%の物価目標に向かって日銀が実らぬ努力をしている横で、更に最大-0.85%のインパクトが与えられるという。
これは消費者の立場に立って考えて見ると恐らくある程度は納得できる。しかし、それはこの話が恐らく暗黙のうちに、消費者には一定の予算制限があり、その範囲内で消費を行うことを前提にしているからである。制限なく消費できるなら個別物価の下落を待つまでもなく欲しいものを全部買えば良い。その理屈で全ての物価(一般物価)が上昇した場合はどうなるか。個別物価下落による節約の逆で支出が増えるから、消費全体を切り詰めなければならない。ではなぜインフレを目指すと良いことがあると思ったのか。
いずれにしても、現水準の携帯通信料負担の増加にも耐えられないようでは、2%の物価目標など噴飯ものであり、万が一実現でもした日には大混乱になるだろう。
焦点:官房長官発言で携帯各社に激震、狭まる値下げ包囲網 - ロイター
携帯参入の楽天株が急落、競争懸念でドコモなど通信株も軒並み安 - Bloomberg
家計におけるICT関連支出 -総務省
生活の中心になりつつあるスマホ(4年間の質的変化)-総務省
最近の携帯電話市場の動向と消費者物価 - 日銀展望レポート
携帯通信料値下げ、物価下押し 最大0.85% -日経
ここからはただの批判
2018年になって通信料引下げ圧力が強まったのは明らかに消費税増税の家計に与える影響を緩和するためである。円安誘導(失敗)のためのマイナス金利政策では銀行業が犠牲になり、消費税増税では通信業界が犠牲になった。時価総額ウェイト指数に対する政治発の下押し圧力は強く、頻繁である。特にNTTは財務省が筆頭株主であるわけだが、政治的な理由から筆頭株主を企業価値を大きく切り下げるような行動を容認する、ないしは要求する、という可能性を考慮しながら投資をせねばならないその他株主は難儀である。ところで、わざわざ一業界の値段設定に対して当局があえて口を出す根拠は何か。単純に儲けすぎが気に入らない、というだけでは説得力に欠ける。公共の回線を使わせて頂いているのだから薄給で儲けずに働け、と言われても、これから5Gの導入に向けて世界各国が規格争いしている中であまりにも浮世離れしている。急に家計への気遣いに目覚めたというのが表向きの背景になるだろう。
携帯料金は今までも値下げが続いてきた
総務省の家計調査を見ると、携帯料金(移動電話通信料)が家計支出に占める割合が年々上がっているのは事実である。しかし2010年〜2016年にかけての6年間で8万円から9万6千円へのせいぜい20%の増加であり、年率3%程度の上昇である。その過程で携帯電話が固定電話を代替しつつあり、固定電話コストの節約分を肩代わりしていることを考えるとトータルの電話通信料で見るべきであり、そう考えると携帯料金負担の増加は6年間で11%、年率で高々1.8%の増加である。2013年以降の本邦のインフレターゲットが年率2%であること(ここは笑うところではない)を考えると、「本邦当局が目指している全業界の理想的な値上げっぷり」と比べて少し甘いというペースである。更にその間にモバイル通信が3GからLTE(4G)に変わっており、回線速度も上がっているので物価指数の品質調整の考え方からすると更に優等生である。
更に、この負担増は通信会社のあこぎな値上げによって実現されたわけではない。総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」の結果が示す通り、平日の平均1日あたりモバイル端末からのインターネット利用時間は10代から60代の全体平均で67分から82分と22%も増加している。22%も利用頻度を増やしたサービスの負担が11%増えたのは果たしてサービス提供者が悪いのか。
現に、携帯通信料が消費者物価指数にどう影響を与えているかを日銀の展望レポートで見ると、MVNOが広まった2016年以降を中心に、携帯通信料は既に消費者物価指数にデフレ的影響を与えている。それを、今回4割値下げで更に大きく深くデフレ的影響を与えよういうのが官房長官の主張である。携帯会社3社がそれに従った場合、2%の物価目標に向かって日銀が実らぬ努力をしている横で、更に最大-0.85%のインパクトが与えられるという。
一般物価を考える
では政府が日銀のリフレーションへの努力を妨害するのが道徳的に悪かというと、そんなことはない。全ての物価下落は消費者にとって歓迎すべきことであり、それと同様に携帯料金の切り下げも歓迎すべきことである。一部では個別物価と一般物価の違いを持ち出し、いや消費者が携帯通信料を節約した分のお金は他の買い物に回せるから一般物価には影響が出ない、とする擁護が入っている。ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンの言う「スイッチ効果」に基づいているそうだ。これは消費者の立場に立って考えて見ると恐らくある程度は納得できる。しかし、それはこの話が恐らく暗黙のうちに、消費者には一定の予算制限があり、その範囲内で消費を行うことを前提にしているからである。制限なく消費できるなら個別物価の下落を待つまでもなく欲しいものを全部買えば良い。その理屈で全ての物価(一般物価)が上昇した場合はどうなるか。個別物価下落による節約の逆で支出が増えるから、消費全体を切り詰めなければならない。ではなぜインフレを目指すと良いことがあると思ったのか。
いずれにしても、現水準の携帯通信料負担の増加にも耐えられないようでは、2%の物価目標など噴飯ものであり、万が一実現でもした日には大混乱になるだろう。
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。