

かつての中国で立退きを拒否し、不動産業者(と地方政府)と戦う釘子戸(Nail house, ど根性ビル)が話題になったことがあった。住んでいた家が再開発地域になり、補償が足りないとして立退きを住民が拒否すると、不動産業者によって家の周囲を濠のごとく掘り下げられたり、道路のど真ん中に放置されるなど兵糧攻めを受けた。その図がとても絵になったので国内外でセンセーションを引き起こした。それを見た我々は「不動産所有権のない国の人民はかわいそう」「私有財産権が保証されない国の人民はかわいそう」と上から目線で同情したことだろう。
ところで、2007年に立ち退きが決まった重慶市の孤島ビル(上図)の所有者は400万元(約6000万円)、7年間高速道路に囲まれながら最後まで粘り、2017年に立ち退いた区分所有者(下図)は1100万元(約1億7820万円)を手にしている。神聖な私有財産権も守るものがなければ1億7820万円には変えられない。同情している我々の中で彼らに勝る純資産を保有する人は少数派ではないか。
田舎ほど不動産バブルに


二つのチャート共に同じデータを示している。チャイナショック以降、中国の不動産バブルが崩壊すると言われ続けて来た中で、住宅は値上がりを続けた。2016年までは金融緩和を受けて一線都市(Tier 1 cities, 北京、上海、深圳等の主要都市)が上げを主導し、一方で二線、三線都市(Tier 2, Tier 3 cities、地方の中規模都市)は市況が重く、ゴーストタウンと笑われたり、人口動態が少子高齢化に転落する中で将来がないものとして扱われて来た。その見方は我々海外勢からもよく理解できた。しかし、2017年以降は地方都市の方がアウトパフォームしている。背景としては新幹線や高速道路が整備されたことにより便利になったこと、主要都市で不動産購入が制限されたため資金がUターンしたこと、そして冒頭でふれた立退き補償に巨額の資金が空から降って来たことが挙げられている。
立退き補償というばら撒き
都市の中の古い家や村(スラム街)の再開発に伴う立退きでは住民には実物住宅が与えられることが多かった。それが「向きが気に入らない」や「もっと広い家じゃないと釣り合わない」ともめて冒頭の絵になる。しかし2015年以降、地方政府が住民に実物住宅の代わりに現金を払うケースが増えた(棚改貨幣化安置)。代わりとなる家は自分で現金を握り締めて買いに行けというわけである。強制立退きへの世論の同情も背景にあっただろうが、動機は不動産の買い手を増やして地価を上げて不動産業者の在庫を処理すること(ついでにGDPも伸びる)にあったに違いない。

戸籍制度がガチガチの中国でなぜ都市の真ん中にスラム街ができたと言うと、田舎、半田舎まで都市が伸びて来て元々の村を囲んでしまったのである。写真の途方に暮れているように見える人達はそろそろ東京に来て大声で話しながらブランド品を値札も見ずに買っている頃だろう。

図の赤線は立退き補償による住宅販売の全住宅販売に占める割合であり、2017年にはついに24%に達した。仕事を頑張って貯蓄を作り、住宅を買うという一般住民の住宅取得サイクルの外に、いきなり1/4も余分な需要を作り出したわけである。家族人数が多いと補償も増えるので、再開発が決まると急いで結婚して人数を増やす家族もいたという。婚活女子も冒頭のような1億7820万円と聞けば目の色を変えたことだろう。それを握り締めて買いに来られると、給与所得の社畜家庭は到底太刀打ちできない。

図の赤線は立退き補償による住宅販売の全住宅販売に占める割合であり、2017年にはついに24%に達した。仕事を頑張って貯蓄を作り、住宅を買うという一般住民の住宅取得サイクルの外に、いきなり1/4も余分な需要を作り出したわけである。家族人数が多いと補償も増えるので、再開発が決まると急いで結婚して人数を増やす家族もいたという。婚活女子も冒頭のような1億7820万円と聞けば目の色を変えたことだろう。それを握り締めて買いに来られると、給与所得の社畜家庭は到底太刀打ちできない。
奨励されるばら撒き
ばら撒きの財源は中国人民銀行のPSL(担保付き補完貸出)である。みずほ総研によると「PSLは、政策性金融機関に対して経済・社会政策上重要な分野(バラック地区改造や農村の道路整備など)に必要な長期(3年~5年)の資金を有担保で貸し出す仕組みである。」MLFにしろPSLにしろ特定の使い方が奨励されがちだが、PSLではスラム街の改造と再開発はばら撒きながら進めるべき「政策上重要な分野」に指定されたわけだ。中央銀行が政策性金融機関に貸出しを行い、政策制金融機関はその資金を地方政府に又貸しし、地方政府がスラム街住民にばら撒き、不動産バブルで地価を上げると土地を追加で不動産業者に売り、その代金で政策性金融機関に返す。中央銀行から始まる壮大なポンツィ・スキームである。散財
空からお金が降って来たので、消費は当然GDP以上に伸び続けた。そして新しい家を買って余ったお金を銀座に散財しに来るわけだ。中国人旅行客のマナーの悪さが目立っているが、その背景の一つとして、普通は教育水準が高い順に海外に出るのに、中国の場合は空からお金が降って来た、昨日までスラム街に住んでいた層が海外に出ているというものがある。教育水準が高い中産階級の社畜様はと言うと、あれほど強制立退きに遭ったオーナーに同情して地方政府を批判して来たのに、気付いたら元スラム街住民と比べて圧倒的な経済的弱者になってしまい、高くなった住宅への支払いのせいで海外旅行どころではない。限界
この建替えバブルには当然限界もある。結局未来の社畜様の所得が伸びない限り、不動産価格は正当化されない(今まではなんだかんだ6%成長なのでいかなるバブルも結果的には正当化された)。不動産価格を維持するのに「上がるまでPSLを刷れば良い」が極論であるのはすぐわかる。そもそも、PSLを打ちながらではもはや誰にも信用されていないが、中国政府は公式には不動産価格を安くコントロールしようとしている。社畜様の方はただでさえ住宅が高騰する中でばら撒きの恩恵もなければ住宅ローンを引き締められているので、さすがに所得減税でバランスを取らなければ新たなスラム街住民になってしまう。というわけで様々な歪みを作り出した建替え用PSLは近いうちに打止めになり、地方都市の不動産バブルが鎮火する可能性が高い。貿易戦争が長引けば景気浮揚のためにだらだらと続けられる可能性もあるが、長く続けば続くほど、後々の歪みは大きくなるだろう。関連記事
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。