China M1
 本ブログが今回の上海株バブルの前に取り上げた、上海株バブルのきっかけの一つとなった社会融資総額の増加について、その割にはM1の伸び率が相変わらず恐ろしい勢いで減っているので効いていないのではないかという批判も散見されている。M1、M2、M2 +CD、M3は我々がマクロ経済学の授業で必ず覚えさせられるものだが、正確な違いは筆者もあやふやである。これらはマネーサプライまたはマネーストックと言い、マネタリーベースを信用創造によって金融機関が市中に供給することで増えるとされている。そのM1の伸び率が低迷を続けていることが、信用創造が行き届いていないという疑念を人々に持たせているわけだ。
 

M2で見ると安定 

China M1 M2
 ところで、先進国ではマネーサプライを捉えるのにM1だけでなく、M2やM2 +CDをみることが多い。(定義が国によって微妙に異なるが)日銀はM2 +CDが好きである。中国だけM1がやたらと話題になる理由はよく分かっていない。M1とM2の違いについてはWikiによると

 M1: The total of all physical currency part of bank reserves + the amount in demand accounts ("checking" or "current" accounts).
 M2: M1 + most savings accounts, money market accounts, retail money market mutual funds,and small denomination time deposits (certificates of deposit of under $100,000).

 とされており、非常に大雑把に言えばM1は現金(M0)+いつでも引き出せる預金通貨(要求払預金。当座預金+普通預金)のことである。貯蓄性預金、定期預金、MMFなどの、取り崩そうと思えば取り崩せるが手形やクレジットカードなどでは引き落とせない預金はM1に含まれずM2に含まれる。中国の場合は更に家計の普通預金がM1から取り除かれており、M1は大雑把に言うとM0 +企業の要求払預金である。普通預金がまだ家計にとって使いづらかった1990年代から定義が更新されなかったためである。

 教科書によると金融危機の際には顧客が現金を引き出すため要求払預金もマネーサプライも縮小する、従ってマネーサプライの伸び率鈍化は良い兆候ではない。しかし21世紀になった今ではわざわざ現金を引き出す人は少数であり、リーマンショックでも米国で預金通貨の縮小は見られなかった。中国のM2で見ると伸び率が総額が大きくなるにつれて減衰しつつあるものの、年率10%程度の安定した伸びを見せている。つまり他の国と同じマネーサプライ(M2)で見ると特段問題ない。その中でのM1単体の落ち込みは、企業の要求払預金が減り定期預金が増えていることを意味する。

住宅販売の減速という解釈

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 M1の落ち込みを混沌天成研究院が上図で解釈を試みている。右は住宅販売額(右軸)とM1のそれぞれの伸び率を並べたものであり、ここ十数年にわたって両者が連動してきたことが分かる。住宅が売れると家計の貯蓄(M2に含まれるがM1に含まれない)が取り崩され、企業の決済用口座に移される。資金は「M1以外のM2」からM1に移動しているだけなのでM2は変わらない。

 FTの2017年の記事「Please continue to not mind the Chinese M1-M2 gap」も「Slower home sales growth: Home purchases effectively shift money from households’ deposits (part of M2, but not M1), into home presale proceeds in developers’ demand deposit. As home sales growth slowed down from peak levels in spring 2016 due to tighter property policies and a higher comparison base, it becomes much less supportive for M1 growth.」と同じ解説をしている。

 従って足元のM1の落ち込みは政府の規制のせいで住宅が売れていないためと解釈できる。2016年はチャイナショック後処理の金融緩和により不動産バブルが起きたためM1は激増した。それが2018年になって不動産市場が凍結されるとM1は落ち込み続けた。FTが「Please continue to not mind」と嫌味な表現を使っているように、M1単体は住宅販売に振らされるため真面目に見ても仕方がないかもしれない。

住宅以外の要因

M2 Breakdown copy
 しかし、にしても2018年のM1の落ち込みは住宅販売対比でも急激すぎて、住宅販売の落ち込みだけでは説明しきれない。M2伸び率への寄与のブレイクダウンを見ると、家計と企業の定期預金(薄いグレーと薄いブルー。両方非M1)は2018年にそれぞれ軽い増加を見せている。一方で企業の預金通貨(赤線、M1)はそれ以上のペースで激減した。「家計の定期預金増・企業の預金通貨減」は住宅販売の減速によるものと考えて問題ないだろう。同時に企業の中でも預金通貨(M1)から定期預金(非M1)へのシフトが見られている。景況感からしばらく取引や投資がないと見込んだのかもしれない。理財商品の取締りに伴って銀行が定期預金の営業に力を入れて金利を引き上げてきたのも一因だろう。だとすればテクニカルな問題にすぎず、景気や金融環境について特にインプリケーションを持たない。

 FTの記事では2017年のM1の減速場面について、住宅購入以外で以下の二つの解釈を挙げていた。今は設備投資が旺盛すぎて預金が減る、という場面では明らかにない。財政効果もあまり関係ないだろう。

 Potentially a small improvement in capex demand in some areas: Real borrowing costs for some up-to-mid stream corporates came down with a rapid rise in PPI inflation, while expected investment-returns may rebound on better growth expectation and supply-side reform. As such, capex demand may be encouraged in some areas even though an overall boom is absent. [The idea here being that when M1 growth starts to decline and M2 growth rises, it means some cash has found its way into some specific projects and is no longer housed in demand deposits account waiting for immediate financial transactions].
 
 Tapered fiscal easing: In our view, the strong fiscal easing from 2015 to early 2016 mobilized funds from time to demand deposits at public organizations (POs), ready for spending. But as funds were allocated to projects while fiscal easing tapered, POs’ demand deposit growth has started to ease gradually.

 M1の解釈の図に戻ろう。混沌天成研究院のチャートの左図は手形融資(右軸)とM1の伸び率比較である。手形融資の増加はM1の伸び率に対して明らかに数ヶ月〜1年程度の先行性を持っている。M1の急落がどんな理由であれ、社会融資総額の1月のブーストで一役買った手形融資の急増は、今までの相関が生きていれば数ヶ月後のM1の反発をリードするだろう。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。