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 米国の景況感を占う上で最も重要な製造業景況感の二つが乖離している。2019年に入ってから秋まで米国の景況感はISM PMIとMarkit PMIのどちらを見ても減速が続いてきたが、秋から乖離が目立っている。21世紀になってから始まったMarkit PMIは欧州、中国、ついでグローバルのMarkit PMIと整合する形で10月から反発が明確になっているが、もっと伝統が古いISM製造業PMIは低迷が続いている

 9月分はMarkit PMIが既に反発を始めたのにISMは47.8に急低下でグローバルで激震を巻き起こした。その後Markit PMIが順調に反発を続けたのにISMは10月は48.3、11月分は48.1と50未満での低空飛行が続いた。今の所でMarkit PMIにやや分があるようだが、どちらを重視するかで米国製造業景況感への見方が真っ二つに分かれてしまう。景況感は雇用などの先行指数とされているため、これでは困ってしまう。

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 PMIとISM以外にも地区連銀が発表するサーベイがいくつかあり、有名なものではフィラデルフィア(愛称フィリー)、ニューヨーク(俗に言うエンパイア・ステイト景況指数)、ダラス、カンザスシティ、リッチモンドがある。更に米シカゴ購買部協会が発表するシカゴPMIがある。各連銀の発表日はISMの毎月第1営業日に対して月中バラバラであり、数年前までは月半ばに発表されるフィリーなどがISMの先行指標としてもてはやされていたが、最近はフィラデルフィア近辺の産業がシェールガスに偏り始め、ISM製造業との相関は薄れている。図は中国への輸出のGDP比と足元の景況感変化の分布だが、このように各連銀が調査する地域にはそれぞれの特徴がある。

 連銀サーベイの発表タイミングはバラバラだがアンケート時期もバラバラなので、ISMによる翌月分の先行組サーベイの予想もそれなりに効くし、連銀サーベイのアンケートの後に(関税のような)センチメントを変え得るイベントが起きるとISMだけが反映することもあり得る。必ずしも早めに出た指標が先行指標というわけではない。サブインデックスまで含めるとそれなりに自由度が高いため、皆さんのデータ処理のセンスを問われるところである。有名どころだと「ISM製造業=リッチモンド ×37.5% +カンザスシティ ×37.5% +シカゴ ×24%」というものを聞いたことがある。サブインデックスの中では概ね新規受注と生産が先行組で、雇用と配達が遅行組、在庫はマイペースというところである。よくサブインデックスを使った先行指標づくりで先行の新規受注から在庫を引くというものがあるが、在庫がノイズなので「ISMの数字」に対する先行性はあまりないというのが個人的な感想である。

 10月月初のISMショックの時は「ISMの調査対象企業がグローバル大企業が中心の300社強であり、一方Markit PMIは若干小さな製造業企業まで含めた800社からアンケートを取っているため、ISMの方が米国本土の景気よりも海外要因に影響されやすい」という解釈がなされた(当時は欧州を中心に海外の方が米国より減速感が強かった)。確かにローカル色の強い各連銀サーベイもISMより堅調であった。そして確かにチャイナショックの時もISMの方が連銀サーベイより悪い構図が続いた時期があった。しかし11月分ともなると欧州や中国のPMIは既にしっかりと回復しており、一方連銀サーベイの方がやや悪化気味となった中でISMは海外の反発を無視して連銀サーベイと一緒に(Markit PMIよりも)悪化している。このISM海外連動説はわずか2ヶ月にして体感と違ってきた。
 更にいくつかの違いをUnconstrained Investmentさんが説明されている。
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「理由を問わないISMでは、担当者のアニマル・スピリッツが過度に反映される傾向がある一方で、理由も問うMarkitでは、より慎重な思考が促される可能性が高い」これはチャイナショックの時のように、サイクルの天底でISMの方が数ヶ月にわたってより極端に振れやすい背景の一つだろうか。図はISMとグローバル製造業PMIの格差(縦軸は1998〜2017年の標準偏差)。少なくともチャイナショック以来はISMのオーバーシュートばかりだ。
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 また「直接的でないISMの質問には、グローバル企業の回答者が自分の担当外である海外拠点の動向も踏まえて解答してしまう可能性がある」は先ほどのISMの海外色の背景の一つだろうか。なおISMに限らず、「通貨が実質実効ベースで下落すると(輸出促進及び海外拠点の含み益などから)遅行して景況感は上昇しやすく、逆も然り」という説が米国に限らず欧州、中国でも観測されるそうだ。アンケートに答えているのがPurchasing Manager(購買担当者)にすぎないのにわざわざ海外子会社の損益なんて気にするのか、などと思っていたのだが、改めて明言されればそういうものと飲み込むしかないだろう。もっともいまISMとドルインデックスを引っ張り出してみたものの、2014年のドル高がISMを悪化させたのが読み取れるものの、また2018〜2019年もなんとなく逆相関らしく見えるものの、因果関係を主張できそうなほどはっきりとした関係は確認できない。
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 そして呆れたことに、予想外に回復しないISMはエコノミスト達に無視されつつある。米国株のシクリカル・ディフェンシブ・スプレッドは長らくISMに連動するとされてきたが、2019年は低下するISMを無視して堅調である。また米国の半導体輸出も長らくISMに連動してきたが、こちらはISMと乖離しながら反発しているため、市場参加者が考えている景況感はこちらに引っ張られ続けているように見える。貿易戦争で貿易構造が変わりつつあるため、あらゆるデカップリングは起こり得る。世の中は半導体・欧米中及びグローバルPMIの秋口以降の反発の方を信用しているようだ。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。