一時永遠に上がり続けるのではないかと思われていた米株はクラッシュした。この図は我々が2017年末から2018年2月にかけて見てきたチャートとそっくりである。ほとんど株を売る理由もない全員参加型の熱狂の後に、予想もしなかった材料による急落がやってきて売りが売りを呼び数ヶ月の上昇幅が一瞬にして吐き出された。ヘッドラインはもちろん新型コロナの本格的な米国上陸であるが、コツコツと積み上げた上昇幅を一気に突き崩したのは何だったのか。またこの類の急落は予想できなかったのか。
まずチャートも似ている2018年2月のVIXショックとの類似性が議論されるだろう。この時は株の上昇の裏で起きていた金利上昇により指数の予想ボラティリティ(VIX, 恐怖指数)が急騰し、それがボラティリティを用いてポジションをコントロールするリスクパリティ戦略と呼ばれるクオンツファンドのポジション縮小を招き、割安判断も割高判断もない機械的な売り崩しとなって指数市場に降り注いだことである。
リスクパリティ戦略については日経が簡単に説明しており、またVIXショックの時にロイターの記事が更に詳しく解説している。非常にざっくり言うと株指数と債券指数の双方に投資し、各資産のボラティリティから測られるリスクが一定になるようにポジションをコントロールするやり方である。株も債券もボラティリティが低位推移を続けるとどんどんレバレッジをかけて買い増すこともあるし、どちらかのボラティリティが大きく上昇するとその資産を売却する。またそれによってファンド全体のリスクが高まると判断される場合はとにかくポジション縮小(レバレッジの解消、現金化)が行われる。2018年2月に日経が「19兆円の火薬庫」と表現した通り、IMFによるとこの考え方に沿って運営される資金は2017年10月時点で総額1500億~1750億ドルに達するそうだ。株は債券より遥かにボラティリティが大きいため株の部分の総額は債券より小さいことが多く、株のマーケットインパクトになって出てくるのは数兆円程度と思われる。
2018月2月のVIXショックではVIXは一時50を付け、当時流行っていたVIXをショートしてセータを得るETFなどのファンドを早期償還に追い込んだ。日本でもVIXショートファンドが2049の証券コードで上場していたが、1日で資産の96%を失って償還され、史上最多の金融庁クレームを招いた事件となった。この時VIX買い上げのターゲットになったVIXショート戦略のアンワインド以外にVIXを50まで持ち上げるような材料、特にファンダメンタルズ的な材料はなかった。それでもVIXが50を付けた後にはリスクパリティファンドの売りが殺到してS&P 500は実に10%も急落した。
今回の急落も同じ構造があるのではないかと指摘する声は多い。筆者などはVIXが20〜22ゾーンを超えて来るとリスクパリティ戦略がポジション縮小に動く傾向があると考えて常に警戒してきたが、日経記事のように「先進国株が週間で5%下げれば彼らはリスクが増したと判断して株売り・債券買いのリバランスを進める」と下落幅で判断するという見方もある。一方、リスクパリティの機械的な売りへの警戒はそれなりに市場に浸透しており、何かあるとすぐリスクパリティが担ぎ出される風潮に対しては、マーケットのフローが分かると自称するプロが「あれは巷で言われるようなリスクパリティのフローではない」と否定することもあり、今回も例外ではない。もちろん、2/20の欧州時間引け近辺に発注されたと見られるファーストショットは景況感などを基に取引する投資家の裁量によるものだろう。VIXショックでも金利ボラティリティの上昇がリスクパリティを突っついて株に波及しただけで、全てが静かな中でリスクパリティ戦略が一人で動き出して流れを主導することは元よりない。大半のクオンツ戦略は常に「他のよく調査している、情報を持っていそうな人間達」の動きを値動きから検出して後追いするだけのものだ。
しかし主犯ではないにしろ、少なくとも2/24にVIXが22を突破した後にリスクパリティが追撃売りをマーケットにばら撒いたことは間違いないだろう。それがS&P 500が3000も2900もあっさり通過するほど急落した背景と思われる。更にリスクパリティだけを特徴にしている訳ではないクオンツや非クオンツのファンドでも想定以上のボラティリティが懸念されるとリスクを落としにかかるだろう。ただの損切りも含めて16.5兆円のシステマティックな売りが出たとされている。
今回が2018年2月のVIXショックと違う点として、新型コロナウィルスの先進国での蔓延とそれによるサプライチェーン寸断懸念という強烈なファンダメンタルズの不安要素がちゃんとあることがまず挙げられる。VIXショート戦略は2年前ほど露骨には流行っていないし、SVXYを初めとする生き残ったVIXショートファンドもVIXショック後にレバレッジを落とすなど対策を導入し頑強になっている。同じVIX =50でもVIXショックではS&P 500の10%の下落を招いたが、今回はファンダメンタルズのバックアップもあったため当然のように10%以上のドローダウンが観測された。
この数年に一度のペースでやってくるリスクパリティショックの対策は難しくない。世のリスクパリティファンドのポジションがパンパンになっており、かつVIXが20〜22ゾーンを突破したらしばらく株ポジションを退避させればよい。既に前もって市場が荒れまくってポジションが縮小された後ならどんなにVIXが高値を突っついても持っていないものは売れないので警戒しなくても大丈夫だろう。問題はリスクパリティのポジショニングが常に公開されているわけではないということだ。ただこういう全員参加型の一直線の上げの後は恐らくパンパンだろうと推測することはできる。
ここからだが、やはり2018年2月以降の展開が参考になるのではないか。リスクパリティは図体が大きくて攪乱してくれるだけで、別に先見性はない。元々リスクパリティのリターン源泉は「債券と株が逆相関であり、両方を持てば緩和された金融環境が続く限り安定したリターンが得られる」という話を、中の人の裁量で降りたりせずクラッシュの瞬間まで長期保有できることである。すっかり参加者が安心しきった水準から株を買ってクラッシュした後に売るという一連のバタバタは多分損しかもたらさないが、その何倍も「割高になってもとにかく株と債券を両方保有し続けること」で稼いでいる。中の人は我々が知らない新情報を知っているわけではない。裁量もないだろうから調べる興味すらなさそうだ。従ってマーケットインパクトが出尽くした後に彼らの逆方向にポジションを取ることに関して一抹の不安もない。一方、彼らはしばらく買いには回れないし、かき回されたことにより他にも様々なポジションの傷み方をした参加者が残されるし、リスクパリティならずともボラティリティの再認識によるリスクプレミアムを要求したくなるため、しばらくは不安定な値動きになりそうだ。かき回された後に下を叩く必要はなさそうだし、一方どこかで暴力的に上がったところは売り場になりそうだ。値頃より日柄であり、マーケットの傷みが修復されて安定感が戻ってくるのは数ヶ月先(2018年のケースで言うと5月以降)と思われる。
リスクパリティという戦犯
VIXショックでETF投資家が痛みもなく即死
リスクパリティ戦略については日経が簡単に説明しており、またVIXショックの時にロイターの記事が更に詳しく解説している。非常にざっくり言うと株指数と債券指数の双方に投資し、各資産のボラティリティから測られるリスクが一定になるようにポジションをコントロールするやり方である。株も債券もボラティリティが低位推移を続けるとどんどんレバレッジをかけて買い増すこともあるし、どちらかのボラティリティが大きく上昇するとその資産を売却する。またそれによってファンド全体のリスクが高まると判断される場合はとにかくポジション縮小(レバレッジの解消、現金化)が行われる。2018年2月に日経が「19兆円の火薬庫」と表現した通り、IMFによるとこの考え方に沿って運営される資金は2017年10月時点で総額1500億~1750億ドルに達するそうだ。株は債券より遥かにボラティリティが大きいため株の部分の総額は債券より小さいことが多く、株のマーケットインパクトになって出てくるのは数兆円程度と思われる。
2018月2月のVIXショックではVIXは一時50を付け、当時流行っていたVIXをショートしてセータを得るETFなどのファンドを早期償還に追い込んだ。
今回の急落も同じ構造があるのではないかと指摘する声は多い。筆者などはVIXが20〜22ゾーンを超えて来るとリスクパリティ戦略がポジション縮小に動く傾向があると考えて常に警戒してきたが、日経記事のように「先進国株が週間で5%下げれば彼らはリスクが増したと判断して株売り・債券買いのリバランスを進める」と下落幅で判断するという見方もある。一方、リスクパリティの機械的な売りへの警戒はそれなりに市場に浸透しており、何かあるとすぐリスクパリティが担ぎ出される風潮に対しては、マーケットのフローが分かると自称するプロが「あれは巷で言われるようなリスクパリティのフローではない」と否定することもあり、今回も例外ではない。もちろん、2/20の欧州時間引け近辺に発注されたと見られるファーストショットは景況感などを基に取引する投資家の裁量によるものだろう。VIXショックでも金利ボラティリティの上昇がリスクパリティを突っついて株に波及しただけで、全てが静かな中でリスクパリティ戦略が一人で動き出して流れを主導することは元よりない。大半のクオンツ戦略は常に「他のよく調査している、情報を持っていそうな人間達」の動きを値動きから検出して後追いするだけのものだ。
しかし主犯ではないにしろ、少なくとも2/24にVIXが22を突破した後にリスクパリティが追撃売りをマーケットにばら撒いたことは間違いないだろう。それがS&P 500が3000も2900もあっさり通過するほど急落した背景と思われる。更にリスクパリティだけを特徴にしている訳ではないクオンツや非クオンツのファンドでも想定以上のボラティリティが懸念されるとリスクを落としにかかるだろう。ただの損切りも含めて16.5兆円のシステマティックな売りが出たとされている。
今回が2018年2月のVIXショックと違う点として、新型コロナウィルスの先進国での蔓延とそれによるサプライチェーン寸断懸念という強烈なファンダメンタルズの不安要素がちゃんとあることがまず挙げられる。VIXショート戦略は2年前ほど露骨には流行っていないし、SVXYを初めとする生き残ったVIXショートファンドもVIXショック後にレバレッジを落とすなど対策を導入し頑強になっている。同じVIX =50でもVIXショックではS&P 500の10%の下落を招いたが、今回はファンダメンタルズのバックアップもあったため当然のように10%以上のドローダウンが観測された。
この数年に一度のペースでやってくるリスクパリティショックの対策は難しくない。世のリスクパリティファンドのポジションがパンパンになっており、かつVIXが20〜22ゾーンを突破したらしばらく株ポジションを退避させればよい。既に前もって市場が荒れまくってポジションが縮小された後ならどんなにVIXが高値を突っついても持っていないものは売れないので警戒しなくても大丈夫だろう。問題はリスクパリティのポジショニングが常に公開されているわけではないということだ。ただこういう全員参加型の一直線の上げの後は恐らくパンパンだろうと推測することはできる。
ここからだが、やはり2018年2月以降の展開が参考になるのではないか。リスクパリティは図体が大きくて攪乱してくれるだけで、別に先見性はない。元々リスクパリティのリターン源泉は「債券と株が逆相関であり、両方を持てば緩和された金融環境が続く限り安定したリターンが得られる」という話を、中の人の裁量で降りたりせずクラッシュの瞬間まで長期保有できることである。すっかり参加者が安心しきった水準から株を買ってクラッシュした後に売るという一連のバタバタは多分損しかもたらさないが、その何倍も「割高になってもとにかく株と債券を両方保有し続けること」で稼いでいる。中の人は我々が知らない新情報を知っているわけではない。裁量もないだろうから調べる興味すらなさそうだ。従ってマーケットインパクトが出尽くした後に彼らの逆方向にポジションを取ることに関して一抹の不安もない。一方、彼らはしばらく買いには回れないし、かき回されたことにより他にも様々なポジションの傷み方をした参加者が残されるし、リスクパリティならずともボラティリティの再認識によるリスクプレミアムを要求したくなるため、しばらくは不安定な値動きになりそうだ。かき回された後に下を叩く必要はなさそうだし、一方どこかで暴力的に上がったところは売り場になりそうだ。値頃より日柄であり、マーケットの傷みが修復されて安定感が戻ってくるのは数ヶ月先(2018年のケースで言うと5月以降)と思われる。
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。