CNH Reserve
 貿易戦争やコロナショックで対米ドルで7.2まで下落していた人民元は6.75まで上昇している。コロナショック後に米ドルの流動性が回復して以来、米ドル安は対先進国通貨で進んできたが、ここに来て人民元の追い上げが目立っている。
 

China balance of trade

 人民元高を支える背景としてまずは貿易収支の改善が挙げられやすいだろう。コロナショック後に中国はいち早く厳格ロックダウンから脱却し、他国に数ヶ月先んじて生産力を回復させマスクなど医療用品やPCなど在宅関連用品を輸出して荒稼ぎした。
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 輸出先の国々の需要が弱まっていることまで勘案してシェアで考えると関税云々で弱まってきた分を帳消しにするだけのインパクトがあった
China Current Balance
 更に普段から貿易黒字をかき消すほどのサービス収支赤字をばら撒いていく中国人旅行客も出国できずにいるので、経常収支は著しく改善している。
China Forex Reserve
 その結果、中国の外貨準備は(ドル安効果もあって)ドル建てで増え続けている。少なくとも足元の人民元高は当局が実弾を作って持ち上げたわけではないことが分かる。
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 更に足元の人民元高を強く正当化するのは米中金利差である。米中金利差は一貫して人民元の重要なメインドライバーであり、例えば米中金利差が消滅すると当然米国債や米国資産への投資の方が有利であり、それが中国からのキャピタルフライトに繋がる。キャピタルフライトを阻止しようとする当局も金利差には勝てないのでチャイナショックも金利差からは予想できた。一方2017年や今のように拡大すると海外から見て中国国債への投資がキャリーの面から魅力的に見えるし、中国国民からすると米ドル預金などが面白くなくなるので経済的に考えてキャピタルフライトしたい主体は減ってくる。

 コロナショック後のFedの大規模な金融緩和の結果、米中10年名目金利差は2011年以来の2.5%に近づいている。人民元は対ドルであれこれ言われる割りには非常に値動きが小さく、年間で10%も動くことはまずなさそうなので、2.5%という金利差は強烈である。2018年に貿易戦争が激化して関税が発生してから人民元安観測は根強く、Fedの今サイクルの利下げを人民元相場は無視してきたが、ANZのお絵描きが正しければ米中金利差は6.0近辺までの人民元高ドル安を正当化する。もしトランプが退場して関税が撤廃されれば人民元は直ちに6.0近辺までが見えてくるのでバイデントレードの一つにも数えられるだろう。
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 また9月には昨年のBloomberg -Barclaysに続いて主要な債券指数のFTSE -WGBIは条件付きながらも人民元国債を債券指数への組み込みを発表している。これにより海外から1400億ドル分の資金が中国国債市場に流入すると言われている。ただでさえ圧倒的な金利差により今年に入ってから海外勢の中国国債・政策銀行債への流入が加速している。

 ここに至り人民銀行・PBOCはFXフォワードで人民元を売る銀行に対して要求していた元本の20%分の「リスク準備金(Risk Reserves Requirement)」を撤廃した。リスク準備金とは人民元売りフォワード売りを立てる時に元本の20%にあたる準備金を預託するよう要求するものであり、その準備金には金利が付かないため顧客には非常に雑に言うと人民元の短期金利の20%分のヘッジコストが上乗せされる。為銀は人民元高になったところで別に決済不能に陥るわけがないのでこれは準備金という名のただの人民元フォワード売り手からのカツアゲである。

 20%のリスク準備金制度はチャイナショック後に当局が人民元安トレンドへの介入で試行錯誤を繰り返した後に2016年7月に導入され、その後人民元高局面への転換に伴い2017年9月に一度撤廃されている。貿易戦争が激化した2018年8月に再び導入され、それが今回撤廃された形となる。需給的には再びフォワード売りヘッジを入れやすくなるため人民元安方向に調整しやすくなる。

 また準備金撤廃から中国人民銀行がこれ以上の元高を牽制しているとのシグナルを受け取ることもできるだろうが、冒頭のチャートで準備金要求期間を黄色で囲んでいるが、要求し始めたと言って人民元安モメンタムが止まるわけではないし、撤廃したからと言って中期的にも人民元安方向に反転するわけでもない。撤廃は当局にとって「介入で支える必要がなくなった」と安堵したであろうことを示すのみであると考える。

 一方、中長期的には米中金利差によって正当化されるにしても、人民元高がバイデントレードの一角であるとすれば米国の選挙情勢次第で反転する可能性も残るだろう。また、長期的には先進国が理由あって低金利の沼に沈みきっている中で、中国景気が人民元高や3%近辺に維持されている高金利に耐えられるかも問われそうだ。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。