米国で巨額の給付金が配られることによる短期資金市場への潜在的なストレスは長らく議論を呼んできた。米国財務省は昨年から巨額の資金を調達し、その現金をTreasury General Account(政府預金口座)と呼ばれる口座を通してFedに直接預けてきた。昔は大半を商業銀行に預け、それを商業銀行が使ったりFedに超過準備として預けたりしていたのが、リーマンショック後にFedの政府預金口座が大々的に利用されるようになった。2020年の調達時は深刻な景気後退まで備えていたため、またトランプ政権下での失業給付第二弾が遅れたため財務省が貯め込んだ現金は余っており、今回のバイデン政権の給付金は大半が国債発行ではなく政府預金から払い出されることになった。TGAの規模はピーク時の1.8兆ドルから今年6月末には5000億ドルまで圧縮される方針であり、1.3兆ドルあまりの現金の「津波」がTGAから給付金の支払い等を通して民間銀行等に預金として振り込まれる予定となっている。昨年の調達に際してもFedと財務省を合わせたネット国債発行がネガティブであったことを考えると、「昨年刷られた巨額のお金が無から出てきた」形となる。
Fedのバランスシートで見ると負債=TGA +銀行準備金 +紙幣 +その他であり負債は資産と釣り合っているため、TGAと超過準備の間の資金の移動には大した意味がないが、民間銀行からすると本来関わりがなかった預金が激増することになる。貸出に回しても銀行システム全体で見たら預金は消化されず移動するだけであり、また個々の銀行の貸出総額も自己資本規制の制約を受けるため、預金が増えると基本的には預貸ギャップが拡大し預貸率が低下する。この預貸ギャップは証券投資とFedに預け直す超過準備で埋められることになる。
ではこの金余りは預貸ギャップを埋める証券投資を通して国債金利低下に結びつくかというと、どうもその逆が懸念されているらしい。貸出しなどクレジットリスクのある運用だけでなく、自国国債などバーゼルの枠組みで無リスクとされる資産を含むバランスシートの規模そのものも補完的レバレッジ比率(SLR, Supplementary Leverage Ratio)として算出され自己資本に応じて制約を受ける(Minimum SLRが3%, G-SIBsなら5%)。昨年3月のコロナショックに際して国債市場の流動性を支えるためにこのSLRの算出から準備預金と国債保有を除外する緩和措置が1年間導入されたが、こちらが1年すぎて失効しようとしている。となると許される国債保有額が再び縮小してしまうという懸念が市場で生まれるのは論理展開として自然である。
特にTGAからの巨額の預金受入れによってただでさえ受動的にレバレッジが高まっていく予定なら尚更である。SLR緩和措置の撤廃が2000億ドルの米国債売却に繋がるとする極論もある。現にSLR緩和措置延長の不透明感から米銀が国債入札に参加して新規購入する意欲が萎縮したとされ、2月の国債入札不調は金利の急上昇と国債流動性の低下を招いた。3月末を前にSLR緩和措置の延長の有無は市場の注目点となり、延長されなければ中期国債金利の一層の上昇が警戒されていたが、結局取り付く島もない形で延長されなかった。
大手米銀はSLR緩和措置の導入後も緩和措置を目いっぱい利用して資産を積んだわけではなく、従って緩和措置が撤廃されたから直ちにバランスシート縮小を迫られるわけではない。代わりに、緩和措置で余裕が出てきたSLRを利用して自社株買い再開など株主還元を進めてきた。緩和措置が撤廃されると預金の受入れ具合によってはMinimum SLRをヒットし株主還元できなくなり米銀経営幹部のボーナスが増えなくなってしまう。そこでJP Morganなどは「元の厳しいルールに戻れば、顧客からの預金受入れを敬遠せざるを得ない恐れがある」と当局に
とはいえ、米銀の預金受入れ停止をただのブラフと片付けるわけにはいかない。もしそうなった場合、行き場を失った現金の津波は(またならなかった場合も恐らく一部は)MMF運用に向かわざるを得ない。津波の原資がT-Bill等の増発ではなくTGAの取り崩しである以上、MMFが新規資金を受け入れても対応する新規運用先が生まれたわけではない。クレジットリスクを取らない元本保証MMFの主な運用先は短期国債(T-Bills)とリバースレポであるが、T-Bill利回りとGCレポ金利は3月に入ってからそれぞれIOERから離れて0%に近づいており、いずれマイナス域へ突入する可能性が警戒されていた。そうなるとMMFの元本保証運営が難しくなるため、MMFも新規資金受入れ停止に追い込まれるなど短期市場の機能不全が危惧されていた。
米国当局にとって短期市場を守ることは至上命題であり、Fedが金融政策を決定する際の優先度は恐らく景気ファンダメンタルズの区々たる変動より遥かに高く、スピード感も段違いである。SLR緩和措置の延長の有無にかかわらず、3月のFOMCで短期市場で何らかの過剰流動性対策が講じられるとは幅広く予想されていた。FOMCでSLRのアップデートが金融政策と同時に発表されるとの期待もあり、管轄部署がFedだけでないことを考えると先走りすぎと思われていたが、SLRの対処とFOMCの短期金利施策がパッケージになっているに違いないことを考えると根底から間違っていたわけではない。
TGAから放出される過剰流動性への対応策として、これまでIOER(Interest on Excess Reserve, 超過準備付利, 現状10bp)引上げと、ツイストオペ(Operation Twist)再導入の可能性が市場参加者の間で議論されてきた。
まずIOER引上げ論である。コロナショック前に「Fedのバランスシート拡大が曲がり角に」でQuantitative Tightening→not QE→IOER引上げといった一連の流れを解説するのに際して議論した通り、Fed政策金利であるEFFR(Effective Fed Funds Rate)をIOER -RRPからなるコリドーの真ん中に向けて誘導しようとしてきた。銀行(預金取扱機関)は資金をIOERで運用でき、一方でIOERへのアクセスのない政府系住宅金融機関等からEFFRで、MMFからレポ金利でそれぞれ資金を吸収してIOERと裁定できる。シンプルにEFFRを低下から引き上げたいならIOER引上げが最も早いが、今回はEFFRとレポ金利の間にやや温度差があるのが特徴である。超過準備が3.6兆ドルに達したにもかかわらずEFFRはIOERの10bpより2bp程度低いだけであり、これは巨額資金が直接銀行に預けられている限りとにかく銀行が超過準備を積んでIOERを受取ればよく、政府系住宅金融機関等とのやり取りがEFFRを押し下げるほどではないからである。問題は金利水準ではなく潜在的にMMFに流れ込む資金の量であり、MMFからのレポ調達とIOERの裁定が潜在的に(SLR云々がどちらに転んでも)銀行のBS制約を受ける中で、銀行への金利裁定インセンティブ付与だけで量をこなせるかは自明ではない。EFFRの急低下がまだ現実になっておらず、また近い将来の急低下も織り込まれていない中でIOER引上げはFedによって選択されなかった。
MMTの運用難に繋がるT-Billの利回り低下には多少なりともFedの大規模な購入も寄与している。2019年のnot QEで拡大されて以来、FedのT-Bill保有額(購入額)は惰性で高水準に留まっている。一方、過去記事でも触れてきた通り、コロナショック後のQE4において10年以上の超長期国債の買入れは低調であり、Fedの保有国債の平均デュレーションは2010年代対比でも短いままである。それは2020年後半以来の超長期金利の上昇の一因にもなってきたが、足元で急激な長期金利上昇が市場参加者の間で問題視されるに至り、上の短期金利低下と合わせて一石二鳥で解決できるツイストオペが投資銀行界隈から提案されてきた。銀行のポジション拡大に頼る必要がないことを含めて一石三鳥とする声もある。一石三鳥ではあるもののこちらはあくまでも「べき論」であり、ついに採用されずFOMCで明確に否定されるに至った。ツイストオペの不採用は少なくとも反射的にはその反対方向である金利カーブのスティープニングを招いた。
上のIOERとツイストオペの代わりにFedが打ち出したのはRRP(Reverse Repurchase Agreement Operations, リバースレポファシリティ)の拡充である。IOERがEFFR誘導目標コリドーの上限を抑える機能とすればRRPは下限を支える機能である。銀行の裁定が何らかの理由で機能しない時もIOERアクセスのない金融機関はRRPを利用して自らリバースレポで運用する選択肢を取れるため、RRPレート(現状0bp)はEFFRをコリドーの下限で支える機能を持つ。RRPには1機関あたり30 bn USDの上限が設けられていたが、これが80 bn USDに拡充された。RRPの参加機関が何社あるか正確な数字は分からないが、新たな枠組みがフル稼働すればFedはゼロ金利で最大1兆ドル強まで吸収できると言われている。これはTGAから放出される過剰流動性の大半をオフセットできる規模である。
レポ金利はともかくT-Bill利回りはいまだプラス域であり、従って今すぐRRPが大々的に稼働される蓋然性は薄い。あえてRRPレートの0%で運用しなくてもプラス域のT-Billを買えばよいからだ。TGAからの資金流入に向けた予備的な措置であり、バックアップが強化されただけで現在の短期金利水準に対してFedが直ちに介入を行わなかったことから、FOMCの決定は皮肉なことにT-Billが0%に向けて買われるきっかけになった。IOERが引き上げられたらT-Billとの裁定が漠然とは期待できたし、ツイストオペが導入されてもT-Billの需給が緩むと期待できたが、それらの期待は消滅した。ただ0%でのRRPが発動されればマイナス域でのT-Bill購入を選択する動きも非常に限定的になるため、T-Bill利回りが潜在的に0%近辺に粘着する可能性は高まってもマイナス域を買い進められる可能性は非常に限定的になった。RRPはいわば疑似的に0%で追加発行できるT-Bill代替品だからである。
これは市井がイメージする過剰流動性はT-Bill金利が0%を付けた後に最大1兆ドル程度までFedに吸収され得ることを意味する。リバースレポとは文字通りレポの逆である。2019年のレポショックからレポファシリティが始まり"not QE"と呼ばれるT-Bill購入増額という一連の緩和策が取られ、レポファシリティで(プライマリーディーラーとしての)銀行に資金が貸し出されるたびに「Fedがまた~bnのお金を刷った」などと言われていたが、RRPはレポファシリティとは逆の資金吸収オペレーションでありFedによるT-Billの疑似売却であることに留意する価値はあるかもしれない。T-Billが0%に張り付いた後にRRPが稼働されるのに伴い国債証券がFedの手から離れ始めるとFedのBSが縮み始めるかどうかはその時になってみないとよく分からないが、もしT-Billの疑似売却がパブロフの犬の目に止まったらどう思われるか。
TGA対処でIOER引上げが選択されていればMMFの非マイナス利回り運用はあくまでも銀行のレポ調達(MMF側のリバースレポ運用)とIOERの裁定に依存するものであり、もし米銀の脅迫通りにMMFに巨額資金が流れた挙句にレポ市場も(外銀の米ドル調達利用の方が多いとはいえ)米銀のBS制約のせいで再び機能不全に陥った場合への対策として心もとない。新施策がなかった場合もやはりSLR緩和措置は撤廃できなかっただろう。しかし満を持してRRP拡充が発表され、MMFの運営を銀行に依存しなくても最悪0%のゾンビ状態で持続可能にする環境整備がなされたことは明らかに翌日発表されたSLR緩和措置の撤廃とセットであり、FOMCの選択を見てSLR発表前から緩和措置の撤廃へのハードルが下がったとの認識を持てて当然であった。もともとIOER -RRPコリドーが設立された当時からRRPの必要性には常に疑問が付いて回っていたし、Fedはファシリティ参加者数を節操なく増やすことを避けてきた。そこにT-BillがないのにMMFがT-Bill代替品に長期にわたって依存しながら際限なく成長するのは避けたい事態だったからである。しかしSLR絡みのゴタゴタで銀行が頼りにならない以上、MMF救済のためにはそういう悠長な議論をしている場合ではない。
SLRの救済措置は完全に消えたわけではない。銀行の資本要件があまりSLRの変更によって悪影響を受けないようにSLR算出方法の修正をも近いうちに発表するとFedがアナウンスした。金利リスクが発生する国債保有はともかく、さすがに預金を受け入れてFedに超過準備として預けてIOERを受取るだけのオペレーションへの制約は勘弁してほしいものである。また今でも緩和措置抜きでも大手米銀のレバレッジが高すぎるわけではないので、預金受入れ増(過剰流動性)は一連の流れ全てに全く無知である参加者がイメージしていたような預貸ギャップ拡大=国債購入増には直ちに繋がらないにしろ、少なくとも既存国債の強制売却には繋がらないと思われる。既存国債を売却し、売却代金と新規受入れ預金を再び(SLR上の扱いが国債と同等でありながら利回りがより低い)超過準備に預け直すのは緩和措置撤廃後の現行SLR枠組み下でどう考えても合理的ではない。一方、当局が金利リスクの有無に正しく着目し将来のSLR改革で超過準備と国債保有の扱いの分断に乗り出せば銀行は国債より超過準備を選好することになるだろう。また他の運用商品の選択肢(MBS、社債など)と対比して国債にのみ設けられていた優遇がなくなるため、それらの商品を再びイールドハンティングで選好しやすくなる。
万が一、銀行が全面的なBS縮小を迫られる場合、預金受入れ停止を前提とする国債削減は必ずしも非現実的ではない。ただ緩和措置撤廃を受けて直ちにMinimum SLRをヒットしBS縮小を迫られる米銀が少なくとも多数存在するとは思われず、またFedも現状を調査した上で決定を下したと思われる。RRPはあくまでもセーフティネットである。
とはいえ超過準備の選好に伴い短~中期国債への米銀の応札意欲に対する懸念が続いてもおかしくない。一方、もし選好が変わらないのであれば当局への脅迫ののために不透明さのために買い控えていた分の復元もあり得る。FOMC後に利回りが0%に近付くT-Bill対比で短期国債は相対的に魅力的に見えるだろう。銀行は負債側の預金をインフレに勝てる商品として提供していないので、運用側も実質利回りを考慮する必要がなく、純粋に金利収入と限界的な資本コストの兼ね合いとなる。長期~超長期金利は一連の議論の影響を受けないだろう。
国債以外については、米銀が各ビジネスへの資本配分を再考するきっかけになることは間違いなく、供給側から見てBSを消費するFXスワップによる米ドル調達の流動性が低下する可能性がある。その他の市場については月並みだが米銀の自社株買い再開へのハードルが上がる連想が働きやすいだろう。さすがにあまりいないとは思うが、銀行とMMFが預金受入れを停止するから仕方なく株式を買い上げる津波が現れるというエクストリームな期待があった場合、津波の大半(1.3兆ドルのうち1兆ドル余り)を0%で吸収できるRRPの蓋によってその期待は論理的には剥落させられる。
2021年も米国債のネット供給超が続きそう
金利上昇の各成分の資産価格への影響
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海溝の底に沈んだ米国の実質金利
Fedのバランスシート縮小が早速始まった
Fedのバランスシート拡大が曲がり角に
まずIOER引上げ論である。コロナショック前に「Fedのバランスシート拡大が曲がり角に」でQuantitative Tightening→not QE→IOER引上げといった一連の流れを解説するのに際して議論した通り、Fed政策金利であるEFFR(Effective Fed Funds Rate)をIOER -RRPからなるコリドーの真ん中に向けて誘導しようとしてきた。銀行(預金取扱機関)は資金をIOERで運用でき、一方でIOERへのアクセスのない政府系住宅金融機関等からEFFRで、MMFからレポ金利でそれぞれ資金を吸収してIOERと裁定できる。シンプルにEFFRを低下から引き上げたいならIOER引上げが最も早いが、今回はEFFRとレポ金利の間にやや温度差があるのが特徴である。超過準備が3.6兆ドルに達したにもかかわらずEFFRはIOERの10bpより2bp程度低いだけであり、これは巨額資金が直接銀行に預けられている限りとにかく銀行が超過準備を積んでIOERを受取ればよく、政府系住宅金融機関等とのやり取りがEFFRを押し下げるほどではないからである。問題は金利水準ではなく潜在的にMMFに流れ込む資金の量であり、MMFからのレポ調達とIOERの裁定が潜在的に(SLR云々がどちらに転んでも)銀行のBS制約を受ける中で、銀行への金利裁定インセンティブ付与だけで量をこなせるかは自明ではない。EFFRの急低下がまだ現実になっておらず、また近い将来の急低下も織り込まれていない中でIOER引上げはFedによって選択されなかった。
MMTの運用難に繋がるT-Billの利回り低下には多少なりともFedの大規模な購入も寄与している。2019年のnot QEで拡大されて以来、FedのT-Bill保有額(購入額)は惰性で高水準に留まっている。一方、過去記事でも触れてきた通り、コロナショック後のQE4において10年以上の超長期国債の買入れは低調であり、Fedの保有国債の平均デュレーションは2010年代対比でも短いままである。それは2020年後半以来の超長期金利の上昇の一因にもなってきたが、足元で急激な長期金利上昇が市場参加者の間で問題視されるに至り、上の短期金利低下と合わせて一石二鳥で解決できるツイストオペが投資銀行界隈から提案されてきた。銀行のポジション拡大に頼る必要がないことを含めて一石三鳥とする声もある。一石三鳥ではあるもののこちらはあくまでも「べき論」であり、ついに採用されずFOMCで明確に否定されるに至った。ツイストオペの不採用は少なくとも反射的にはその反対方向である金利カーブのスティープニングを招いた。
上のIOERとツイストオペの代わりにFedが打ち出したのはRRP(Reverse Repurchase Agreement Operations, リバースレポファシリティ)の拡充である。IOERがEFFR誘導目標コリドーの上限を抑える機能とすればRRPは下限を支える機能である。銀行の裁定が何らかの理由で機能しない時もIOERアクセスのない金融機関はRRPを利用して自らリバースレポで運用する選択肢を取れるため、RRPレート(現状0bp)はEFFRをコリドーの下限で支える機能を持つ。RRPには1機関あたり30 bn USDの上限が設けられていたが、これが80 bn USDに拡充された。RRPの参加機関が何社あるか正確な数字は分からないが、新たな枠組みがフル稼働すればFedはゼロ金利で最大1兆ドル強まで吸収できると言われている。これはTGAから放出される過剰流動性の大半をオフセットできる規模である。
レポ金利はともかくT-Bill利回りはいまだプラス域であり、従って今すぐRRPが大々的に稼働される蓋然性は薄い。あえてRRPレートの0%で運用しなくてもプラス域のT-Billを買えばよいからだ。TGAからの資金流入に向けた予備的な措置であり、バックアップが強化されただけで現在の短期金利水準に対してFedが直ちに介入を行わなかったことから、FOMCの決定は皮肉なことにT-Billが0%に向けて買われるきっかけになった。IOERが引き上げられたらT-Billとの裁定が漠然とは期待できたし、ツイストオペが導入されてもT-Billの需給が緩むと期待できたが、それらの期待は消滅した。ただ0%でのRRPが発動されればマイナス域でのT-Bill購入を選択する動きも非常に限定的になるため、T-Bill利回りが潜在的に0%近辺に粘着する可能性は高まってもマイナス域を買い進められる可能性は非常に限定的になった。RRPはいわば疑似的に0%で追加発行できるT-Bill代替品だからである。
これは市井がイメージする過剰流動性はT-Bill金利が0%を付けた後に最大1兆ドル程度までFedに吸収され得ることを意味する。リバースレポとは文字通りレポの逆である。2019年のレポショックからレポファシリティが始まり"not QE"と呼ばれるT-Bill購入増額という一連の緩和策が取られ、レポファシリティで(プライマリーディーラーとしての)銀行に資金が貸し出されるたびに「Fedがまた~bnのお金を刷った」などと言われていたが、RRPはレポファシリティとは逆の資金吸収オペレーションでありFedによるT-Billの疑似売却であることに留意する価値はあるかもしれない。T-Billが0%に張り付いた後にRRPが稼働されるのに伴い国債証券がFedの手から離れ始めるとFedのBSが縮み始めるかどうかはその時になってみないとよく分からないが、もしT-Billの疑似売却がパブロフの犬の目に止まったらどう思われるか。
TGA対処でIOER引上げが選択されていればMMFの非マイナス利回り運用はあくまでも銀行のレポ調達(MMF側のリバースレポ運用)とIOERの裁定に依存するものであり、もし米銀の脅迫通りにMMFに巨額資金が流れた挙句にレポ市場も(外銀の米ドル調達利用の方が多いとはいえ)米銀のBS制約のせいで再び機能不全に陥った場合への対策として心もとない。新施策がなかった場合もやはりSLR緩和措置は撤廃できなかっただろう。しかし満を持してRRP拡充が発表され、MMFの運営を銀行に依存しなくても最悪0%のゾンビ状態で持続可能にする環境整備がなされたことは明らかに翌日発表されたSLR緩和措置の撤廃とセットであり、FOMCの選択を見てSLR発表前から緩和措置の撤廃へのハードルが下がったとの認識を持てて当然であった。もともとIOER -RRPコリドーが設立された当時からRRPの必要性には常に疑問が付いて回っていたし、Fedはファシリティ参加者数を節操なく増やすことを避けてきた。そこにT-BillがないのにMMFがT-Bill代替品に長期にわたって依存しながら際限なく成長するのは避けたい事態だったからである。しかしSLR絡みのゴタゴタで銀行が頼りにならない以上、MMF救済のためにはそういう悠長な議論をしている場合ではない。
SLRの救済措置は完全に消えたわけではない。銀行の資本要件があまりSLRの変更によって悪影響を受けないようにSLR算出方法の修正をも近いうちに発表するとFedがアナウンスした。金利リスクが発生する国債保有はともかく、さすがに預金を受け入れてFedに超過準備として預けてIOERを受取るだけのオペレーションへの制約は勘弁してほしいものである。また今でも緩和措置抜きでも大手米銀のレバレッジが高すぎるわけではないので、預金受入れ増(過剰流動性)は一連の流れ全てに全く無知である参加者がイメージしていたような預貸ギャップ拡大=国債購入増には直ちに繋がらないにしろ、少なくとも既存国債の強制売却には繋がらないと思われる。既存国債を売却し、売却代金と新規受入れ預金を再び(SLR上の扱いが国債と同等でありながら利回りがより低い)超過準備に預け直すのは緩和措置撤廃後の現行SLR枠組み下でどう考えても合理的ではない。一方、当局が金利リスクの有無に正しく着目し将来のSLR改革で超過準備と国債保有の扱いの分断に乗り出せば銀行は国債より超過準備を選好することになるだろう。また他の運用商品の選択肢(MBS、社債など)と対比して国債にのみ設けられていた優遇がなくなるため、それらの商品を再びイールドハンティングで選好しやすくなる。
万が一、銀行が全面的なBS縮小を迫られる場合、預金受入れ停止を前提とする国債削減は必ずしも非現実的ではない。ただ緩和措置撤廃を受けて直ちにMinimum SLRをヒットしBS縮小を迫られる米銀が少なくとも多数存在するとは思われず、またFedも現状を調査した上で決定を下したと思われる。RRPはあくまでもセーフティネットである。
とはいえ超過準備の選好に伴い短~中期国債への米銀の応札意欲に対する懸念が続いてもおかしくない。一方、もし選好が変わらないのであれば
国債以外については、米銀が各ビジネスへの資本配分を再考するきっかけになることは間違いなく、供給側から見てBSを消費するFXスワップによる米ドル調達の流動性が低下する可能性がある。その他の市場については月並みだが米銀の自社株買い再開へのハードルが上がる連想が働きやすいだろう。さすがにあまりいないとは思うが、銀行とMMFが預金受入れを停止するから仕方なく株式を買い上げる津波が現れるというエクストリームな期待があった場合、津波の大半(1.3兆ドルのうち1兆ドル余り)を0%で吸収できるRRPの蓋によってその期待は論理的には剥落させられる。
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。