EFFR 
US dollar money amrket
 6月FOMCでは市場予想を上回るホーキッシュな結論が発表された。ドットチャートが利上げ開始タイミングの前倒しを示しただけなく、本ブログが「遠ざかった」と考えていたRRP付利とIOERの引上げが敢行された。IOERとRRP付利は同時に5bp引き上げられ、EFFR誘導コリドーは実質的に5~15bpになった(政策金利コリドーは更にその外側で0~25bpのままである)。前回の記事ではRRPによる過剰流動性吸収をダムからの放水と喩えていたが、FOMCは更に多くの水門を開いたわけである。もちろんパウエル議長が記者会見で読み上げた通り、これは政策金利パスとは全く切り離されたテクニカルな施策であり、あくまでもEFFRが政策金利レンジの内側にしっかりと推移するよう誘導し、また短期金利市場の円滑な機能を支援するためである。RRP拡大が決まった時の記事で「米国当局にとって短期市場を守ることは至上命題であり、Fedが金融政策を決定する際の優先度は恐らく景気ファンダメンタルズの区々たる変動より遥かに高く、スピード感も段違いである」としていた構図の面目躍如であったが、肝心の本ブログは考察が足りず、差し迫った短期金利引上げを正しく予想することはできなかった。

 IOERとRRP付利の同時引上げへの短期市場の諸指標のリアクションを確認すると、RRPと競合する運用先の利回りを代表するSOFRとT-Bill利回りは共に4~5bp程度まで上昇した。それなりの金額であってもRRPでFedにお金を預ければ有担保で5bpを享受できるため、今までのようにわざわざ0bpスレスレで市中リバースレポ運用やT-Billに資金を投げ込まなくても済むようになった。そうするとこのあたりの金利も連れ高する。外銀などによるIOERとの裁定活動を通して引き上げられることになっているEFFRも鋭敏に反応し、これまで5bpを割るかどうかが注目されていたのが一気に10bpまで引き上がった。これで「EFFRを当初の政策金利0~25bpレンジの真ん中あたりに誘導できた」と胸を張って言えるだろう。

Fed Fund Volume
 懸念をもって注目されていたRRPの利用額はというと、付利引上げを受けてFOMC前の500bn台から一気に700bn台まで増えている。「Dream comes true」とも形容されるように、それまで1bpの運用先が見つかるかも怪しかったMMFマネージャーは大喜びで5bpのRRP運用を積み上げた。700bnに5bp付くということは日経が「利子補給」と形容したように、業界に年間3億5千万ドルの補償金がFedから降ってきたことになる。

 本ブログは「日経はGSのコメントを引用する形で利用額が600~700bnまで膨らむ可能性を警戒しているが、その程度の額で収まるなら何の懸念もない」と、FOMC前の500bnという額に全く問題意識を持っていなかった。500bnが多すぎるどころか、更に多くの資金を引き付けることも厭わないRRP付利引上げを敢行したFedもこの懸念のなさを共有している。負け惜しみであるが、「500bnもRRP残高が積み上がっているので短期金融市場は限界に達しており、従って付利の引上げなどの対策が必要である」と考えた市場参加者がいたならばそれは結果的に引上げを当てた形になったとしてもそれは僥倖であり、論理的には破綻した議論であったことを今の700bnという数字が示している。

 RRPの利用額と比べるとFed Fundの取引額は毎日60bn程度で安定しており、IOERが引き上げられたからと言ってEFFRとの裁定活動が活発化したわけではないことを示唆している。Fed Fundの60bnと比べてRRPの700bnというのは比較にならないほど極めて大きい額であり、これは短期金利誘導ツールとしてRRPがIOERに完全に取って代わり主役に立ったことを意味する。短期金利の中でもユーザーが限定的であるEFFRよりもレポ金利の方の重要性が密かに増してきている。これほど米ドル資金がじゃぶじゃぶだと短期金利をコントロールしようにも、IOERで上から銀行勢の裁定に引っ張り上げてもらうよりも断然、RRPで下から持ち上げる方が効果的である。というより銀行勢の裁定がBS制約などであまり増えようがない中でRRPで持ち上げるしかない。
TGA
 短期金融市場のストレスの諸悪の根源は財務省によるTGA放出であり、前回の記事でも短期金融市場のストレスへの対処法として「TGAを高い水準に維持する」が挙げられていたが、現実には財務省は6月に入ってむしろTGAの取り崩しを加速させている。先週には既に600bn台まで取り崩されており、7月の債務上限再開までにはコロナ前の400bn台まで低下しそうである。この作業はだいたい8合目まで来たわけである。(他の要因がなければ)残りの取り崩し予定分200bnがそっくりRRPに移ったとしても700bn台が900bn台になるだけであり、1カウンタパーティあたり80bnのRRPで吸収するのに極論12カウンタパーティもいれば済む。実際には40余りのカウンタパーティが稼働しているというので、RRPが資金を吸収し切れない心配はやはり全くない。全くなさすぎるからこそ、Fedは巷で規模が懸念されている中であえて更に大規模なRRPへの資金流入を誘致したということだろう。
Deposit
 RRPの700bnという残高の大きさを他のマネーマーケットと比較してみると、MMF総残高とT-Bill残高はそれぞれ4tn台あり、銀行のFed準備預金はそれよりやや少なく4tn弱である。MMFは大雑把に言って半分程度にあたる2tn台の資金をT-Billで運用し、2tn弱をレポで運用している。その中で見ると700bnは配分戦略を左右できるほど大きい。また毎月80bnのQEに喩えると9ヶ月分を吸収したことになる。

 T-billをはじめとする他の短期金利をも素直に動かすことができたのは、まさにRRPの規模が大きいからであると言える。TGAの取り崩しに伴いT-billの発行残高も1月対比で600bnほど減っており、それがMMFの運用難に繋がってきたわけであるが、そこに補給された擬似T-billである700bnのRRPは十分大きい。T-billの金利が0bp近辺から離陸さえすれば、それは短期金融市場の過剰流動性危機が(もしあったとすれば)完全に解消された象徴と見て差し支えない。一方、つい最近まで短期金利低下が危惧されていたのが、今度は金融引締め懸念が持ち上がってしまうのは金融政策の難しいところである。

 MMFの中の資金はT-BillからRRPにシフトし、更にMMFの利回りが改善するとなると機関投資家が銀行に押し付けている預金からMMFにシフトする動きも見られるだろう。つまり本ブログが3月の拡張時から取り上げてきたようにRRP残高が膨れ上がれば膨れ上がるほどそれは市中からの強烈な資金吸収であり、俗に言う不胎化(Sterilization)である。6月FOMCはその不胎化に5bpものインセンティブを付けることによって著しく加速させた。これは「過剰流動性こそが今の株式バブルの背景」との見方を取る市場参加者からは強烈なリスクオフ要因に見えたはずであり、FOMC後の瞬間的なリスクオフの背景の一つですらあったかもしれない。なお債券の世界から見るとテーパリングが始まるまでにRRPによる疑似テーパリングが始まろうと、それはFedがいわばレポで資金を調達しながら長期国債を買ってデュレーションリスクだけを吸収するオペレーションをやっているのに他ならないのであり、リスクオフが長期金利上昇ではなく長期金利低下に繋がっても特段首をかしげるような展開ではない。たとえ「引締め」が誘発したリスクオフであっても、である。今年春のようにお金が余っていてもデュレーションリスクが怖い場面もあれば、お金が減ってもデュレーションリスクが怖くない場面もあって何ら不思議はない。

 強烈な不胎化への批判が多い中、本ブログは一貫して短期市場の資金繰りと資産価格を安直に結びつける見方に与しない。預金の引き揚げは仮にあっても預金受入れ停止まで匂わせていた銀行業界から見ると喜ばしいことであるし、銀行が貸出先もなくFedに積んでいる準備預金はまだまだ過剰である。前サイクルではピークの2014年でも準備預金は3兆ドルに届かなかった。それがFedのQT(Quantitative tightening、2017年10月~2019年7月)で減り続け、銀行間の資金不足感に繋がりEFFRがコントロールを失いがちになったのは1.5兆ドルを割り込んだタイミングである。この「1.5兆ドル割れ=資金不足」の議論はその後のFedの利下げとQT急停止によりオーソライズされた形となる。
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 その時の記事から懐かしいプロットを引っ張ってきた。曰く、IOER -EFFRスプレッドは超過準備の規模に反比例する。その時の関係を今に持ってきて杓子定規に当てはめようとは全く思わないが、今はグラフの右下へ遥かにはみ出てしまう4兆ドル近い超過準備が積まれている(2020年3月以降の要求準備率は0%である)。という中でEFFRがまだIOER -5bpの水準に留まっているのは明らかにIOERとの裁定に加えてRRPというもう一つの押し上げ効果が存在するおかげである。そこから多少(1兆ドル程度)の不胎化が行われようと、銀行業界が資金余剰から資金不足に転ずるにはまだまだ余裕がある。銀行ごとに資金繰りにバラつきがあるのはレポショック当時と同様であるものの、このご時世に預金不足になる銀行があるかは分からないが、もしあったとしてもIOER近辺ですら資金余剰組やGSBから借りられずにショートする場面(レポショックの再来)はさすがに近い将来にはないだろう。

 筋論としては巨額RRPへの依存は前サイクルでRRPが導入された時から懸念されてきたように好ましいものではない。RRPのおかげで窮地を脱したものの、RRPへの依存体制を維持したままMMFが更に巨大化するとRRPは永久化を余儀なくされる。しかし過剰流動性はテーパリングからの次のQTで回収されるまで行き先が銀行預金とMMFの二つしかないので、両者のうち少なくとも片方は巨大化するに決まっている。QTの時になって更に巨大化したMMFに調達を依存した主体がバーストすることもあるかもしれないが、それはいま心配することではないだろう。Fedの金融政策の不確実性の一つは大きく後退したと言えそうだ。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。