前回の記事で完膚なきまでこき下ろした中国景気の対策のために、中国当局が早速RRR(預金準備率)の切下げ(降準)を匂わせ始めている。7月1日の共産党100周年大会までは「絶好景気の盛世」を演出する必要があったが、祭りが終わってようやく、吐き気を催すような国内景気に対して現実的な対処策を考える時間帯になったということだろうか。7/7の国務院常務会議は「洪水式の金融緩和を行わない前提で、適宜預金準備率引下げなどのツールを用い、実態経済、特に中小企業の融資コストの穏やかな低下を支援すべきである」としている。RRRを決定するのは中央銀行である中国人民銀行(PBOC)であるが、中央銀行の独立性が限定的なので、国務院が金融政策を匂わせるのは常態化している。元PBOCで調査統計司司長を務めていた盛松成(Sheng Songcheng)はこれに先立ってよりはっきりと利下げ(降息、guide rates lower)を主張しており、金融緩和を求める声が急に盛り上がっている。
この政策転換はやや頭の体操となった。先進国は米国からオセアニアまで軒並みいつ金融引締めに転ずるかが注目されている。米中のサイクルの乖離がやや常態化した感があるとはいえ、つい先日まで中国でもコモディティ高に伴うPPIの高騰が話題となっていたし、融資総量規制などによる不動産バブル潰しの引締め懸念も続いているが、RRR切下げにしろ利下げにしろ、この方向と逆行する。RRRが引き下げられれば、低金利でPBOCに拘束されている資金が解放され流動性が改善する。
物価高騰懸念はどうなったのか。前回の記事で取り上げたようにPPIの高騰からCPIへの伝播は完全に途切れている。これらの狭間に挟まっているのは中国企業、それも下流の中小企業である。上流の国営大企業は容赦なく値上げをしてくる。消費者は購買力がない。となると中小企業がPPIの上げを飲み込むしかない。CPIへの伝播の懸念がない以上、対処法として金融引締めより金融緩和の方が合っているのは間違っていない。
しかし、RRR切下げに過度な期待を寄せるのは禁物である。国務院の記事でもRRR切下げの文字の前に「洪水式の金融緩和を行わない前提で」という忌々しい枕詞が付いている。「洪水式の緩和」とはリーマンショック後に胡錦濤政権が敢行した全力金融緩和、財政出動を指しており、これにより温家宝総理が国内外で博した喝采に対して現政権は嫉妬心と言わないまでも対抗意識を抱いている。では洪水式でない緩和とは何か。
中国政府がどうも「画一的な金融緩和の代わりとなる発明」として自慢したそうであるRRRの中小銀行限定版、TRRR引下げ(Targeted RRR Cuts)が代わりに候補に挙がりそうであり、実際の中小企業向け貸し出しの主体が中小銀行であることを考えると正しいものの、こちらは金融市場にはあまりウケがよくない。むしろRRR引下げの期待が盛り上がった後にTRRR引下げが出てくるとケチくささの方が印象に残った記憶がある。RRR引下げはトランプ政権との貿易戦争の影響を緩和するためにたびたび用いられてきたが、元より中国の銀行に超過準備を積む風習があまりないこともあって無限に使えるわけではない。大型金融機関向けRRRが2020年のコロナショックですら引き下げられなかったことがそのハードルの高さを示している。では中小銀行向けTRRRはと言うと、こちらは既に何度も引下げられてきた結果6%まで低下しており、今から景気対策で引下げるならせいぜい1%あるかないかである。まさかコロナショック時の1%(それも0.5%ずつ2回に分けられた)より大きな下げ幅を期待できるわけではない。
これまでのRRR及びTRRRの国務院による匂わせからの中国人民銀行の利下げ発表までの期間は以下である。日付は国務院による匂わせ日である。
2018/6/20 4日
2018/12/24 11日
2019/4/17 19日
2019/9/4 2日
2020/3/10 3日
2020/3/31 3日
2020/6/17 RRR引下げなし
年末年始やゴールデンウィークを挟んだケースを除くと、中国人民銀行は概ね国務院のRRR切下げ匂わせに対して1週間以内にリアクションしてきたが、直近の昨年6月はついにリアクションがなかった。今回は前回を例外として扱う形で1週間以内に回答を出してくるか、それとも昨年6月までにRRRは既に下限に達していたのか。決着は今後1週間以内に付くことになると思われ、その間ゼロ回答だったなら失望感が高まりやすいだろう。特に準備金の支払い日は毎月5が付く日であり、7/15まで、どんなに遅くとも7/26までが目安となる。
今のところベースライン効果もあり2021年通年で中国のGDP公式目標6%を達成するのは難しくない。問題はあくまでも中小企業が苦しい構造的な問題であり、とすればRRR cutではなくTRRR cutのみが正当化される。一方、全面的な金利引下げを主張している前出の盛教授はベースライン効果が剥落する今年後半には6%を割れて5~6%成長のペースまで落ち込むのを前提とする。野村はユニバーサルな0.5% RRR Cutを予想しているそうだが、もし洪水式のRRR Cut、或いは他の政策ツール金利引下げが行われたらポジティブサプライズとなるだろう。
中国株の目下の最大の懸念材料はあくまでも中国政府による規制なので、RRR切下げは株価に対しては大してインプリケーションを持たない。中国は計画経済なので政府は様々な分野に直接介入ができ、施策の方向に統一性を期待するのは難しい。もっとも当局がインフレに金融引締めや人民元高政策で対応する懸念がまだ残っているとすればそれは180度反転すべきである。当局は既に原材料価格介入に直接動いており、それが一層のコモディティ高にぶつかってポリシーフェイルになるのが明らかになるまでインフレ懸念は再び取り上げられないだろう。従って唯一の正解である財政拡大が下半期にない限り、中国10年国債金利の3.0%は下限というより上限になりそうであるし、人民元の上値もおのずと重くなるだろう。米国などと違って成長率がコロナ前より低いならばなおさら金利もコロナ前より低いのが自然である。
China should guide rates lower to support growth, former central bank official says
この政策転換はやや頭の体操となった。先進国は米国からオセアニアまで軒並みいつ金融引締めに転ずるかが注目されている。米中のサイクルの乖離がやや常態化した感があるとはいえ、つい先日まで中国でもコモディティ高に伴うPPIの高騰が話題となっていたし、融資総量規制などによる不動産バブル潰しの引締め懸念も続いているが、RRR切下げにしろ利下げにしろ、この方向と逆行する。RRRが引き下げられれば、低金利でPBOCに拘束されている資金が解放され流動性が改善する。
物価高騰懸念はどうなったのか。前回の記事で取り上げたようにPPIの高騰からCPIへの伝播は完全に途切れている。これらの狭間に挟まっているのは中国企業、それも下流の中小企業である。上流の国営大企業は容赦なく値上げをしてくる。消費者は購買力がない。となると中小企業がPPIの上げを飲み込むしかない。CPIへの伝播の懸念がない以上、対処法として金融引締めより金融緩和の方が合っているのは間違っていない。
しかし、RRR切下げに過度な期待を寄せるのは禁物である。国務院の記事でもRRR切下げの文字の前に「洪水式の金融緩和を行わない前提で」という忌々しい枕詞が付いている。「洪水式の緩和」とはリーマンショック後に胡錦濤政権が敢行した全力金融緩和、財政出動を指しており、これにより温家宝総理が国内外で博した喝采に対して現政権は嫉妬心と言わないまでも対抗意識を抱いている。では洪水式でない緩和とは何か。
中国政府がどうも「画一的な金融緩和の代わりとなる発明」として自慢したそうであるRRRの中小銀行限定版、TRRR引下げ(Targeted RRR Cuts)が代わりに候補に挙がりそうであり、実際の中小企業向け貸し出しの主体が中小銀行であることを考えると正しいものの、こちらは金融市場にはあまりウケがよくない。むしろRRR引下げの期待が盛り上がった後にTRRR引下げが出てくるとケチくささの方が印象に残った記憶がある。RRR引下げはトランプ政権との貿易戦争の影響を緩和するためにたびたび用いられてきたが、元より中国の銀行に超過準備を積む風習があまりないこともあって無限に使えるわけではない。大型金融機関向けRRRが2020年のコロナショックですら引き下げられなかったことがそのハードルの高さを示している。では中小銀行向けTRRRはと言うと、こちらは既に何度も引下げられてきた結果6%まで低下しており、今から景気対策で引下げるならせいぜい1%あるかないかである。まさかコロナショック時の1%(それも0.5%ずつ2回に分けられた)より大きな下げ幅を期待できるわけではない。
これまでのRRR及びTRRRの国務院による匂わせからの中国人民銀行の利下げ発表までの期間は以下である。日付は国務院による匂わせ日である。
2018/6/20 4日
2018/12/24 11日
2019/4/17 19日
2019/9/4 2日
2020/3/10 3日
2020/3/31 3日
2020/6/17 RRR引下げなし
年末年始やゴールデンウィークを挟んだケースを除くと、中国人民銀行は概ね国務院のRRR切下げ匂わせに対して1週間以内にリアクションしてきたが、直近の昨年6月はついにリアクションがなかった。今回は前回を例外として扱う形で1週間以内に回答を出してくるか、それとも昨年6月までにRRRは既に下限に達していたのか。決着は今後1週間以内に付くことになると思われ、その間ゼロ回答だったなら失望感が高まりやすいだろう。特に準備金の支払い日は毎月5が付く日であり、7/15まで、どんなに遅くとも7/26までが目安となる。
今のところベースライン効果もあり2021年通年で中国のGDP公式目標6%を達成するのは難しくない。問題はあくまでも中小企業が苦しい構造的な問題であり、とすればRRR cutではなくTRRR cutのみが正当化される。一方、全面的な金利引下げを主張している前出の盛教授はベースライン効果が剥落する今年後半には6%を割れて5~6%成長のペースまで落ち込むのを前提とする。野村はユニバーサルな0.5% RRR Cutを予想しているそうだが、もし洪水式のRRR Cut、或いは他の政策ツール金利引下げが行われたらポジティブサプライズとなるだろう。
中国株の目下の最大の懸念材料はあくまでも中国政府による規制なので、RRR切下げは株価に対しては大してインプリケーションを持たない。中国は計画経済なので政府は様々な分野に直接介入ができ、施策の方向に統一性を期待するのは難しい。もっとも当局がインフレに金融引締めや人民元高政策で対応する懸念がまだ残っているとすればそれは180度反転すべきである。当局は既に原材料価格介入に直接動いており、それが一層のコモディティ高にぶつかってポリシーフェイルになるのが明らかになるまでインフレ懸念は再び取り上げられないだろう。従って唯一の正解である財政拡大が下半期にない限り、中国10年国債金利の3.0%は下限というより上限になりそうであるし、人民元の上値もおのずと重くなるだろう。米国などと違って成長率がコロナ前より低いならばなおさら金利もコロナ前より低いのが自然である。
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。