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PBOC引締め(1)人民元相場の安定化 : 金利とセンチメントから資産価格を考えるブログ

中国の米国債購入は再び増加している 我々は、中国が資金流出に苦しんでおり、外貨準備高を減らしながら(米国債を取り崩しながら)ドル売り人民元買い介入を続けているというイメージを長らく持ち続けてきた。今年年初から外貨準備高が3兆ドルをぎりぎり割らないところで反

 現状確認の次に、2015年8月のチャイナショックから始まる人民元戦争がなぜ大方の予想に反して、人民元の大幅下落で終わらなかったのかについて振り返ろうと思う。

チャイナショックのきっかけ

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財新製造業PMI - tradingeconomics.com

チャイナショックのきっかけは、新たに国家主席に就任した習近平が掲げたサプライサイド改革と腐敗叩きである。サプライサイド改革は需給ギャップを需要の拡大ではなく供給力の削減によって解決しようとするものであり、長期的には経済危機の回避に役立つが経済を縮小均衡に持っていくものであり、中国がかつてリーマンショックを大規模な公共工事によって乗り切ったのを逆回転させた形となる。腐敗叩きによって国営企業幹部の共産党員は設備投資や戦略策定どころでなくなった。その結果、2014年中盤から2015年年末にかけて中国は激しい景況感の悪化に見舞われた。

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景況感の悪化とそれを支えるために行われた金利引き下げにより手元の人民元を売ってドルに換金する資金流出が始まり、それに対して中央銀行のPBOCが外貨準備を取り崩して介入していたが、外貨準備の消耗に耐えられなくなった中国当局は2015年8月11日に20年ぶりの人民元の大幅切り下げと為替レートの市場化(介入の放棄)を敢行した。これがさらに人民元の先安感を煽る形になったため、資本流出が加速した。特に国民の間で資産防衛のために手持ちの人民元預金を外貨に換金するのがブームとなった。中国では外貨への換金は自由ではなく、一人あたり年間5万ドルという上限があったが、それでも1000万人集まれば中国の外貨準備の3兆ドルは6年しか持たない。企業も輸出入代金をできるだけドルのまま手元に置くのを選好し、また余力のある企業は海外でM&Aを乱発した。結局、人民元はチャイナショックから2016年年末にかけて12%程度下落し、外貨準備はピークだった2014年の4兆ドル近くから3兆ドルすれすれまで減少した。

国際金融のトリレンマの解

アジア金融危機をはじめとする新興国の通貨危機は一般的に、景気が悪化し通貨が下落していくのを防衛しようとすると利上げと介入が必要であるが、悪化した景気は利上げに耐えられないため詰んでしまう、という展開をたどってきた。マンデル教授が提唱した国際金融のトリレンマによると、
・自由な資本移動
・為替の安定
・独立した金融政策
の三つを同時に達成できない。成長を外部資金に頼っている新興国は自由な資本移動と安定した為替のために金融政策の独立を犠牲にしがちであり、一方、産業競争力がある程度あれば為替は景気の安全弁として働く(不景気で為替が安くなれば輸出がブーストされる)ため、ほとんどの先進国は為替の安定を放棄している。それに対して中国は自由な資本移動を捨て、為替の安定と金融政策の独立(低金利の継続)の両立を選んだ。2016年年末に、個人による1万ドル以上の外貨換金が要報告に なった。同時に中国企業による大規模な海外M&Aへの規制を強化した。人民元相場はトランプ相場によるドル独歩高には追随しなかったが、外貨準備の推移を見ると2016年年末には概ね介入は沈静化しており、安定を取り戻したと言える。

人民元暴落論者の二つの誤解

人民元の大幅下落を予想した市場参加者の多くは二つの誤解を持っていた。一つは公式GDPが捏造されており、実体経済はほとんど成長していなかったというもの。もう一つは資金流出がコントロール不能だったというものである。

今となっては、中国の公式GDPは一貫してほぼ正確であったことがわかっている。もし捏造ならば2016年後半にわざわざ高めに持っていく理由がない。2014年から2015年にかけての重厚長大産業の落ち込みは確かに深刻であったが、GDPに限って言えばインパクトはサービス業の成長で吸収可能な程度だった。一時期はマイナスに転落した李克強指数(鉄道貨物輸送量、銀行融資残高、電力消費)と公式GDPの乖離が懐疑派の大事な論拠だったが、2017年夏時点で李克強指数が+10%を上回っているのを見て公式GDPが低く捏造されていると言い出す人はいない。つまりその程度の指標だったということだ。一貫して堅調だった経済成長は(資本規制を含む)通貨防衛政策に自由度を与えた。

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Lower for Longer: The New Normal of China’s FDI Balance 黄色が海外勢によるFDI変動

また、海外資金の引き上げというイメージとは裏腹に、外貨購入の主力は中国国民であった。それも、中国国民の貯蓄が人民元からドルに変わっただけであり、為替介入もいわば政府が死蔵していた米ドルを国民にばら撒いただけなので、海外旅行で爆買いした分以外は「流出した」と言えるかどうかすら怪しい。海外からの直接(FDI)を見ると、チャイナショック以降、海外からの直接投資(FDI)は流入の鈍化こそ見られたものの、純流出になった月はついになかった。むしろ中国企業による海外へのFDIの増加によりFDIバランスが悪化している形である。こちらは誘導や規制が可能であった。

経済成長+低金利+資本規制=


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Slowdown ahead for Chinese home prices, after this year's astonishing 19% price rise 

さて、堅調な経済成長、低金利、資本規制が合わさった結果起きたのは壮大な不動産バブルである。チャイナショックの日に一族郎党を動員して資産を米ドルに変えたところで、2年弱で得たキャピタルゲインは高々10%である。為替手数料と2年分の米中金利差を引くと手元に残る利益は雀の涙だ。外貨に群がった愛国心の足りない人々は今頃、もし同じ日にその資金を頭金にしてマンションを買っていたらと後悔していることだろう。

2016年後半に人民元レートの下落も外貨準備の減少も止まったのは不思議だったが、最もシンプルな説明は「人民元の価値を信用しない人民の資金」は米ドルの代わりに高騰する不動産に吸い込まれていったということではなかろうか。不動産投資の再開は李克強指数と製造業景況感をも持ち上げ、2017年初頭の中国景気は過熱した。2017年前半は金融引き締めにより米中金利差は拡大し、さらに米ドル換金が面白くなくなっている。5月になって中国当局が人民元相場の介入を再強化したのは残敵掃討に近い。