Huarong Bonds
 中国株への当局の圧政と並行して、華融(Huarong)と恒大(Evergrande)の債務危機も中国市場をリスクに晒してきた。どちらもToo big to failと言われてきた巨大債務企業であるが、先月の記事ではLGFVと華融の騒ぎは当局の火遊びにすぎず、中国のクレジット市場で最も注目すべきはあくまでもエバ―グランデと不動産業界であると既に述べた。実際、華融の方は8/31の期限を前にしてようやく2020年12月期の決算を提出する予定が決まり、1029億元の最終赤字を提出するようである。同時に中信集団(CITIC)率いる国有企業連合からの資本調達も発表されており、これまで額面の50%や70%まで売られていた短期社債は急速に満額償還を織り込むことになった。

Huarong schedule
 500億元(≒8bn USD)の規模を今後満期を迎える社債残高と見比べてみるとこの資金だけで来年半ばまでの社債元本を返済できることになる。この手の債務危機の話が出るとだいたい来年あたりに債務償還の山がやってくるのだが、調達を短中期債に依存しているいつ見てもその形になる。それ以降は保有子会社などを整理、売却して組織を小さくしながら現金を回収することになるだろう。華融発の無秩序な金融システミックリスクの発現は遠ざかった。

 華融の経営危機については4月時点で終わった話だと思っていたし、7月の記事でも「華融はその後、何の問題もなく粛々と社債を償還しているのだが、当局が出来もしないくせに無意味に債券保有者に大きな損失を強いる計画を匂わせたりするせいで、社債は償還発表が来るまで投資家に信用してもらえない」「一方で、金融危機の引き金も引きたくないとのことであるが、どうせ引き金を引けないチキンなのに口先だけ脅しを入れて投資家を不安にさせることに意味があるとは思えない」と述べてきた。案の定、経営不安を無意味に長引かせたところで、所詮チキンは引き金を引けない、口先だけのただのチキンであった。これを悪態ではなくBloombergの綺麗な文章で表現すると「システム内の規律改善を政府は明確に望んでいる」「事実上の救済プロセスが長引いた背景には、重債務の企業が抱えるリスクを無視する投資家を罰しようとする習近平政権の決意がある」ということになる。「すでに大きな損失を受け入れ華融債を売却した多くの投資家にとっては遅過ぎる救済となった」とのことであるが、保有者が変わっても総保有額は変わらないので、誰かが安く処分したのを購入した他の投資家には血税から満額の代金を支払われる。信心が必ず報われる新たなサクセスストーリーがもう一つ生まれ、国営Too big to failを信じ続けた担当者は大ヒーローとなった。これで次回似たようなことが起きた時も社債投資家は国営Too big to fail無リスクを信じ続けるのが一層合理的になり、代わりに今度こそブチ切れた当局の手が滑って人質(金融システム)の安全が損なわれるリスクだけが警戒されることになる。
Evergrande
evergrande bond
 もう一つの方の懸案であった恒大(Evergrande)の現況はもっと深刻である。一時は取引先や銀行が次々と資産凍結や債権回収を求めてそれぞれの地元で訴訟を起こし、流行にもなった。8月に入り広州市地裁が一括審理を宣言したことにより取り付け騒ぎにも似た訴訟ラッシュは一段落し、無秩序にエバ―グランデの資産が次々と抜け駆けを試みる債権者によって持ち出されるリスクは軽減された。しかしそれだけでは債務問題は解決しない。劉鶴はエバ―グランデの問題を「償還能力Solvencyではなく流動性Liquidityの問題」と定義したようであり、また資産側の中核が値上がりしかあり得ない中核都市の不動産なので市場参加者の多くもそれに同意している。一方その定義は要するに「やる気の問題だろ、お前」と言っているの等しいので公的な支援が期待できないことをも示唆しており、当局の当初からの要求通り資産売却を進めてBSを縮小させねばならず、資産売却の進捗を見て市場は一喜一憂を続けることになる。本業の不動産事業の方は土地取得を減速させ、完成した物件の売却を加速させることになるが、あまり急速な値下げを打ち出すと既存顧客の不満を招くことになるため綱渡りする時間が必要である。

 過去にエバ―グランデは本業以外にもテクノロジーからEVまで兆円単位の投資を行ってきたが、EV事業などは工場用地やら部品メーカーやらを買収して回った挙句にまだ一台の車も売れたことがない。それでも買い手が付きそうというヘッドラインが乱発されたため、金融監督当局から虚偽のヘッドラインを流すなと呼び出しを食らうという茶番まで見られた。香港の本部ビルも2015年に取得したコスト割れの水準で売却するとの噂もあり、株式投資家はいよいよ利食える資産がなくなったかと悲観し、社債投資家は発行体の損益をあまり気にしないのでとにかく現金を回収しようとする態度を評価した。今後の資産売却でも足元を見られることが多くなりそうなのは必然であり前途多難であることは間違いない。一方どのみち中国国内で不動産の安売りがあまり進まない中、海外で資産を無意味に安売りさせる妥当性も問われることになるだろう。

 どう見ても巨大債務の悪目立ちがすぎるし、債務危機の最中でも特別配当を払い出そうとするなどお行儀も悪いエバ―グランデを当局が虐めるのは分かるとして、それが個別案件としての攻撃なのか、それともエバ―グランデをはじめとする不動産業界全体を締め付けて不動産価格を下落させるところまでが目標なのかは自信をもって断言することが難しい。自社が経営危機に陥ると不動産価格が下がるというToo big to failの恐喝が昔ほど通用しなくなったことだけは間違いない。次の人質は民営不動産全体の不動産着工の減速による雇用の減速となるが、もし発動されたら一段と中国経済は冷え込むことになる。
S&P restructuring
 とっくに銀行業界に不動産融資総額規制がかかっている中、エバ―グランデは資産売却も行き詰まるといよいよ債務再編を考えることになり、投資家はより不利な条件でリストラクチャリング(クーポン切下げ、満期延長など。元本は毀損されないがPVベースでは損する)を受け入れることになる。現に個人投資家によるオンショア社債購入を禁じた措置は将来のリストラクチャリングを見据えたものであっただろう。しかしたとえリストラクチャリングに向かうとしてもそれは破産とは異なるので、大規模な不動産処分から不動産価格が急落して他の民営不動産企業に波及するシナリオはあまり期待できない。破産処分(Liquidation)になった例は年に1件もない。

 もちろん、エバ―グランデのせいで民営不動産企業全体のファンディングは既に圧迫されている。資金凍結を裁判所に訴え出るくらいなので当然不良先に分類されるべきであり、となると他の銀行でも同業他社が不良先に分類しているのに自行はしなくいいのかという議論になり、他の民営不動産への融資余力も圧迫されるだろう。ただでさえ不動産融資総額が規制されているところにそれである。
China high yield
 グローバル米ドル建てハイイールド債利回りがコロナショック前対比で大きく低下する中、中国企業発行の米ドル建てハイイールド債利回りはコロナショック前どころかコロナショックの高値に近い。リストラクチャリングに国内勢は慣れてきたにしても、海外子会社が発行した米ドル建て社債の立ち位置はオンショア社債と比べて更に微妙であるため、より神経質なプライシングになっているわけだが、これでは中国民営不動産企業による米ドル建て社債発行は凍結されてしまう。その上で既存の米ドル建て社債満期がやってきた時、もし中国本土で人民元を調達できたらスポットで米ドルに換金することになり、融資総額規制でそれすらできなかったら流動性の逼迫が連鎖することになる。中国本土で調達できたとしても人民元から米ドルへの換金圧力になることは避けられない。またその間に多くの不動産プロジェクトが止まることによる関連業種への影響もあるだろう。
china default rate
 なお中国企業のデフォルト率そのものはいまだに「正常化」(無デフォルト信仰の打破)への途上にあり、2021年のデフォルトペースが世界で唯一2020年を上回ることになってもせいぜい1%程度でありコロナ前の米国やグローバル平均の巡航速度よりまだ低い。2015年に上昇信仰が打破されグローバル対比で遥かに動きが小さいにもかかわらずとかく懸念されがちな人民元相場と同種の傾向であるが、中国企業のデフォルト率はグローバル対比で低くてもいつまでも懸念され、社債市場全体のデフォルト率が1%に行かなくても米ドル建てハイイールド債には12%の利回りを要求される。これの解釈として先月の記事で述べた、「もともと中国共産党関係者が乱脈経営を中から外からと要求したり、気まぐれに介入して資産価値をぶち壊していくリスクが伴う計画経済市場の中にあって、その政治リスクと釣り合ってきたのが最後には当局が責任を取って救済してくれるという信仰である。信仰を取っ払ったら一体何の取柄が残るというのか。企業経営が市場化されていないのに資本市場だけ市場化されてもゴミの山が残るだけではないか」が当てはまることになるが、それにしても株の方も当局の介入でぶち壊された今になって改めてこの文章を読み直すと大変感慨深い。エバ―グランデ叩きのせいで民営企業の米ドル建てファンディング確保がただでさえ困難になったところに、ADR叩きを見て中国に1ドルも置きたくない海外投資家を中国政府は大量に産み出した。もっともバリュエーションとフローにいかようにも動かされる株と異なり、答えが出るにもかかわらずあまりにもフリーランチ幅が大きいので、さすがに中国企業の米ドル建てハイイールド債のこれ以上の大幅なワイドニングは想定していない。

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