TSF and M1M2 
 8月分の社会融資総額(TSF)も先月の記事「中国経済は全面的な景気悪化が加速」の全体像を再確認する形となった。ベース効果も若干あるものの、8月もTSFは少なくとも反発はしなかった形となる。その結果としてM1, M2も低調さが続く。M1はそろそろ予想される下半期のGDP伸び幅を下に切りそうである。人民銀行が理想とする「穏健な金融政策」を形容するのによく用いられる「貨幣供給量が名目GDP伸び率と釣り合う」定義が目安だとすれば、目指している「穏健」まで戻すには流動性の追加供給が必要である。
China credit impulse
 海外投資家が重視するクレジットインパルスも12ヶ月対比では急落が続く。ベース効果が和らぐ6ヶ月対比では下げ止まったように見えなくもないが、反発までは行っていない。

China TSF Breakdown 
 TSF低迷の背景は明らかに不動産融資総額規制である。棒グラフの藍色が2020年対比、水色が2019年対比であるが、両年対比ともに一目瞭然で減ったのは人民元融資、シャドーバンクに含まれる信託融資である。政府債券発行は7月対比では増えたが、昨年のベース効果があまりにも大きいため昨年対比ではマイナスに出ている。シャドーバンク取り締まりは緩められる気配がないので増えようがない。融資の中身は見かけよりも悪い。個人向け融資は全項目で縮小した。代わりに大きく増えたのは手形投資である。個人向け住宅ローンが不動産融資総額規制で増やせないので銀行は金余りで短期融資にお金を突っ込んでいるわけである。8月下旬になるとSHIBORと逆ザヤになるまで突っ込み続けたようだ。社債と株式調達(!)も少し金余りの恩恵を受けている。実際上海株は活況である
China PMI
China Corp lending
 当局の真意を忖度できるエコノミストなら「不動産セクターから製造業に資金を回したい」と書くところだが、当然銀行も企業もマエストロが机上で考えた計画経済ごっこの通りには動かない。企業の方も景況感が悪く資金需要がないので、企業融資はコロナを克服したと思っていた年初と比べても伸び悩んでいる。
Property Lending
China housing market
 不動産開発融資はそろそろ前年割れしそうである。開発と購入の双方で資金繰りを絞られているため一線都市でも住宅不動産の販売面積は減速している。
China historical RRR
 7/9に発表され7/15に始まったややサプライジングだった全面的なRRR Cutは、蓋を開けてみると明らかにどこかで詰まっており、TSFやクレジットインパルスの反発に結び付いていない。諸悪の根源である不動産融資総額規制がかかっている以上、流動性だけ提供しても短期融資くらいしか運用先がないのは当たり前である。景気悪化が止まらないことから、年末にかけて再びRRR Cutの下支えが来るだろうと一般的に思われていたし、特に8/26に人民銀行が「RRR cut、再貸出、再割引などのツールを活用して農村部の経済を支援する」と匂わせたことから早期のRRR cut期待が一気に膨らんだが、結局現実には今になってもRRRは引き下げられていない。代わりに登場したのは9/1に国務院が匂わせ、9/9に人民銀行が発表した「支小再貸出制度」による3000億元の中小企業貸出用限定の中銀貸出であった。7月の0.5%のRRR cutが放出した流動性は1兆元と言われているため、この中銀貸出は規模としては全面的なRRR cutの1/3である。規模が小さいだけでなく資金使途もRRR cutより限定されているため、何があっても大規模な、全面的な流動性供給をやりたくないという意志が透けて見える
China PPI CPI
 「エコノミストら」はこれを人民銀行のハト化シグナルと捉え、ということはRRR cutも続くと惰性のように書いているが、8/26の中銀コメントが匂わせたいくつかのツールの中で再貸出が選択されたということは、素直に考えると差し迫ったRRR cutはない。(CPIは何が起きても上がりようがないものの)PPIも高止まりしている上に、人民銀行の中では明らかに先進国のテーパリング局面入りに伴う人民元相場への警戒感も残っており、そう簡単にRRRカードを切れない。とにかく流動性供給を嫌がる計画経済の自称マエストロ達がどんどん精細化する「精準」ツールに淫すれば淫するほど金融政策の機動性が低下してくるため、景気の全面的な悪化が加速する中、想像以上に何も出て来ない可能性を考慮すべきである。そもそも指導部は経済主体の行動を直接指導する「運動」に熱中しており金融、財政政策には興味がなくなっている。
economic daily
 というわけでTSFの回復はひたすら年末にかけての地方専項債の発行ブーストに頼ることになる。こちらは昨年9-12月の新規発行額が2.6兆元であったのに対して、2021年は上半期に出し惜しんだこともあり9-12月で3.8兆元の新規発行枠が残っているので、素直に考えて年末にかけてインフラ資金が増えて来ることになる。実際一部ではインフラ整備の前倒しが議論されている。こちらも海外投資家が信じて疑わない中、本土勢は使い切らずに終わる可能性を議論し始めているがさすがに極論か。楽観的な見方に徹すればコロナ肉弾戦がどうも終わったようなので自律反発と、地方専項債発行に伴うインフラ投資加速を待つことになる。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。