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 本ブログが夏以降に断続的に取り上げたエバ―グランデ(恒大集団)のデフォルトがいよいよ近付いてきた。負債総額が33兆円と破綻当時のリーマンブラザーズの半分もあるので、一部でリーマン・モーメントとさえ取り沙汰されている。本ブログが早々とToo big to failの恐喝が通用せず当局の救済はなく、債権者はリストラクチャリングを受け入れることになるだろうと記していたのに対して、当局の一存で何でも自由にできる計画経済なのでなんだかんだ救済措置が出てくるだろうという声が主流であったが、結局救済はされなかった。

 事態は本ブログが想定していた展開よりも更に悪く、リストラクチャリングすらはたしてまとまるのかに疑問が付くようになっている。先週になって中国当局(住宅都市農村建設省)が「中国恒大集団は主要債権銀行に今月20日期限の利払いを行わない」と銀行団に宣言するに至り、事態は急速になし崩しなデフォルトに傾きつつある。ここでエバーグランデ(恒大)の負債の中身とデフォルトの影響について整理してみたいと思う。

Evergrande Debt Breakdown
 恒大の負債構造についてはCNBCなどが分類を試みているが、本ブログでも債権者を①から④に分類して整理してみようと思う。

① -1. 銀行

 銀行は融資と社債投資の双方で恒大にエクスポージャーを持っている。有利子負債(Interest-bearing debt)の総額は2021年1H時点で5717億元となり、Refinitivによるとそのうち社債残高が266億ドル、更にそのうち海外投資家が保有する米ドル建て社債が195億ドル存在する。米ドル債を除いて大半は本土系銀行が保有していると思われる。融資は128以上の銀行と121以上のノンバンクから借りているようであり、これから債権者集会を開いてクーポン減免、返済期限延長などの債務リストラクチャリングの交渉を行っていくことになる可能性が高いが、関係者の多さに辟易してしまう。1年前の有利子負債は8355億元であったため相当デレバレッジを頑張った形跡は認められるが、当局の要求には間に合わなかったようである。

① -2 海外投資家
Evergrande Dollar bond
 恒大が海外で発行した米ドル建て社債195億ドルはDBSによると中国不動産ドル債残高の4%を占める。これらは先日Bloombergが75%ヘアカットがベースシナリオと言っているのをそのまま目安にしているのか、短期債も長期債も額面の25%近辺で取引されており、リストラクチャリングorデフォルトの確率を100%近く織り込んでいる形となる。米ドル債は海外子会社発行ということもありどうも本土系銀行のオンショアクレジットに劣後するようなので、直観的にはもっと返ってこないのではないかという気もする。

 ボルカールールもあってドル債の大半を保有しているのは他人勘定のエマージングファンドであり、これらのファンドを管理する金融機関にとって保有社債の毀損は他人事である。またこの発行体は長らく投資不適格だったので最終投資家も分かって投資しており、システミックリスクらしきものが伝播しそうには見えない。エマージングファンドの閉鎖が続けばエマージング資産内で波及効果があるかもしれないが、そういう規模でもなさそうである。ただ、少なくとも他の民営中国不動産の米ドル債調達環境の悪化は確実に続くだろう。

② 理財商品の投資家

 この分野は今月になって急に浮上した。エバ―グランデは「恒大財富」という名の理財商品を従業員やその家族知人向けに販売し資金を調達してきた。これは2017年に中信銀行から融資を受ける時の条件として幹部も同時に会社に連帯融資するよう求められたのが始まりであり、恐らくどこかのタイミングでこれはノンバンクでお金を借りるより安いのではないかと会社が気付いたためどんどん従業員及びその家族知人の間で拡大し、足元で残高は非公開だが400億元と言われており、銀行融資と社債のおよそ1/14、米ドル債のおよそ1/3の規模となる。こちらは7~12%と言われる利回りを見ても銀行融資より優先順位が低そうなものだが、従業員が償還を求めてオフィスでデモを始め、幹部を監禁するなど大騒ぎになっている。会社側は現金がないので物件を割引価格で計算して物納を提案しているが、政権の規制で住宅ローンも引けないのに割引価格でマンションを買えると言われても困るに決まっているので話し合いは進んでいない。何人かの幹部がお行儀悪く抜け駆けして前倒し償還を受けたことも事態をこじれやすくした。

 この手の理財商品に元本保証をしてはならないという議論(打破刚兑)は2014年から言われてきたものであるが、いまだに個人投資家は損失を被りそうになったら販社窓口でデモして社会問題化すればなんだかんだ返ってくると思っているようである。これはただのゴネ得であるが当局の破綻処理方法に対して米国上場ADRにはない強力な抑止力を発揮してきた。理財商品の投資家は高い利回りはクレジットリスクと引き換えに得られるものではなく、無リスク高利回り商品に辿り着ける自分の人脈力に対して発生する特権的な甘い汁か何かと勘違いしている節があるので、さっさと大人しく全損を受け入れろと傍観者としては常に説教したくなるが、なぜゴネ得が抑止力になるのかというと政権の正統性が選挙で保障されていないためであって、従って本質的にはこれは富裕層によるデモが怖い政権への醜い脅迫である。「阿鼻叫喚の取り付け騒ぎで悲鳴を上げる人々の混乱は、月給1000元レベルの6億人に上る共産党の基層階級(労働者、農民)からすれば無関係、むしろ仇富心(金持ちを妬み恨む気持ち)が刺激され、「ざまあみろ」と溜飲を下げるかもしれない」とする記事もあるが、本ブログはざまあみろとまでは言っていない。

 しかし今回の場合、投資家の大半が従業員であり、また従業員の大半が投資家でもあることが事態をややこしくしている。難局下で会社組織を運営して現金を回収していくには従業員の働きが不可欠であるのに、この騒ぎのせいで従業員はそれどころではなくなってしまう。恒大ほどの企業になると先に資金を調達できる手段を使い尽くしているはずなのでまともな物件は全て竣工前に完売していると思われ、物納物納言っても手元で物納に使える未販売完成物件はそこまでない。未完成物件を無事に竣工して債務削減を継続できるかどうかは従業員の仕事への取組みにかかっている。

③ サプライヤー

 恒大には金融負債の他に買掛債務(Trade payables)があり、こちらは6670億元と有利子負債よりも更に大きい。そのうち今年に期限が到来するものが1000億元、12ヶ月以内に期限が到来するものが2400億元とS&Pは試算する。サプライヤーも銀行から融資を受けており、連続破綻が始まるとこちらからも銀行の不良債権が発生するため、銀行の「間接的なエクスポージャー」は有利子負債の5717億元よりも大きいということで海外勢は注目している。

 こちらにも一部「物納」を試みる動きがあるようだが、大半が保全されると本ブログは見ている。適用範囲には議論の余地があるにしろ、一般論として工事代金の請求権はその他の債権や金融機関の担保権に優先する。この優先順位はたとえ破産になっても動かない。恒大の例では従業員20万人の他に380万人の労働者を毎年動員している。下請け先や取引先への不払いで連鎖破綻を起こしたら今度こそ正真正銘の社会問題になる。農民工の給料不払いを発生させてはならないのはどの年代でもポリティカルコレクトである。恒大に対して敵意を持っている政権も、建設途中のプロジェクトを国営不動産企業に引き取らせるなどして、取引先はさすがに守ろうとするだろう。

④ 頭金を支払った消費者

 恒大の工事代金の未払いなどにより「マンハッタンの3/4のフロア面積にあたる」規模で工事が止まっており、その後ろには100万人を超える消費者が取り残されている。「日経の記事によると前受金に近い「契約債務」は2157億元である。要するに未竣工住宅の購入者が既にデベロッパーに支払った頭金だが、消費者の物権的期待権は③の工事代金に更に優先するスーパー優先権を有する。このスーパー優先権もたとえ破産になっても動かない。ただしこれは住居用住宅の消費者に限定された話であり、商業用不動産の購入者は消費者と見なされない。恒大を生かすにしろ解体するにしろ、この未完成物件の後処理は大変な作業になるし、儲からないので政府に移転できない限りセクター全体の負債は恒大の騒ぎがなかった場合よりも悪化しそうに見える。

 全て並べてみると④が最も優先されており③も①に優先するので③④はそこまで懸念する必要がなく、① -1の銀行と① -2の海外投資家がどれだけ涙を飲めるかという整理になる。②は心情的には株と共に最劣後に置きたいところであるが、金額もそこまで大きくないのでどちらでもいいだろう。従って負債総額の2兆元(33兆円)という数字にはあまり意味がなく、あくまでも①の5717億元がリストラクチャリングでどれだけ激しく毀損するかである。もちろん、たとえば従業員が理財商品をゴネ得を試みている横で銀行が損失を飲めるのかという疑問もあるし、そもそも関係者が多すぎてリストラクチャリングがまとまるのかも疑問であるが、今のところ銀行は協力的であるようだ。破産させたところで上の優先順位は最高裁が2002年に定めたものなので取り分は大して増えないが、どこまで紛糾するか。9/7に恒大の格付けをCCC+からCCに引下げたフィッチは中小サプライヤー③まで損失が及んでそれらへの銀行融資まで不良債権化する可能性まで見越した上で、中小銀行に打撃を与える可能性があるもののバンキングセクター全体へのインパクトはコントロール可能と見る
S&P total outstanding loan
 S&Pのまとめによると中国金融機関による人民元建て貸出総額は2020年年末時点で172.75兆元である。監督当局である銀保監会の公表によると2021-1Q期末時点の商業銀行の不良債権総額は2.8兆元であり不良債権比率は1.8%である。この比率から商業銀行の総貸出残高を逆算すると155兆元となりS&Pの数字とだいたい同じスケール感である。貸倒引当金の総額は不良債権総額の1.9倍にあたる5.2兆元である。この中に5000億~1兆元を放り込んでも、銀行システム全体で見れば確かに極端に大きな数字ではなく、リーマン・モーメントは言いすぎであることが分かる。PBOCが今年ストレステストを課した4,015の銀行の平均自己資本比率は14.4%と高く、海外までシステミックリスクが波及する可能性は小さい。定性的に「システミックリスクになりそうだったら当局が対策を講じるだろう」と論じることもできるだろう。当局の対策能力に著しい疑問符が付いている昨今である上に、一度は恒大自身の救済で裏切られており、更にそもそも論としてここまでは対策以前に当局が自ら明確な意志を持って引き起こした狼藉であるわけだが。
Evergrande Bank List
 もっとも各行で満遍なく恒大のエクスポージャーを持って引当金を積んでいるわけではないので、個別行ベースはもちろん別である。「融資は128以上の銀行と121以上のノンバンク」の出典元でもある昨年の内部流出文書によると恒大への融資残高は民生銀行293億元、農業銀行242億元、浙商銀行107億元、光大銀行100億元、工商銀行94億元、中信銀行94億元と続く。この流出文書の内容については恒大は否定しているが、株式市場は他に手掛かりがないのでとりあえずリスト通りに民生銀行を売っている。それでも銀行間の相互不信からはほど遠く、銀行間の流動性についてはNCD利回りをモニターしておけばたとえリーマン・モーメントが来ても見逃すことはないだろう。問題は金融システム以外への影響である。
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 心配されているサプライヤーよりも、水平に広がる同業他社への波及の方が今のところ大きい。9月中旬以降に他の民営不動産のドル建て債券も売られ始めており、同業他社の米ドル債調達の凍結は深刻さを増している。昨年8月に当局は不動産業界に対して「三道紅線」と呼ばれる財務基準を設けており、それぞれ「1. 資産に占める前受金を除く負債比率が70%以下 2. ネットDER 100%以下 3. 短期借入金に占める現金比率 100%以上」であり、ブリーチした線の数によって負債の年間増加率を0%、5%、10%、15%以下に制限している。恒大はもちろん全てをブリーチしている紅組の筆頭であり、他に3本ともブリーチしているのは融創、緑地控股と言われているが、その背後で多くの民営不動産が1本か2本ブリーチしている。では紅組が当局から最も厳しくデレバレッジを迫られるから避けるとして、ブリーチが軽ければ安心して投融資できるかというと、もちろんそれは計画経済のマイクロコントロールを過信しすぎであり、現に社債投資家は紅線よりも明らかに外資系格付機関の格付けを重視している。たとえば3本ともブリーチしている緑地よりも格付けが低いファンタジア社債の方が派手に連想売りに晒されている。とすると業界全体の経営環境の悪化に伴い当局の意図から離れた形で選別と淘汰が行われることになりそうである。
China HY Yield
 波及効果により先月の記事でさすがにリスクプレミアムが乗りすぎではないかと言っていた中国米ドル建てハイイールド債指数利回りはあっさりコロナショックの高値を上回ってしまった。資産価格は政府の本格的な介入をひたすら催促することになるか。
Evergrande stock
 不動産市況自体への影響については当然ポジティブにはなり得ないが、中国の不動産市場のプレーヤーは細分化されており、フィッチによると2020年時点で恒大の住居用不動産に占めるシェアは4%にすぎない。しかし恒大の惨状を見て他の民営不動産も一斉にバランスシート修復のための物件売却を加速させ、また購入者側のセンチメントも同時に悪化すれば当局の意図通りもう少し大きなインパクトが出る可能性がある。当局がどうも「下がれば嬉しい(房住不炒)」と思っているらしい不動産価格はともかく、中国GDPの14%サプライチェーンを含めると1/4を占める不動産セクターで民営企業が一斉に新規投資を凍結すれば上流下流への影響は計り知れない。中国経済がチャイナショックから回復したのはまさに2017年以降に「棚改」で農村部にばら撒かれた資金を恒大を始めとする民営不動産がフル回転させて不動産開発を加速してきたためである。恒大は実際にその時のアグレッシブな経営によって中国トップの不動産デベロッパーに躍り出た。今回ばら撒きもなければ民営不動産もデレバレッジという組合せになるので中国経済はコロナショックから回復しないだろう。今とチャイナショックの真っ最中とでは回復への希望の度合いが全く違う。方向すら逆である。まとめるとリーマン・モーメントだけは来なさそうであるが、リーマン・モーメント以外のあらゆる景気下押しリスクを検証する必要があると思われる。

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 劉鶴はエバ―グランデの問題を「償還能力Solvencyではなく流動性Liquidityの問題」と定義したようであり、また資産側の中核が値上がりしかあり得ない中核都市の不動産なので市場参加者の多くもそれに同意している。一方その定義は要するに「やる気の問題だろ、お前」と言っているの等しいので公的な支援が期待できないことをも示唆しており、当局の当初からの要求通り資産売却を進めてBSを縮小させねばならず、資産売却の進捗を見て市場は一喜一憂を続けることになる。

 とっくに銀行業界に不動産融資総額規制がかかっている中、エバ―グランデは資産売却も行き詰まるといよいよ債務再編を考えることになり、投資家はより不利な条件でリストラクチャリング(クーポン切下げ、満期延長など。元本は毀損されないがPVベースでは損する)を受け入れることになる。現に個人投資家によるオンショア社債購入を禁じた措置は将来のリストラクチャリングを見据えたものであっただろう。2021/8/24

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。