FRED RRP outstanding and TGA 
 8月の記事「RRPから話題がテーパリングにシフト」以来、短期金融市場が話題にならなくなって久しい。Fedが国債を担保に資金を吸収するON RRP(Overnight Reverse Repurchase Agreement Operations)の利用残高はその後淡々と増え続けており、話題になっていた5000億ドルから9月末に一時3倍超の1.6兆ドル近辺まで膨らんだ。しかしRRPはただの余剰資金の調整池であるにすぎないと本ブログが6月から述べていた理解が世間に浸透するにつれて、RRP残高はどんなに膨らんでも話題にならなくなった。

 元々RRPを立ち上げた時は記事でも紹介したように1兆ドルを超える資金を吸収できる枠組みであり、過剰流動性問題の源であるTGA(Treasury General Account)からの資金放出について、TGA残高がMAXの1.8兆ドルからコロナ前の4000億ドルまで減少(1.4兆ドルの現金を民間金融システム放出)しても十分に対応できるものと思われていた。現にRRPの微調整を経つつもTGAからの流動性放出は難なく進んだ。一回目の微調整は6月FOMCで本ブログの事前予想に反してアワード付利を0bpから5bpに引上げたことであった。その時は本ブログは4月FOMCでRRPの適格カウンタパーティの拡大(≒量的拡充)が議論されていたことから付利引上げの可能性が遠ざかったと思っていたが、適格カウンタパーティ拡大の議論はそこで止まってしまっている。量的拡充のために9月FOMCで取られた二回目の微調整にあたる施策は適格カウンタパーティの拡大ではなく、1カウンタパーティあたりの上限(per-Counterparty limit)の800億ドルから1600億ドルへの引上げであった。
Debt Ceiling History
 この間、短期金融市場のリスク要因として挙げてあった債務上限引上げの難航は実際に起きた。8月に始まった債務上限の再発効に伴い連邦政府の資金調達はT-Bill発行からTGAの更なる取り崩しにシフトせざるを得なくなり、TGA残高はコロナ前の水準にあたる4000億ドルと比べても大幅に少ない1350億ドルまで取り崩されている。これはMMFから見て資金流入が増えやすくなった一方、運用先のT-Billが減ることを意味した。想定以上の過剰流動性は二回のファシリティ調整を経ながら想定以上のRRP利用額に繋がった。
Bloomberg T-Bill Curve
 新規に債券を発行できない状態が続くと、10月中旬(イエレン財務長官によると10/18がXデー)に連邦政府の資金が底をついてT-Billがテクニカルデフォルトする可能性があり、もちろんだからと言って返ってこないわけではないもののテクニカルデフォルトした債券を掴むと面倒くさいため、そのあたりに満期を迎えるT-Billはカーブ上で割安化し、利回りは一時10bp近辺まで上昇した。もちろん債務上限が拡大されない限りT-Billの発行も止まるので他の満期のT-Bill利回りが上がる理由はなかった。
Nikkei T-Bill Yield
 Xデーを目前にした10/7にようやく債務上限の引上げが議院で合意されたが、その幅は4800億ドルと小さく、結局12月3日頃に使い切りそうと言われている。債務上限引き上げを受けて10月償還のT-Billは買い直されたが、代わりに12月償還のT-Billの利回りが上昇し始めた。もっともデフォルトを回避するポーズが見られたことはポジティブに見られており、12月もののT-Bill利回りは10月償還ほどは上昇していない。T-Bill投資を回避した短期資金の行く先として他の満期のT-Billも考えられるし、5bpを受け取れるRRPへの退避も簡単である。9月から10月にかけてT-BillからテクニカルデフォルトリスクのないRRPへのシフトはRRP利用額の増加の一部を構成していると思われるが、カウンタパーティ当たり上限が倍増した結果、RRPは理論的には数兆ドルまで受け入れることができるようになった。実に使い勝手のよい調整池である。今後のRRP利用額については、もし債務上限問題が完全に解決されて財務省にTGAを積み直し始める余裕が出てくるならば緩やかに減る可能性もある―—足元の引上げ幅では資金繰りに使うのに精一杯でありTGA積み直しどころではない―—が、それまではTGAの取り崩し―—もっとも残り1350億ドルしかないのでたかが知れているが―—に加え、ただでさえQEで米ドル資金が増えるので増え続ける可能性が高いだろう。
FRED EFFR and TBill Yield
 短期無リスク金利はRRP付利引上げ以来、安定が続いている。EFFRは海外銀行がEFFR -IOER裁定を引っ込める月末日だけ2bp程度の低下を見せるものの、それ以外の日は完全に8bpで安定しているし、今後もそれが続くだろう。T-Bill利回りは個別銘柄は債務上限騒ぎで荒れているものの、概ねRRP運用と互換可能なのでRRP付利の5bp近辺で落ち着いている。全体的に見て短期市場に懸念がほとんどないのがRRPにスポットが当たらなくなった背景でもある。もちろん、もし12月までに債務上限引上げを決められなかった場合は短期市場どころでない騒ぎになる。

Barc Taper
 本ブログは6月の記事の時点からRRPはQEをオフセットする措置であることを鑑み「足元の短期金融市場のストレスがQE継続の副作用であることは明らかであり、マクロ環境の様子見を言い訳としたテーパリングの無原則な後倒しの可能性を低下させるものである。テーパリングについてはマーケット参加者の織り込みが進んだ時、よもやその期待を再び後ろ倒しするような誘導をFed関係者が試みることはないだろう」としており、また長期金利がすっかり低下した8月の記事でも「テーパリング正式アナウンス≒開始は今冬~どんなに遅くても2022年3月、という見通しに世の中は収斂しており、初利上げのタイミングは2022年年末~2023年年末の間で揺れることになるか。本ブログが分析していたように一時的でないインフレの懸念はすっかり後退したが、一方で雇用も順調に戻り続けているため米国がデフレに転落する可能性も依然非常に低く、金融政策の不確定性の後退と共に長期金利の一方通行の勢いも減退するだろう」としていたが、現にテーパリングスケジュールはジャクソンホールであっさり決まって以来、多少の雇用統計の滑りに対してもすっかり「11月テーパリングアナウンスへの障害にならない」と言い張られるなど硬直的になった印象がある。テーパリングスケジュールの硬直化は最近リスクオフ局面になっても金利低下の自動スタビライザーがあまり働かなくなった背景をも説明する。
Dot Chart
 テーパリングのペースについては9月FOMC後の記者会見でパウエル議長が匂わせた「11月にテーパリング開始、22年半ばまでに完了する」に準拠することになる。素直に考えて現行の国債80bn/月、MBS 40bn/月のペースを毎月10bn, 5bnずつ細くしていけば来年中盤に両方0に着地することになるが、詳細は9月FOMCの議事録の発表を待つことになる。このあたりが固まれば、よほどのことがない限りテーパリング終了まで自動運転になりそうである。9月FOMCでは同時に「テーパリングが利上げへのカウントダウン開始を意味するわけではない」とハト的なコメントも抱き合わせてきたが、その後の長期金利の上昇トレンド入りを見ると一、二日で市場参加者に忘れ去られたようである。本ブログでも「テーパリングと比べて政策金利引上げの方は全く喫緊ではないので、テーパリングが終わった後に思う存分、AITでも一時的なインフレでも有色人種の雇用でも何でも議論すればよい」とFOMCの今の理屈を6月から見透かすことはできたが、実際どうなるかはやはりその時のインフレの推移次第である。Fedは初っ端からカーブが過度にフラットニングして金融機関の収益性に打撃を与えるのを避けたいのでテーパリング中の利上げだけはないだろう。
FRED 10 year rates
 自動運転テーパリング中は引続き、中規模のリスクオフに対する金利低下スタビライザーの働きがあまり期待できなさそうである。一方、以前から述べてきたようにテーパリング中も引続き(勢いが鈍るだけで)限界的には資金供給が続くため過剰流動性は増え続ける。更にRRPという調整池にも使い道がない1.4兆ドル=今のQEの1年間の国債+MBSの購入総額に相当する短期資金がプールされているため、直ちに流動性が逼迫するような展開には繋がらないだろう。8月の記事では「▲100bp近辺で低迷を続ける長期実質金利について、低すぎるのでとりあえず上がると言っておけばいつか当たるだろうという風潮が強いが、こちらもテーパリングが始まったくらいでは解消されないだろう」としていた。その後テーパリングアナウンスを前にして名目金利は大きく上昇したものの、その大半はBEI主導であり長期実質金利はせいぜい10~15bp程度上昇したにすぎない。テーパリング中には実質金利が正常化するのか。
FRED Velocity of M2
 貨幣回転率(流通速度、Velocity)は経済がリオープンされても低迷したままであり全く反転上昇する兆しがない。これはマーシャルのkが上昇から元の水準に回帰しないのと表裏一体の事象であり、経済規模対比の過剰流動性の大きさを示唆している。物価についての記事では「M2の議論をすればするほど低すぎる実質金利はいつか上がるに違いないという主張を誤爆してしまう」と嫌味を言うのにとどめているが、実際この過剰流動性の存在がテーパリングの進行に伴い(さすがに▲100bpを超えて更に下がりはしないだろうが)実質金利が0%に向けて上昇するのを阻害することになる可能性は引続き大きいと思われる。とすれば長期金利はあくまでも物価動向をトレードすることになりそうである。

関連記事

RRPから話題がテーパリングにシフト 
RPP付利引上げでFedが米ドル資金不胎化を加速 
その後大スターに躍進したRRPと疑似テーパリング 
TGA, FOMC, RRP, SLRのまとめ

これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。


この記事は投資行動を推奨するものではありません。