ただでさえグローバルでサプライチェーン寸断が話題になる中、9月後半あたりから急に中国の電力使用制限がとどめを刺す勢いで飛び込んできた。工業が発達している沿岸部を中心に多くの工場や取引先が証言するように紙ペラ一枚の通知で計画停電に伴う工場の操業削減を命じられた。中国の電力不足はそのサプライチェーンに占める地位から世界中の幅広い製品に影響を与える。アップルのサプライヤー達も減産リスクを警告したのが話題になった。
電力不足は一義的には火力発電用の燃料炭の不足が背景である。旺盛な輸出需要に引っ張られる形で沿岸部の発電などの石炭消費量(上図)はコロナ前の2019年対比でも高かった。冬の暖房需要(それもどうも寒冬になるらしい)が控えている中で、世界的なコモディティ高の影響もあり石炭価格は大きく上昇した(下図)。
発電所の石炭在庫もインドを巻き添えにする形で低迷した。
昨年以来、米中対立の煽りで豪州に経済制裁ごっこを仕掛けた一環で豪州産燃料炭の輸入が止まったままである。豪州産石炭が消えた分を今まで馴染みがなかった国からかき集めているのがグラフでも分かるが、コロナ問題が完全に解決されていない新興国を中心とする輸出先からの輸入増は捗っていない。10月に入って中国は港湾に滞留する豪州産石炭の積み下ろしをこっそり始め、自身の購買力を人質とした豪州への政治的圧力はみじめな失敗に終わった。
豪州のサプライヤーに“China’s dependence on the seaborne market remains strong." “Attempts to expand domestic coal production have been disappointing against a backdrop of strengthening energy demand.”とバカにされているように、中国の国内生産シフトも上手く行っておらず海外依存度を引き下げるに至っていない。国家統計局によると1~8月の中国電力消費は11.3%伸びたが、中国石炭生産量はその間4.4%伸びたにすぎない。むしろ燃料炭の国内生産がWINDによると9割以上を占める中、海外に依存するのは国内生産がスティッキーな中で需要が限界的に増えた分である。
中国の現政権は案外環境問題への意識が高いことが知られている。中国は2010年頃まで石炭を自給していたが、2010年代に入って現政権の供給力削減策(サプライサイド改革)などで国内生産は伸び悩んできた。2014年に理財商品のデフォルト騒ぎが話題になった時も発行体の多くが生産能力を削減させられた炭鉱企業であった。2017年冬にはPM 2.5の退治のために北京近郊の石炭使用を制限して天然ガスへのシフトを拙速に進めようとしてきた結果、真冬に暖房を切られた住民が続出した上、全土で天然ガスが不足して化学工業にも影響が出た。昨年になると当局が唐突に「2030年までの炭達峰(Carbon Peak-out)、2060年までの炭中和(Carbon Neutrality)」を国際社会にコミットした。昨年以来中国政府の国際的イメージが全面的に悪化する中、気候変動対策は先進国のリベラル勢との数少ない共通話題であるため当局にとって死守したい分野であり優先度は高い。「炭達峰と炭中和」政策目標に向けた脱炭素のための急激なエネルギー構造変化を当局が推進した結果、石炭の供給力は細ってきた。
数年前までは全国各地の炭鉱は生産計画の超過生産(超産)能力を維持しており、「黒煤」と呼ばれる超過生産石炭を闇ルートで売却してきた。当然そこでは巨額のブラックマネーが動き政治腐敗に結び付くので近年になってメスが入った。新彊省で仮想通貨マイニングへの売電のために違法操業していた炭鉱のように、超過生産のために事故でも起きた日には関係者に実刑判決が下るし、2021年3月の刑法修正では事故が起きなくても無許可の生産活動自体に対して実刑判決が可能になった。このように超過生産余力を入念に取り潰してきたため生産量の再引上げは以前より困難になっており、政治運動型の号令を掛けたところで当局の思い通りに動けないし、今更増産命令を受けた方からするとサプライサイド改革はどうなったのかと嫌味も言いたくなるだろう。挙句の果てに石炭の主要産地である山西省が運悪く洪水に見舞われており多くの炭鉱が浸水した。山西省は洪水と闘いながら当局の増産命令にも対応せざるを得なかった。もちろん苦労しながらも嫌味を言いながらも増産そのものは不可能ではないだろう。少なくとも当局はそう認識している。
その上で、計画経済体制を引きずっている発電体制は石炭需給逼迫のインパクトを更に増幅した。中国は再生可能エネルギーや原発へのシフトを進めているものの、今でも電力の6割を火力発電に依存する。電力会社は限界コストの上昇を電力料金値上げで賄うことを許されていなかった(基準価格からの値上げ上限は10%)。であれば燃料が大幅に値上がりした場合、電力会社としては追加で高値で燃料を仕入れて電力を供給しても逆ザヤになるので、需要が増えても電力供給を止める方が合理的になる。計画経済とはいえ赤字を垂れ流すと怒られることには変わりはない。図の発電設備平均稼働時間を見ると電力会社は需要増にせいぜい例年並み程度の対応しかする気がないのがよく分かる。多くの発電所は安全点検などを名目に故意に操業を抑制した。もっとも輸入石炭の代わりに国産石炭を使うことは予定外の燃え滓排出に繋がるため、意識の高い発電所に放り込んだ時はこまめに点検しないと事故に繋がりやすいのは事実である。中国産石炭の炭鉱は様々な省に分布しており産出する石炭の質もバラバラである。環境意識の高い政権への迎合もあって電力会社はクリーンな新型発電設備への置き換えを進めてきたが、それによって成分が安定している海外石炭への依存度が高まる構図となっている。
石炭からシフトした先の再生可能エネルギーもタイミング悪く不調が続き、再生可能エネルギー依存を強めたのも裏目に出た形となる。雲南省では降水量が少なく水力発電が捗らず、遼寧省でも風力発電が不調だった。特に水力発電は全国で前年比でも全く伸びず火力発電への依存度は大きく上昇した(図)。グリーンエネルギーが気候変動に弱いのは中国に限らずグローバルで顕在化しており「グリーンインフレーション」と呼ばれている。電力需要の急増には手っ取り早く出力を上げられる火力発電で対応することになるのはグローバル共通であるが、再生可能エネルギーへの依存度が高い地域が急に電力不足になって他の地域からの送電を増やそうとしても送電インフラにも限界がある。電力不足の結果、当局も認めたように「一部の地域で電力供給が制限され、正常な経済生活と住民生活に影響を及ぼした」。工場は冒頭の通り操業削減を命じられた。住民向けの電力供給も北京上海はまだ計画停電で済んでいるが、ただでさえ地方政府の民度が低い東北部は予告なしに電気を切った。
当局は電源の脱炭素化と共に消費側にも「能耗双控(エネルギー消費の総量と強度両方を削減する運動)」も命じてきた。エネルギー効率は一朝一夕では上がらないので、能耗双控を目指すなら受注を断ってGDP低下を容認するしかない。現に中央政府にとって今年のGDPに余裕があることが、平地で乱を起こすようなアンチ成長な政策をまとめて今年に持ってきた背景の一つでもあると思われるので、地方政府も素直に従って働かずに寝ているのが政治的には正しかった。しかしせっかく外需が、それも一時的と分かりきっている旺盛さを見せる中で全国各地の企業は増産を急いだし、電力会社と地方政府もそれを容認してきた。そこで8月に能耗双控の劣等生達が名指しされると、慌てた地方政府は一転して強硬な生産活動(エネルギー消耗活動)制限に乗り出した。計画停電や操業削減命令はその一環でもあり、必ずしも全て電力会社を巡るミクロ経済学のケーススタディのせいではない。
10/8にようやく国務院は電力料金の引上げ幅の拡大を認めた。値上げ上限を10%から20%に引上げただけでは大した変革にならないが、高エネルギー消耗業界への値上げ幅は20%以上も許され自由になった。つまり発電コスト高騰のインパクトは鉄鋼、セメント、アルミ精錬などの重厚長大産業に負担させるのである。ただでさえ需要側の不動産投資が落ち込みそうなので、この辺りの生産者は開店休業状態になりそうである。中国の電力需要は市民や商業が3割、鉱工業が7割、うち高エネルギー消耗業界が4割強を占めるので、自由に値上げできる部分はそれなりに大きい。これにより電力供給が増えれば計画停電・操業停止は改善されることになるが、一方それまで電力会社が高くて買わなかった分の石炭も買えるようになるため、石炭価格は続騰することになる。またコストが需要側に転嫁されるため物価上昇圧力に繋がるだろう。
10月の電力料金の引上げを待つまでもなく中国のPPIは1995年11月以来の高さとなっている。一方コロナショック対応の現金給付がなかったため内需は一貫して息をしておらず、CPIもコアCPIもPPIの上げを無視している。PPIとCPIのスプレッドは1995年どころでないほど深い逆ザヤとなっているが、これは企業があくまでも輸出特需に対応しているためにそうなっているのであって、別に中国企業が購買力のない内需のために赤字操業をしているわけではない。言い換えれば中国PPIは中国CPIを無視して米国CPIに影響を与えそうということである。一方、重厚長大系は流行りの「躺平」モードに入って縮小均衡に落ち着きそうなので、中国発の良いニュースがなさそうというだけで中国の近況は海外物価に対して上昇要因も下落要因も与える。
ただ夏に述べていた「海外と中国の景気格差、物価格差により中国製造業は引続き国内販売よりも先進国への輸出を選好する傾向が続く」ので中国はインフレを輸出しないという話も、そもそもの生産能力が能耗双控で厳しく制約されるとなると微妙になる。中国の9月輸出金額は散々輸出特需がそろそろ終わると言われていた中で引続き堅調であったが、中身では月を追うごとに数量要因よりも価格要因の方が大きくなっている(下図)。
まとめると計画停電は石炭増産と電力料金引上げで緩和される可能性が大きいが、能耗双控の方はすぐに取っ払われるとは思えないので、中国の輸出特需への対応力への人為的な制約はしばらく続きそうである。内需が低迷し、不動産投資も当局の引締めで失速する中で唯一特需にあり付けていた製造業の輸出にも政権から妨害が入ったため、いよいよ中国経済で見るべき点は一つもなくなった。もっともグリーンインフレーションは世界共通のテーマであり、中国当局の失策に見える点もある程度の普遍性を持っており結果だけを見て批判すべきではない。
これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。
この記事は投資行動を推奨するものではありません。