先週は再び持ち上がったインフレ懸念などで先進国各国で短期金利のブローアップが目立った。特に2年国債金利を0.1%に固定するYCC(Yield Target。日銀が作ったらしいYield Curve Control YCCが先に流行ってしまったようである)を中央銀行RBAが導入していたオーストラリアの短期国債に売りが集中した。2年国債でYCCに逆らう動きはさすがに長らく限定的であった(現に10/22に最後のYCCのためのオペで0.17%から0.1%まで買われた)が、まず3年金利が秋に入ってからじわじわと上昇を始め、0.1%近辺の2年国債との利回り格差が50bp、60bpと拡大し、その利回り格差に注目したイールドハンティングのポジションが溜まったところで27日に発表された強いCPIが直撃し、3年金利は1日で15bp上昇して1%近辺を付けた。2年-3年スプレッドは一時期80bpまで広がり、国債投資の年限を半年伸ばしただけで80bpも利回りが改善する形となった。そこまで歪んだところで翌28日にはYCC対象の2年債に売りが集中してこちらも0.5%まで崩れた。YCCで対象銘柄を0.1%まで買い支えなければならなかったはずのRBAは翌29日のオペで買い支えに動かず、中央銀行がマーケットに負けてYCCを放棄したということでぶん投げ大会となり、最終的には先週はYCCターゲットであるはずの2年が0.7%台、3年が1.2%台と週初めには想像も付かないような水準で引けることになった。1週間で動いた60bpは利上げ2回分よりも幅が大きく、Zerohedgeがデイリーで5σと表現するように久々の大きな値動きである。YCCの継続を信用して短期債を購入していたのにハシゴを外された投資家はRBAの信認が崩れたと罵倒した。
世界で最初にYCCを始めたのは日銀であり、日銀は金利カーブの始点を規定するマイナス金利政策と、日銀の(年間80兆円ターゲットから実質的に開放されて)自在に扱える巨額QEの組合せによってYCCを5年間も恙なく運営してきた。忘れてはならないのは、日銀YCCの始まりがQEを進めると国債不足感が顕在化する中でQEを最大限回避しつつ緩和している風に見せかけるという苦渋の策であったことである。もし日銀が見せた「YCCが持続可能である」という表面的な事象がRBAのYCCという奇技淫巧の導入を後押ししたとすれば罪深いことである。日本国債のほとんどを国内投資家が保有する一方、オーストラリア国債は6割を海外勢が保有している。本邦勢もその中で大きな存在感を示す。勝手に米国債などと対比されて巨額の資金が入ったり出たりする中でYCCを維持するのは本邦の場合より遥かに難しい。
更にコロナショック以来のグローバル経済環境の変化があまりにも急速すぎてフォワードガイダンスやYCCとの相性が悪かった。RBAは2024年までの金融政策据置きフォワードガイダンスと2024年満期国債のYCCをセットで打ち出しているが、インフレ警戒で各先進国中銀の利上げ開始スケジュール織り込みが2022年中でなし崩しに前倒しになる中で一人2024年まで金利政策を据置く現実味は薄れてきている。一方、フォワードガイダンスは一定期間にわたってちょっとやそっとでは変えないからこそフォワードガイダンスなのであって、期間内に取り下げるようでは次回の緩和局面でも何を言っても信用されなくなってしまうため、詰んでしまった形となる。他の先進国の後追いで2022年や2023年に利上げするなら2024年満期の国債利回りを(1、2年後には政策金利より明確に低いことになる)0.1%に抑え続けるとなると政策の整合性が取れなくなってしまう。元々3年金利のYCCなので、時間が経つにつれて残存年限が短くなった対象銘柄を本来なら新しい3年国債に延長することになっているが、そろそろやめようと思ったら対象銘柄の入れ替えをやめれば2年強で対象銘柄が償還を迎えて政策を畳むことができる。実際RBAの7月会合では2024年中利上げ可能性を考慮して対象銘柄を変更しなかったので、このプロセスは既に始まっている。しかし、それでもどうも畳むのに間に合わなかったようである。
YCCの放棄もあって値動き的にはすっかりRBAが早期の政策修正に追い込まれるのが織り込まれているが、正式にRBAのスタンスを確認できるのは火曜の会合となる。金曜のYCC放棄はどうしても「どうせ火曜に正式に放棄が発表されるから」と解釈されがちであり、現にYCCを一旦停止してから再開すると想像するのは難しいし、かなり説明を立てづらい。従って2年金利がYCC水準の0.1%まで全戻しすると期待するのは現実的ではない。フォワードガイダンスの短期化を理由にターゲット年限も1年などに短縮されるか、YCC自体が撤廃されるか、ということになる。
声明文の筆もまだ乾いていない10月会合でもRBAは「インフレが2~3%のターゲットレンジで安定するまで利上げはない。この状況に達するには労働市場が十分引締り賃金の伸びが加速する必要であり、メインシナリオは豪州経済がこの状況に達するのは2024年以降である。(The Board) will not increase the cash rate until actual inflation is sustainably within the 2 to 3 per cent target range. The central scenario for the economy is that this condition will not be met before 2024. Meeting this condition will require the labour market to be tight enough to generate materially higher wages growth than at the time of the meeting.」としていた。しかし既にヘッドライン3.0%、トリム2.1%という数字が出てしまっている。レンジ上限にすら達した3.0%の方はさすがにホームビルダープログラムで補助金が入っている新築住宅など一時的な要素が大きくRBAに取り上げられる可能性が小さいが、それらの項目は既にトリム平均から取り除かれており、トリム平均の2.1%の方が重視される。2.1%も利上げ可能レンジに食い込んでいるため、RBAが先月の見通しを維持するにはこの数字が「安定したものではない」と言い張る必要があり、実際RBAが言っていた「雇用、賃金ルート」以外からのインフレなので安定的なものでないと否定することはできるが、とにかく2年以内に足元の数字が反転すると言い切るには勇気がいる。
しかし、たとえ2024年まで利上げなしのフォワードガイダンス(とその派生物であるYCC)が崩れたとしても、2022年半ばから始まるほとんどフルスロットルの利上げパスを織り込むのはまだ飛躍しているように見える。今の金利市場の織り込みでは先月まで声明で「利上げがない」と言われていた2023年年末の政策金利が2%を超える。中央銀行の政策失敗を織り込みに行った後に中央銀行が負けを認めるのは金利市場のプレーヤーにとって最も気持ちのよい瞬間であるし、中銀が負けを認めるまでマーケットが走り続けるのも理解できるが、もし現実にYCCが撤廃されて各年限ともに自由取引になったとしたら、高揚感と敗戦処理がそれぞれ終わった後は逆に今の水準は高すぎるように見える。少なくとも低すぎではない。
短期金利は往々にして逆張り派の想像を超える値幅でワープしてしまうので、その後の敗戦処理は逆方向の極論まで織り込ませることになる。従って市場の政策金利織込みなどが動き始めたのを見て何かの勘違いと思ってショートエンドで逆張りするのは一般的に博徒の行為である。市場参加者の中の詳しさ偏差値が低い方に位置しているなら尚更である。そもそも、当初観測よりかなり早まったFedのテーパリングについても本ブログが「マーケット参加者の織り込みが進んだ時、よもやその期待を再び後ろ倒しするような誘導をFed関係者が試みることはないだろう」と表現していたが利上げも同様であり、あれだけ中銀の方から言い出すのが難しいのに市場が勝手に織り込んでくれた場合、金利カーブが過度にフラットニングしたり株が崩れてしまわない限り、わざわざプッシュバックするモチベーションはあまりないのである。途中から短期金利の逆張りは株式市場のクラッシュへのベットに等しくなる。一方、一旦他の参加者の敗戦処理に出遅れた場合は開き直って答え合わせがやってくるまで持ち切った方が期待値が高い。
本来、(不動産バブル崩壊など特殊なケースを除くと)オフショア資本に依存している資源国は通常プレミアムを提供することになっているが、「RBAが3年までの金利をYCCで押さえているので長期国債も3年後以降のリスクしかないと考えると魅力的に見える」といったロジックで海外資金が昨年流入しては今年春の金利上昇局面で敗戦処理に追われ、そして今二度目の敗戦処理に追われている。結局実弾で支えきる覚悟がないのに中途半端にYCCで金利カーブに歪みを作ったのが諸悪の根源である。(日銀のように)よほどやりたくない理由がない限りフォワードガイダンス系の金融政策よりもQEの方が機動力が高い。信認の維持に苦心しなくても量の暴力で直接押し切ればよいのである。
カナダ中銀(BOC)は一歩先に利上げ予定前倒しとQE(債券購入プログラム)の終了を発表しており、こちらも短期金利が急騰し、グローバルで短期金利急騰ラッシュとなっている。その中にあって祭りにほとんど参加していないのが米金利であり、こちらは短期金利が上昇するたびに金利カーブがフラットニングして警告を発している。20 -30カーブなどは早々とインバートしており、その示唆について無駄に深読みする気は全くないが、とにかく過度に早い利上げ織込みの抑止力になっていることは間違いない。
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。