急速に注目が集まるFedの金融緩和の引締め転換について、9月FOMC後に投稿した前回記事で「9月FOMC後の記者会見でパウエル議長が匂わせた「11月にテーパリング開始、22年半ばまでに完了する」に準拠することになる。素直に考えて現行の国債80bn/月、MBS 40bn/月のペースを毎月10bn, 5bnずつ細くしていけば来年中盤に両方0に着地することになる」「このあたりが固まれば、よほどのことがない限りテーパリング終了まで自動運転になりそうである」としていたのが最新となる。このテーパリングスケジュールは11月に発表され、また現に11月後半からテーパリングが始まった。しかし自動運転とはならず、10月のCPIが6.2%と高く出たあたりから、早速テーパリングペースの加速が取り沙汰されるようになっている。
まず例のごとくブラード連銀総裁から始まり、クラリダ副議長、ウォラー理事、ボスティック連銀総裁、メスター連銀総裁がそれぞれテーパリングペースの加速に前向きな発言をリレーのように続けた。極めつけはもちろん11/30のパウエル総裁の議会証言であり、前もって公表されていた原稿では特段テーパリング加速に触れていなかったものの、本番では4月から使い続けてきた一過性(Transitory)という表現について「恐らくこの言葉を使わないようにする良いタイミングがきた」とがっつり方向転換した上でテーパリング加速の協議入りを示唆した。ここまで外堀を埋められたからには12月FOMCでのテーパリング加速の協議入りは避けられず、Fedメンバーは会合前のブラックアウト期間入りを前にしてテーパリング加速織り込みをやや駆け足で市場に押し込むことができたように思える。
どうしてせわしくテーパリングを加速しなければいけないのか。これについて本ブログは6月から追い続けてきたように民間セクターに流入した過剰流動性の副作用が巨額のRRPで回収しなければならないほど顕著であり、また従ってその時から一貫して「テーパリングについてはマーケット参加者の織り込みが進んだ時、よもやその期待を再び後ろ倒しするような誘導をFed関係者が試みることはないだろう」と主張してきたように、株がクラッシュしない限りFedは常に隙あらばテーパリングを早く始めたい心理と隣り合わせだった流れの延長上にあるものと解釈する。延長上では「テーパリング開始を無事に11月に押し込んだ後も、株がクラッシュするまではペース加速も試したくなる」という心理も導出されるわけだ。
もっともこれはさすがに唐突すぎる議論かもしれない。具体的に個々の理事の心情が変わったのはどうも10月CPIの数字を見たあたりからである。ミシガン大消費者信頼感指数がインフレが大嫌いなのは改めて取り上げるまでもないし、バイデン政権がパフォーマンスのために原油の国家備蓄放出を敢行したように、米国民の間では足元の物価高への不満が蓄積しているようであり、そうすると物価上昇を「一時的」と決めつけて放置しているFedにも政治的な圧力が暗黙のうちにかかり始めそうとFed自身が感じてもおかしくはない。もちろん前政権と異なりバイデン政権は無策なFedへの批判をまだ口に出していないので、これはFed自身の忖度である。QEはコモディティ市場への資金流出の源であり、テーパリング自身がその是正への方向転換の一つのステップである。また金利カーブの過度なフラットニングが金融機関に与える悪影響を考えてどうもテーパリング中に(BS拡大期中に)利上げができなそうであることを併せ考えると、テーパリングを早めに終わらせることによって初めてFedは早期利上げへの自由度を入手することができる。これは多くの理事がテーパリング加速を支持する理由として挙げている。
11月FOMC時点の決定としては10月中旬~11月中旬の一ヶ月間はこれまで通り国債80bn MBS 40bnで進めた上で、11月中旬~12月中旬は国債70bn MBS 35bnとテーパリングを始めることになっている。このペースで行けば来年6月中旬にテーパリングは終わり、SOMAポートフォリオは最大値である約8.5兆ドルに達し、その後その規模を維持することになる。加速するとなれば12月FOMCの発表を経て1月中旬~分から20bn, 10bnずつ減らしていけば3月にテーパリングを完了、というキリのいい着地に持っていこうとするのが自然だろう。11月FOMCの時のスケジュールと対比して総購入額は135bnほど減ることになり、8.5兆ドル対比で1.6%減に当たる。
しかし、早期利上げがしたいだけなら必ずしもテーパリング加速を必要としないのではないか。現状スケジュールで6月、9月、12月FOMCで来年中に3回の利上げを押し込むのが厳しいにしても、2回の利上げはどう考えても可能である。従って「早期利上げのためのテーパリング加速」を主張する一方で来年~2回の利上げしか見込まないのであれば論理的ではない。そう言っている総裁がいるとすれば雰囲気で発言していることになる。9月FOMCのドットチャートではまだ辛うじて来年1回利上げを織り込んだというところまでしか来ていないが、あれからの雇用と物価の進展を見て12月のドットチャートで2回利上げまでは織り込めるだろう。しかし来年2回利上げでもダン・ディールになったテーパリング加速との関係性がちぐはぐである。恐らく「来年3回利上げのためでないならテーパリングを加速させる必要がない、従ってテーパリング加速ならきっと来年3回利上げがしたいのだ」という論理の元で短期金利市場はオミクロン株が話題になるまで来年3回利上げを織り込みに行こうとした。
元より経済的な必要性ではなく政治的な判断からの金融政策変更は市場参加者の忌み嫌うところであり、更にそこにオミクロン株という攪乱要素が投下されるのを号砲に、テーパリング加速が早速市場参加者のポリシーフェイル・トレードの餌食になったのは全く不自然ではない。前回2018年12月では同じパウエル議長の下で同じ12月FOMCでサイクル最後になった利上げを強行し、それが2年-5年の金利カーブのインバートとS&P 500の20%下落というポリシーフェイルトレードに繋がった。2018年12月も中国が貿易戦争とデレバレッジ運動でずっと景気が悪かったのに米国もシンクロし始めるタイミング(アップルショック)で、Fedが硬直的な自動運転利上げを止めようとしなかった。結局Fedは2019年7月から利下げサイクルに入り直した。当然2018年12月と今の類似性は話題になり、今回も株安と共に2025年の再利下げが織り込まれ始めた。
パウエルFedが「一時的なインフレ」を放棄した後も本ブログは一時的なインフレという見方を堅持する。クリスマス商戦に向けて中国から嵩張る物品が運ばれてくる10月や11月が最もサプライチェーンが圧迫されるのは常識であり、そのタイミングで(政治の空気も読んで)浮足立ってポリシーフェイル・トレードの餌食になっても同情は難しい。たとえ一気に物価が上がった後、その高い物価水準で横ばいが続いてもそれは「一時的なインフレ」である。なぜならその時の物価の伸び率は既に高くないからである。しばらくして物価が元の水準に戻ってくるならその過程は「デフレ」と呼ばれ、元の水準に戻って来なさそうと分かってもそれは「デフレにならなそう」という話でしかない。金融政策は補填や補償のためのものではないので。物価が「激しく伸び続けなく」なった後のタイミングで利上げするとそれはただの低インフレ下の利上げにすぎない。今年のコアCPIの前月比伸び率を見ると夏と足元でそれぞれ山があり、来年同じ季節性が再現されないとすれば夏と冬で前年比は谷を作りやすい。そこに初利上げがぶつかるとなるとまた一波乱ありそうである。そもそも、11月FOMCでパウエル議長が述べたように金融政策では供給制約を解決できない(Our tools cannot ease supply constraints.)。それでも「何かやらないといけない」がために利上げをぶつけるなら需要サイドと株式市場に打撃を与えるのが目的ということになる。
とはいえ本ブログは2018年12月のポリシーフェイル(S&P 500の20%調整)が再現されると主張しているわけではない。先ほど一旦傍に置いた議論を蒸し返す形となるが、総裁達の「早期利上げの自由度を確保したい」とはまた異なる、民間金融に与えた副作用を緩和するためにテーパリングそのものをとにかく加速させたい全く別の論理はやはり生きていると考えるべきである。本ブログが「テーパリング中も引続き(勢いが鈍るだけで)限界的には資金供給が続くため過剰流動性は増え続ける」と一貫強調してきた通り、パウエル議長のテーパリング加速発言の直前にも「Remember that every dollar of asset purchases actually adds accomodation to the economy.」とある。元よりタカ派なのであまり注目されなかったウォラー理事の講演でもテーパリング加速に加えてBS削減(QT)まで踏み込んだ際の根拠の一つにも、「民間セクターは流動性の氾濫に見舞われており、その証拠としてRRPの巨額利用が挙げられるが、この流動性を引き揚げることこそが市場機能の維持に役立つ」が挙げられている。もちろんウォラー理事が同時に論じた「BS規模のコロナ前トレンドへの復帰」に本ブログは与するつもりはない。なぜなら国債残高もあまりにも増えたからである。
さて2018年12月の真似事とも言えるポリシーフェイル・トレードにはどう対処すべきか。株が指数ベースで5%ほどクラッシュしてしまったとはいえ、さすがにブラックアウト期間直前に押し込んだテーパリング加速を取り下げることはできない。これは多少悪い雇用統計や多少のオミクロン株では変わるのが難しい。またQEを限界的に膨張させる必要性はどう見てもなくなっており、テーパリング加速自体が間違った政策というわけでは決してない。本ブログがテーパリングが話題にのぼり始める前から一貫して主張してきたように、テーパリングが終わってもまだRRP残高が1.4兆ドル残っているし、Fed BSは8兆ドル以上と巨大なままである。11月FOMCの時にもスルーされてしまったが「Our decision today to begin tapering our asset purchases does not imply any direct signal regarding our interest rate policy.」という愚直な論理を繰り返してテーパリング加速を早期利上げから引き剝がし、「一時的なインフレに焦って早期利上げがしたいがためにテーパリングを加速させねばならなかった」という論理を否定していけば、テーパリング加速そのものがポリシーフェイルとしてマーケットの歴史に残ることはないだろう。
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