12月に入ってRRR cutにLPR引下げと、中国の全面的な金融緩和シフトが加速している。確認できる最も早い金融緩和シフトのシグナルは、11/19に発表された中央銀行三季度貨幣政策執行報告で「経済の平穏な運行を維持する難易度は高くなりつつある」と付け加えられ、同時に「貨幣の総水門をよく管理する」と「断固として大洪水式の金融緩和はやらない」が削除されたことであった。預金準備率引下げの号砲の第一弾は12/3の李克強の発言であり、IMFのゲオルギエバ専務理事とのオンライン協議中に預金準備率(RRR)について「適時引き下げる」としたという。その3日後にあたる12/6に人民銀行(PBoC)が預金準備率の引下げを発表した。この毎回の国務院による匂わせの後に中央銀行による正式発表という流れは中国特有の謎プロセスであるが、国務院は中央銀行の上司である上に、そもそもRRRは国務院の管轄との見方もある。12/15より人民元の流動性が1.2兆元放出され、金融機関の預金準備率は加重平均で8.9%から8.4%に下がる。預金準備率の引下げは7月以来となり、2020年のようなケチくさい条件付き(定向降準、TRRR cut)ではなく立派な「全面降準」である。12月になって中国当局はようやくTargetedから始まるケチくさい構造的な貨幣政策ツールへのこだわりを捨て、全面的な金融緩和に舵を切ったことになる。
12/15にはちょうど9500億元のMLF(Medium-Term Lending Facility, 中期借貸便利)が満期を迎えており、RRRで解放される1.2兆元の大半はこれを置換するだけなのでヘッドラインほどは金融緩和の量はネットベースで出て来ないのではないかという議論もあったが、法定準備金付利はずっと1.62%であり、2.95%で借りているMLFを返す代わりに1.62%で預けさせられている資金を返してもらえるなら実質的に利下げに等しい。金融機関が節約できる金利額は12000 * (2.95% -1.62%) = 160(億元)という頻出の計算式で計算される。そもそもこの金利環境でも2.95%の付利を払わされるMLFは時代遅れであり、今後RRRの先進国化と他のツールの拡充により代替されることになるとの観測もある。
本ブログでは10月時点でもRRR cutは遠ざかったと観測していたが、この2ヶ月で当局の景気認識が急速に悪化しており、喫緊の全面的な金融緩和が必要になったとの判断になったのだろう。この記事でも触れたように2021年4QはMLFの大規模な償還が控えているのは常識であり、その辻褄を合わせるための日々の資金供給を深読みすべきではないとしてきたが、さすがにRRR cutはややサプライズになったのではないか。
とはいえ、SHIBORを見る限り7月のRRR cutは明らかにニュートラルであったし、12月のRRR cutも短期金利を引下げる方向には伝達していない。銀行間市場はいまだに不動産業界絡みのクレジットリスクを警戒しているのか、緩和的な雰囲気はあまりない。
一方、過剰流動性はクレジットリスクがない国有銀行の手形に殺到し、3ヶ月ものの国有銀行手形利回りは一時0%に近付いた。もちろんこれは手形投資が貸出にカウントされるためBSスナップショットロンダリングを背景とする一種の年末ターンでもあるが、MLFが2.95%であることを考えると銀行間のクレジットリスク忌避の根強さをうかがえる。
RRR cutの影響がこれ以上広がらなそうと思われる中、中国当局は12/20に追加でLPR(貸款市場報価利率、Loan Prime Rate)を5bp引下げた。LPRは貸出の基準となる最優遇貸出金利であり、大手銀行18行のサブミッションに基づいて毎月20日朝にレートが決まる。公表自体は2013年から始まっているが、PBoCが定める貸出基準金利に代わって2019年8月に貸出金利の参照基準になった。160兆元の貸出残高がLPRに連動すると言われている。理論的には、RRR cutで銀行の調達コストが上で述べたように軽減されたので、それは銀行の貸出金利にも波及するのが自然とされている。現実には銀行のリスク許容度が低下したり貸出意欲が減退すれば理論的にも貸出金利は必ずしも下がらないし、現に7月のRRR cutもLPRに波及しなかったが、とにかく今度は素直に波及したことになる。
LPRはかつてのLIBORと似たような「市場化」された決め方で決まっているので、テクニカルには政策金利に類するものではないが、当然提出に際して人民銀行からご指導は入ると思われる。今回は企業向け貸出の多くが連動する1年ものが3.85%から3.80%に引き下げられ、一方住宅ローンが連動する5年ものは4.65%で据え置かれた。この扱いの違いから、今サイクルの金融緩和はあくまでも実体経済支援のためのものであり、住宅市場を支援したいわけではないという当局のメッセージを読み取ることもできるだろう。住宅市場についてはこれとは別に12月の中央政治局会議で「房住不炒」が提起されず市場参加者の期待が高まったものの、数日後の中央経済工作会議では憎き「房住不炒」が復活し失望を呼んだ。
いずれにしろ、高々5bpでは実体経済へのインパクトは極めて限定的にしか見えない。ではなぜこの半端な引下げ方かというと、足元の銀行の調達コストがその程度しか低下していないからである。160兆元のLPR連動貸出残高のうち110兆元が1年LPR連動として、5bp金利引下げは年間550億元の収入放棄に等しい。12月のRRR cutで節約できたコストは160億元、7月にも同程度あったとして、更に小規模だった9月の低金利再貸出(Targeted Re-lending Facilities)を足してもまだ足が出ている。2022年の更なるLPR引下げを期待する声も大きいが、それにはMLF金利引下げ、リバースレポ金利引下げ、及び更なるRRR引下げのうちの少なくとも一つが必要である。
今サイクルの金融緩和は12/8 -10の中央経済工作会議で示された精神に合致する。中央経済工作会議では明確に2022年のテーマを「穏(安定、Stability)」に置いた。2022年秋に開かれる第20回共産党大会に向けて経済成長があまりにも失速しすぎないようにマクロ政策が調整されることになるとの観測が多い。なんなら財政刺激策の加速も予想されている。火遊びの時間は終わり、後始末の時間が始まるというわけである。ボヤが燃やした家具を元通りにできるかどうかは当局の能力次第である。
PPIのピークアウトもRRR cutを後押ししたと思われる。もっとも、冷静に考えて市場参加者が考えるほどPPIの高止まりは金融緩和を阻害するものではない。
いずれにしろ、金融緩和がちゃんと銀行貸出増に結び付く前提の下では、2021年にわたって低迷したクレジットインパルスが反発すれば先進国の景況感にとっても下支え要因になりやすそうである。1月の社会融資総額(TSF, Total Social Financing)は毎年ロケットスタートを切る季節性(開門紅)があるが、それの2021年1月分との比較から来る年のTSF、ひいてはクレジットインパルスをある程度占うことができるだろう。これに加えて、すっかり落ち込んだ民営不動産企業による土地落札額あたりに回復が見られれば、2021年に政権が実体経済に付けた傷が修復方向に向かっていることを確認できる。
2022年のマクロテーマが「米国の引締め転換と中国の金融緩和転換」と、いわば2021年を反転させた組合せになるというのがコンセンサスになりつつある。上手くいけば後者が前者の影響をある程度オフセットすることができそうであるが、一方で気になるのは人民元相場である。少なくとも2014年の同様の場面で起きたチャイナショックのトラウマを覚えている中国当局は気にしており、米国のテーパリングと中国の金融緩和開始がぶつからないように2021年年末に金融緩和を押し込んだ感がある。
肝心の人民元については2021年は対ドルでも大幅に上昇し、世界主要通貨の中でも最強通貨となった。チャートは米中の1年実質金利差であるが、名目金利差で見ても中国側に乗るプレミアムがあまりにも剥落する局面が来れば人民元高の継続は本来正当化されづらい。2021年後半にかけては米中金利差の縮小が加速したが、鎖国によるサービス収支改善と輸出特需から来る圧倒的な実需フロー、また金利差を気にしない中国国債インデックス入りフローが人民元相場を主導している。2022年いっぱいは中国の鎖国が続きそうなので人民元の需給は金利差対比で引続きよさそうである。しかしそれでも中国当局が元高対策のために銀行の外貨準備率を引き上げるくらい人民元高トレンドには余裕があるので、引続き金融政策の自由度は高い。
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。