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 1/5に発表された12月FOMC議事要旨はタカ派なサプライズになったようであり、実質金利は一週間で30bp以上も上昇し、これは歴史的といえるほどではないにしろ、それなりに大きな値動きであった。当然株式市場の方でも大騒ぎとなった。QT(Quantitative Tightening, 量的引締め)の表舞台への登場はややサプライズとなったようだ。もちろんブログの読者にとってはQTの登場は十二分に予想できたものであり、サプライズ性は皆無だったのではないか。本ブログは昨年クリスマスの記事で「2022年中QT開始の高い蓋然性」を既に十二分に論証してある。「11月は直球が飛んできても生返事だったのに対して、12月は利上げの質問に対してBSの話をぶつけたりと、なんとしてでも記者会見でBSの話を頭出ししたかったように見える(結果的にもう一度質問されて2度も話す形となった)が勘繰りすぎだろうか」と、FOMCでどうもQTの議論がしっかりと行われたらしいところまで読み取った。というより、記者会見で取り上げていてスクリプトも公開されているのだからQTの重要さを読み取れていなければFICC関係者失格だろう。どうせ東京から米国経済の体温のようなものを語っても片手落ちに決まっているのでそんなものに時間を割いでないで、せめて公開されているスクリプトくらいは読んでおかないと話にならない。「まだQT匂わせが十分に市場に伝わっていないと仮定すれば、1月に発表される12月FOMCの議事録は大騒ぎになるかもしれない」と本ブログはQTの織り込みが不十分であり、議事要旨のタイミングで改めてサプライズになる可能性もピンポイントで指摘してあった

 実際に議事要旨を確認すると、まずデカデカと"Discussion of Policy Normalization Considerations"(金融政策正常化の検討)が一つの章とまとめられていることに気付く。Fed BSの最適サイズは当然学術的にも分からないが、今の9兆ドルに迫るFed BSが「適切水準より遥かに大きい」ことに異論はなさそうである。2014年にFed BSがピークを迎えたQE3終了後の前サイクルと対比すると「実体経済は遥かに力強く、またインフレは高く雇用は引き締まっている」。この論理は至る所で用いられることになる。11月までFedは「インフレは供給サイド主導の一時的なものであるし、金融政策では供給制約を解決できない」としていたが、その後「需要サイドも強い、雇用も実質的に完全雇用に近付いた」にロジックがシフトすると一気にタカ側に吹っ切れた形となる。
FRED Bank Reserve and Total Assets
 前サイクルのQTはやってみたところ、民間銀行の準備預金が1.5兆ドルに近付いたところで準備預金不足と国債市場の流動性不足が顕在化し、レポショックを経てnot QEへの軌道修正にFedは追い込まれた。明らかにこの時の教訓を念頭に何人かのFOMC参加者は国債市場の脆弱性について指摘した。それに対し他の参加者は昨年新たに設立してあったSRF(常設レポファシリティ、Standing Repurchase Agreement (Repo) Facility)はその懸念を緩和するものであると指摘している。このあたりは前回の記事で「もちろんFedもレポショックの教訓を取り入れてQT下の国債市場の流動性を維持するためにSRF/FIMAを用意しているが、文系的な大局観から考えると今回も恐らくFed BSが5兆ドルに到達する前に何らかのクラッシュを招いてQTが道半ばで挫折する可能性は相応に大きいと見るべきではないか」と取り上げた件についての問答である。

 ここで目立って来るのは、事前予防的に導入したためRRPと異なりすぐには稼働していなかったSRFである。本ブログは一応取り上げたのでそれを流用しながら中身を説明すると、IOERの上方、足元では25bpのレポ金利でFedが国内外の金融機関との間に、国債などを担保に受け入れながらオーバーナイトで資金を供給するものである。コロナショックの際の国債市場の混乱に対応する形でFedは既存のレポファシリティを大幅に拡充し、また外国向け版(Temporary FIMA)を設立したが、それが2021年7月に常設化された形となる。今はどこも金余りなので当然わざわざ25bpでお金を借りたい金融機関はいないものの、将来再びレポショックの時のように国債プライマリーディーラーの資金繰りが厳しくなった時、多少金利が高くてもドル資金を借りられる最後の貸し手となる。今のところ上限は5,000億ドルとなっており、RRPの稼働規模と比較すると小さいものの、後者がそのものが運用先であるのに対して、SRFはあくまでも資金不足額を手当てするものなので規模を心配する必要はない。前サイクルではFedはあくまでもIOERを設定するだけで、そこから先の短期市場コントロールは主に民間銀行による裁定に依存するというやや迂遠な手法でEFFRを誘導してきた。ところがレポ市場に生息するMMFの存在感が大きくなるにつれ、SRFとRRPで直接物量をもってガチガチに挟み込む形にシフトしつつあるように見える。短期金融市場は日本化が進みそうである。いずれにしろ、参加者は「Fedが今保有しているフレームワークはQT初体験の時よりも堅牢である」ことで合意を得た。であればリスク資産はともかく、国債市場の流動性が火を噴くFed BS臨界点は当時の超過準備1.5兆ドルに当たる規模、ざっくり5兆ドルよりも下にシフトしたかもしれない。これは前回の記事の文系的な大局観の訂正となる。
Fed Asset vs GDP
 次に議論が行われたのはQTのスケジュールである。世間の注目がまだ利上げ単体に集中していた時期から、本ブログは記者会見の断片を組み合わせて「2022年中QT開始の高い蓋然性」を高らかに宣言したものの、それでもFOMCの議論に完全には追いついていなかった。さすがにほとんどの参加者(Almost all participants)は「QTよりも利上げを先に開始するのが適切」としたものの、一時はQT開始がどうも利上げ開始と同列で検討されていたらしいことは留意に値する。本ブログが「異論も出ないほどQTによるインフレ退治は筋がよい」としていた通り、QTの、少なくとも着手は一旦提起されるとしゃんしゃんで進んだ。「12月FOMC直前にテーパリング早期化をようやくマーケットに織り込ませたパウエルFedは、たとえそうしたかったとしても明らかに利上げ前の早期QTをマーケットに織り込ませるのに間に合わなかった」という経緯でさすがに利上げが先になったということだろう。その後ジョージメスターボスティックとBS縮小への言及が続き、テーパリング加速の時と同じようにQTも「メンバー達がトークで頑張って織り込ませる」フェーズに入ったことを確認できる

 肝心のスケジュール自体はまだ議論が始まったばかりなのでまだ結論を出しようがないが、初利上げからQTまで2年かかった前サイクルのケースよりも早くQTを始めることだけは決まっている。前サイクルではそもそも利上げが遅かったこともあってさすがにそれは当然であり、前サイクルのQT開始タイミングを「初利上げから2年」ではなく「利上げ4回の後」と解釈した本ブログは国語的にはやや前のめりだったと言えるが、その後の様々な場面で補充された説明を見て「2022年中QT開始の高い蓋然性」は全く揺らがなかった。むしろもっと早い印象すら受ける。ボスティック総裁は"fairly soon after we do our interest-rate liftoff"と表現した。パウエル議長の議会証言では2~4回の会合の間に決定されるだろうとしている。1月FOMCから数えて1、3、5、6月で4回となり最短で夏、遅くても今年後半にはBS縮小が始まる可能性が高い
SOMA WAM
 一旦始まったQTのペースについて。Fed BSは当時と比べて金額ベースでも名目GDP対比でも遥かに大きく、更に平均デュレーション(WAM)も短いため、もし国債及びMBSの償還再投資を停止した場合、Fed BSの縮小は前サイクルよりもペースが速いものになる。もっとも縮小ペースの予見可能性を高めるために、2017年夏から始まった前サイクルと同様、BS縮小のペースには毎月キャップが設けられそうである。いきなり再投資が止まるのではなく、キャップを超えた分については引続き再投資を行う形であり、そのキャップは最初は小さく、時間と共に大きくなっていく。前回は最初は国債とMBSを合わせて毎月10bnであり、それが3ヶ月ごとに10bnずつ大きくなり1年後には毎月30bnまでペースアップした。SOMA保有債券の償還ペースの速さ及び前サイクルとの経済環境の違いから今回のキャップは前回よりも数倍大きなものになり、かつその広げ方も速いものになるだろう。SOMA保有債券の売りオペについては、まずキャップが償還ペースに追いつくのにも時間がかかるし、議会証言でパウエル議長も「前回でも導入されなかった」と回答しているように、本ブログが記した通りまだ視野に入って来ない。従って今サイクルのQTもあくまでも保有債券の償還によるSOMAポートフォリオの自然体での縮小(Run off)となる予定である。
FRED US nominal yield, curve spread, real yield
 FOMC議事要旨以降、米長期金利は実質金利主導で大きく上昇した。昨年末の記事では「早期利上げよりもQTが話題になるにつれて実質金利とタームプレミアムの上昇(長期)と利上げパスの後ろ倒し(短期)が意識されやすくなり、となると今までのフラットニングトレンドが反転する可能性を秘める」としていたが、利上げパスはむしろ完全雇用への確信で前倒しになり、2022年中4回利上げが織り込まれ始めた。
Fed Dot and Futures Pricing
 率直に言って足元の米金利上昇を主導した要因として早期利上げ織込みの方が遥かに大きく、QTコールが当たったのは「何らかの騒ぎになること」だけであった。本ブログがQTによる早期利上げの押し出しを想像したのは明らかに時期尚早であった。早期利上げと比較してQTの織り込みはあまり進んでいない、というより、そもそも何も決まっていないのだから織り込みようがない。それまでのフラットニングトレンドはピタリと止まったものの、特にスティープニングに転ずるわけでもなく、米金利は概ねパラレルに上昇した。もちろんQTの存在はいけてない債券投資家が考えがちな「過度に利上げを急いでもどうせオーバーキルになり、カーブがフラットニングするだけで長期金利は上がりづらそう」という脳死ストーリーの実現防止には役に立ったには違いない。どんなに早期利上げ織込みを急いでも、雑に進めてもツイストフラットニングだけはしなかったのである
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 実質金利について本ブログは2021年中にわたり一貫してテーパリング程度では上昇せず深いネガティブ域が続くとした後に、QTが話題になるにつれて一転して「さすがに実質金利は上昇する」と判断した。QTが終わるまでその見方を維持することになりそうである。とはいえ実際にRun offが始まる前から期待だけで実質金利が0%に急速に近付くとはさすがに考えづらく、始まってからも0%への道のりは長いと思われる。そもそも米国債の買いフローの相当部分は海外勢による貿易黒字の還流であり、彼らは米国に住んでいない(非駐マネー)ため米国のインフレに勝つ必要はなく、実質金利の0%はそもそも目安ではない。本ブログの実質金利観の通り、足元の実質金利の急速な上昇はさすがにリスク資産の調整を招かざるを得なかった。今後の漸進的な実質金利の上昇は単体で終末的なクラッシュのきっかけを作るとまでは想定しづらいが、断続的なバリュエーション調整には繋がりそうだ。0%は相当遠いものの、実質金利はさすがに10年▲1%割れで今サイクルの底を付けたと思われる
Wu Xia Shadow Rate Atlanta Fed
 前回の記事が重視したアトランタ連銀のWu-Xiaシャドーレートが、QTを言い出しただけでビビッドに反応しているのは興味深い。
FRED IOER RRP and EFFR
FRED IOER -RRP vs RRP outstanding 2013 2019
 もう一つ前回の記事から訂正を要するのはRRPの解釈である。ここからしばらく非常にテクニカルな議論が続く。RRPは確かに本ブログが一貫して述べてきたように過剰流動性を閉じ込めている貯水池であるが、2021年でもそうだったように、RRPとリスク資産との関係に過度な想像を働かせることは有益ではない。初めての潤沢準備レジーム(Ample Reserves Regime)下の利上げサイクルであった2015~2019年のケースでもRRPは短期金利下限の押し上げに役立った。政策誘導目標であるEFFRははじめはIOERより遥か下に位置し、RRPが出来高を作りながら形成するフロアに張り付いていた。それが利上げ、更にQTが進んで過剰流動性が吸収されていくのにつれEFFRはRRPからテイクオフしてIOERの方に近付き、2019年になると準備預金の不足感が強くなるにつれてついにIOERを追い越し、そこでQTは終了した(上図)。RRPの絶対額が少なすぎて今サイクルとは比較しようもないが、RRPがEFFRを下から持ち上げている間はRRP利用額がある程度維持されるものの、EFFR -RRP(下図)がワイドニングするにつれてあまり利用されなくなった。今回も概ね同じ展開を辿るだろう。
FRED MMF Total Assets and Bank Reserves
FRED FF volume vs RRP volume
 民間金融システムにばら撒かれた過剰流動性は銀行預金→民間銀行準備預金に向かったものとMMFに向かったもので概ね半々だった(上図)ものの、銀行が預金をFedに預けて(リスクフリー運用先の中でも断然金利が高い)IOERをもらうだけなら銀行とFedの間の取引で完結し、短期金利に影響を与えないものの、MMFに向かった分の運用はRRPに完全に依存している。RRP利用額とFederal Fund出来高を比較すると、絶対値で見ても前サイクルと比べてもRRP利用額が遥かに大きくなっている(下図)。これは今サイクルにおいてIOERからの民間銀行の裁定活動によるEFFRの引上げ効果よりもRRPによる短期金利全体の押上げ効果の方が遥かに大きいことを意味し、つまり少なくともRun offが始まって相当な期間にわたってEFFRはIOERとのスプレッドよりもRRPアワード金利とのスプレッドによって決定されがちになるのではないか。であれば相当長い期間にわたってRRPアワード金利が短期無リスク金利を決定する

 新しいコリドーはどのように形成されるか。既に議論したように、今サイクルも依然潤沢準備レジームにどっぷり浸かっているものの、どうせIOERが役に立たずRRPで力づくで押し上げるだけなので理論的にはコリドー幅は25bpも必要なさそうに見える。RRPアワード金利の初引上げ幅が20bpになるか、それとも25bpになるかで意見が分かれているが、EFFRの上昇幅もそれによって規定されるだろう。RRPアワード金利の5bpの刻みが本ブログが追ってきたように「MMFのマイナス利回り運用を回避するために」設定された経緯を考えると、Fedから見てMMFの運用利回りが25bpであろうと30bpであろうとプラス利回りであることには変わりがないので、もう気遣いも余計な刻みを残す必要もなく25bpへの20bp引上げの方が綺麗そうに見える。現に2015年の初利上げの前例でもRRPアワード金利は5bpから25bpに20bp引上げられた。

 いずれにしろ、RRP利用額はもちろん水不足になると貯水池から流出するような形で流動性の補充には利用されるものの、その利用され方はRRPアワード金利の置き方によってコントロールされず、あくまでもパッシブなものである。代わりにRRPがいつ引き出されるかはパッシブであるものの、利用額が残っている間は短期市場の流動性は潤沢であると言え、国債市場も短期金利市場も混乱に見舞われず、従ってQTが中止に追い込まれる理由がない。(もし因果関係を認めるならば)前サイクルでは2018年初頭にRRPが干上がってから数ヶ月後に株式市場がクラッシュした本ブログがしつこく取り上げてきたパブロフの犬はRRPの放出を流動性の添加とは認めないだろう。RRPが利用されようと引き出されようとFed BSのサイズには中立である。Fedから見て資産側の担保国債はすぐ買い戻すことが決まっているためUS GAAPでは依然SOMAが実質的に保有していると見なされ、負債側は民間銀行準備預金からリバースレポに振り替えられるだけである。
FRED RRP outstanding and TGA
 本ブログの読者であれば常識であるが、RRP利用額はTGAの裏返しに他ならない。RRP利用額は2021年大晦日に1.9兆ドルの最高値を付けたが、これは連邦政府の債務上限引き上げが12月まで決着しなかったせいであり、その間連邦政府がT-Billを発行する代わりにTGAを取り崩さなければならなかったためMMFの運用難が加速した。債務上限は既に決着済であるためTGAはコロナ前の水準に向かって積み直されると思われ、従ってRRP利用額も2021年大晦日の1.9兆ドルがピークとなるだろう。

 Run offは「正常化」なので、そのスケジュールは絶対的に硬直的とは限らないものの少なくとも利上げ対比ではリジッドであり、その後起きた景気の変動への対応はあくまでも政策金利の調整で行われるだろう。現にパウエル議長の議会証言ではRun offは明らかに既定路線になっており、その場を借りて新たにスケジュールの頭出しも行われたが、市場が織り込みつつある3月利上げスタートについては言質を与えなかった。これを「案外ハト的だった」と評価するのは素直すぎるだろう。むしろこの温度差こそ、前回記事が描いた「QTの方が早期利上げより筋がよく、従ってQTの方が早期利上げよりFedは前向きでありスケジュールは硬直的」という構図が少しずつ水面上に頭を出し始めたということではないか。利上げパスは必ずしもそうではないが、Run offについて市場の織り込みが浸透した時、よもやその期待を再び後ろ倒しするような誘導をFed関係者が試みることはないだろう。3月利上げの有無については1月FOMCで明らかにされると思われる。

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