Bloomberg Jan 22 CPI 
Bloomberg UST10y
 2/10に発表された米国の1月CPI前年比伸び率は1982年以来の7.5%上昇となった。海運の供給制約は年末にピークを迎えたと思われているが、年末を通過してもCPIがピークアウトしなかったことが明らかになり、市場参加者の忍耐が綻び始めた。10年金利は2019年以来初めて2%を回復した。そこにブラード総裁が「7/1までに計100bpの利上げを行うべき」と爆弾発言を放り込んで追い討ちを掛けた。7/1までFOMCは3回しかないのでどれかの会合で50bp利上げを行う前提となるが、本人は具体的な手順には関心を示さず、代わりに更に「会合間(Inter meeting)の臨時会合での緊急利上げ」を投入して金利市場を思う存分かき回した。短期金利市場は一時2022年中7回利上げまで織り込んだ。改めて焦点になった3月50bp利上げについてバーキンやデイリーなど他の連銀総裁の当日コメントはさすがに統一性を欠いた

 セントルイス連銀総裁就任から14年経とうとしているのに、いまだにブラード総裁がハト寄りかタカ寄りかを思い出そうとするのはナンセンスである。その時その時によって(主に物価変動への高い感応度に従って)主要メンバー対比のスタンスが変わるので、何年も前から「タカでもハトでもない、風見鶏」と呼ばれてきた(*英語圏ではbellwetherやflip-flopper。もはやBullardingと表現する人も)。落ち着きがないので早とちりで終わったケースも多いが、例えば(今と真逆に)2018年中ずっと利上げ継続の妥当性を危惧したりと、ブラード総裁の主張に逆らうとその後痛い目に遭うことが多く、先見の明を持つとされている。もちろん当人が何かの相場を当てようとしていたり哲学がコロコロ変わってきたようには見えず、むしろブラード総裁こそが、一旦インフレ目標を定めた以上は忠実にその達成に向けて動かなければ信認に影響するという一貫した信念に沿って動いており、Fedの方がご都合的にインフレ目標へのコミットに濃淡を付けてきたのではないかと思えるが、いずれにしろ、Fedが方向転換のための論理をまとめ切れない間に「王様の耳はロバの耳」と叫ぶ役割はブラード総裁が独占するところとなっており、今回も例外ではない。もっとも現実にはFedは今後も物価以外も気にし続けるに決まっているためブラード総裁の主張通りに動くとは考えづらく、むしろブラード総裁は利上げパスの天井(思わず目線が上がるほど高い天井ではあるが)を提供する形になると考える方が合理的である。

 神経質なまま市場参加者は2/16に公表される1月FOMC議事録を待ち構えたが、議事録には目新しい話はなかったわけではないものの大々的に備えるほどのものではなかった。12月FOMCの議事録が1月に発表されて大騒ぎになったのはあくまでも、本ブログが12月中にタイムリーに取り上げたように、QT2の話題をパウエル議長が記者会見で示唆したにも関わらず、多くの参加者がそれを見落としたまま議事録に突入したためである。1月FOMCの記者会見スクリプトは大半の参加者が上司に怒られた先月の教訓を汲み取る形で既に読み込んでいるので、議事録も大してサプライズになりようがない。現にご丁寧に発信されたHigh-Level Principlesと矛盾するような話はなかった。あったら困る。

 Principlesには前例があり、前サイクルのBS縮小(QT1)では開始の遥か前に2014年版が公表されている。2014年版は2022年版の母体なだけあって多くの表現は踏襲されている。例えば「BS縮小は主に(Primarily)再投資の漸減によって、予見可能な(Predictable)ペースで行われる」がそれである(正確には2014年版の方はGradual and predictableだった)。長期的にはクレジットセクターへのFedの影響を最小化するために、SOMAポートフォリオは主に(再びPrimarily)米国債を保有することを目指すのも前回と同じである。「再投資漸減の開始は利上げ開始後」という順序はカンザスシティ連銀のペーパーでQT1において金利カーブの過度なフラットニングを招いたとして反省の対象になったが、結局今回も踏襲されることになった。QT1がどのようなスケジュールで準備が進んだかを振り返ると、

・テーパリング(2014年1月~2014年10月)
・2014年9月FOMCで"Policy Normalization Principles and Plans"を公表
・(2015年12月から利上げサイクル入り)
・2017年年初から、高官発言などでBS縮小の地均し
2017年5月FOMCでキャップ方式について合意
・2017年6月FOMCで"Addendum to the Policy Normalization Principles and Plans"を公表、キャップの具体的な数字を初公表
2017年9月FOMCでBS縮小で合意、政策金利は据置き
・2017年10月BS縮小開始

 と経済環境のネガティブイベントも多い中で3年がかりの議論となった。Principlesが発表されたのは2014年9月なのでテーパリングが終了する直前であり、今回2022年3月のテーパリング終了を前にPrinciplesが発表されたタイミングと一致する。今はQT1で言うと2017年5月相当まで進んだところである。再投資停止に上限額(キャップ)を設ける形式については改めて表決を取るまでもないものの、1月FOMCでは具体的なキャップの設け方までは議論されなかった。事務方に2014年版Principlesをテンプレートに使いながらそろそろこれの2022年版を作るタイミングですよと水を向けられ、Principlesを作っただけで終わったようだ。次にキャップを定めて補則(Addendum)に公表する回が必ずあり、最速3月FOMCでそれと開始アナウンスを兼ねることができなくもないように思えるものの、やはり前回の記事から変わらず期待値は6月開始だろう。利上げと異なりこちらの開始タイミングはあまりブレようがない。ブラード総裁は2Qの間にQTを開始したそうにしているがこれは特段非現実的ではない。

 ところで、ジョージ総裁がその後インタビューで指摘したように、主に米国債を保有することを目指しているにもかかわらず、現実にSOMAはMBSを大量に(2.5兆ドル)保有しているため、MBSの売却(Outright Sales)を排除して受動的なRun offに頼ると相当長い期間にわたりMBSはSOMAに残ることになってしまう。この矛盾はQT1ではどうだったというとPrinciplesでは「BS正常化プロセスの一環としてはMBSの売却を見込んではいないが、将来残ったMBSを処分する際に限定的な売却を行う可能性がある」としてあったものの、3年後に始まったQT1が道半ばで挫折したこともあって、MBSの市中売却はついに行われなかった。行われなかったことをパウエル議長も議会証言で触れたものの、2014年の前例を見ても「主に」は少なくとも論理的には「限定的なMBS売却」とは矛盾しないことは明らかであり、経済・金融環境の違いを背景に2017年~2019年のQT1より更に速いBS縮小ペースになることが合意されているとすれば尚更である。

 MBS売却問題についてジョージ総裁の味方は明らかにメスター総裁ウィリアムズ総裁含め多数存在しており、多くの参加者は「将来のどこかの時点でMBSの売却や、MBSの償還再投資を(MBSではなく)米国債で行うことが適切になるだろう」と述べている。"Regarding these two principles, many participants commented that sales of agency MBS or reinvesting some portion of principal payments received from agency MBS into Treasury securities may be appropriate at some point in the future to enable suitable progress toward a longer-run SOMA portfolio composition consisting primarily of Treasury securities." つまり1月FOMCを受けて資産売却観測が後退した(本当はよく考えると2014年版と同じ文面なので後退も何もない。これは本ブログも要訂正である)のであるとすれば、その時点と比べて再び将来におけるMBS売却の蓋然性は高まった解釈になる。もっともこれが行われるのは早くてQT2が佳境に入ってからであり、前サイクルと同様、現実にMBS売却まで辿り着けるかどうかは別問題である。従って現実的には大した違いはないが、ネーミングについて「これはQTではなくRun offである」と主張する声はやや旗色が悪くなるかもしれない。

 なおジョージ総裁はまさにQT推しペーパーを出したカンザスシティ連銀を率いており、一貫して過度な金利カーブのフラットニングによる地域金融機関(Community Banks)収益性への打撃を重視するQT推進派だったということになる。その分、CPIを見た後も3月50bp利上げや利上げ加速には必ずしも前向きに見えないのは恐らく本ブログの「QTによる利上げ押しのけ」発想に沿うものであり、本ブログはジョージ派にかなり寄っていたことになる。

 もう一つの細かい訂正点として、前回の記事ではQT2開始前のテーパリング再加速について「FOMCの場で提起されることもなかったと思われる」としていたが、実際には採用はされなかったものの、数人の参加者(a couple of participants)が3月より前のテーパリング終了を主張している。その理由として「委員会がインフレ退治にコミットしていることをより強く発信するため」としている。このように本ブログは常に金融政策の予見可能性を重視してきたが、Fedメンバーの少なくとも一部において、インフレ・ファイティング姿勢の発信のためには政策の予見可能性を取り払うことを厭わない考え方は存在する。

 思えば11月会合でパウエル自身も述べたように「金融政策は供給制約を解決できない」中で、金融引締めがどのようにインフレの制御に効くか、あり得るパスを改めて並べると、本ブログが取り上げた極論「需要サイドと株式市場への打撃」、ファンディング・コストの引上げ、通貨高誘導、そしてインフレ期待のアンカリングということになる。今になって短期金利分析の大御所Zoltan Pozsarから1個目をVolcker Momentという形で推す声が出てきたのは興味深い。あえて予想不可能な形で施策を繰り出すことによりVol(これはVolckerに掛けているらしい)を高めることがインフレ抑制に繋がるというのである。資産価格の下落はFIREした労働者を呼び戻すのにも役立つという。もちろんこれは現在起きている事象の延長を描いているにすぎず、Fedが市場ボラティリティの増大や資産価格の調整を目的としてアクションを起こそうと考えている形跡は依然見られない。ただ前回の記事でも述べたように、資産価格におけるパウエル・プットが消滅したことは間違いないだろう。
Bloomberg 5y5y Inflatiion swap
 (本ブログはインフレ期待がインフレに繋がるとは全く思っていないが、一般論として)インフレ期待のアンカリングは心理的なものなので「コミットの発信」が効くと考えられている。Fedがデータ次第でHumble and nimble、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応つまり行き当たりばったりになるのは本音には違いないものの、フリーハンドの保持自体もメッセージ性を持つ。ブラード総裁の問題提起もその役割を果たすものである。これが成功する限り、テーブルの上に乗せて人々に見せているツールを現実にその後全て動員する必要は必ずしもない。ハトサプライズさえ出さないように気を付ければ十分なのである(=パウエル・プットの消滅)。現に足元のCPIが高値更新を続けていても、インフレスワップの長期(5年先5年)期待インフレは2014年に原油安レジームが始まって以来の上限である2.5%に張り付いており、まだde-Anchoringが観測されたわけではない。12月以降の長期金利の上昇はあくまでもFedのスタンス変更を受けた実質金利の上昇によるものである。これは金融引締めに対するリアクションとして素直なものであり、少なくとも現時点で米金利市場は米国のインフレがFedのコントロール下から外れて高騰を続けるとは全く考えていない

 そもそも、市場参加者のサプライズに乗っかる形でブラード総裁は「1月CPIを受けてFedのポジションは1月FOMC時点の情報から更に前進した」ことを世間に印象付けることに成功したものの、本当に移動したと確信できる根拠があるわけではない。重鎮・ウィリアムズ総裁は1月CPIを見た後も安定的な利上げパスを主張するブレイナード総裁も1月FOMCから逸脱していない。少なくとも昨年のテーパリング加速や3月利上げのように、総裁・理事総出で50bp利上げ期待を押し込もうという意志は感じられないCNBCは1月CPIが高いとは言っても予想対比で顕著に高かったわけではなく、悪い数字になるのはFedも前もって覚悟していたという。元々年前半は大した進展は期待されておらず、本格的に利上げパスが見直されるのであればそれは年後半になっても高騰が続いた場合だろう。

 遊撃も用いた利上げパスの不透明化は恐らく確信犯的に使われているが、QT2は例外と言える。12月以来パウエル総裁が記者会見で最も緊張するのは核兵器・QT2に触れた時であり、1月の記者会見でも、何も決まらなかったからというのもあるがBSの部分だけ滑舌が悪い。ジョージ派がMBS売却など急進的なQT2を推すのもあくまでも実務的な理由に基づいており、QT2だけは予見可能性が維持されるだろう。ブラードが主張するインフレ対策のための資産売却が採用されそうには見えない。またブラードでさえQT2については「流動性を増やしてきた時と同じペースで減らせない理由はない」までしか述べておらず、それは月120bnの資産削減に翻訳されるものの、キャップがQT1の月50bnより著しく高いことはとっくに決まっており、今でも既に月100bnキャップ説が唱えられていることを考慮すると、QT2のペースについてはやはりそこまでブレる余地がない
Bloomberg EuroDollar Spreads
Bloomberg EuroDollar Spreads 2 
Zerohedge implied path
 最後に早期利上げ織込みに戻ると、3月利上げは1月FOMCで概ね確定しているものの、その幅が50bpになるかどうかは直前の市場織込みが自己実現することになると思われる。仮に金利市場が既に50bp利上げをフルに、或いは概ねフルに織り込んだのであれば、かつて本ブログがテーパリングについて語った表現である、「マーケット参加者の織り込みが進んだ時、よもやその期待を再び後ろ倒しするような誘導をFed関係者が試みることはない」が再び適用されそうだ。一方、直前になっても織込みが半分程度までしか進まなかったなら採用されないだろう。メンバー達の間ではこの話題について既に意見が分かれているところであるが恐らくそれは意図的に発信されたものであり、今サイクルにおいてパウエル議長の根回しが常に完璧に行われてきたことを考えると、当日に多数決の結果を読む必要に迫られることになるとは思われない。

 自己実現するのなら市場参加者総員で3月50bp利上げを押し込めばいいのではないかと思うものの、2月に入ってからリスクオフ局面で目立ってきたフロントエンド内のインバートはその側背を圧迫する
。zerohedgeが嘲笑するように、2024年末の政策金利織込みは既に2022年末より低くなっており、2022年内の利上げ織込みで競う意義が薄れている。元より短期金利市場は流動性が高くないためオーバーシュートしやすく、それが示す数値を過度に解読しようとするのは建設的ではないが、2022年内の織込みに限れば3月25bp利上げから始まるメジャードペースは堅いボトムになる一方、緊急利上げまで意識したところが利上げ加速織込みのピークであったと考えて差し支えないだろう。

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