HYG LQD weekly
 今年に入ってFedの金融引締め懸念で株と国債がそれぞれ売り込まれる中、その中間に位置する資産クラスである社債も当然崩れ始めた。これにより、株のバリュエーション調整にすぎないとされていたリスクオフ局面は一層深刻な捉えられ方をするようになった。いわば「本丸が動いた」感が強く、そうでなくとも、例えばS&P 500はまだ1月安値よりだいぶ高い水準に位置してる一方、ハイイールド債などはその時の水準より遥か下まで売り込まれているので株はこの位置でいいのかという疑問がどうしても湧いてしまう。
Bloomberg Barclays Agg Bond Index Breakdown
 社債は債券のうち企業が発行するものであり、うち格付けが高いものは投資適格債(IG, Investment Grade Bond, High Grade Bond)と呼ばれ、投資不適格の格付けしかない社債はハイイールド債やジャンク債(HY, High Yield Bond, Junk Bond)と呼ばれる。価格変動リスクの割合としてHYは大半がクレジットリスクであり、IGはクレジットリスクが相対的に小さく金利変動の影響が大きい。社債は企業が負債調達のために発行し、主に機関投資家が購入するが、ETFを通した指数ごとの投資も増えており、米ドル建ての投資適格債ETF "LQD"、ハイイールド債ETF "HYG"などが有名であり、かなり気軽に購入できる。米国では事業会社、金融機関を足して(投資適格格付の)債券市場時価総額の4分の1を占めており、更に外側にハイイールド債が存在する。

 社債投資の考え方としては、倒産リスクがない国債利回り(無リスク金利。便宜上この記事で「金利」と表記する時はこちらを指す)に加え、倒産リスク(クレジットリスク)に対して追加の利回り幅(クレジットスプレッド)が要求される。クレジットスプレッドは倒産リスクの大小に加え、それらに対するセンチメントや、更に需給で決まるリスクプレミアムの大小によって決定される。指数投資では個別リスクの多くが排除され、指数スプレッドにはマクロ的な意味合いが付加される
BofA IG Spread
 長期的にもIGスプレッドが株式のインプライドボラティリティと連動することが知られており、これは株式のボラティリティが高まるリスクオフ局面で社債の財務悪化リスクも連動して高まると考えると不思議はない。より教科書には、社債は普段は株価上昇の恩恵を受けない代わりにキャリーを受取り、返済順位が株式より上がゆえに株式価値が深刻に毀損した後に毀損が始まるという意味で、非常に遠いストライクを持った株式プットオプションの売りポジションに近い。
HYG OAS
 この理論はクレジットスプレッドがまるでVIXのように安定→クラッシュ→安定のサイクルを描く特徴を説明する。社債投資の原理的なアップサイドのなさは、株式市場のバリュエーション伸長バブルに付いて行かない特徴を説明する。逆に、株式のバリュエーション圧縮が金利上昇に由来するものにすぎない間は、社債価格もベース金利の上昇の分程度しか調整しないが、クレジットスプレッドのワイドニングとなると教科書的にはより深い企業価値の毀損が起きる可能性の上昇を示唆する。今サイクルの調整において、S&P 500の最初の急落に対して社債スプレッドの反応が鈍かったのは恐らく株式市場のバリュエーションの問題にすぎないと思われたからであり、また実際それをもって株式市場の調整も深刻なものではないとする論調が多かった。一方クレジットスプレッドが動き始めると途端にリセッションの可能性が取り沙汰されるようになった

 「プットオプションらしさ」以上にクレジットスプレッドが本丸らしく見えるもう一つの原因は、株式市場は個人投資家が多数参加しておりセンチメントがブレやすいのに対して、(ETF投資も増えたとはいえ)社債の投資家は基本的に機関投資家であることが挙げられる。機関投資家の特徴はいくつかあり、まず①個別企業調査に専門部隊を抱えており相当詳しいことに異論はないだろう。ではそれを敷衍すると機関投資家はそうでない投資家と比べて将来のマクロ環境、要するにリセッションを正しく見通せそうと言えるだろうか。その前に次の特徴として、②最終投資家と上司、或いは両方に対して説明責任を負っているため、動き出しは基本的に遅い。いわゆる相場勘、特にマクロに対するそれはどうせ説明できないため必要がなく、従ってその方面については恐らく平均的な人間が採用されており、行動が遅いことと併せて考慮すると社債は株式に対して恐らくマクロ的な先行性を持たないという結論が導出される。どちらかというと遅行指標である。最後に③資金量が大きいため一旦動き出すとマーケットインパクトも大きい。社債市場は流動性が悪いのでシステマティック勢のような行動はあまり見られず、機関投資家は当たり外れは別として、あくまでも正攻法で考えた結論に基づいてド裁量で意思決定する。その思考回路は一部の長期ビューが好きな株式機関投資家やアセットアロケーターにも共有されるだろう。
FMS Fed put 
Bloomberg USIG Spread
 株式市場のバリュエーションが多少ブレようと一般的に当局、特に中央銀行にとって介入の理由になりづらい一方、企業は頻繁に社債市場で資金を調達しており、その調達コストは実体経済により直結する。というわけでクレジットスプレッドがどこまでワイドニングすればFedの金融政策に影響を与えられるかも当然議論され始めるのだが、言うまでもなく今のクレジットスプレッド水準は「大変タイト」から「普通」までワイドニングした程度であり、一声150bpと言われているこちらのトリガーもまだ遠そうである。

 社債指数のセクター構成、格付け分布や平均デュレーションなどは時代によって変遷するものの、粗雑でもとにかく過去とシンプルに比較できるのがクレジットスプレッドのよいところである。コロナショックは極端なので別として、USIGが150bpちょうどまで広がった前例は2018年年末の成長懸念と佳境に入ったQT1が重なって起きたクリスマスショックであり、この時S&P 500はちょうど20%調整し、利上げサイクル及びQT1の息を完全に止めた。先週金曜のS&P 500はちょうど過去最高値4819から10%調整した水準にあり、20%のドローダウンなら3855に当たる。奇しくもバンカメのFMSでも機関投資家はFed putが発動されるとすれば3500~3750近辺であるとしている。Fedの利上げ計画を狂わせるほどのシクリカルな景気後退懸念の顕在化なら150bpあたりがUSIGの上限、対応して3850あたりがS&P 500の下限ということになる。

 USIGが200bpに到達した例としてはシェールガス企業の破綻懸念、チャイナショック、ドイツ銀の経営不安が重なった2015年年初が挙げられ、この時は具体的なセクターを挙げてのデフォルト懸念が顕在化している。2018年2月のVIXショックではQT1と引締めサイクル中の金利上昇をきっかけにS&P 500が10%急落しており、今回の調整と共通点がいくつかあるが、この時USIGは最初は「株のバリュエーション調整は気にしない」特性を発揮してほとんど動かず、ピークの120bpを付けたのは貿易戦争が激化した2018年6月である。この間S&P 500は一番底、二番底を付けてから秋にかけて全戻しできたものの値動きは重かった。また秋のS&P 500高値更新局面においてもUSIGはあまりタイトニングせずそのままクリスマスショックに突入することになる。USIG的には2018年の二番天井はフェイク新高値であった。

 2018年と対比すると先週金曜時点の120bp手前のUSIGスプレッド水準は、好景気下のただの金利上昇が引き起こすバリュエーション調整を超える何か、具体的には貿易戦争に相当する程度のマクロ環境悪化を織り込んでいるように見える。確かに当時も今もサプライチェーンの寸断が話題になっているがさすがに今回の方がより一時的だろう。Fedのインフレ退治の利上げがオーバーキルで景気後退に繋がる懸念は、そう演繹できるというだけで顕在化からはほど遠いため、USIGの150bpは遠いと言える。具体的にデフォルトしそうな脆弱なセクターが何か思い付くわけではない。
BofA IG Fund Flows and Rates Vol
BofA Fixed Income Flows
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 ところで、社債指数スプレッドはそのような考え方で評価されるとして、実際の社債投資はクレジットリスクだけでなく、金利リスクも同時に取ることになっている。BofAはIGへのフローをクレジットスプレッドと金利のインプライドボラティリティの平均で説明する。1月はとにかく債券というアセットクラスから2018年クリスマスショック時並みの勢いで資金が引き揚げられており、恐らく2月も同様のモメンタムが続くだろう。クレジットスプレッドがワイドすぎると評価する投資家でも、そう思って社債に投資して金利上昇の方で損失を出したら元も子もない。となると金利に安心感を持てない間、社債スプレッド変動はある程度割り引いて解釈すべきではないか

 金利と社債スプレッドの関係についてもう少し掘り下げると、一般的には二成分の間に軽い逆相関があると考えられている。つまりスプレッドが広がるリスクオフ局面で金利は得てして低下しやすく、逆の局面で金利は上昇しやすい。社債のスプレッドで評価する投資家と、どちらの成分由来でもいいのでとにかく社債の仕上がりの利回りに注目する投資家がそれぞれ存在するからでもある。二つの成分が逆相関を続ける限り、多少の金利上昇を懸念してもクレジットスプレッドがバッファとして働くと期待できるし、逆に多少クレジットスプレッドに悲観的でも金利低下がそれをオフセットできるかもしれない。このようにリスクの分散効果が効いている上に普段から利回りが国債より厚いこともあって、なかなかぶん投げる決心は付かないし、購入しない決断すら難しい。唯一迷わず社債をぶん投げたくなるのは、二つの成分のどちらにも前向きでない時である。まさに金融引締め懸念で金利が上昇しながらのリスクオフ場面がそれに当たる
Bloomberg LQD and HYG put open interest
 というわけで社債ETFのプット建玉は近年見られなかった水準まで激増した。クレジットリスク成分が大きいHYGのプットよりも、金利リスク成分が大きいLQDのプットの方が過去対比で著しく盛り上がっているところに注目したい。これは社債投資に対してクレジットリスクへのヘッジニーズより金利リスクへのヘッジニーズの方が大きいことを示唆しており、つまりクレジットスプレッドの拡大はやはりある程度は金利変動懸念に引きずられたものであると判断できる。
Bloomberg HY Ba vs Caa
 またハイイールド債の中でも最もクレジットβが高いはずのCCC格指数はBB格指数ほど下落していない。景気後退でクレジットリスクが顕在化しているのなら格付けが低い順に毀損するはずである。
Bloomberg LQD Flow
 LQDのフローを見ると、確かに足元でも継続的に資金が引き揚げられているが、瞬間風速としては2021年中にこれ以上の勢いは何度もあった。そしてそれは3月、10月と主に金利上昇が激しかったタイミングである。逆にクレジットの方が懸念されたコロナショックではそこまででもない。コロナショックではS&P 500は2020/2/19に天井を付けてから暴落が始まっているが、LQDはむしろ3/3に行われたFedの最初の緊急利下げを受けて株に2週間遅れて3/6に天井を付けている。その時点まではクレジットスプレッドが広がっても金利低下がそれを完璧にオフセットしたのである。一方スプレッドに悲観的なのは変わらないため、金利低下も限界まで来たと感じた途端に「両成分ともに前向きではない」状態にマーケットは陥り、LQDは株に遅れて激しくクラッシュした。なおその後、Fedが金融緩和に加えてSMCCFをアナウンスすると一転して「Fedが買うものを買え」ということでバブルになった。2021年になるとスプレッドはすっかり考えられる下限まで来てしまい、これ以上バッファ的な役割は期待できないということでLQDは完全に金利商品になり、「金利に悲観的=LQDに悲観的」となり大口の資金引き揚げが何度も見られた。

 ここまでは投資家側の考え方の整理であるが、満期がなくIPOと増資の時以外は概ね投資家の間で売買されている株式と異なり、債券には常に償還と発行のフローがあり、発行体側の発行と投資家側の投資需要の間の需給で価格が決定される。スプレッドと金利の双方を見ないといけないのは発行体側も同様である。水準が折り合わなければ(社債利回り=調達コストが財務体質と比較して高すぎると思えば)発行を止めるという選択肢もある。財務省なら計画に従って淡々と供給する以外に選択肢がないが、企業の財務担当者の考え方にはもう少し幅がある。そこで、発行体側にも強い金利上昇懸念が共有されていたならどうなるか。地合いがよくなるまで数週間粘ればスプレッドを10bpほどケチれるとの期待を持てたとする。それでもその数週間の間に金利が10bp上昇したら意味がないではないか。とすると多少ワイドなスプレッドを要求されても目を瞑って発行するという判断になる。債券全体から資金が抜かれている限り、買う側が「新発債を安く追加できてラッキー」で済むというよりかは、既発債も引きずられて崩れる可能性の方が大きい。一連のプロセスの中で将来のマクロ環境やデフォルトリスクの計算が緻密に行われている形跡はない。
FT MOVE
 まとめると社債市場の動きは①恐らく遅行であり、②金利上昇懸念の影響を受けるため、他の市場に対して大したインプリケーションを発していないように見える。参加者が機関投資家と企業財務部の組合せなので株式投資家よりも動きが鈍いと思われ、USIGが再び100bp以下に戻るには金利上昇懸念が幅広く払拭される必要があるので回復も他の市場に遅行しそうである。
FT Euro Junk Bonds
 欧州債の場合、ドイツ国債金利上昇に加えて周辺国のソブリンスプレッドも広がっているので、社債投資はスペインやイタリア国債対比で魅力が出ないとやる気が出そうになく、更に修復に時間がかかる可能性がある。
FRED USIG Yield and Rtn
 或いはとにかく利回りが上昇して新たな利回り重視の投資家の目線にぶつかったら、そこで調整終了となる。USIGの指数利回りは金融緩和バブル期の2%から3%載せまで調整しており、既にコロナ前の2019年後半と同じ水準まで正常化したことになる。まだ割高感が剥落した段階にすぎず更にじわじわと調整が続いても不思議はないものの、3%超えの利回りを享受するのと引き換えに改めてバブル崩壊に見舞われる恐怖を抱える必要はあまりなさそうである。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。