FRED 5y 5y Breakeven
 ロシア・ウクライナ紛争の勃発に伴い米国のインフレ期待のアンカリングは少し怪しくなった。平均インフレ目標でも何となく目安とされている2.5%を上限と考えると、今までは基本的にスポットもフォワードも張り付いていたものの、戦争勃発と共にスポット勢(赤:5年、緑:10年)は棒上げでアン・アンカリングされたように見えなくもない。一方その上げは短期のインフレ期待が中心であり、短期の影響を排除した長期的なインフレ期待とされる5年フォワード5年(青)は跳ねたもののまだ2.5%以下にとどまっている。つまり紛争の前と後とで、金利市場のインフレ期待はアンカリング域から「アンカリングされているかどうか微妙」な水準に変わったことになる。
Bloomberg March FOMC Dot Plot
 従って開戦と共にこれまでの議論は一旦忘れ去られる。3月FOMCはさすがに直前に50bp利上げを織り込めなかったので25bp利上げになった。戦争のリスクオフで3月FOMCの利上げ幅が24bpまで低下したこともあったので当然50bpどころではない。これはまさに本ブログが指摘した「直前の市場織込みの自己実現」であり、この法則は今後も継続するだろう。代わりに今年中の利上げについてはマッシブホーキッシュであった。ドットチャートのメディアンは2022年中25bp相当で7回利上げとなった。これは「毎会合ごとに利上げ」という象徴的なメッセージでもあり、残り6回しかないのにパウエル議長は記者会見でThere's seven remaining meetings, and there's seven rate hikes.と言い間違えている。それだけ毎回利上げを主張したかったのだろう。3月に実行できなかった50bp利上げについてもFOMCの後も可能性を強調し続けている

 前回の記事では「2022年内の織込みに限れば3月25bp利上げから始まるメジャードペースは堅いボトムになる一方、緊急利上げまで意識したところが利上げ加速織込みのピーク」としていたのだが、織込みはピークの25bp x7回から戦争のヘッドラインで5回まで一度戻り、それに伴い長期金利は1.7%を瞬間的に割り込みそこで跳ね返った。これまでの推移から今年7回利上げ織込みが概ね長期金利2.125%に相当するため、パウエルに「今年毎回利上げがある」と明言された以上、次の逆方向へのレジームチェンジ、具体的にはFedの軌道再修正がテーマになるまでの戦時コモディティ高レジーム下では2.125%が下限になりそうである。
GS expects FOMC to hike by 50bp at both May and June
 上限については予想自体は使い物にならなくなった1月の記事で「回数に加えて引上げ幅にまで幅を持たせたら変数が意味もなく増えすぎてしまう」としていた通り、パウエルが50bpを匂わせた同時に発散してしまうのは仕方がない。50bp利上げが1回きりになる理由は特にないので、理論的にはどの会合でも50bp利上げが可能になってくる。GSは早速5月、6月と50bp利上げが続くと予想するシティは「今年50bp利上げ4回」を唱え始めた。そういう声を無視してとにかく名目利回りを重視する非駐マネーが低インフレの対米貿易黒字国から還流してくるのに米国債市場は依存することになりそうである。
FRED 2-10 and 2 year yield
BofA 6m 2 year rates change
2y ON Rapo Rate
 2年金利は大幅に上昇した。6ヶ月間で2年金利は200bp上昇しておりそのペースはボルカー時代以来初めてである。本ブログがテーパリングが始まる前から使ってきた「マーケット参加者の織り込みが進んだ時、よもやその期待を再び後ろ倒しするような誘導をFed関係者が試みることはない」表現に基づき、「市場参加者総出で織り込ませれば自己実現する」とすればとにかく市場参加者総出で2年債を売りまくればいいので、2年国債はショートされすぎてオーバーナイトレポ金利が引き締まっておりフェイルチャージの2.75%を超えている。債券市場には価格弾力性が低い投資家も多く、更に発行・償還のフローもあるので少し強引でもとにかくリプライスを作り上げればすんなり受け入れられることも多い。逆にこの早期織込みを押し込むテーマがどこかで挫折したら大規模な押すな押すなになるだろう。
1M OIS forward Curve
2022 2023 rates hikes and cuts pricing
 短期金利市場は今年中のアグレッシブな利上げを更に織込み始めたが、一方で遠くないうちに再利下げに転じる織込みも鏡像のように進んでいる。政策金利のピークは2023年末から2023年年初に向かって移動しつつある。来年の政策金利のピークは2.75%近辺とドットチャートと一致している。
UST curve
 中長期債の方でもカーブのインバートが進んでおり、2-10や5-30といったメジャーなカーブスプレッドが次々とインバートしてニュースになった。
FRED 2-10 and 2 year yield
 教科書的には国債金利カーブのインバート(長短金利逆転)はリセッションの前兆である。それは今の政策金利が高すぎ、将来Fedが利下げに追い込まれることを債券投資家が考えていることを暗示するためである。現に冷戦終了以降、クラッシュするまで積極的に利上げを進めてきたFedよりも債券投資家の景気予想の方が精度が高かったと言え、2-10がインバートすると毎回その1~2年後にリセッション(グレー)が来ている。インバートの背景を作ったのは毎回2年金利の上昇であり、その都度インバート後のリセッションで再び急低下している。
BofA Term Premium 
Bloomberg Risk Neutral Yield
 カーブがインバートすると「今回は違う」議論が盛り上がるのも毎度おなじみである。リーマンショック後の潤沢準備レジーム下ではタームプレミアムが圧縮されるため長期金利は不当に低くなっており、従って長期金利が上がらないことは必ずしも将来の金融政策転換まで考えていないという解釈がある。これはどちらかというと陳腐な主張であり、2019年のインバート時も全く同様な議論が盛り上がっていた。
FT 2-10 curve invert
 毎回同じ議論になる様子はFTでバカにされている。とはいえ「毎回」とは言っても2019年のインバートと2020年のコロナショックはさすがにたまたまである。従って潤沢準備レジーム下の実績に限ればインバートとリセッションの関係は必ずしも明瞭ではない。潤沢準備レジームでも貿易黒字国非駐マネー還流レジームでもよい。
DB 18m 3m and 2-10

Bloomberg curve spread 3m 18m
 「カーブのインバートはリセッションを意味しない」論争にはパウエル議長も参加しており、長期のカーブスプレッドよりも18ヶ月以内の短期スプレッドを重視すべきと発言してまた話題を呼んだ。その根拠となる論文はこれまた前サイクルのピークが近付いてきた2018年にFedが発表している。もし将来のどこかの時点で短期ゾーンで差し迫った利下げ織込みが先に進んだならFedもそれに従うだろう。足元はというと短期的には多数の利上げが控えているので当然短期スプレッドは大変スティープであり、むしろ2年近辺までのスティープさとその後のフラットさのここまでの乖離は前例がない。この逆行は要するに2年近辺だけが異様に膨らんでいることを表現しているにすぎないが、それはFed自身が早期利上げ期待を盛り上げているからに他ならない。長期インバートか短期インバートかの議論を文系的に解釈すると、短期インバートの方がより差し迫った利下げの必要性が点灯していることを示すのでリセッション予想の精度が高いのは当たり前である。しかし今の短期金利カーブにはもはやFed以外の意見が反映されていない(その後正しくリセッションになったとしても、短期ゾーンで変にFedに逆らうと正しさが判明する前に償還が来てしまう)ので、短期金利カーブを重視することは「Fedが利上げを続けると言っているので短期金利カーブはスティープであり、従ってリセッションはない」というFedの無謬性への全面的な依存として整理され、その前提に納得しないならば長期インバートへの懸念は理論上消えない。

 その上でなぜ長期インバートが、本ブログでも「インバートが引き起こす反射的なリセッション騒ぎ」として警戒していたリスクオフ要因として捉えられなかったというと、3月FOMCが確信犯的にそれを誘導したからと思われる。ここで3月FOMCのドットチャートに立ち戻ると、2023~2024年の政策金利はロンガ―ラン金利(こちらは12月の2.5%より12.5bp低下した)よりも高く、それは急速に引き上げた政策金利を2024年以降に再び引き下げていく予定を表現している。つまり長期インバートが言わんとしている、「Fedがそもそも慢性的にロンガーラン金利を高く勘違いしており、毎回景気がクラッシュするまで利上げを続けてポリシーエラーを起こす」体制が今回は必ずしも当てはまらない可能性もあるということである。冷戦終結後Fedは近い将来に再び下げると分かって一時的に政策金利を引き上げたことは恐らくないが、元々その後引き下げる予定なら「将来の利下げの織込み」はポリシーエラー示唆でも何でもない。まさかリセッションがドットチャートに描かれているわけではない。むしろ3月FOMCが大規模な株式ラリーの始点になったことは、まさにそのタイミングで市場参加者が長期インバートを恐れなくなったことを象徴するのかもしれない。将来リセッションが実現するかどうかはあくまでも今後の指標次第である。
Bloomberg TV SP500 performance after 2-10 inverts
 なお2-10が過去インバートした後のS&P 500のリターンはまちまちである。
Wu xia FF rate Atlanta
 最後に量について。前回の記事でもQT開始のスケジュールを5月アナウンス、6月スタートと逆算したが、急速に進む利上げアナウンスと異なり今回もQTアナウンスに辿り着けずこのスケジュールは動いていない。金融システムの安定性(コミュニティバンクの利ざや)の観点から金利カーブのフラットニングが大嫌いなジョージ総裁は利上げの急進化を進めるならカーブのインバートを阻止するためのBS縮小の急進化も必要と主張しており、それは利上げ前倒しのインパクトを増幅させる理論を提供するが、主流派の「BS縮小のペースを予見可能にし、引締め加速は利上げで行う」使い分けは変わらなそうである。ただジョージ総裁が挙げた「今のFedの資産保有によって10年債金利は最大150bp押し下げられている」という数字は、パウエル総裁が3月FOMC記者会見で挙げた「今年中のBS縮小は1回の利上げに相当するかもしれない(that might be the equivalent of another rate increase just from the runoff of the balance sheet)」と共にQTの効果を無理やり推測するのに有用かもしれない。なおシャドーレートはQT開始を待たずに2月末時点でプラス転している。Fed BSがピークを打つのと同時にシャドー緩和は終わってしまったのか。
FRED ON RRP
 RRP付利は3月FOMCで25bp引き上げられて5bpから30bpになった。これは政策金利コリドーが25~50bpであることを考えるとそれなりにアグレッシブであり、レポ金利が30bpを下回る局面ではRRPに資金が殺到して利用額が再び膨らんだ。債務上限問題が昨年12月に先送りされて以来TGAの取り崩しは目立っていないので、利用額の高止まりは改めて政策金利押上げが主にRRPによってなされる構図を象徴している。

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QT急進派ジョージと遊撃ブラード 

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