マッシブ・ホーキッシュであった3月FOMCの議事要旨が4/6に発表された。3月末までは早期利上げ織込みの進行に伴い2-10など主要なカーブスプレッドのインバート(逆転)が話題になっていたものの、議事録が発表された後はスティープニングが加速し、インバートはあっさり解消されている。一方、インバート=リセッション懸念だったならばインバート解消はリセッション懸念の解消を意味するはずであるがそのような展開にもなっていない。これは命題が怪しいから当然でもあるが、スティープニングはQT2の現実化でタームプレミアムが上昇した結果という見方が分かりやすいだろう。つまり3月FOMC及び議事要旨では一層の利上げ早期化よりもQT2の方が比重が大きかったということである。
FOMC当日から明らかになっていたように25bp利上げはブラードのみが反対した形でほぼ全会一致であった。一方議事要旨を見ると、「2%を超えるインフレ率、その更なる上振れリスク、そしてロンガ―ラン金利を遥かに下回る政策金利」を背景に多くの参加者は50bp利上げが適切と考えていたことが分かる。一方、何人かの参加者はロシアのウクライナ侵攻に由来する近い将来の不確実性を理由に25bp利上げが適切とした。その割りには特に言い争いにはならず、投票ではブラード以外が25bpに揃っていることは「何人かの参加者」の方による根回しが進んでいたことを示唆する。結局「直前の市場の織込みが自己実現」したのである。であれば当然戦争による不確実性が後退すれば50bp利上げが復活するに決まっている。現に「多くの参加者は1回やそれ以上の回数の50bp利上げが適切と考え」ており、それは「特にインフレ圧力が強まった場合は」という言い方をされているものの、逆に言うと3月から変わらない経済背景でも「特に」と言うほどではないにしろ適切ということになる。つまり5月FOMCではよほど不確実性が続かない限り50bp利上げが正当化される。ただ5月、6月の50bp利上げ自体は市場に先に織り込まれていた以上、(もし戦争がなかったら50bp利上げの予定だったのですよというご進講は分析嫌いで小噺好きな役員に刺さりやすかっただろうが)政策金利に関しては大したサプライズは出なかったと言える。
QT2が控えているのはずっと分かっていたことなのでQT2の議論自身が進むことは当然サプライズになり得ない。問題はどこまでが予定通りでどこまでがサプライズかである。QT2のスケジュールについて本ブログは「次にキャップを定めて補則(Addendum)に公表する回が必ずあり、最速3月FOMCでそれと開始アナウンスを兼ねることができなくもないように思えるものの、やはり前回の記事から変わらず期待値は6月開始だろう」と整理していたが、現に3月はキャップを定める月となった。キャップが概ね決まったのに補則が出なかったのはやや驚きであった。QT2開始のアナウンスは何もなければ5月になる。(They expected that, depending on economic and financial conditions, beginning the process of reducing the size of the balance sheet would be appropriate at a coming meeting, possibly as early as at the Committee’s May meeting.)5月会合でのアナウンスは恐らく6月開始に繋がり、最速3月アナウンスの可能性まで考慮した本ブログには全く予定通りに見えたが、世間ではややサプライズだったようである。或いは5月会合は日にちが早いので5月中からのQT開始も押し込めるかもしれない。議事録に先立ってブレイナード理事が4/5の講演で5月開始をバラしてしまったので市場のリアクションも議事録にやや先行した。またハト派と言われていたブレイナード理事まで引締め賛成に転じたのはもっとサプライズで「総タカ派化」などと言われていたが、後から見るとこの講演もQT2開始に関しては基本的に議事録に沿ったものである。各理事が重視する分野に違いはあれども、25bp利上げの件でも見てきたように今のところキーとなる金融政策ではパウエル議長の根回し通りに結局はなるので、伝声管にハトもタカもない。やり方の変更は当然なく、本ブログが「QT2だけは予見可能性が維持されるだろう」としていた通り「主に償還再投資の停止によって」「予想可能な形」で進めることを再確認している。
QT2のペースを規定するものとして世間が注目するマンスリー・キャップは毎月国債 60bn、MBS 35bnのペースに決まった。もちろんいきなりその額のRunoffが始まるわけではなく、2017~2019年のQT1と同じようにそのペースまで段階的に引き上げていく。計95bnという数字については前回の記事で「ブラードでさえQT2については「流動性を増やしてきた時と同じペースで減らせない理由はない」までしか述べておらず、それは月120bnの資産削減に翻訳されるものの、キャップがQT1の月50bnより著しく高いことはとっくに決まっており、今でも既に月100bnキャップ説が唱えられていることを考慮すると、QT2のペースについてはやはりそこまでブレる余地がない」としていたのに照らし合わせるとやはり大したサプライズがない。本ブログが何度も引用してきたGSの国債償還ペースのグラフなどは既に60bnのところに線が引いてある。
一方これまでの議論で出て来たことがない初見の話としては、償還額がキャップに届かない月(2, 5, 8, 11月以外はほとんど当てはまる)では、その分だけFedが今326bn保有しているT-Billの償還を許してキャップいっぱいまでRunoffを進めることになりそう。(Most participants judged that it would be appropriate to redeem coupon securities up to the cap amount each month and to redeem Treasury bills in months when Treasury coupon principal payments were below the cap.)恐らくRunoff額がキャップに届かない月があるがゆえに実績の平均Runoffペースが更に低くなるのがコンセンサスなので、T-Billを使って目いっぱいRunoffするやり方はキャップ水準に隠れたホーキッシュ・サプライズだったように見える。元々米国債の償還ペースは平均月80bn程度であり、それが月によって偏りがあるので、例えばWSJのNick Timiraosによると米国債キャップが60bnなら平均して約50bn(毎期150bn)、80bnになってもどうせ米国債償還ペースが追い付かないので、今年を例にとると毎期60bn程度になると見積もられていた。従って量だけで言うと「Billで満遍なく埋める60bn」は市場参加者が元々想定していたパターンで言うと80bnキャップに近いではないか。
QT1と比べてT-Billの扱いが変わったわけではなく、QT1の時点ではFedはT-Billを持っていなかった(T-Billの買入れを始めたのはQT1が終わった後のnot QEである)ので、今回T-Billをどう扱うのだろうかという議論が議事録の発表に先立ってなかったわけではない。60bnと50bnの差を326bnで埋めるとして、60bn Runoffが始まってから3年程度かかり、T-Billを全て手放した後は少しRunoffのペースが鈍ると思われる。
もっとも今のT-Billは(クレジットリスク商品からの資金退避もあり)OIS対比で既に割高に取引されており、政策金利期待対比で既に金余り感が漂っているので、Fedが保有を減らしてもしばらく問題にならない可能性が高い。議事録でも、従ってBill再投資削減は民間への貴重な流動性の高い安全資産の供給を増やしてあげることができるという表現が使われている(Several participants remarked that reducing the Federal Reserve’s Treasury bill holdings over time would be appropriate because Treasury bills are highly valued as safe and liquid assets by the private sector, and the Treasury could increase bill issuance to the public as SOMA bill holdings decline.)。潤沢準備レジームの維持にもT-Billは必要ない。思えば本ブログも昨年にはFedによるT-Bill吸収を批判していたが、QT2が話題になるにつれてT-Bill買入れの存在を忘れてしまっている。もちろんデュレーションリスクへの選好次第ではあるものの、T-Billの需給が政策金利期待対比で悪くなったらそれこそRRPプールから資金が逆流してくると思われ、実務的に流動性不足を感じる場面がやってくるのは相当先と思われる。しかし実務的にそうであっても、とにかくFed BSの変動を重視し、Fed BSの変動を資産価格と結び付けたがるパブロフの犬にとっては、減り方の傾斜が急に見えてしまうだろう。なおパブロフの犬の正体はFed BSやフローを重視するミレニアム投資家とも言われているが果たして。
次にMBS。本ブログはかねてからRun offではMBSがSOMAポートフォリオから落ちるペースは遅いという問題意識を取り上げており、将来的にポートフォリオを米国債中心にしたいなら「再び将来におけるMBS売却の蓋然性は高まった」のでQT2をRun offと言い張る時間帯は終わったとしてきた。この論点については3月以降に長期金利が上昇したせいで更に状況が悪化している。つまり予想されるMBSの償還ペースが更に鈍りそうなのである。MBS(この場合RMBS, Residential Mortgage-Backed Security)の借り手のうち一定数は繰上げ償還(期限前償還、prepayment)を行うが、金利が低下した場合は新しい低金利ローンに借り換える傾向が著しい一方、市中金利が高騰すると「低金利で借りられてラッキー」となるので繰上げ償還を行う人が減る。借り手の期限前償還ペースはMBS自体の元本償還ペース変動にパススルーされる。金利が3月頭の水準より100bp低かった場合(上図左グレー)ならともかく、現状の金利水準ではFedが保有するMBSの元本償還は毎月35bnどころか30bnにも達しない。従って実はキャップをどちらに置いても変わらず、また参加者達ももちろんそれを承知している。その上でキャップは将来プリペイメントが加速した(つまり低金利局面が再びやってきた)場合のQT2自動加速を阻止するのに役立つだろうとされている。
というわけでMBSの減り方は遅いようなので、QT2が佳境に入った後のMBSのアウトライト・セールは当然考慮される。ここまでは前回の記事で「(アウトライト・セールを提起する)ジョージ総裁の味方は明らかにメスター総裁、ウィリアムズ総裁含め多数存在」としていた通り1月FOMCでも大勢が決まっていたことであり、2月以降に金利が上がったのを受けて何か構造的な変更が見られたわけではない。しかしFedが4/6時点で保有する米国債が約5.8trn、MBSが約2.7trnであることを考えると、国債が毎月60bn満額減るならMBSは毎月30bn弱くらいは減らないとむしろMBSの方が濃縮されることになり、何度も提起されてきた「将来的にポートフォリオを米国債中心にしたい」という目標から(微弱にではあるものの)遠ざかることになる。従ってべき論としては国債とのバランスを考えるとMBS市中売却はそこまで遠い将来の話ではないように思える。金利が更に上昇して更にプリペイメントが減速したら尚更である(従って一層の金利上昇はMBS市中売却プロセスを早めるという巨大なコンベクシティを思い描くこともできる)。本ブログもまたQT1のようにMBS売却に辿り着けないままQT2も終わるのではないかなどと舐め腐っていたが、実は来年あたりに現実化してもおかしくはない。もちろんMBSの市中売却が決まる時には前もってアナウンスされる。
最後に市場へのインプリケーション。QT2は国債の需給悪化に繋がるため当然理論的には実質金利及び長期タームプレミアムの上昇と共にスティープニング要因である。12月FOMCでQT2が現実化したファーストリアクションとして一旦スティープニング圧力が掛かったように見えたが、長くは続かなかった。1月FOMCで「アクティブに政策変更を表現するものとしては政策金利が使われ、その裏でBS縮小はあくまでも予見可能性を最優先しながら行っていく、という使い分け」が確立して早期利上げに再び注目が集まるにつれて米国債カーブはベアフラットニングが再加速した。その過程でフラットニングからリセッション懸念を連想する動きが目立った。3月FOMCではドットチャートがインバートしたので更にインバートに向けたフラットニングが勇気付けられ、またそれが確信犯であることが分かったのでリスクオン相場のきっかけになった。3月FOMC議事録から更にスティープニングが加速するかどうかは長期国債の需給次第であるが、今後何かの拍子で利上げ加速織込みが進む時にそれがツイストフラットで長期債に否定される展開の阻止には繋がるに違いない。つまり金利カーブはよりパラレルに動きそうに見える。
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