SS Bond ETF FLow
 前回の記事で「パウエル・プットの発動は近い」とした直後に、あれだけ 「Fedは株価よりインフレ退治を優先する」と言われていたど真ん中でパウエル・プットが派手に炸裂した。5月FOMCが「今後数回の50bp利上げ」の織込みを誘導し始めたことから6, 7月FOMCは50bpずつと概ね確定したものの、その後は9月から25bpのペースに戻るのか、それとも更に50bp利上げが続くかについては将来の50bp利上げにかかっている"next couple of meetings"の意味に規定され、それが何回を指すかの議論に時間が費やされた。というところにアトランタ連銀のボスティック総裁が「9月FOMCは我々の金融政策がどこにいるのか、立ち止まって点検するために休止を入れるのも合理的である」と言い出したため利上げの後ろ倒しが一気に意識され、米長期金利は月初3.2%だったのが一時2.7%まで低下した。感極まったところでは既に言明されていた6, 7月の50bp利上げまで100%未満の織込みとなり、「金利デュレーションを持つリスクに代わって持たざるリスクが顕在化する時間帯は遠くない」などと警句を弄していた本ブログですら仰天した。

 金利低下はやや時間を置いてパウエル・プット相場を誘発した。まずLQD/HYGに資金が流入し、次に株式が反発した。前回の記事で「緩和方向への政策転換に喫緊性がない」と検証した通り、さすがに2.7%台で米国債を買って更なる織込み後退で2.5%や2.375%を狙うような場面ではなく、その後ウォラー理事が改めて「物価上昇率が2%に低下するまで50bpを選択肢から外すべきではない」とホーキッシュな発言でバランスを取りに来た。またボスティック自身も「9月利上げ休止の発言をいかなる形のFed putとも解釈してはいけない」と発言を修正した。行きすぎたパウエル・プット織込みへの牽制により米長期金利は2.7%から2.9%台まで反発した。最後にブレイナード副議長が9月FOMCについて「(0bpの)休止は考えづらく、せいぜいインフレの数字次第で25bpにダイヤルバックするか50bpか」とまとめにかかった。
ICE BofAML MOVE Index FT
 金利上昇によりS&P 500は再びやや割高に見えてきたものの、それだけで株が再びクラッシュしたわけでもない。米金利の居場所よりも大事なテーマは米金利のボラティリティ低下だった。金利の各年限のインプライド・ボラティリティの雰囲気を表すバンカメのMOVEは5月FOMC以来一貫して低下しており、直近の金利再上昇で少し跳ねたものの金利水準そのものほどは戻していない。これは前回の記事で取り上げた「どこまで早期利上げが加速するか天井が見えない」から「概ね現状近辺の織込みが維持される」へのシフトに伴うものである。5月FOMCまでFedはhumble and nimbleなどと言いながらOIS市場の織込みをいわばカンニングしながら政策金利を決定し、また高官発言を使って追認してきた。できるだけ波乱を起こさない程度に最大限に素早く引締めを進めるにはそのやり方が最も合理的であり、これはテーパリング加速の時から本ブログが「マーケット参加者の織り込みが進んだ時、よもやその期待を再び後ろ倒しするような誘導をFed関係者が試みることはない」と表現したレジームである。このレジームではマーケットがとにかく動けばそれがFedに追認されるため金利Volは青天井になる。そうではなく、Fedが2ヶ月後まででもとにかく展望を主体的に示すようになったのがVol反落の背景である。

 金利Volが下がると分かると、まずリスクパリティの発想からは国債を持ちやすくなるものの、緩和への方向転換は行われないのだから自ずと長期金利の下限も決まっており、せいぜいタームプレミアムが潰れるかどうかと考えるとキャピタルゲインのために国債を買うのは面白くない。代わりに買いやすくなったのはスプレッド債である。MBSなどはプリペイメントが金利水準に依存するためネガティブ・コンベクシティを持っており、従って高Volレジームに弱いがあまり動かなくなれば買いやすくなる。コンベクシティがないものの社債も買いやすくなる。景気後退懸念が剥落して金利が上昇する局面に転換した場合も、スプレッドがタイトニングしやすいので社債は国債ほどは金利上昇で傷付かない。元々スプレッドに前向きでも国債金利のボラティリティの高さが気になっていた投資家もいただろう。それが5月後半に資金が社債市場に流入してリスク資産全体のリスクオン局面を誘発した背景と思われる。
FRED USIG and HY OAS 
BofA IG spread stress
 この方向転換をパウエル・プットと表現できるかどうかは非常に微妙なところである。5月FOMCの議事要旨に立ち戻ると、FCIのいくつかのファクターについての点検が行われている。株が下がってVIXが高止まりしているものの株についてはそれ以上の懸念はない。短期ファンディングは全く安定している。ロシアのウクライナ侵略を受けてワイドニングしていたCP, NCDの類のスプレッドも戻ってきた。クレジット・スプレッドは3月FOMC時点の150bpから5月FOMC時点の140bpへとわずかにタイトニングした。USIGの140bp、USHYの400bpという水準に対するSOMAスタッフの評価は重要であり、「IG, HYのスプレッドは歴史的分布の中間値より低い(below the median of their historical distribution)」とのことなので当然パウエル・プットどころではない。付随して金利上昇とクレジット・スプレッド拡大に伴い当然幅広い主体のファンディング・コストが上昇したものの、クレジットは幅広くアクセス可能であり、また借り手のクレジット・クオリティは全体的に強い。そういう意味ではシカゴ連銀FCIの水準のタイトさに着目した前回の記事は必ずしもFOMCの温度感をトレースできていなかったということになる。(USIGのアンダーパフォームは今回のワイドニング局面の特徴でもあり)USIGは2018年12月の水準に近いものの、USHYが完全にタイトサイドにいる上に、2018年12月と違ってインフレもあるので、クレジット・スプレッドだけで2018年12月のような方向転換を描くのは難しい。

 代わりに明確に感じ取れるのは、緩和方向への転換(パウエル・プット)を先取りされてゴルディロックス相場が走り出す展開へのFedの警戒であり、これは株高再発を阻止するパウエル・コールとも言うべきである。であれば株式のバリュエーションにしろクレジット・スプレッドにしろ、インフレの転換点が見えるまではせいぜいレンジ内の推移ということになるだろう。ただそれでも「市場の織込みを追認」から「主体的なスケジューリング」へのシフトはリスク資産のボラティリティが剥落する助けにはなると思われる。インフレの減速が明瞭になるまで2.5%は相当遠く、一方でブラードにせよサマーズにせよホーキッシュな方向からの批判も減ってきたため3%を大きく上回る場面も想像しづらく、今の環境下では2.75 -3.00%を中心とする狭いレンジに落ち着きそうである。この整然さがぶち壊されるとすればFedではなく、歴史的にあまり空気を読まないECB発になると思われる。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。