SP 500 forward PER
IMG_8372
 連日の下落によってS&P 500のバリュエーションは大きく切り下がった。コロナ後の2020年~2021年を通してS&P 500が割高だったのは今にしてみると異論が少ないはずで、フォワードPERが歴史的にも相当高い20台で推移していたが、それが2022年に入って一気に修正されている。20台が高いのは分かるとしても、どうして一旦下げに転ずると2014年以来の平時の平均値と思われる16近辺もサポートにならず、2018年末やコロナショックの13の方が近い15台まで一時突入したのか。そしてどうして2014年以来の平均値近辺で推移しているにも関わらず、更に3000などと言い出す人が増えているのか。バリュエーションのチャートを集めていたのは元々週次の記事の一部であったが、膨らんできてしまったので独立させた。
GS MSCI ACWI forward PER 
 米株以外は更に割安化しており、MSCIワールドのフォワードPERに至っては2018年やコロナショックのボトムに限りなく近づいている。
 MS Mike Wilson Equity Risk Premium
MS Equity Risk Premium vs PMIs
 PER(=株価 /EPS)が益回り(=EPS /株価)の逆数なのは常識であるが、その益回りは国債金利(無リスク金利)の居場所によって低く見えたり高く見えたりする。フォワードEPSから計算されるフォワード益回りと10年国債金利(無リスク金利)の差をエクイティ・リスクプレミアム(ERP、或いはフォワード・イールドスプレッド)と呼ぶ。本ブログも連日のようにリスクプレミアムを取り上げてきた。その観点からは途端に違う図が見えて来る。国債金利が1%の時と3%まで上がってきた時とでは同じ益回りのありがたみが違うのて、同じPERでも割高さが違って来る。MSがエクイティ・リスクプレミアムの長期推移を出している。直近では3%に向けての金利上昇に対して調整し損ねたため一時S&P 500が大きく割高化(ERPが極端に縮小)していたが、その後の指数の調整に伴ってERPは辛うじて「2017年以来の平常時の平均程度」まで戻ってきた。つまりここまでのS&P 500の下落はあくまでも直近の金利上昇に対応したものであり、景気悪化や景気後退(リセッション)を織り込んで下がったのではない。ここからリセッションになればS&P 500は割高に見えるし、リセッションにならなければ普通というゲームとなっている。

 この指標は論破しづらいものであり、使っているのはフォワードPERなので成長期待も織り込まれているし、益回りは配当性向に左右される配当利回り(や自社株買いを足した総株主還元利回り)の原資である。要するに指数を巨大な債券と見なしているようなものである。あり得る反論としては株にはインフレ耐性がある(在庫や資産はインフレ率並みに値上がりし、それは来期のEPSには必ずしも反映し切れない)というものがあり、現にリーマンショック前のインフレ・レジームではS&P 500のERPはその後と比べて著しく低かったのでさもありなんと思えるものの、保有資産で評価されるバリュー株はともかく、テックが重い今の指数にどこまでのインフレ耐性を期待できるか。
GS 2022 EPS Revisions 
GS Concensus EPS
 バリュエーションの次に話題になるのはそこで使われているフォワードEPSの妥当性である。フォワードEPSはボトムアップアナリストのコンセンサスを積み上げて作られているが、今の時点で引き上げは止まっているものの引き下げる個別アナリストはまだ少ない。それを「これからリセッションになるのだからEPSは楽観的すぎる」解釈するのがショートのロジックである。
DB SP500 EPS consensus 
MS EPS in recession 
GS EPS drop during recessions
 WW2後のリセッションでは平均でEPSの13~15%ドローダウンが見られてきた。バリュエーションが安ければEPSが下ブレても許容できるが、そうでもなければゴールポストがずれてしまう。リセッションを織り込むなら現水準あたりを始点に調整幅をカウントすべきということになる。もっともリセッションとなればベースとなる長期金利も下がって来ると思われるので、指数が同じだけ下がるとは思われないリセッションになるならないに関わらず、今この瞬間指数のアップサイドを規定するのはEPSよりも金利低下幅である。一方、リセッションに突入しながらインフレのせいで長期金利も下がらないというスタグフレーションとなれば株は壊滅的な打撃を受ける。
GS Recession Odds
 いずれにしろ、ここからのS&P 500のビューは完全にマクロから立てることになり、やや下に偏った、リセッション orノン・リセッションのデジタルリスクである。
DB SP500 returns in recessions
 スタート地点さえ問題がなかったなら、ここまでのドローダウンは既に戦後のリセッション局面における下落幅の中間値に近付いている。しかし強力な金融引締めとそれでもコントロールできるか怪しい高インフレが伴うケースに限ると、どうしても1970年代や1980年代の例に目が行ってしまう。
GS SP500 profit margin
 もっともEPSも名目値である。これが▲15%となると実質ベース(マージン一定なら売上個数ベース)では更にドローダウンしていることになる。これはいくらリセッションと言ってもなかなか達成しづらいのではないか。ましてや今回のリセッションはもしあればFedによる人工的なものである。米国のインフレが供給制約によるものから需要(過剰貯蓄による購買力の継続)によるものからシフトしつつある中で、企業の収益マージンが圧迫される気配がない。売れる限り値上げすればよいからである。マージンが圧迫されるのは在庫が重くなり投げ売りを迫られる場面である。供給制約のインフレに続き得るのは取引量の萎縮、需要の再低下に伴う過剰在庫、そして多重発注への懸念である。潜在的には供給も需要も不確実性が大幅に高まったせいで在庫管理で失敗するリスクは高まってはいるものの、今その場面に陥っている企業はあるもののまだ少数である。リセッション懸念(EPS切下げ懸念)を全く織り込んでいない今の株式市場は調整を経た今でも呑気すぎるように見えるものの、オッズが悪い勝負で結果的に逃げ切れる可能性もないわけではない。

Selected P/E Ratios: Yardeni Research 
Earnings Forecast: Yardeni Research 

これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。


この記事は投資行動を推奨するものではありません。