
先週のS&P 500は高値を試した後にオプション・エクスパイアを通過して反落した。前回の記事では「米長期金利は2.5%のロンガーラン金利割れからは依然遠い。そうするとリセッション懸念の剥落に伴いエクイティ・リスクプレミアムは著しく圧縮されたという解釈となり、バリュエーション的にはS&P 500はそろそろ割高域に突入する」「上値余地はせいぜい4300が限界としてきたがいよいよ近くなってしまった。少し上に200SMAの4320が続くが、このあたりになるともはやブレイクしたら買いで付いて行くような水準ではない。ショートカバーが一巡したらさすがに重くなってくるだろう」と、本ブログがコールしてきたラリー局面が既に終盤に差し掛かっていると判断した。それが高値4325と綺麗に200SMAで跳ね返った形となる。イベントはほとんどなく、週間を通してのテーマは金利の再上昇とオプション・エクスパイアの取り扱い方だった。

7月、8月のS&P 500のパフォーマンスは木曜までで13%となり、サマーラリーとしては1929年の16%と1932年の89%に次ぐ幅である。どんなに考え方が正しかったとしてもこのラリーは逃すには大きすぎたし、これだけのラリーを逃した長期ベア勢が、再び調整が始まって何やら勢いづいたとしてもその調整は長期勢の思うようなものにはならないだろう。割安な石油株だけならともかく、バリュー投資家の総本山であるウォーレン・バフェットが下でアップルを買い増していた事実は「リセッションリスク込みではS&P 500は割高だった」という議論をそもそもひっくり返してしまう。更に本ブログが「貿易黒字国からの非駐マネーの打ち返し」と形容してきたサウジからの買いフローが米国の大型テックに入ったのも確認されている。一方、その後「謎」だった買い手の正体が明らかになったということは上昇トレンドもいいところまで来ていたことを示唆しており、これだけのドローダウンを回避できずに被弾した長期ブル勢も今になって何やら勢いづいたところで、水面上で息継ぎをした程度で再びそれなりに長い潜水を迫られるかもしれない。

オプション・エクスパイア(Op Ex)はこれまでの下落局面のようにディーラーがガンマショートを持たされてエクスパイアを通過すると底打ちに繋がっていたが、今回のようにガンマロングを持たされて4300のストライクの周辺に「吸い寄せられた」局面ではエクスパイアに伴う挙動も違った。現物のポジショニングが最小限まで落とされているせいでヘッジャーが出て来ないので、相対的にオプション売りが優勢になったわけである。これによってVIXは20以下に押さえ付けられ、その結果指数も動かなくなった。週半ばから外部環境はやや悪化していたのだが、4300から離れて下落するたびに毎日ガンマロングのディーラーからガンマヘッジが入って4300に近付く動きに切り返していた。値動きが下方硬直であっても上値を切り上げてはいなかったのでこれを「上昇トレンドの力強さ」と勘違いしてはいけなかった。そしてガンマヘッジフローは19日のオプション・エクスパイアを迎えると途切れた。エクスパイアに絡む値動きが本ブログの漫然とした前例踏襲予想と真逆になったことは猛省しなければならない。金曜は前回の下落トレンドで嫌になるほど散々見せられた株と債券のダブル安&ドル高の組合せが久々に再び見られた。先立って仮想通貨がクラッシュしており、オプション・エクスパイアも迎えて4300の磁力が消えたということでベア勢はNY寄付きで気持ちよく遠投できたようである。

最近の上げを作ったショートカバーフローをJPMが描写しているが、直近ではそれが一巡したとも言われる。週後半の買支えの主体は4300の磁力に入れ替わっていたということか。

リアライズドVolは取る期間にもよるが、最も短い1ヶ月ものでは5、6月のピークである30超えから低下し、直近で20を割って19を付けている。先週の記事では「リアライズドVolはつい先々週までは20に載っているので、20割れはリスクプレミアムがすっかり剥落したことを示唆しておりこちらの観点でも指数は割高化する」としていたが、19にしろ20にしろ、そのあたりの1ヶ月リアライズドVolに対してVIXが19に近付いたところは短期的に割高化していたことになる。ここまでのVol低下を見ながらトレンド追従型のヘッジファンドとVolコントロール戦略は107bnのショートカバーを行ったと野村は推測する。JPMはVolコントロールとリスクパリティ(この名前は久々に聞いた)が毎日2~4bnの買いフローが見られたとし、もしリアライズドVolの低迷が続くならこれが更に100日間続く可能性を指摘する。動かない日が続くとVolコントロールが押し出されやすくなるが、金曜程度の下げではまだ規模が足りないものの、1日2%以上のクラッシュが再び出て来るとこのポジショニング復元も3歩進んで2歩下がる感じに戻ってしまう。

Volコントロールの復元に伴いDB Positioningは15%パーセンタイルまで回復している。過去対比でまだ低いものの、2015年パターンになる可能性も残る。この時もチャイナショックで作られたショートが掃けないまま2015年年末にかけて指数が大幅に戻りショートカバーを迫られたが、結局ファンダメンタルズ的には売りで正しかったので2016年年初にかけて売り直された。


レバレッジファンドとAMの先物ポジショニングではS&P 500にヘッジが入り続けている。非商業主体全体のe-miniポジションも同様の傾向を示す。この傾向が前回見られたのはコロナショックの底から大きく反発した場面であり、恐らくそのショートは高値更新の燃料になった。なおその後ワクチンのニュースが出てきてショートが畳まれると指数は一時期逆に不安定に転じた。今回も似たような展開を辿るかどうかは分からないが、2015年パターンならショートカバーが済むと再び下値を試し、2020年パターンなら一旦大きなレンジを作ってから続伸ということで、どちらも上値を追いかけるオッズはよくない。2020年とは(インフレがピークアウトしたとはいえ)金融環境が異なる。金融環境が似ているのは本ブログが取り上げてきた2018年であり、この時もDB positioningで見ると積まれていたロングポジションがVIXショックで全て吹っ飛んでから軽いアンダーウェイトが踏まされ、その過程でS&P 500は鬼より怖い一文高値を付けた後2018年12月に向けて売り直されている。
先月の記事でも「本ブログは長期ビューに全く興味がないので今サイクルの指数の下落トレンドが既に底打ちしたかどうかの議論にも全く興味がない」と述べていたが、実際2015年と2018年を経験するとその長期的な議論の無価値さを理解できるはずだ。それよりも目先の、後からノイズと評される値動きに殺されないことの方が遥かに大事である。ここまで来ると「どうも底を打ったようだ」のような呑気な長期ビューを言われてももはや大半の市場参加者にとっては意味がない。それは次の下落幅が3600までの600ポイント以内に収まることしか意味せず、600ポイントものドローダウンを覚悟できるならなぜ3000を覚悟して3600でエントリーせず、アップサイドが幾ばくもないこの水準を選ぶのか。ショートカバーの残党を追いかけるか金利低下ビューを持っているならともかく、長期投資ならこの水準は完全に祭りの後に見える。

FMSのキャッシュはエクストリーム・ベアな6.1%から5.7%まで減少した。長期平均は4.8%なのでまだだいぶベアではある。

NAAIMは先週多少下がったもののやはり一時期よりは遥かに慎重であり、また値動き対比でも慎重である。ただ先週に続いてこの水準は買いの最もオッズがよかった時間帯は既に過ぎたことを示している。


セクターフローはBofAもDBもヘルスケアから流出、テックに流入とやや強気であった。

週末に議会を通過したInflation Reduction Actは自社株買いに1%の課税を定めた。増税はS&P 500の2023年EPSに▲2%、自社株買いへの1%課税はEPSに▲0.5%のインパクト、とGSは予想する。一方で駆け込みの自社株買いを見込む声もあり、とりあえずDay1には目立った反応はなかった。いずれにしろ、今年に入ってからは自社株買いは計画の大きさの割りにはあまり進んでいない。

シティのリビジョンインデックスは上向きとまでいかないにしろ、下方修正の勢いは急速に鈍っている。これはある程度のバリュエーションの修復を正当化した。


CPI通過後に金利上昇が続いたため、LQDとHYGは再びよい炭鉱のカナリアになった。S&P 500が4300に吸い寄せられていた間、LQDとHYGは一足先に大きく調整していたため、4300近辺に張り付いていたS&P 500は著しく割高に見える。実質金利が再びマイナスにならない限りフォワードPERの19倍は遠い。今週はジャクソンホールが控えている。インフレピークアウトにはしゃぐ株式市場に対して先週に続いてFed高官からパウエル・コールが発信されたがあまり真面目に受け止められていない。インフレが単月とはいえピークアウトしたし、リセッション自体が既にスコープから外れかけているのに「リセッションになっても利上げを続ける」といった発言は意味を持たなかった。その経緯を考えるとジャクソンホールで(大した話が出て来ない可能性こそあるものの)ドービッシュ・サプライズになることだけはないだろう。市場が早期の再利下げを織り込んでいるのは中立金利が低いためなので中立金利を持ち上げるような議論が出て来ると筋がよいが、果たして。中間選挙年の9月は歴史的にもシーズナリティが弱く、アンチ・ゴルディロックスになりやすいだろう。
テクニカルには週足が上ヒゲ陰線となり、下ヒゲ陽線は4連続で終わった。4325は週足上ヒゲ、200SMA、週足50SMAが集まるレジスタンスとなり、4325の手前は売り場となる。何かの拍子で4200後半まで反発した場合、4325を背にした軽いショートを入れてもバチが当たらないだろう。一方で1本の週足をもって今サイクルの反発が終了したと判断するのも心もとないし、ポジショニングが依然ベア寄りであり、その投げられた玉が長期投資家に吸われた構図は短期的には変わりようがないので、前回の大クラッシュの二匹目のドジョウが来るとも期待しづらく、ショートはタクティカルなものに限られる。調整の下値目安は一直線に上がってきたので日柄よりは予想を立てづらく、CPIピークアウトを受けて4100近辺で窓を開けて上げ始めたわけであるが、それが非常に大きなテーマであり新規資金流入が相次ぐという構図になるなら4100近辺は最初のサポートになる。ナスダックではヘッドアンドショルダーのネックライン12500がそれに当たるがこちらはアンチ・ゴルディロックスに弱く、少し心もとない。割高なので4325をブレイクされた場合はさすがに(ショートの即時撤退以外は)かなり対処しづらいが、シーズナリティを考えて9月以降のどこかでは再び拾えると決め込んで寝て過ごすのは呑気すぎるだろうか。その時の対処のしづらさを考えると、クラッシュのたびに煽られたりせず軽く押し目を拾って行く必要性も残りそうである。
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。