

米国8月CPIの数字は再び市場をざわつかせた。ヘッドラインCPIは年率+8.5%から+8.3%へと大方の予想通りピークアウトの形を保っているが、コアCPIの高止まりが目立った。ヘッドラインCPIはコンセンサスの+8.1%より+0.2%と少し高かったものの、その乖離幅はそっくりコアの乖離(予想+6.1%、実績+6.3%)から来ている。

インフレのメイン・ドライバーがガソリンなどの一時的なコモディティ・インフレからコア主導、サービス主導に移行しつつあることが示唆された。ガソリン価格主導の、金融政策ではコントロールしづらいインフレから、より金融政策が効く経路が明瞭な代わりに粘着的であるコア・インフレへのシフトである。

前月比で見るとコアが+0.6%も伸びたため(ベース効果がある前年比と違って)ピークアウトの兆しすらないのが分かる。ヘッドラインの方はエネルギーがマイナス方向に作用しているため+0.1%となっている。



コアの中ではコア・グッズは本ブログが夏に取り上げていた供給制約の大幅な緩和などを受けて急速に低下している。消費財の方についてはiphone 14すら値上げしなかったので完全に値上げが止まったと見るべきであり、コア・グッズは速やかに前年比0%に向かうだろう。一方コア・サービスはむしろこれからと言わんばかりの勢いで上昇している。これは「米国消費者の過剰貯蓄は大半が健在」で取り上げていた、消費のグッズからサービスへのシフトの流れに伴うものである。


中古車はマンハイム中古車価格指数によると大きく値下がりしていてもおかしくないが、企業同士のオークション価格が消費者価格に波及するまでにタイムラグがあるのか、今回の統計ではほとんど出て来なかった。半導体不足が長引いているせいで自動車の輸入価格下落も他の消費財対比で一歩遅れている。もっとも過去を見るとマンハイムの方が先行してきたので、これからCPI中古車がマンハイムと逆方向に突っ走ることはないだろう。

これまでのCPIで最も悪さしていたエネルギーは一転して前月比▲5%と深いマイナスが続く。

エネルギー価格のマイナス転換は当然ガソリン価格しか見ていないミシガン大インフレ期待を引下げるものだが、インフレ期待とやらを重視していた黒歴史は既に終わっている。


帰属家賃(Owners’ equivalent rent , OER)は年率6.3%と1986年4月以来の伸び幅、前月比でも1990年6月以来の伸び幅となっている。家賃の伸びも続いている。これについては「米国不動産だけは金融引締めにあまり動じない」で述べたように不動産市場がまだ堅調さを維持しているのが背景である。引締めは住宅ローン金利の引上げを通して行われるので、一時的にはむしろ家を買えなくなった人を賃貸市場に流入させる効果も持つ。それが新学期を前に火を噴いた形となる。「米国不動産だけは金融引締めにあまり動じない」で述べた通り、住居コストに金融引締めが浸透するにはまだ時間がかかりそうである。今引締めサイクルの後半は専ら不動産引締めになりそうである。

食べ物の値上がりも何気に根強く、穀物価格が下がれば下がるというものでもない。

航空運賃は一度減速するかと思われたものの、やはりモノから体験への流れで高騰が続く。


一方、上流価格である生産者価格(PPI)は引続きピークアウトが明瞭である。これは供給制約の解消に伴うものであり、企業にとっての仕入れコストを低減させるものである。連銀の景況感サーベイの仕入れ価格でも同じ傾向が見られる、。

CPIほどではないにしろ、PPIにもコア化の傾向が見られる。

非常に大雑把に言えばインフレのコア化はインフレのコスト・プッシュからのデマンド・プル化でもあり、購買力がガソリン価格に食われるのではなく、サプライチェーン制約でコストが嵩むわけでもなく一般物価の上昇に引っ張られて販売価格が上がるなら企業にとってはフレンドリーなインフレに転換する。Fedの金融引締めの長期化を除けば、であるが。

供給制約やエネルギー価格主導のインフレと比べてコアインフレの方が粘着的に決まっている。前者の価格上昇が一過性で毎年同じ年率だけ上がる仕組みがないのに対して、コアインフレは毎年増える賃金によって支えられるからである。これを見るとリセッションどころかソフトランディングですらなく、金融引締めで環境が変わらない限りセーフランディングになってしまう。


一方、エネルギーや消費財のインフレは収まっただけでなく、価格が上昇した翌年にはデフレ圧力に転じる。ピークを打ったエネルギーは原油価格が再び高騰しない限り、来年年央にかけて前年比でマイナスに作用する。これはBEI(市場ベースのインフレ期待)カーブに丁寧に表現されており、長期的なBEIが概ね安定している(つまりこれも今回のCPIを全く材料視していない)中、1年物や2年物だけが長期的なトレンドよりも下に一時的に潜る。エネルギーや消費財の価格下落が悪さしなくなった後、ヘッドライン・インフレは(緩慢にしか低下しない)コアインフレが規定する長期トレンドに向けて上昇、復帰するだろう。今後数ヶ月でヘッドラインCPIは粘着的なコアCPIを下に切ることになりそうである。恐らく来年中には4%すら遠いコアはともかく、ヘッドラインCPIは前年比2%近辺まで一時的に低下すると思われ、その時にもし株がクラッシュしていればFedは一転して利下げ圧力に晒されやすいだろう。
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