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Bloomberg Exisiting Homes Sales and Price 
Standard Poors Median Home Sales 
 一連の米国経済の記事で本ブログは消費者の過剰貯蓄消費財の供給制約(サプライチェーン制約)雇用、そしてインフレの中身のシフトについて点検してきた。中でも消費財のインフレが明瞭に終焉に向かいつつあるのを横目にしつこく残っているのは賃金と、「不動産だけは金融引締めにあまり動じない」としていた不動産である。これについては「住居コストに金融引締めが浸透するにはまだ時間がかかりそうである。今引締めサイクルの後半は専ら不動産引締めになりそうである」と結論付けており、現に9月FOMCでもパウエル議長がことさら住宅価格調整の必要性に触れたように、9月に入ってからの金融引締めは不動産引締めに転じつつある。さて肝心な不動産市場はあれからどうなっているのだろうか。
Bloomberg US Existing Home Sales Median Price YoY
 National Association of REALTORSが統計する中古住宅価格は6月をピークに緩やかに下落しており、たとえピークアウトしたとしても引続き天井圏にあるが、年率の伸び率で見るとピークの25.5%から大幅に低下し2020年6月以来の低い水準となっている。
Dailyshot Zillow Home Values Index
 オンライン不動産データベースのZillowの住宅価格指数でも似たような推移となっている。こちらの前月比がマイナスになるのは10年ぶりである。
Bloomberg iBuyer Opendoor percentage of homes sold at a loss
 データに基づき住宅転売する事業(iBuying)に取り組むOpendoorは毎月数千件の物件を売却する中、8月は42%の物件を損失で売却した
Barclays New Home Sales 
Bloomberg US New House Sales
zerohedge Existing Home Sales 
 中古住宅も新築住宅も販売件数は急減速しており、また後者につれて着工件数も減っており、住宅市場が「冷え込みつつある」と表現して差し支えないだろう。
Pictet US Housing Activity Index
 もっともピクテなどはチャートの重ね合わせを通して住宅市場の冷え込みが住宅価格下落に直結するだろうとしているが、本ブログの視点では販売が冷え込むだけでは住宅価格、ひいては金利市場が重視する家賃の下落に直結するとは限らない
John Burns Building Material Price Increase Expectations
 建材のブローカーが予想する2022年建材価格上昇率の加重平均は6%強である。一時港を詰まらせていた木材の価格はマイナス予想となった。
GS Conference Board Housing Demand 
 カンファレンスボードの住宅購入計画は悪化しているが、この手のサーベイは常に口嫌体正直に終わる可能性を残す。
Bloomberg Mortgage Rates  
BofA Mortgage Rates and Affordability
 住宅価格への金融引締めは長期金利に連動する住宅ローン金利の上昇を通して行われる。2021年の異様な低金利を経て、長期金利の上昇に連動する形で住宅ローン金利は2008年以来の6.25%に達した。それに伴い毎月のローン支払いは激増するので一般家庭の収入との比較で計算される住宅取得能力指数(Housing Affordability Index)は急落する。
GS Housing vs Rental Affordability
 一方、急に住宅取得を難しくすると何が起きるかというと、賃料は住宅ローン利払い額ほどは急速に上昇しないため、新居が必要で住宅を買えなくなったミレニアム世代は賃貸市場に流れやすくなる。家賃は粘着的であるばかりか、金融引締めが短期的にはそもそも下がる要因かどうかも怪しくなってしまう。
BofA Haver Loan Applications for Purchase
Yardeni Mortgage Applications
 MBA(Mortgage Bankers of America)住宅ローン申請数は当然急減速した。特に低金利から高金利への乗り換えを行うことになるリファイナンスはほとんど途絶した。
NY Fed Mortgage Originations by credit score
 一方で住宅市場に悲壮感は全くない。なぜなら前回の記事でも取り上げたように、2020年や2021年に低金利ローンで大挙して不動産購入に走ったのは過剰貯蓄を手に入れたクレジットスコアの高い層だったからである。それが住宅ローン金利が上がって来たのを見て購入をやめただけである。サブプライムショック前と異なり、クレジットスコアが低い層にとっては全てが関係ない世界の出来事である。住宅販売サイクルが急停止すると都合が悪い人達はこれからこの層へのリーチを考えるのだろうか。急停止によってノンバンク・モーゲージレンダーの破綻が始まったが、レンダーの破綻自体がすぐに住宅市場の破綻に繋がるわけではない。
MBA Mortgage Delinquencies and Foreclosures
 借りた人に経済的余裕があるので、住宅ローンの延滞率はヒストリカルローで推移している。
Dailyshot House Inventories
 次に前回の記事で少なさを重視していた住宅在庫について。高クレジットスコア層に一掃された中古住宅在庫はようやく増えてきており、2021年の水準を上回った。しかし例年並みの水準に戻るには更に500k積み上げないといけない。住宅ローン金利の上昇は新規購入を急減速させるが、既に借りた人に売らせるインセンティブは持たない。
Urban Institute MSB by country
 むしろ逆に、既に低金利でローンをロックインした住宅所有者は住宅価格が下落し始めると一層売らなくなるだろう。住宅を安売りする代わりに低金利ローンというその後の金利上昇でいわば大幅な含み益が出ている(金利変動損失は再び世界中の機関投資家に転嫁された)ポジションを手放すことになるからである。どうしても大々的に売らせたければ延滞率が上がるレベルまで中間層の所得を悪化させる必要がある。この債券トレーディングのような住宅投資は住宅ローンの大半が固定金利である米国特有の構図であり、住宅ローンの大半を変動金利契約が占める国々は金利が上がるとすぐにローンを払えなくなった不動産の売り手が増えるため米国の利上げペースには付いて行けないだろう
BofA Housing Competions and New Homes Inventory 
GS New Single family homes for sale
 いずれにしろ、在庫の回復は新築住宅の完成に頼ることになる。米国の住宅市場は中古住宅が圧倒的に大きく、住宅販売の9割を中古住宅が占める。完成した新築住宅を売れなくすることによって在庫回復に充てるのが、利上げが最も住宅市場に現実的に効くパスである。完成済の新築住宅在庫は当然例年よりも少なく、代わりに住宅建設の堅調さが続いているため建設中の新築住宅在庫は積み上がっており、未着工も含めて足許の464kが投入されれば中古市場の在庫減少分の大半を埋めることができる計算であるが、米国の住宅建設サイクルは2年以上かかる。従って景気がよほど弱くならない限り、住宅価格が下落しやすくなるのは来年以降になりそうである。代わりに買い手の購買力も高金利で枯渇しているので、一旦在庫が充足した後に住宅ローン金利が高いままなら相当の価格調整幅を余儀なくされそうである。かと言って在庫が引き締まった状態で利下げサイクル入りが濃厚になると、債券トレーディングの感覚で高金利でも一旦借りて物件を買ってから利下げサイクル中に低金利でリファイナンスすればよいと考える投資家が殺到するだろう。従ってFedは住宅在庫の補充具合をモニターしながら金融政策を調整していかないと不動産市場のバブル orバーストの二択に繋がる態勢にあり、という中でせめて不動産価格の下落まで待って発射台を低くしておこうとするのは自然な流れである。一方、住宅市場は建設サイクルが長い分だけ慣性も強いためナローパスを狙うのも危うい。Fedが住宅価格に触れた途端に購入者の住宅ローンのネガティブ・エクイティ化を警戒して銀行株が売られ始めたのは偶然ではないだろう。
zerohedge US New One Family Houses Supply Months
 8月末時点で新築住宅在庫(464k)を新築販売ペース(年間511k)で捌き切るのに要する月数は10.9ヶ月リーマンショック以来の長さとなっているが、中古市場の在庫不足という特異事態を受けたものなので問題にならないだろう。一方で在庫不足が一旦解消されてしまうと、現水準の住宅ローン金利では新築住宅がほとんど売れないことが判明したので、長期金利は不動産価格及び家計収入対比で高すぎるに決まっている。在庫不足が埋まる2年後までには利下げサイクルに入っているだろう。どんなにCPIやPCEのその他の項目がスティッキーだったとしても不動産がクラッシュしたら全て仕切り直しなのである。
Citi Mortgage Rates and OER
GS Shelter Inflation and Zillow 
JPM Zillow Observed Rent Index
Zillow Rent 
GS Zillow Rent Growth
 さて肝心の家賃インフレについて。Citiは中古住宅価格の前年比伸び率に対して帰属家賃伸び率は18ヶ月遅行するとしている(cf. 建築サイクルの2年~)。この18ヶ月がマッシブ引締めの期間ということになるだろう。PCE Shelter(住居費)は前月比でもまだ伸び率がピークアウトした程度であり、従って前年比では急上昇の途中である。一方で物価統計の住居費はZillowの家賃データに遅行しているにすぎないとされている。Zillow家賃はというと伸び率のピークは2021年中につけており、もうすぐ前月比マイナスに転じそうである。JPMなどはCPI Shelterはまさに今ピークアウトしていると喝破する。
Bloomberg Miller Samuel Douglas Elliman Manhattan Rents
 ピンポイントとなってしまうがマンハッタンの賃料も夏にピークアウトしている
Dallas Fed OER forecasts
 となると家賃インフレが続くのも前年比でもせいぜい来年中の話になりそうである。8月時点のダラス連銀の帰属家賃予想は来年半ばにピークアウトするとしている。家賃インフレ自体は1年前からFedも予想していたとはいえ、高騰が始まるタイミングは前倒しを余儀なくされた。それがFedの引締め能力への自信喪失に繋がった一因でもあるだろう。とはいえ8月分CPI帰属家賃は6.3%でありこのパスから外れたわけではないため、来年半ばに前年比がピークアウトする全体像を取り下げる必要はないだろう。

参考記事

Quarterly Report on Household Debt and Credit -NY Fed  
US Economic Indicators: Mortgage Applications & Mortgage Rates -Yardeni Research 
Changing U.S. Home Price Trajectories Signal Cooldown -S&P Global

米国不動産だけは金融引締めにあまり動じない 

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。