JHF Japan mortgage riable rates share
MLIT Japan mortgage variable rates share
 前回の記事では他の先進国の住宅ローンの変動比率を見て来たが、投資とは別に我々の実生活に最も関連が高い日本はどうだろうか。日本はリーマンショック前は米国と同様、固定金利住宅ローンが大半を占めていたが、リーマンショックを経てかなり長い期間にわたって低金利政策が続くとの見方が圧倒的になると変動金利住宅ローンのシェアが上がって来た。マイナス金利政策導入後はその傾向が更に加速し、変動金利住宅ローンのシェアはフローベースで7割まで上昇した。海外ではカナダのようにパンデミック後の低金利時代に目先の金利に釣られて変動金利化が進んだケースがあり、それが利上げサイクルに入った今になって裏目に出ている。日本銀行も既にYCCを撤廃しており、次は利上げ(マイナス金利政策撤廃)をも警戒する必要が出てきたが、住宅市場には住宅ローン金利急上昇による激震が走るのだろうか。

変動金利の決まり方と短プラ

Nissay Japan prime rates
Flat35 mortgage loan rates
 
本ブログは例のごとく極論を排除しようとする。金利商品を分析する時はそれがどのような指標金利に連動しているかを調べるのは基本中の基本である。変動金利住宅ローンは大半が短期プライムレートに連動しており、その金利は短期プライムレート +1%の上乗せ金利 -優遇幅で決定されている短期プライムレートはみずほ銀行などの大手都銀が決定する「銀行が最優良企業に対して資金を貸し出す際の最優遇金利のうち、1年未満の短期貸出金利」であり、歴史的に非常に安定して推移してきた。30年間の金利リスクを考えると頭が痛くなるが、実は短期プライムレートに限っては過去25年間にわたって今の1.475%から大して動いていない。1.475%という水準は2009年1月から13年間改定されていない。前回引き上げられたのはリーマンショック前である。図は1984年以降の優遇幅を考慮する前の住宅ローン金利推移である

 2001~2006年にかけての量的緩和政策期間にわたり短期プライムレートは1.375%で推移しており、2006年3月9日に量的緩和が解除され、更に2006年7月14日にゼロ金利政策も解除され政策金利が0.25%に引上げられると、短期プライムレートも2006年8月に1.625%まで、政策金利とパラレルに25bp引上げられた。更に2007年2月21日に政策金利が0.50%まで引上げられると短期プライムレートは同月1.875%に引上げられた。日銀が利上げサイクルに入ったところで世界景気は悪化に向かった。リーマンショックを受けて2008年10月31日に日銀は政策金利を0.50%から0.30%に、更に2008年12月19日に0.10%に引下げた。それに伴い短期プライムレートも2008年11月の1.675%を経て2009年1月には1.475%まで低下した。2001年から2009年にかけて、短期プライムレートは概ね政策金利 +1.375%という公式に従って推移していたことが分かる
MLIT Japan Mortgage Loan outstanding
Diamond Japan mortgage rate historical
 ところが、その後2010年10月5日に0.10%から事実上のゼロ金利政策にシフトした「包括的な金融緩和政策」の導入、更に2013年4月4日に発表された「量的・質的金融緩和(俗称アベノミクス)」を経て、極めつけに2016年1月29日に導入されたマイナス金利政策で政策金利が更に0.10~0.20%低下しても、短期プライムレートはその下げに連動せず1.475%を維持し続けた。代わりに量的緩和が国債市場から銀行資金を押し出したポートフォリオ・リバランス効果とでも言うべきか、銀行は短期プライムレートを据え置く代わりに、変動金利住宅ローンの優遇幅の方を拡大することによって仕上がりの住宅ローン金利を引き下げて来た。企業向け貸出は金利ベンチマークを大幅に引き下げたところで資金需要は大して増えず、審査に必要な人手や融資先の破綻リスクを考慮すると収益性が悪化するだけなので、良質な担保を取れる住宅ローン残高を優先して増やそうとした意思が金利の動かし方に現れている。短期プライムレートにどうやら1.475%というフロアが付いた代わりに、変動住宅ローン金利はいわばシャドーレートのような感覚で下がって来たわけである。あくまでも優遇幅の拡大なので、以前から変動金利住宅ローンを借りていた消費者はシャドー域の金利低下の恩恵を受けられなかった。

政策金利(短プラ)部分

Bloomberg Japan Core CPI
 さて、もし日銀が利上げサイクルに入ったらどうなるか。これまでの動きを巻き戻すと、政策金利が現状の▲0.10%から0%に引上げられ(マイナス金利政策撤廃)ても短期プライムレートは1.475%から動かなそうに見える。更にもう一声、+0.10%まで引上げられてもやはり1.475%から動かなそうである。マイナス金利政策の導入時と同様0%はスキップするとして、2回目の利上げで+0.25%に達してようやく1.625%、+0.50%で1.875%に上昇する。つまり例えば今借りた0.50%の変動金利住宅ローンは政策金利が+0.25%になった時に0.65%になりそうということである。
Sony FH JPY forward rates

 日銀の政策金利の2008年以来の天井は+0.10%であった。いやいやあの時と違ってインフレ・レジームではないかという考え方もできるだろうが、さすがにコアCPIが2007年の新興国発コモディティ・インフレのコブを飛び越えると、1990年代の日本まで巻き戻すことになる。またリーマンショックの直前になった2007年の利上げは恐らく失敗だったと位置付けられておりその再来を辿ることを日銀は望まないだろう。しかし12月決定会合を受けて既に短期金利市場では来年中の0.3%程度までの利上げを織り込んでいる。もちろんこの織込みが行きすぎているとのマーケットビューというか、信念を持つこともできるが、わざわざマーケットが間違っていることを前提にするとオッズが悪いスタートとなるため、来年以降+0.25%程度の政策金利を覚悟しながら分析を進めるべきということになる。

優遇幅部分

 現実問題として、短期プライムレートよりも優遇幅の変動の方が遥かに大きかった。優遇後の住宅ローン金利がシャドーレートのアナロジーであるとすれば、短期プライムレートが上がる前から優遇幅の方が先に縮小し始めるだろう。銀行が他の運用資産対比で住宅ローン貸出残高を増やしたいと思っている限り優遇幅が大幅に縮小される理由はないが、市中金利上昇に伴い債券投資利回りとの格差があまりにも開いてしまうと徐々に悪化することも考えられる。たとえば10年国債を1%で買える世界ならわざわざ優遇幅を付けて0.5%で35年の住宅ローンを出そうとは思わないだろう。或いは住宅市況が悪化する局面が来たら、ほとんど審査に人手をかけない代わりにハイスぺサラリーマンの都内新築タワマン購入などノーブレイナーで貸せる案件には最も大きな優遇幅(低金利)を提示するビジネスモデルの銀行群が脱落する可能性もある。

 しかし、一旦借りる時に確定した優遇幅は借り手側の利権となる。後になって優遇幅が縮小されたところで、影響を受けるのはあくまでもその時の新規の借り手であり、そういう意味で「直近の住宅ローン金利変動の大宗を占める優遇幅が一旦借りたら固定される」以上、今の変動金利住宅ローンは極めて固定金利住宅ローンと極めて似たような契約に見える。逆に、短期プライムレートの1.475%に明白なフロアが付いている以上、今後(貸出競争激化などで)優遇幅の低下を通して住宅ローン金利が更に低下したとしても、借り換えをしない限り既存の変動金利住宅ローン契約がその恩恵を受けて支払いが減ることはない。

フラット35などの固定金利住宅ローン

Diamond Japan mortgage rate historical
 本物の固定金利住宅ローンはというと、固定金利住宅ローンの金利は融資する銀行から見て他の債券の魅力度との兼ね合いで決まるため、長期金利(10年国債金利)に連動しがちである。公営のフラット35に至っては提供する住宅金融支援機構(JHF)が資産担保証券(RMBS)に束ねて発行し、機関投資家に投資してもらっているので尚更である。パススルー方式を取っているので機構RMBSの調達利回りによってフラット35の金利が決まると言われている。住宅ローン自体は一応は35年間にわたってキャッシュフローがあるので、イールドカーブが大きく動けば固定住宅ローン金利は完璧に10年国債金利に連動するわけではない。もっとも元本償還があるため35年ローンの実効デュレーションは35年より遥かに短い。金融機関の人間に激怒されるほど非常に雑に考えて、期限前償還(繰上げ償還)をしなければ35年後には元本を返し終えるのでデュレーションは三角形の面積の公式でその半分になる。更に貸し出す側から見ると顧客のうち一定数は繰上げ償還を行うので、その集団としての行動パターンを適当なモデル(PSJ)を当てはめた後の実務的なデュレーションはちょうど10年前後となる。

 YCC導入後のフラット35金利は概ね長期金利 +1.25 ~1.35%の水準で推移してきた。従ってYCCが効いて長期金利の上限が0.25%に抑えられていた間、フラット35は1.5%近辺に張り付いていた。もっとも12月日銀金融政策決定会合でYCCが修正される直前から例の「スプレッド債市場はもはや10年国債利回りの0.25%をベンチマークと見なしていない」現象の余波でフラット35金利も12月分から1.65%を付けている。決定会合で新たな長期金利上限は0.50%にシフトしたが、上限が移動した後も次の修正まで警戒する動きもそっくり残っているため1.9%台も遠くはなく、長期金利0.75%までフル・プライスインすれば2.0%、マイナス金利撤廃とYCC撤廃まで視野に入れると2%超えを覚悟することになる。一方で2023年中に早々とFed pivotがやってくれば2%近辺が天井になるだろう。一旦借りてしまえば固定金利は安心感が強いが、最もストレスに晒されるのは未竣工の新築住宅をフラット35前提で購入する層ということになる。適用される固定金利レートは将来の引渡し=融資実行時に決まることが多いからである。

長短金利の動き方

 一般的には金利市場にある程度の効率性があれば短期金利が上がる前からそれを織り込む形で長期金利が上昇するものであり、今回もまさにそうだった。固定住宅ローン金利が変動住宅ローン金利よりもかなり早いタイミングから上昇し始めるのが通例である。これは一旦変動金利住宅ローンにフルベットすると、後から軌道修正を行うのは難しいことを意味する。消費者が巨大な金利リスクをヘッジできる金融商品は日本に存在しない。変動金利住宅ローンを予想外の金利上昇から守ってくれるのは「金利が上昇しても、5年間は毎月の返済額が変わらない」という「5年ルール」と、「5年経過後の6年目からの毎月返済額は、それまでの返済額に対して125%の金額までしか上げることができない」という「125%ルール」である。変動金利の低さはオプショナリティのなさの対価である。一方、繰上げ償還のオプションが常に借り手側にあるのは変わらず、いざという時に繰上げ償還できるほどの貯蓄が手元にあるならば低い変動金利をエンジョイして問題なさそうに見える。

 筆者などはかなり遠い将来まで短期プライムレートが例えば1%も上がる可能性は相当低く、現実的には今サイクルで1回上方改訂されるかどうか、従って5年ルールと125%ルールの出番がやってくることすらないと考えているが、これはあくまでも個人的な相場観であり、住宅ローンの借り方自体は専門家の意見を参考にすべきである。無理やり住宅ローンの仕上がり金利のカーブを想像した場合、このカーブは相当スティープであり、実効デュレーション18年程度に対して短期と35年の長短金利差は1.25%、来月から1.5%も付くことになる。この1.5%の差を10年以内に変動金利の上昇が食い潰しそうなイメージはあまり付かない(結果的にいつか変動金利が1.5%以上上昇したとしても、それが起きるのが相当遅い将来ならトータルではやはり変動金利が有利になった可能性が高い)。同様に固定金利住宅ローンを組んだところで、目論見通り固定金利が上昇したところで理論的には獲得した利益を利食えない(繰上げ償還する場合も銀行からNPVの勝ち分を取り立てることなく解約することになり、銀行にとっては棚ぼた)し、周りの変動金利の消費者よりコスト安になったという場面も簡単にはやって来なさそうである。しかし、繰り返すようだが一旦変動金利にフルベットすると後から修正は難しい。債券投資とは次元が違うリスクの規模と機動性のなさなのでテールリスクへの不安に耐えるストレスコストは非常に大きい。これまた繰り返すようだが、住宅ローンの借り方自体は無料ブログなどではなく専門家の意見を参考にすべきである。

耐えられる耐えられない論

 変動金利の国々の住宅市場が利上げに耐えられない議論をしたばかりなので、日本の変動金利住宅ローンのシェアの高さは固定金利主体の国々と比べて金融政策がドービッシュに傾きがちとなることを示唆するように見える。しかしここまで見てきたように変動金利の指標金利がなかなか上がりそうにないことを考えると、少なくとも+0.25%までの利上げは自由であり、住宅ローンにハイジャックはされていない。一方、日本の場合は家計よりも日本国政府の方が利払い負担増への耐性が低い可能性がある。黒田総裁がYCCに固執していたのも財務省の利払い負担を抑制しようとしていたためではないか。だとすれば日本は半ば強制的に住宅市場を温存して通貨を犠牲にする選択肢を取らされていたということになり、もう一歩議論を進めると、住宅市場の最大の敵は世間のインフレーションへの怨嗟ということである。高い変動金利比率にもかかわらず、諸外国で懸念されているように住宅ローン支払いが激増し、その結果耐えられなくなった家計の売却が増えて住宅市場がクラッシュするストーリーが日本で実現する可能性は高くない。一方、銀行が提供する変動金利住宅ローンを組めず、フラット35の固定金利借入れに依存する属性の人々の購買力が低下することによって、限界的には住宅需要が減速するだろう。逆に言うとその程度の話であり、住宅需要は長期的には結局のところ人口動態、ライフスタイル、そして所得の推移で決定されると思われる。

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この記事は投資行動を推奨するものではありません。