行き詰って来た中国のゼロコロナ政策について、前回の記事ではリオープンの環境が整うための条件を挙げ、「早まりすぎた期待を裏切るネガティブニュース、進捗を確認するポジティブニュースが交錯する」としつつ「楽観・悲観両方の極論を排除していく流れ」としていたが、その直後から政策はまさに極論から極論に振れた。前回の記事のわずか3日後にあたる11/11に中国共産党政権はゼロコロナ政策の、主に実行面の微調整を発表した。通知が20項目からなるため「20条」と呼ばれており、ダイナミックゼロコロナ政策を堅持するとしつつ、「合理化(優化)」という名で調整、つまり部分的な移動制限の緩和を指令している。中身はかなり細かい指導の集合体となっており逆に全体像を掴みづらいが、とにかくメディアは「隔離期間の短縮」と「海外との間の航空機運行の規制緩和」を取り上げて規制緩和と呼んだ。地方政府による必要のない恣意的なロックダウンを禁止するものであった。
この微調整は中国共産党中央政治局常務委員会(チャイナセブン)の裁可を経たものであり、従って国務院の命令のように地方政府に舐められて無視される類のものではなかった。しかし、20条が恐らく故意に回避した命題があった。これらの緩和措置によって感染者数は増えるに決まっている。そうなった時に20条は必ずしも地方政府に対して免罪符を提供しなかった。であればもし感染者数が爆発的に増えたら地域の担当者が責任を負わされるのは変わっておらず、「現場担当者が20条を遵守しつつ正しく感染拡大の防止に努めなかった」ということになる。これは完全な無理難題であり、地方政府は20条を無視して怒られるリスクと、感染者数を増やして怒られるリスクを天秤に掛けなければならなかった。となると明らかに前者の方が言い訳が付くので、大半の地方政府は20条を無視し、20条の外側に裏・行動制限を設け続けた。実際、真っ先に大規模なPCR検査の廃止など大胆なリオープンを試みた石家荘市などは直ちに感染拡大に直面し、わずか数日で無念にもリオープンを引っ込めることになった。
というわけでGSが統計する中国のロックダウン指数は11月になってむしろ上昇し続けた。
航空旅客数は11月下旬になっても落ち込んだままである。
地下鉄の利用者数も同様である。となると11月のこれは偽りのリオープンではないかとの疑念が燻ることになる。海外の投資家は外銀が各社1人は雇っている、体制内出身の英語がつたないエコノミストに20条を文字通り解説してもらって「これでリオープン」と見なして満足していたが、高頻度データが示唆する現実はそれとは乖離があった。
その乖離は意外な形で世間に晒し出された。数ヶ月にわたって全国で最も厳しい裏規制を敷き続けた新疆ウィグル自治区のウルムチ市で11/24に団地のマンションで火災が起きた。ロックダウン下での消火作業や救出作業は手際が悪く、住民10人が亡くなってしまう。持ち主が隔離中だったり、行動制限を受けているので数ヶ月動かされなかったEVで道が塞がれ、また建物の非常用通路も住民の封じ込めのために施錠されていたと言われている。当局が「団地はロックダウンされておらず、住民が死亡したのは知識不足のせいである」と明らかに虚偽な発表を行ったのがとどめとなった。数ヶ月間のハードなロックダウンで溜まっていた不満が爆発し、ウルムチ市民は翌11/25にロックダウン反対のデモに繰り出した。26日になるとウルムチ市は行動制限の緩和を発表した。今度はそれではこの数ヶ月間の忍耐は何だったのかとの思いを市民に抱かせたことだろう。とにかくデモに繰り出せば20条の外側の裏行動制限はあっさり解除される前例が確立されたため、デモはあっという間に他の地域にも波及した。
デモが鎮圧されなかったのは明らかに人を死なせたウルムチ市政府が原罪を負っているためである。である以上、他の都市でも追悼の名目で反ゼロコロナ政策のデモを行っても極めて取り締まりづらくなる。上海市民はウルムチの名前を付けられた通りの前に集まった。また20条の精神に違反して裏行動制限を設けているそれぞれの地域の地方政府に非があるので大義名分も立つ。デモや学生運動は不満が溜まって発生するものではなく、リスクがないと判明したのをきっかけに盛り上がるものである。少数しか集まらなかったなら危険だが、人数が膨らめばまさか全員を逮捕するわけにはいかないのである。その中で感極まって「習近平退陣」「共産党退陣」など反政府スローガンを叫ぶ人間も出て来る。巨大な監視社会として有名な中国で公に反政府スローガンを叫ぶのは勇気がいるものであったが、2021年以来の習近平政権がゼロコロナ政策に加えテックなどの民営企業への迫害も同時に行い、更にそれらによって増えた若い失業者の受け皿として機能するはずであったオンライン・チューターの職も丁寧に1000万以上潰したため、失うものがない人間を増やしたのが背景だとすれば自業自得の極みである。本ブログなどはワクチン忌避、ゼロコロナ政策継続が民意としていたが、ゼロコロナ制作の影響が少ない農村部はともかく(人数ではこちらが多数である)、少なくとも都市部の高学歴の学生や中産階級市民に関しては過小評価していたということになる。もし防疫を名目にハイテクを駆使して市民の従順化を企図していたとすればそれも惨めな失敗に終わったということになる。
警察は基本的にデモを放置した。これはデモにある程度の正当性を認めざるを得なかったからでもあるし、言いたいことを言って一通りストレスを発散した後もデモが長引いたり過激化する理由は大体、逮捕された仲間の釈放を求めるものか、警察による暴行への怒りのどちらかなので合理的でもある。従って警察組織が反政府側に寝返ったなどと考えるのは早とちりであり、この程度の反政府運動に危機感を感じる必要はない。そもそも都市在住の中産階級がどんなに不満を持っても政権基盤が揺らぐことはない。もっとも、例えば習近平政権の終身政権化に伴って万年野党の地位が確定した共青団などは、モチベーションを信用できなくなるので当時に中央権力から一掃されたものの、全国各地の地方政権の中には当然共青団系の人材が有能な実務家として組み込まれており、彼らが指導部が恥をかくところを見たくないはずがないので、デモの規模が拡大するまで放置するモチベーションはある。確信犯とまではいかないにしても、現政権の下でのスタッフの劣化に伴う危機管理能力の低下は、詰みには程遠い現状においてもテールリスク要因となり得る。これが他の途上国のカラー革命なら決まって謎の銃声が事態を悪化させるものだが、さすがにそこまでのテールリスクは想定しなくていいだろう。なお、中国共産党はそういった「海外敵対勢力の介入」の証拠を見つけたら大喜びで宣伝材料にするだろうから、駐在員などはあまりデモの現場に近付くべきではない。
収束は難しくないものの、デモによってゼロコロナ政策の継続だけは困難になったに違いない。ゼロコロナ支持の農村出身者を大量に雇って白装束の中に入れて都市住民を管理させていたのだが、さすがに大半の住民が規制に従わなくなったら物理的に行動制限は成り立たない。どんなに指導者個人が逆らってきた市民への怒りに燃えたところで、成り立たないものは成り立たないのである。少なくとも元から根拠のなかった20条の外の裏行動規制はデモの勢いに押されて様々な都市でなし崩しに撤廃されそうである。今後も名目上はダイナミック・ゼロコロナ政策は継続されるが、さすがにこれは我々が上海ロックダウンの前に聞かされていた通りの、広範囲なロックダウンを伴わないライトなゼロコロナ政策に変質していくだろう。感染者数が増えても徐々に自己責任になっていくと思われる。まさかリオープンを求めるデモをやっておいて、後で感染者数が増えるのも政権のせいにするわけにはいかない。
タイミング的にはデモの後となる国家衛生健康委員会の記者会見では一部でなし崩しリオープンが期待されていたが、蓋を開けてみると出て来たのは「80歳以上のワクチン接種強化」であった。デモを前になんと悠長な、という感想が多かっただろうが、これこそが前回の記事で取り上げていた「地に足が付いた進捗」である。なおこの時に提供された公式データとして、60歳以上のワクチン接種率は90.68%、ブースター接種率は86.42%、80歳以上のそれは65.8%となる。額面通りに信じるなら11月中に既に少しだけ接種が前進していることになる。「まずワクチン・キャンペーンを再強化する。次にプロパガンダで自家中毒した国民のコロナウィルスへの恐怖を再教育で取り除く。症状と後遺症の軽さ、更にワクチンのブレイクスルーについてそれぞれ説明を行い、大規模な感染拡大が医療崩壊に結び付くようなパニックを未然に防ぐ必要がある」という順序を、中国政府が意外にもショートカットしようとした結果がデモの前のリオープン挫折であった。病院の増設は3年間の無為無策を経てようやく取り上げられた。従ってリオープンで軽症者が殺到したら依然医療施設のキャパが爆発する可能性は残るが、軽症で不安な人は隔離キャンプに放り込まれるのだろうか。全体的に後手後手に回りがちなのは、政治の風向きだけが重要であるという風潮を作った習近平の下で官僚機構がゆっくりと劣化しているからであるが、最低限の判断力と自浄作用はまだ残っていたと評価すべきか。
今後については、少なくとも20条の外側に地方政府が設けた裏移動制限は今にも取り払われると思われるため、人の移動は限界的に活発化するだろう。全面的なリオープン予定は依然来年春か、或いはこのままなし崩しに実質的なリオープンになだれ込むとなれば少し早まるか。なし崩しな行動制限緩和で中国の感染者数が更に増加することは間違いない。それに耐えられず医療崩壊や、発作的な政策の再変更があるかどうかにも注目だが、恐らく他に選択肢はなくなっていると思われる。内需が少し戻りやすくなり、一方でこれまで最優先されていた製造業が混乱に見舞われる可能性が少し上がるという意味で限界的にインフレ―ショナリーな要因として国際社会に出てきそうである。
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この記事は投資行動を推奨するものではありません。