ECAN CPI YoY contributions
ECAN Core CPI MoM contributions
 11月に発表された米国の物価指標は物価上昇のピークアウトを印象付けるものとなった9月の前回記事でも物価上昇はコア化、サービス化しつつであるとしていたが、その流れはいまだに続いている。10月分CPIはエネルギーの減速が明確であり、またコアCPIの中では自動車の減速がようやく目立ってきた。
Bloomberg Manheim Used Vehicle

GS  New car and Used car prices
 中古車価格はマンハイム中古車価格指数が先行指標となる。マンハイムは企業同士のオークション価格から算出しているため、(エンド需要の影響を受ける)小売り価格に伝播するのに2ヶ月とも言われるタイムラグがあり、今年の大半の時間帯はマンハイムを見てCPIガチャにチャレンジしてもあまりよいことがなかった。中古車価格は更に新車価格に半年弱先行するとされている。
Bloomberg Shanghai Los Container Freight Rate
Bloomberg Core goods and Global Supply Chain Pressure
SP Global supplier delivery
FT SP Global PMI input and output
GS Supply Chain Disruptions and Shipping Congestion
GS Retail Inventories to Sales Ratio
 車に限らず、消費財はサプライチェーン制約の影響で価格が高騰してきたが、そのサプライチェーン制約は一時的なものであり、2022年半ばにはかなり修復されている。上海~ロサンゼルス間の貨物コンテナ運賃は米国内で生産能力でカバーできない物を中国から輸入する需要の旺盛さを象徴していたが、一時6倍になったのが既に2018~2019年の水準まで戻っている。それに連動する形でFedのサプライチェーン・プレッシャー指数も緩和しており、コア財価格はそれに遅行して下がって来た。そもそもサプライチェーン制約が直らなくても、(コストの多くを賃金が占めるサービス業はともかく)消費財価格は毎年同率以上の伸び率で値上がりし続ける動力がないため、少なくともYoYで見た時の財価格の高騰は一時的(Transitory)に決まっているのである。ましてやサプライチェーンがいつか修復されるとなれば、消費財はデフレに転落するか転落しないかだけの議論になってくる。
Bloomberg BLS CPI medical health insurance
 同じようにベース効果が大きいものとしてサービス業の中でも医療保険が挙げられている。医療保険はプレミアムの算出が困難なので保険会社の内部留保から間接法で算出されており、これまた毎年10月分の改訂から前年の動きを反映する著しい遅行指標である。2020年は新型コロナの影響で高額医療の需要が減ったので保険会社の内部留保増に繋がっており、それは2021年10月から始まる12ヶ月間にわたりCPI医療保険のインフレとして反映されていた。2021年はその動きが反転したため、2022年10月から始まる12ヶ月間にわたってCPI医療保険のデフレとして現れる。CPIに占める医療保険のウェイトは小さいものの、過去12ヶ月のMoM 2%超えは年率で言うと30%近い上昇幅となっており、冒頭のCPI MoMでもメディカルケアが10月分から下方に作用するようになったのが確認できる。これも一時的(Transitory)なインフレであった。
ECAN PCE contributions YoY
ECAN PCE contributions MoM
PCE headline and core
 Fedがより重視する米個人消費支出(PCE)価格では、(商務省の統計であり、労働省労働統計局と異なり)医療保険の計算方法がCPIと異なるため10月改訂から始まる医療保険デフレは見られない。しかしこちらも10月分は医療保険デフレ抜きでも減速している。中身ではPCEもCPIと同様、サービスが堅調で消費財が減速している。
GS PCE
 なおFedが2012年に2%の物価目標を設定した時の測定方法はPCEでありCPIではない。CPIの2%は物価目標ではないのでCPIが2%から遠く離れたところで推移しても全く問題ない。またCPIと政策金利を比較する議論にも意味がない。逆にCPIがPCEに向かって収斂したからFedが利上げ休止や利下げがやりやすくなるとの観測もFedをバカにしていることになる。ECAN PPI YoY contributors
ECAN PPI MoM contributors
FT Global PPI
 更に上流から見た生産者物価(PPI)などは2022年春から減速が始まっている。夏までは消費者物価もこれに遅行しているだけなのでインフレはもう終わりと思われていたのが、9月以降インフレのコア化でもう一相場やっている。いずれにしろ、ここまで来るとインフレ3指標とも揃ってピークアウトが明瞭になっている。全体像としては、サービスや家賃のインフレは相変わらず粘着的であるが、少なくともその上に上乗せされていた消費財のインフレは一時的(Transitory)であったことが確定している。サービスインフレがだいたい4%を構成しているので、前者はコアCPIやコアPCEの4%近辺からの下がり方がかなり長い期間にわたって極めて緩慢になることを示唆しているが、それはあくまでも将来の4%近辺での話であり、話の雰囲気をだけ持ち帰って、例えば来年CPIがYoYで現水準近辺で粘着するのではないか、などと言い出すのは無知を晒け出すものである。もちろんその無知とパウエルFedの退化が上手く共鳴した場面も今年何度もあったが、それはあくまでも僥倖である。
FRED US treasuries yield breakdown
GS UMich Long Run Inflation Expextations
 現に物価連動国債(TIPS)の取引価格から算出されるマーケットベースの長期インフレ期待(BEI)はパンデミック後は2%前半で完璧に安定している。2022年春にパウエルFedがインフレをTransitoryでないと認め、遅行指標であるCPIに一喜一憂する退化の道を歩み始めた後は、米国債金利は安定したBEIを横目に実質金利主導で上下に動き続けた。これは米国債市場の参加者が10年スパンのインフレ懸念を全く感じないまま、Fedの政策金利パスの稚拙な右往左往そのものを面白がってトレードしてきたことを意味する。一方でミシガン大学サーベイによると家計の長期インフレ期待も3%近辺で安定している。実際のインフレの高止まりがあまりにも長く続くと長期インフレ期待のアンカリングが外れてしまうのが速やかなインフレ退治が必要な理由であり、それは全くリーズナブルな議論ではあるが、今のところアンカリングは外れる気配がない。マーケットベースも家計もインフレ期待がそんな感じなので、1970年代の再来の懸念があったと一部の人々が声高に叫んでいたと将来の経済学部の授業で言っても、学生にはなかなか信じてもらえないだろう。
Asspciated Bank BEI curve
 短期のBEIはもっと極端な織込みになっている。直近までのチャートが転がっていないのが残念であるが、1年BEIは3月に6%台を付けたのがピークとなり、9月のリスクオフ局面には2%を割り込んでいた。この値動きは一部は原油価格の反落などを受けたBEIの時間推移であり、一部は同じ1年物でもフィキシングが2023年3月CPIから2023年11月CPIに移動した影響であり、インフレカーブを毎月ロールダウンしている形にもなる。5年BEIとなると来年中の動きも均されるのでもっと安定している。原油価格がピークアウトした途端に、短期のBEIは来年後半にヘッドラインCPIが3%を割れることを確信して疑っていないようである。

 とはいえ国債や株式の投資家はさすがに来年中のヘッドラインCPIが3%を割れると言われても半信半疑にならざるを得ない。正直イメージが付かないのと、9月のインフレのコア化などは短期のBEIには全く無視されているが、そういう新たな不確実要素に散々振り回されてきたではないか。である以上、ここ数ヶ月の米国CPIやPCEが背負っているのは「単月の数値」などという軽いものではなく、来年のヘッドラインCPIが3%割れに向かうパスを見通せるかどうかである。ここ何ヶ月も明らかにオッズが悪いのにCPIガチャにチャレンジする市場参加者が絶えないのは、あくまでも来年のヘッドラインCPIが3%割れに向かうのがベースケースであり、それに対してCPIの単月の数字はそのパスに対して不確実性を放り込んで来るに過ぎなかったからである。現に10月発表の9月CPIなどで顕著だったが、不確実性が放り込まれてポジションの振り落としが起きたとしても、時間をかけてヘッドラインCPIの3%割れというベースケースから全くかけ離れたわけではないことを確認できるとマーケットも戻って来る。ヘッドラインCPIの3%割れに向かう不確実性が尽きた時の方がインパクトが大きく、かつ永続的であったので、CPIガチャには何回負けてもよいのである
GS Core PCE forecast
GS Core CPI and PCE forecast
BofA CPI contributions
 肝心の来年の物価指数がどうなるか。本ブログの長期予想は前回の記事からあまり変わっていない。コアCPI・コアPCEが4%を割って速やかに3%に向かうことには懐疑的であるが、原油が再び最高値更新レベルの爆騰を見せない限り、ヘッドラインCPI・ヘッドラインPCEが来年半ばにはコアを逆転して下に抜けるのはかなりイメージしやすく、その時にはパウエルFedは2%台へのヘッドライン・インフレの低下が一時的(Transitory)であることを説明させられるだろう。コアは恐らく3%台で粘着的なので、消費財のYoYデフレ効果が消える2024年になると再び上向いてコアに近づいて来るイメージを持っているが、果たして。
DB Historical Fed Rates hike cycles
 留意しておく必要があるのは、ここまでのインフレ・ピークアウトは財のインフレが一時的(Transitory)だったことに由来する自然体での減速にすぎないことである。金融引締めの効果が出てくるのはこれからである。経験則として初利上げから数えて2四半期は実体経済に影響が出ない、3四半期目以降に住宅ローン金利の上昇などによって住宅投資が減速、4四半期目以降に自動車ローン金利の上昇などによって耐久消費財消費が減速というサイクルが知られている。今サイクルは利上げ幅がかなり大きいためもう少し巻いてもおかしくはないが、いずれにしろまだまだ効き始めの段階である。

 金融政策についても、Fedは短期ターミナル・レート(今サイクルの政策金利ピーク)の5%以上での引上げを一所懸命織り込ませようとしているが、実際に政策金利が5%を超える頃にはコアPCEは5%割れ、ヘッドラインPCEも高くて5%台のどこかなので、政策金利のピークが5%を大幅に超えることはあり得ない。Fedがどんなに口先で短期ターミナル・レートを持ち上げようとしても、自分でデータ・ディペンデントと言っている限り、マーケットに惨めに無視され続けるだろう。「リセッションになっても金融引締めを緩めない」などと脅しても既に「リセッション云々の前にインフレそのものがピークアウトする」のがコンセンサスになっているので、何も言っていないのに等しい。2023年10~12月の金融政策変更があるとすれば利下げになるのは一瞬たりとも揺らいだことがない織込みであり、不確実なのはせいぜい2023年全体でネット利下げになるかどうかである。Fedがこれ以上ハウキッシュなメッセージを発して市場参加者に真面目に取り上げてほしいなら、インフレのデータ・ディペンデントそのものを放棄し、金融引締めサイクルの後半ではインフレが2%を割っても純粋な不動産引締めを続けると宣言しなければならない

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