Bloomberg Fed Dec Dot and FF Futures
 2022年後半のFedはコア化したインフレに振り回され続けた。従ってFedの意向よりも経済指標自体を分析する方が意味があったのだが、インフレの不確実性がだいたい落ち着いた後は再びFedの意向が重要になって来る。最近Fedはひたすら2023年の利下げ織込みという見えない敵と戦い続けており、直近では今年すっかり株式市場の敵になったミネアポリス連銀のカシュカリ総裁などは自らのゴールドマンでの職歴をひけらかしながら「ウォール街の連中は文化的に楽観的」「彼らはチキンゲームの敗者になる」などと宣戦布告している。もっともどちらかというと市場参加者の方でも利下げ織込みを否定する方がポリティカル・コレクトであり、いや今年中に利下げするんだよという声はあまり聞いたことがない。

 利下げ織込みの是非の議論の前に、まずFedにとって物価情勢がどう見えているかを久々に11月、12月の議事要旨を通しておさらいしてみようと思う。経済分析はスタッフ報告と連銀総裁の議論からなる。一般的にはスタッフ報告の方が真面目に書かれているが、連銀総裁の議論が発作的に変な方向に行った場合は金融政策もそちらに振れてしまうので、そちらを中心に取り上げる。緑が議事要旨からの引用であり、11月と特記されていなければ12月議事要旨である。少し長くなってしまうが、これまで本ブログで各論を取り上げていたもののまとめにもなる。

議事要旨の点検

 2022年において経済活動はFedの引締めもあって前年の堅調なペースから著しく減速した。特に住宅のような金利センシティブなセクターである。2022年後半の実質GDPは前半からの減速から幾分か反発したものの、2023年の経済活動の成長は巡航速度より著しく低いペースになると見立てている。Q3の実質GDPの強さを材料視せず、2023年の減速予想に繋げている。また、総需要と総供給のバランスを戻してインフレ圧力を減速させるにはトレンド未満のGDP成長の継続が必要とも述べている。リセッションまで必要とまではなっていない。
JPM US Excess Saving
 家計について。9~10月の消費の伸びは参加者の予想を超えるものであった。これは堅調な労働市場とパンデミック中に蓄積された超過貯蓄の取り崩しに支えられたものであった(11月議事録では家計のBSが堅調という表現となっているが同じ話である)。幾人かの参加者は超過貯蓄はもうしばらく消費を支えるだろうと述べたが、他の幾人かの参加者は超過貯蓄を未使用で残しているのは大半が高所得者であり、特に低所得層を中心に消耗が加速していると述べた。超過貯蓄が高所得者に集中している話は本ブログではちょうど1年前から取り上げており、今更そんな話をされてもと思ってしまうが、小売売上高を神経質にモニターしているということか。11月でも12月でも低、中所得層を中心とした消費の低価格帯シフトを取り上げている。住宅ローン金利の上昇は顕著に家計に負担を掛けている。
StLouis Fed Net worth effect
 大事なのは一貫して資産効果に触れられていないことであり、S&P 500が上昇すると労働者がFIREして困るなどといった俗説がただの印象論であることが分かる。セントルイス連銀は労働者供給への資産効果の影響を研究をしていたが、金融引締めがリタイア近辺の家計のネット資産を毀損させたことは間違いないものの、「51歳以上の労働者を38万人ほど職場に復帰させており、2022年の0.3%の労働上昇率の一部に寄与した」とセントルイス連銀は称しているが因果関係を証明するには至っていない。
NYFed GSCPI Global Supply Chai Pressure Index
 ビジネス環境は当然家計よりデフレーショナリーである。高い資金調達コストと最終需要の弱い見通しの板挟みで設備投資は減速した。企業CFO達は自分達のビジネスには概して楽観的である一方で、2023年の一般的な経済見通しは懸念している。サプライチェーンのボトルネックは「緩和している」と言い切っているのはNY FedのGSCPIを参考にしているからだろう。こういうFed公認の指数が一個作られるたびに一個分の未知の恐怖が消えていく。

 最大の鬼門である雇用。経済のスローダウンにもかかわらず、雇用情勢は当然大変タイトであり、失業率は歴史的な低水準、雇用者数の増え方は堅調、求人数は高水準、そして名目賃金の伸びは高い。11月議事録では特にヘルスケア、レジャー&ホスピタリティ、建設が人手不足に直面しており、それらの分野で強い賃金上昇圧力をもたらしているとした。企業は製品の需要が減速しても最近の人手不足へのトラウマから労働者の確保に躍起になっている(だとすればそれは一時的なメンタリティにとどまるのではないか?)。12月FOMCでは経済情勢と雇用の乖離を参加者が更に研究していた形跡がある。労働参加率が2022年初頭対比でも大して上がって来ない件について、幾人かの参加者は労働力の供給は構造的に制約されているのではないかと考えた。具体的にはFIRE、チャイルドケアのコスト増、交通費の増加、そして移民の減少である。構造的な労働力不足の議論は2023年のアウトルックでも機関投資家が幅広く触れてきた。しかしその上で12月議事録では「適切に制限的な金融政策の下で時間をかければ労働市場の需給バランスが調整され、名目賃金とインフレの上昇圧力の低下に結び付く」期待を捨てていない。11月議事録では「転職率、名目賃金上昇の減速」から労働市場の減速と需給バランス回復の兆しを見出していたので、それと比べると12月は少し減速期待が弱まったものの、それは実際の指標の推移がそうだったからであり、Fed自身の意思としてはあくまでも引締めを強める理由を探しているというよりも、恐らくエイヤートップダウンで予定されていた50bpへの減速の理由付けを探しているように見えた本ブログが巻末で余談として紹介したNFPの雇用過大評価説もそれとなく取り上げている。それでも弱いと感じたためか、2020年8月に提唱されて以来忘れられてきた「広汎な、包括的な最大雇用目標(Broad-based and inclusive maximum-employment goal)」まで引っ張り出されており、労働市場の調整の過程で黒人やヒスパニックの失業率が全国平均より高くなる可能性を取り上げている。
Bloomberg US Inflation breakdown
 物価そのものについて。10月と11月のインフレ指標は歓迎すべきものであったが、持続的な物価減速を確信するには更なる前進が必要である。物価データの注目点は非常に雑にエネルギー、コア・グッズ、サービス(住居)、住居を除くコア・サービスに分類される。2021~2022年のインフレの主役は消費財→エネルギー→コア・サービスと遷移した。コア・グッズは本ブログも取り上げていたようにサプライチェーン制約の緩和に伴い順調に下落している
Cleveland Fed Rent Index
 住居(シェルター)についてはパウエル議長が9月FOMCで住宅価格の調整そのものが必要となると発言して金融市場を震撼させたのが記憶に新しい。CPIの家賃は新規契約の賃料の変動だけでなく契約全体の過去対比を取っているので、本ブログが取り上げたようにZillowの賃料データなどが示す新規賃料相場がピークアウトした後も構造的に遅行する。従ってFedがあくまでもバックミラーであるCPIの数字に振らされるなら家賃インフレはラスボス感が強かったのだが、Fedは過去のダラス連銀の帰属家賃予想がチンアナゴになった経験にもかかわらず、再び先行指標の方を取り上げ始めた。多くの参加者が新規契約に基づいて賃料を計測すれば減速している。シェルター・インフレは遅行するので後で反映されるべとしている。これは11月議事録で一部の参加者が新規賃料の減速を持ち出したのが「物価指標(PCE)に現れるには時間がかかる」と片付けられたのと対照的である。その背景は新たに理論武装が入ったためであり、「新規契約に基づいて賃料を計測」とは明らかに12月にクリーブランド連銀が整理し発表した新しい新規契約の賃料指数を指す。これはBLSの賃料データのうちの新規契約だけを取り出したもので、新指数のチェックのために、我々が野良オルタナティブとして用いて来たZillowやCoreLogicの賃料データをFedが大真面目に論文で取り上げているのが興味深い。指数が作られた以上、どうも家賃インフレの話題も旬が過ぎたようである
ECAN core Service ex Shelter
 というわけで注目は「シェルター以外のサービス価格」に移行する。今後はこの非シェルター・コアサービスが注目されるようになるだろう。非シェルター・コアサービスは名目賃金の伸びと密接に連動しているため、労働市場の逼迫が続くなら継続的に上昇する可能性が高い。従って、今のところ良くない賃金インフレ・スパイラルを示唆する材料はほとんどないものの、サービス価格上昇を2%の物価目標に沿うような水準まで戻すには労働市場の需要を減速させる必要があるのは明らかである。このあたりは一般的にタカ的と捉えられている。まとめとしてはやはり、労働市場の予想以上に長く続く逼迫に伴い物価上昇圧力は予想以上に継続する可能性があり、物価アウトルックのリスクは上方に傾いている。物価の不確実性の海外発要因としては戦争に加え、中国のリオープンや、逆に先進国中銀の同時引締めの影響が挙げられた。後者は海外経済の減速を通して米国経済にスピルオーバーする可能性がある。経済活動見通しのリスクは下方に傾いた。しかし、それだけインフレの上振れリスクを警戒しているなら、利上げ幅を75bpから50bpに引き下げた理由は説明が必要ではないか。

11月FOMCでのジョージ派シフト

 そもそも12月の利上げ幅縮小は11月FOMCで決定されたようなものであり、12月は少なくともFOMC直前までは経済指標が大して改善しない中でその正当化にやや苦労した印象を受ける。11月議事要旨は減速の理由を「金融政策が既に充分に制限的な水準に到達しつつあるため、これまでの金融引き締めの累積効果と、実体経済に波及するまでのタイムラグを考慮すると、利上げペースを緩めることが適切」としている。特に「タイムラグ」がキャッチフレーズになった。また11月議事要旨は金融システムの安定性について点検している。その話になったきっかけは明らかに9月末から10月にかけてのイギリス国債市場の混乱であった。(年金などの)ノンバンク金融機関の隠れたレバレッジ構造は各国中銀の急速な金融引締めがもたらすショックを増幅させる可能性を秘める。米国債市場の機能性の維持は至上命題であり、その流動性は幾分か圧迫されているが、市場機能自体には問題がなさそうであった。本ブログも取り上げて来たようにRRPとSRFの量的ツールの組合せは、not QEに再び追い込まれる可能性を引締めサイクル開始前から既に取り潰してある。それでも「累積効果は既にインフレを2%に押し戻すために必要な水準を超えたリスクが浮上している」「急速な引締めは金融システムの安定を損なうリスクを増大させる」といった少数意見が飛び交った。非常に雑にまとめればイギリス年金事件がFOMCメンバーをビビらせたのであった。
Fed dots Sep and Dec
 11月初時点ではまだインフレに減速の兆しがあまり見られなかった。不自然に利上げ幅を縮小させれば当然引締めの終点が近い印象を市場参加者に抱かせる。バーターとして幾人かのFedメンバーは今サイクルの政策金利の到達水準(短期ターミナルレート)を9月時点のプロジェクション(2023年年末で中間値4.5~4.75%)からの引き上げを主張し、それがパウエル議長によって記者会見でアナウンスされた。現に12月FOMCの2023年年末プロジェクション中間値は5.0~5.25%に引上げられた。結局利上げペースの減速と利上げ期間の長期化のパッケージになった形である。
Bloomberg Dollar Index
 金融政策の波及にタイムラグがあること自体は常識なので、この利上げスローダウンと長期化(Higher for longer)は合理的であり、歓迎されるべきものである。利上げを過激に前倒しして不確実性を高めたところで「何か」がクラッシュして再緩和に追い込まれるだけであり、その場合こそインフレが再燃する可能性が高い。利上げのタイムラグに加えてQT2の効果のタイムラグもある。QT2の粛々とした進行は最優先事項であり、8, 9兆ドルのBSを抱えたまま再緩和に追い込まれることだけは回避しなければならない。政策金利が既に制限的な水準に達した後に(QT2の進行を危うくするような)無用なボラティリティを産み出す必要はない。最後の一文は11月FOMC直後に行われたカンザスシティ連銀のジョージ総裁のスピーチから拝借しており、これは今年に入ってから劣勢続きだったジョージ派の意見がようやく主流になったという見方ができるからである。朝三暮四に見えるものの、この方向調整はボラティリティの剥落を招くものであった。雑に言えば「利上げ懸念と利下げ懸念が一斉に後退したから」、賢そうに言えばポリシーフェイルを招くリスクが後退したことから金利のインプライド・ボラティリティが低下し、それは株式指数のインプライド・ボラティリティ低下に伝播すると共に不確実性に裏付けられたドル高トレンドの終焉を招いた

利下げ織込みの論理

Strategas Days of Fed last rate hike to first rate cut
 一方、ドットチャートを用いた擬似的なフォワードガイダンスは時間が経つにつれて市場から無視されるようになり、長期金利は徐々に最低化してきたし、短期金利市場の2023年の利下げ転換(Fed Pivot)の織込みは根強い。歴史的にFedの最後の利上げから最初の利下げまでの期間は平均175日であった。1年先のフォワードガイダンスを市場参加者に信用させようとするのは困難である。2021年のドットチャートは2022年を予想できていたのか、というその後の戦争勃発を無視した市場参加者の理不尽な嘲笑は置いておくとしても、5月には次回会合のフォワードガイダンスすら単月のデータを見てスクラップした前科がある。逆説的だが12月ECBの発作的な「今後2回の50bp利上げ」ガイダンスが大騒ぎを招いたのはまさに、市場参加者にとって否定しづらい絶妙なデュレーションだったからである。
onisan_kochira02
 今サイクルの利上げは"Data Dependent"であるとFOMCも度々強調している。これは手の裡を見せないことによって金融市場に不確実性を残す意図があるのか、予断に基づいて予防的に金融政策を変えることはないことを約束したいのか、それとも実際に自信がないのか分かっていないが、いずれにしろ市場参加者には頭で先々のCPIを予想するという行為が許されるので、当然退化したFedよりも自信がある。フォワード・ルッキングを放棄したFedは個々のCPIや雇用統計を盛大なガチャイベントに変えた代わりに、数ヶ月先の見通しについては市場参加者がFedを無視して自律的に政策金利見通しの相場を形成するのを止められない。もっともこれも過去の話になりつつあり、Fedは極端にバックミラーに退化した体制から、徐々に遅行指標を抜き出して無視するようになり、先行指標を使いながら少しずつ見通しのデュレーションを伸ばし始めている

利下げ織込みへのFedの見当違いな抵抗

Chicago Fed ANFCI
 フォワードガイダンスを市場参加者に無視されることに対してFedは激しいストレスを感じた。引締め効果は金融市場を通して発揮されるので、フィナンシャル・コンディションの勝手な緩和はFedの価格安定回復に向けた努力を妨害する。特にFedの反応関数への誤解によるものは名指しで批判された。12月議事要旨ではことさら「2023年中の利下げを適切と考える参加者はいなかった」と記している。
MS CPI Fixings
 しかし市場参加者は必ずしもFedがインフレ目標を達成する前のインフレ退治の決心を過小評価しているわけではない。インフレが鎮火し、一時的にインフレ目標に近付いたらどうするのかを問うているのである。インフレスワップの参加者の間では2023年にヘッドラインCPIは3%を割り込んで2%に近付くことになっている。11月以降、毎回のCPI指標は2023年年末にインフレが前年比2%台まで低下する見通しの維持を点検するイベントでしかないエネルギーや財価格の前年比マイナス化でヘッドラインCPIが素早く3%に近付くことについては本ブログでも既に解説している。これは財インフレが一時的(Transitory)であったためだが、そこに今後金融引締めのタイムラグ効果が加わって来るなら更に3%割れから2%近辺まで低下するということか。従って2023年年末の利下げ織込みが残っているのはおかしいのではないかという主張に当たった時、まず相手に問うべきは「2023年後半にヘッドラインCPIが前年比2%台まで低下することを知っていたか?」である。短期ターミナルレートで粘る期間を長くすると、その間にインフレ率が政策金利の水準を下に切る。政策金利がインフレ率より低くていいのか、という問いに対してパウエル議長は11月FOMCの記者会見で「人々は政策金利と同じオーバーナイトでお金を借りるわけではないから、カーブを見ないといけない」と諭していたので政策金利とインフレ率を比較する意味はないが、実質政策金利がプラス域に浮上すること自体は象徴にはなる。そしてその後ヘッドラインCPI前年比が急速に沈下するのにつれて実質政策金利も急速に跳ね上がるだろう。
Trump and Powell
 本ブログが既に述べてきたように、2023年中の利下げ織込みを打ち消そうと思うならFedは"Data Dependent"を捨てないといけない。つまり、たとえ2023年中にヘッドラインCPI /PCEが一時的に2%に近付いたとしても、財デフレは前年比効果であり一時的(Transitory)なので無視ないしは控除し、非シェルター・コアサービス業単体のインフレ率が2%に達するまで、ヘッドラインCPIを無視して政策金利を5%以上に据え置くと宣言することである。2023年中にヘッドライン・インフレ率が3%を割ることに触れながらアナウンスを行って初めて市場参加者と対等に土俵に立つことが許されるのである。代わりにそのムーヴを実際に実行すると後半生「インフレが収まったにもかかわらず過激な引締めを続行し、デフレとリセッションを招いた戦犯」として扱われる可能性がある。

Fedの擁護と2023年の乗り切り方

US IPO Bubble pops
FRED Senior Loan Officer
 本ブログは引締めの時間効果を発揮させるという発想そのものは正しいと考えており、「今回は期間そのものが金融政策の一部なので175日天下だった過去とは違う」と言えば済む話である。そしてそれがたとえ金融市場に信用されなかったとしても引締めの効果を大きく阻害するとも、ましてや1970年代の失敗の再来を招くとも思っていない。そもそも12月FOMCのドットチャートでも2024年中には1%の利下げを行うことになっているのだから、その一部が2023年中に染み出したところでどれほどの違いがあるのか。

 セカンダリー市場の変動による資産効果と労働力需給や物価との関係が曖昧である以上、重要なのはパンデミック後の金融緩和で増えた資金がQTで回収される前に民間部門が引き出せないようにすることである。プライマリー市場はセカンダリー市場ほど果敢に逆張りで遠い将来を見通せるわけではない。アポロがアウトルックで述べたようにハイイールド債とバンクローン調達は凍結されている。ハイイールド債は発行から償還までの期間短いため、数年後に金利が下がることが分かっていても意味がない。バンクローンも発行体と投資家が共に政策金利パスに自信が持てないと目線が合わない。シニア・ローン・オフィサーの貸出態度も厳しくなっており、S&P 500が多少上昇したくらいでは貸出は増えそうにない。IPOも凍結されているパンデミック後に最も増えたのが投資家に養われた高給ホワイトカラーであったことは既に取り上げた。この辺りさえ解凍されない限り金融引締めの効果は発揮され続ける。デュレーションが長い調達は高格付け社債と住宅ローンであり、特に近い将来の著しい金利低下を見通せるようになると、後でリファイナンスする前提で高金利でも住宅ローンを組む動きが出て来る。従って住宅バブル再来防止のためには政策金利をある程度の期間にわたって高く維持する必要であるが、それも住宅在庫が回復するまでの間である。こうしてみると確かにある程度の制限的な領域に達してからは制限度の高さよりもそこに滞在する期間に反応する変数の方が多そうである。
Dailyshot 3M-10y Yield spread
 2023年中の利下げ織込みへの批判は率直に言って短期金利市場には一顧だにされて来なかった。ロシアのウクライナ侵略が始まって以来、2023年末のFOMCの金融政策変更織込みは一瞬の例外も、一瞬の逡巡さえもなく常に利下げだった。不確実だったのはせいぜい、2023年年間を通してネット利上げとネット利下げのどちらかになるかだけである。金融政策の不確実性が最も高まったのは9月のインフレのコア化の時であったが、その時も利下げ織込みはチープなリセッションヘッジとして価値があった。実際が利上げに決まったとしてもせいぜい25bp幅にすぎない一方、万が一その間に急速なデフレ圧力を招くリセッションや金融システムが揺らぐようなイベントがあったら利下げ幅は100bp単位になるので、あまりにもオッズがよい。もっとも現実問題として、市場参加者の見通しの射程距離もFedとどっこいどっこいだった。1年後のビューを立てたところでCPIガチャに足元をすくわれてきたわけで、多少なりとも見通しのデュレーションを伸ばせるようになったのは11月以降である。その時になって、それまでただのリセッションヘッジだった利下げ織込みの綱渡りからの生還が確定したのである。長期債の投資家に至っては利下げ開始が2023年か2024年かについてはそもそも興味を持たなかった。朝三暮四だからである。政策金利と長期国債のスプレッド(3M -10y)は近年なかったレベルまでインバートした。今年か来年かはともかく、近い将来利下げサイクルが控えているとこれほど強い確信をもって断言できる場面は過去になかったからである。

 本ブログとしても2023年後半に利下げ(Fed Pivot)がやってくるのを疑ったことはないが、それでも今の織込みよりはライトな利下げになる(制限的な水準の範囲内に留まる)と思っている。2024年以降はコアCPI /PCEもヘッドラインCPI /PCEに向かって回帰するのだから、仮にヘッドラインCPIに釣られて2023年後半に大幅な利下げを行った場合は長期金利が上昇するリスクの方が大きいと考えている。しかしそれ以前の問題として、いざヘッドラインCPIが3%を割る局面になった時、それを信じてポジションを取っていなかった陣営に属しながら、Fedと共に財デフレは一時的(Transitory)であると叫んで粘り続ける or Fedに裏切られるのが相当精神的に辛い作業になってしまうのも理解できる。株式市場がその時にクラッシュしているならば利下げ催促はきつくなるだろうが、もし堅調なままだったら利下げの喫緊性は少し低下する。株式指数は利下げ織込みのオートマチック・スタビライザーであり逆ではないのである。
Bloomberg US and EU FCI
 利下げ織込みとは別にとにかく金利カーブそのものを高く維持したいならば、下手に頭が悪いと思われる不確実性を高めるようなことをせず、ノン・リセッションを市場に織り込ませた方が、中国のリオープンも控えていることだし、遥かに長期金利が上がりやすくなる。現に8月はそうだった。その方が株式指数のバリュエーションが上がりづらくなるし、たとえ上がったにしてもIPOバブルの再開は遠いだろう。インフレ気味の環境下でマージンが厚くキャッシュを稼いでいる企業が大勢あるのに、どうして黒字化の目途も立っていない偉そうな人の夢物語を聞きに行かないといけないのか。金融引締めサイクルの最も緊張感が高い時期を我々が既に通過したことは間違いない。グローバルにおける金融政策の不確実性の震源はFedから完全にECBと日銀にシフトする。米国10年金利の4%超えは伝説となり、まるで麒麟のように、この目で見た人は武勇伝として今後長らく語り継ぐことになるだろう。

関連記事

Minutes of the Federal Open Market Committee December 13–14, 2022
Minutes of the Federal Open Market Committee November 1–2, 2022 
Transcript of Chair Powell’s Press Conference November 2, 2022 

Energy and the Outlook for the Economy and Monetary Policy: Esther L. George 

Global Supply Chain Pressure Index (GSCPI): NY Fed 
Disentangling Rent Index Differences: Data, Methods, and Scope: Cleveland Fed
Retirements, Net Worth, and the Fall and Rise of Labor Force Participation: St Louis Fed

これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。


この記事は投資行動を推奨するものではありません。