NYTimes bank failures by total assets
 3月FOMC直前のブラックアウト期間に、シリコンバレー銀行(SVB, SIVB)の破綻が金融システムを震撼させた。話題になり始めてから一週間以内に資産規模で全米16位であったSIVBは破綻した。2008年のワシントン・ミューチュアルに続く大型破綻となったシリコンバレー近辺の生態系との関係については詳しい人間に譲るとして、本記事ではマクロ環境と金融政策への影響を中心に取り上げる。

SIVBの栄枯盛衰

JPMAM SIVB asset growth tracks IPO cycle
 2021年のIPOバブルをきっかけにSIVBのバランスシートは爆発的に拡張した。圧倒的な金余りを背景にシリコンバレーのスタートアップにVCファンドなどからの投資資金が集中したが、その多くはSIVBに預けられた。VCファンドの投資が着金するまでのブリッジローンや、自ら貸したベンチャーデットを両建てで預金してもらっていた。急増した預金をSIVBは米国債やMBSなどの債券で余資運用していたが、2022年後半になると急速な金利上昇で債券ポートフォリオには巨額の含み損が発生した。銀行の債券ポジションのうち、満期保有(HTM, Hold to maturity)と決意している分については時価評価しなくてもよかった。もちろん決意とは言い張ればいいものではなく、HTM勘定の債券を途中で売却するとHTMポートフォリオ全体についても満期保有の意図と能力に疑念を持たれる。SIVBは米国債の多くをAFS(Available for sales)勘定に置いて時価評価していた一方、MBSの多くをHTM勘定に入れて時価評価を回避していた。

 その状態でSIVBは預金流出に見舞われた。Fedの引締めサイクル入りに伴いVCファンドからの投資が続かなくなり、赤字スタートアップが預金を取り崩し始めた(Cash burn)のが最初のきっかけであったと思われる。3月に入って有名VC投資家のピーター・ティールがファンドの預金を大々的に引き揚げ、また投資先の企業群にもそうするようアドバイスしたことで取り付け騒ぎ(Bank Run)は一気に加速した。SIVBは預金流出対応のためにAFS勘定を大々的に取り崩し始めた。HTM勘定のMBSまで売却した形跡はないが、もしAFSを売り切ってHTMに手を付ければHTMポートフォリオの時価評価化でSIVBは債務超過に陥る。
Axios SP Global uninsured deposits
 米国の預金保険制度は世界恐慌以来100年近い歴史を有しており、銀行が破綻しても1人あたり250kまでFDIC(Federal Deposit Insurance Corporation, 連邦預金保険公社)によって保証されている。しかしSIVBの預金は保険にカバーされない企業の大口預金が多かった。ピーター・ティールのバンクランに加え、8日に債券売却と共にGSが取りまとめようとした増資の失敗を受けて、9日に預金全体の24%に相当する42bnが一気に引き出され、10日にはFDICの保護下に置かれて閉鎖された。
GS bank withdrawals search
 (構図自体は古典的なバンクランだったものの)デジタル時代のバンクランのペースは想像以上であり、「史上初の、ツイッターで煽られた取り付け騒ぎだった」とも表現された。バンクランがたまたま木曜に起きたので金月処理が可能だったが、もし週前半に起きたら目も当てられない。従って第二の取り付け騒ぎをFedを含む当局が許容するはずがなかったSIVBの特殊性について説教を垂れている場合ではない

 FDIC管理下に置かれたSIVBは流動性の枯渇に加え債務超過だったものの、こと債券ポートフォリオの含み損に限っては管理可能であった。GFCの時に問題になった流動性が薄いトキシックな資産と違って、国債とMBSは価格が透明な安全資産であり、投げ売りによって値崩れしない程度には流動性が高く、現金化が簡単だった。2022年末時点でSIVBの預金総額173bnに対してHTMポートフォリオの含み損は15bn程度、CET1資本が14bnあったので債務超過は微々たるものであった。この時点でどう転んでも保険制度外の預金の大半も守られることは予想できた。更にホールディングス発行の社債7bnを毀損させれば預金負債の穴は完全に埋められる。従ってFDIC管理下で預金引出しを制限している間に買い手を見つけられば保険制度外の預金も傷付かないし、極論見つからなくても問題なかった。現に一週間以上経った今でも英国支店以外の買い手は見つかっていない。預金を守るのに税金投入が必要になった場合は州議会の承認が必要だった。預金凍結が続けば(例えば一部の預金がSVIBで捕まって信用が揺らいだ仮想通貨ファウンデーションが残りの預金を置いている)他の銀行にもバンクランが伝播するので、FDICとFedはシステミックリスクを防ぐための例外措置として保険制度内と保険制度外の双方の預金の保証を決定し週明け早々に全ての預金引出しを解凍した。深刻な銀行危機の伝播はSignature Bank (SBNY)とFirst Republic Bank (FRC)に限られ、仮想通貨業界の預金が多かった前者は翌週FDICの管理下に置かれたFRCには大手銀が逃避してきた預金を奉加帳方式で預け直した
JPM CRE loans outstanding
 バンクランの背後には債券ポートフォリオの運用損に加え、赤字テックへの貸出をはじめとするローン・ポートフォリオの毀損への懸念もあるのではないか、という問いについては、SIVBに限っては当局が土日の間に「税金を投入せずに預金を全額保護できる」と即断したことはその可能性が排除されていたことを示す。ローン・ポートフォリオの過半を占めるブリッジローンはVC/PEファンド向けクレジットである。もっとも銀行経営にスポットライトが当たったことによって、ローン・ポートフォリオの毀損は一気に話題に上がりやすくなる。例えばSBNYが救済買収される時、クソ物件NYの集合住宅を担保とする11bnのローン債権は有害廃棄物などと言われて除外された

SIVBの普遍性:HTM債券ポートの含み損

Statistica historical hike cycles
 なぜ史上初めて貸出先の信用リスクではなく、金利リスクのミスマッチのみで破綻した銀行が出たのか。答えは簡単であり、かつてないペースでFedの利上げが進んだからである。満期がない株式と違って債券ポートフォリオにはデュレーションという寿命があり、投資した後に市中金利が上昇しても償還で逃げ切れるので、時間が経つにつれて償還再投資で利回りは改善する。しかし今回、調達コストの上昇はあまりにも急に起きた。住宅ローン金利が急速に上昇すると低金利時代に借りた既存の借り手は繰上げ償還を止めるため、それを束ねたMBSのデュレーションが伸びて資金回収が更に遠ざかった(ネガティブ・コンベクシティ)。MBSの運用利回りが1.6%にすぎなかったにもかかわらず、SIVBは預金金利を4%まで引き上げざるを得なかった。そうなると会計上の含み損を実現させなくても逆ザヤで失血が続く。
JPMAM CET1 adjusted for unrealized losses
JPMAM unrealized securities loss
 よその銀行でもHTMの中に隠された損失があるのではないか、と疑心暗鬼になる場面は長続きしなかった。HTMポートフォリオの含み損は公表されており概ね透明だったからである。どの銀行も多かれ少なかれ債券の含み損を抱えており、抱え方はスペクトル状に分布している。急増した預金を全て直ちに貸出に向けるのは不可能だし、ゼロ金利時代のFedに預けても0.1%しかもらえないので、多かれ少なかれ債券運用に振り替えるのは自然な動きであった。またマクロには全銀行が全ての預金を貸出に回すことはあり得ない。それに近い行為を行っていたら「貸出→その資金は自行か他行の預金になる→更に貸出」の信用創造で更にインフレ圧力が加速していたに違いないし、逆に今頃中小銀行は債券売却の代わりに強烈な貸し剥がしを行っていたに違いない。債券運用は信用創造にも歯止めを掛けた正しい集団行動であり、個別行のミクロな問題ではない。またミクロでもたくさん集まればそれがマクロになる。悪いのはあくまでも極端な金融緩和をいつまでも続けたFedと、選挙民を買収するために巨額の給付金をばら撒いたバイデン政権である
SVB Assets and Liabilities
 SIVBだけが特別に債券運用が下手だったわけではない。債券ポートフォリオのコストがやたらと悪いのは、預金が急増したのが金利が低かった2021年だったことにパッシブに対応する。しかし2022年になってスタートアップ不況に伴いBS拡張が急停止した後も、預金流出への転落に備えてキャッシュを厚く積み増した形跡がないのは非難に値するだろう。HTMポートフォリオを簡単に取り崩せないのは仕方ないとして、貸出は追い貸しで逆に増えている。

 地銀業界の派手な債券投資含み損はどうしてSIVB破綻が現実化するまでモニターされてこなかったのか。リーマン・ショックの再発防止を目的とするドッド・フランク法をトランプ政権が2018年に改正した際、Fedによるストレステストの対象になる銀行の要件が、連結総資産50bn以上から250bn以上に引き上げられた。総資産209bnのSIVBと110bnのSBNYはちょうどこの隙間に収まる。今後はこの規模の地銀への規制が強化されると思われ、それは貸出と証券投資の萎縮を意味し、将来の信用収縮に繋がりやすい。

SIVBの特殊性:大口預金への依存

JPMAM SIVB BS funding
JPMAM SIVB BS and deposits
 冒頭の保険外預金比率の高さも示唆するように、ファンディングを逃げ足が速い大口預金に依存していたのはSIVBのケースに認められる特殊性である。より粘着的で、行動パターンが分散されている小口の個人預金が多ければ預金金利引上げは緩慢でも許されるし、大口預金を抜かれて詰むリスクは低くなる。特にSIVBの企業預金の持ち主の大半はシリコンバレーの赤字テックであり、何も意識して抜かなくても、新たなラウンドの投資が着金しないと日々の赤字で預金は減っていく。伝統的な銀行業務で集めた個人預金は全体の7%しかなかった。
JPMAM SIVB loan to deposit ratios
US Banks uninsured deposits
 大口預金への依存度の高さもスペクトル状に分布しており、SIVBと共にリテール預金が少ない仲間であるSBNYとFRCは——債券の含み損が大したことなかったにもかかわらず——危機に瀕したし、逆に小口預金が厚いバンカメなどは派手に債券投資の含み損を抱えていても信用を失うことはなかった。債券投資の含み損問題単体では銀行危機が拡散する余地はあまりない。とはいえ銀行セクターの資本増強が必要とは薄っすら思われたはずで、そこでたまたまCSが資本増強に失敗したとの憶測が流れたため、銀行の経営不安懸念が一気に欧州大陸のG-SIBsまで広がることになる。

量か、金利か

Fed Balance Sheet trends
 地銀危機を招いたのがFedの急速な引締めだったのは明白だが、具体的に何が問題だったのか。銀行セクター全体の預金が足りなくなったかというと、当然そんなことはない。民間銀行がFedに預ける準備預金をヒストリカルに見ていくと、QE3で3兆ドル弱まで増えた後にQT1で1.5兆ドルまで減った時点で準備預金不足が目立ち始め、2019年のレポ・ショックを経てnot QEに雪崩れ込んだ。2020年のパンデミックではQE4と給付金の振込みに伴う銀行預金の急増によって準備預金は4兆ドルまで急増し、QE4が終わる直前の2021年年末にピークを打った。そこから証券投資への振り替えやQT2と共に減り始めたものの、今でも3兆ドルがFedに預けられて準備預金付利(IORB)を受け取っている。2019年当時の1.5兆ドルという数字は準備預金の下限としてトラウマと共に記憶されているが、その後の4年間でGDPが120%になったことを勘案しても下限はせいぜい1.8兆ドルであり、マクロレベルでインターバンクで資金が逼迫するような局面にはほど遠い。QTが始まったばかりなのに近かったらたまったものではない。
TSLombard Small bank and Large Bank Reserves
TS Lombard Small banks borrowings
 問題はあくまでも預金の偏在である2月の時点から中小銀行の苦境を取り上げて来たTS Lombardによると、全米25大銀行は依然使い道のない預金を大々的にFedの当預口座に置いている一方、それ以外の中小銀行の準備預金は2022年中にわたって急速に取り崩され、2023年に入るとほとんど枯渇している。「全体として」中小銀行が急速な預金流出に対して持っているバッファは薄くなっていることが示唆される。

 SIVBは昨年「Fedに続く最後から2番目の貸し手 "Lender of Next-of-last resort"」とも呼ばれる連邦住宅貸付銀行(FHLB, Federal Home Loan Bank)に駆け込んで15bnほどの低利貸付(Advance)を受けている。しかし低利貸付とは言っても政策金利より低金利になるわけではなく、負債が預金からFHLBアドバンスに振り替えると負債コストは上昇した。破綻前にSIVBが最後の貸し手(LLR, Lender of Last Resort)であるFedのPrimary Credit Programにアクセスできるディスカウント・ウィンドウに駆け込まなかった理由はスティグマ(経営危機の印象を世間に広めてしまうと一層苦しくなる)とも言われている。確かにFHLBの方は大手銀行も大々的に利用しているためスティグマは発生せず、従ってSIVBの行動をスティグマで整合的に説明できる。しかしそれも瑣末な問題であり、恐らく流出した預金が二度と戻って来ないことをよく理解していたSIVBは、逆ザヤになる高金利での資金借入れによるそれ以上の延命を選択せず、債券ポートフォリオの処分を決断した。

 9日朝からバンクランに直面したSIVBは改めてSFのFHLBに20bnの貸付を要求したが、FHLBは債券を発行して資金を調達しないとまとまった資金を出せないのでその日には間に合わず、次にカストディのNYメロンを通してディスカウント・ウィンドウにアクセスしようとしたが、それもまたFedのカットオフに間に合わず、SIVBは9日を1bnのネガティブ・キャッシュバランスで引けてしまった。10日には流動性が着金しそうだったが、銀行は規制当局によって閉鎖された。このテクニカル色が強い破綻の経緯を見ても明らかに「アクセスできる流動性の総量」に問題があったとは思われない。従ってQT2が行き過ぎていたわけでは全くない。問題はあくまでも高すぎる金利であった。

預金引揚げと信用収縮

Bloomberg MMF outstanding
 バンクランの面倒な点は預金を移さないリスクと比べて預金を移す行為に、ピーター・ティールの言う通りダウンサイドがなく、手間くらいしかないところである。預金は当然中小銀行から巨大銀行へと移動したBofAは数日のうちに15bnの預金を受け入れた滑稽なことにドイツ銀行にさえ「質への逃避」で預金が流入したMMFにも同様に資金が殺到した
BofA online Bank deposit rate
JPMAM US bank deposits drawdown and yield
 中小銀行への預金の信用リスクが顕在化しているにもかかわらず、ほぼ元本保証のMMFと対比しても——便利なだけで——利回りが大して魅力的でないことは、両者の棲み分けの均衡が崩れやすいものであることを示す。もっともその割りには、今のところ逃げ足が速いのはあくまでも企業預金であり、預金保険で守られる個人預金の流失が目立っているわけではない。
TS Lombard Loan to Deposit
GS small banks lending
 中小銀行から巨大銀行、更にMMFへの資金移動は信用収縮である。良くも悪くも中小銀行は規制が緩いためアグレッシブに貸出を行っており、預貸率は中小銀行の方が巨大銀行より遥かに高い。GSによると総資産250bnの中小銀行は全米の商工ローン貸出の50%、住宅ローンの60%、商業不動産貸出の80%、消費者ローンの45%を担っている。積極的な貸出を通じて信用創造を行ってきた中小銀行から預金が抜かれて、特段預金を歓迎していない巨大銀行に移動して準備預金としてFedに打ち返されたり、或いはそこの窓口でMMF購入を勧められてRRPを通してFedに回収されると金融引締め効果を持つ。RRPや準備預金は金融緩和の中で日本化した部分であるとも言え、それが存在するだけではインフレを招かない。
GS SLOOS and GDP
BofA tighter lending standards
 貸出の大半を占める中小銀行の預金流出及び経営の慎重化は貸出態度のタイトニングを通してM2を一層減少させると思われ、中小企業の資金繰りが苦しくなると共にインフレ圧力は減退するだろう。
Bloomberg US FCI
 これはフィナンシャル・コンディションなどという誰でも好き勝手にこねくり回せる机上の空論よりも遥かに重要で直截的な動きである。実際フィナンシャル・コンディションはかくも後から節操なく動くので、こんなものをベンチマークにしていたら大事なものを色々と見失う。

not QEと帰ってきたパブロフの犬

 流動性枯渇に対処するためにFedは3/12に既存のディスカウント・ウィンドウに加え、銀行が保有する債券を担保として差し出せば1年OIS +10bpの固定金利で資金を貸し出すBank Term Funding Program(BTFP)を新たに導入した。JPMはBTFPが供給する流動性が最大2兆ドルに上る可能性を取り上げたがこのヘッドラインの打ち方は極端であり、実際の利用額予想は460bn程度である。BTFPはFHLBアドバンスよりコストが低く、有担保ではあるが、金利上昇で額面割れになった債券を差し出しても額面で貸してくれるため、一部は無担保の資金供給である。今は短期金利が高いため本当に必要な銀行しか手を出さないだろうが、例えば将来の利下げで1y OIS +10bpの仕上がりレートが低下した場合はファンディングツールとして利用が伸びる可能性がある。政策の継続は2024年3月までしかコミットされていないが、少なくとも今後1年間はもしアグレッシブな利下げがあればそれはFed BSの更なる膨張に繋がる可能性が残るため、例えば政策金利が1年以内に3%を割れるような極端な利下げが行われるとは到底思われない。

 BTFPは上述の信用収縮を中立に向かって緩和する効果を持つ。中立に向かってというのは、畢竟預金ほどのチープファンディングではないため、それを原資に新たにアグレッシブに貸出を増やすほどではないということである。預金ファンディングより利ざやが悪いし、高い調達コストと見合うように貸出金利を引き上げたところで、貸出先の倒産懸念が高まるので引当金の積み増しで返って来る。足りない分を補うだけの機能に徹する限り、BTFPから新たな信用創造サイクルが回り出すわけではない。信用収縮を回避できるかどうかが問題なのである
TDS BTFP and discount window
 BTFPはFed BSに載るため「QTのペースダウンに繋がる」との観測が出ている。毎月95bnを上限とするQT2のペースに対して460bnでも小さくない額である。BTFPはよくBuy The Fxxking Pivotという語呂で記憶されているが、pivotモーメントどころか、我々は2019年のnot QEモーメントを既に通過したということになるかもしれない。言うまでもなく、BTFPなりディスカウント・ウィンドウなりで借り入れた資金を直接株式投資に使う銀行はほとんどない。従って株式市場でこれをQEと扱う動きを否定する声が上がるのは正しいし、実際それはnot QEである。もっとも、2019年後半の株式爆騰を招いたnot QEも同様であった。Fed BSの大きさを見て株式を売買するパブロフの犬にとって金融緩和の中身は気にならないのである。

Fed BS再拡張の中身

BofA Discount window borrowing
 実際3/15の週にFed BSからの借入れは爆増(+303bn)した。これは今まで1年近くかけて進んだQT2の半分を巻き戻す規模である。急速な利上げで金融システムに穴を開けた結果、それを埋めるためにQT2によるFed BS縮小が妨害された展開はジョージ派を激怒させたことだろう。もっとも冷静に見てBTFP自体の利用は銀行側のシステム未整備などで大して伸びておらず(+12bn)、代わりに今更スティグマを恐れなくなったのか、BTFPを使えるようになるまでの繋ぎか、或いはSIVB事件を見て予備的に流動性を積む必要性を感じたか、従来のディスカウント・ウィンドウの利用(+148bn)が伸びた。更に破綻した2行を管理するFDICが預金流出に対処するためのFedからのブリッジローンが143bnあった。FDIC分は破綻処理が終われば返ってくるため、見かけほどの伸び方ではない。
WSJ Nick assets change by Fed banks
 地区で言うと、3/15の週で資産が大幅に増えた連銀はNY連銀とサンフランシスコ連銀である。NY地区の55bnはSBNYと思われ、FDICへの143bnから55bnを引いた88bnはSF地区のSIVB分となる。FRCは109bn借り入れたと公表しているため、SIVBとFRCで合わせて197bnとなる。SF地区の233bnのうち残り36bnほどはこれまでヘッドラインに名前が挙がっていない銀行による借入れであった可能性が高い。

政策金利パスへの影響

Bloomberg WIRP
 本ブログのメインテーゼの一つと言ってもよいほど常々強調してきたように、金融システムが著しい不確実性に晒された時、Fedが区々たるインフレの対処を優先することはない大西洋を隔てたイギリスの年金危機でさえ——インフレ退治に全く進捗がなかった段階から——Fedの利上げ幅を75bpから50bpに縮小させたことを考えると、最初に地銀の経営危機のヘッドラインが流れた瞬間以降、少しでも3月の50bp利上げを信じ続けたとすればそれは金融政策への理解が全く欠落している。銀行危機に対処する作業が続いている間、Fedがインフレ退治ごときのために新たな不確実性を金融市場に添加することはない。つまりこれまでの「市場が進めてきた利上げ織込みをよもやFedが巻き戻すことはない」「何なら故意に不確実性を添加することを厭わない」一方通行レジームから「織込みを変に動かさない」ペイシェント・レジームに変質するだろう。全てがブラックアウト期間に起きたため3月FOMCについては25bpに近い利上げ織込みが健在であり、今更据置いてもパニックを蒸し返すことになるため25bp利上げを粛々と行った方がよい。しかし利上げの効果が既に金融システムの中核に届いており、信用収縮を防ぐために流動性供給を行ったくらいなので、今回は2018年12月と同じ性質の記念利上げということになりそうだ。テクニカルには——今回やるかどうかはともかく——FedとしてはMMFから銀行預金へのシフトをそれとなく誘導したいと思われるため、どこかでRRPを相対的に低め誘導してRRP -IORBのコリドーを拡げるべきである。
BofA 2y rates move
 直近の金融政策パス織込みの極端な値動きは、早期の利下げ織込みにチャレンジし、利上げ加速にベットしていた勢が勝手にロスカットに追い込まれた結果であり、必ずしも額面通り受け取る必要はない。本ブログが常々述べて来たように利下げベットはチープ・リセッションヘッジにもなるが、その場合は問題の処理が進むにつれて徐々に剥落するだろう。デュレーションはリセッションヘッジにならないとの声が年初は大勢を占めたが、もはや改めて批判するのも紙面が惜しい。根強かった年末利下げ織込みへの批判については既に棺に釘が打たれたことに気付くべきだ。「SIVBは特殊な例であり、利上げサイクルを舐めてかかって間違った債券運用で損したのが悪い。無視して粛々とインフレ退治を進めるべきだ」などという見当違いな批判をしている間に、利上げ加速にベットするポジションは棺の外に這い出す最後のウィンドウを逸したのである。
GS Outstanding Mortgage interest rates
 これまでのFedの利上げは量とタイムラグのおかげで必ずしも線形には効いて来なかった。家計は固定金利住宅ローンで将来にわたって低金利を固定しており、企業も低金利での長期社債発行によってある程度の将来の調達コストを固定している。銀行でさえ、圧倒的な預金過剰で預金金利を上げずに済んできた。どのプレーヤーも調達コストが上がっていなかったのである。転嫁されたデュレーションで損失を蒙ったのはMBSや国債・社債の投資家であり、そのうち一部は海外投資家に移転されたので問題ないものの、一部は米銀に残っていたため、最初に火を噴いたのが——例えばサービスセクターなどではなく——銀行であったのは自然な流れである。預金流出も預金金利の上昇は利上げ効果の非連続的な発現のプロローグになったのである。

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