FRED Large and Small bank deposit
Apollo bank deposit delcine
 シリコンバレー銀行(SIVB)の破綻をはじめとする米国の中小銀行危機がFedのnot QEモーメントに繋がったことは前回の記事で述べた。前回の記事は混乱の中で定性的に今後の推移を推測して羅列したが、その後現実の資金に関するデータが出揃ったためショックの後の展開を改めて追うことができる。SIVBが炎上した週は中小銀行から大手銀行への預金シフトが目立ったが、それ以降はストーリー化できるほどの鮮明なトレンドがない。およそ言えるのは2週間にわたって激しい預金流出が続いたがその後は小康状態になっているということである。
GS search of bank withdrawal
 オンライン検索頻度も地銀や、銀行預金の安全性についての懸念が概ね一過性であったことを示唆する。
GS Bank Deposit to MMF
FT MMF inflows and RRP
 MMFへの資金流入は月次で見ると給付金が大々的に配られた2020年並みのペースとなった前回の記事でも述べたように、預金が余っている巨大銀行がFedに超過準備として積んでいた預金がMMFに移動してRRPに変わるだけならニュートラルだが、最も有機的にクレジットを供給している中小銀行から最も無機的なMMFへのシフトは信用収縮である。
BofA deposit cost
 MMFに引っ張られる形で銀行預金コストはようやく上昇を始めた。銀行によって大幅なバラつきがあるものの、一般的に預金金利はMMFに対してあまりにも競争力が弱い。代わりにMMFは引出しに1日以上の時間がかかる。それが消費に制限を掛けることになりインフレ鎮火に繋がるとの観測まであるが、本ブログから見ると論点はそこではなくあくまでも運用側の信用収縮である。

中小銀行のファンディング

WSJ Fed Discount Window, BTFP
 預金を失った中小銀行のファンディング状況としては、BTFPは銀行側のシステム整備が済んだためか、急増したディスカウント・ウィンドウを置換しつつある。これは全てがまだ流動的だった1週目のデータに対する本ブログの解釈通りとなっており、中小銀行の取り付け騒ぎに伴う資金不足がそれ以降拡大の様相を見せていないことを示唆する。これは上の預金総額のデータと同一の示唆であり「小康状態」というところだろう。DWを使うにしろBTFPを使うにしろ、この150bnの分の調達コストは高止まりするので、中小銀行は政策金利よりも運用利回りが低い保有資産を取り崩そうとする
GS Banks Borrowing from Discount window BTFP FHLB
 なおこれは "Lender of Last Resort"であるFedの分であるが、LLRを大々的に使えるようになったため"Lender of Next-of-last resort"のFHLBも用済みになりつつある。FHLBは個別銀行から借入れ要請を受けて短期債をT+0で発行して資金を市場から調達する(SIVBはこのプロセスに間に合わなかったようだ)ためFHLBの短期債発行額はFHLBアドバンス利用額のプロキシになるが、こちらは3/17の週に153bnでピークを打ち、3/24の週が34.2bn、3/31の週が17.6bnと急速に萎んでいる。もっとも、FHLBが発行する短期債の満期は「1日から1年」となっているが、大半を1週間レベルの短期債券で占めているとも思われず、従って新規発行額はストックの推移というよりフローの推移に近く、100bnの預金が銀行システムに戻って来たことを示唆しているわけではない。FHLBのデータはFedデータから描かれる全体像と矛盾するような新しいインプリケーションを何ら提供していない

預金減から貸出減に

FRED Large and Small bank loan
 預金流出は信用収縮に繋がると前回の記事は述べているが、現に米銀の貸出総額は中小銀行を中心に3月後半にかなりビビッドに減り始めている
FRED All deposit and loan
 これは預金流出フローそのものへのパッシブな対応ではなく経営判断と思われる。預金流出への対応はまずは流動性の高い証券売却によって賄われるし、預金が流入したはずの巨大銀行も(恐らく中小銀行の動きを先回りする形で)貸出を絞り始めている。従ってこれから銀行預金のうちの一部が戻ってきたとしても、それに対応する形で貸出も再び伸び始めるとはあまり思われない
FRED Fed H8 Index
 銀行の資産側については週次のFed H.8が詳しい。図では青の貸出総額と赤の証券保有が大分類であり、貸出は商工ローン、不動産ローン、消費者ローンに分類されるが、消費者ローンだけFREDで週次データを見付けられなかったためその中のクレジットカードローンで代替している。3月半ばまで増え続けていた商工ローン(黄緑)がSIVB危機をきっかけにタイムリーの収縮に向かい始めたのに引きずられてローン総額が減り始めたのが話題を呼んだ。もっとも累積で見るとそこまで激しく絞られたわけでもなく、クレカローン(水色)は借り手側の都合で決まるためか我が道を行っている。
NFIB small firms funding condition
 NFIBによると中小企業の融資の受けやすさが急速に悪化した。この悪化ペースは2022年後半から2023年2月までの水準から頭一つ抜けている。
SP Global Mar US bankruptcy fillings
 S&Pグローバルによると、3月の米国企業の倒産件数はパンデミック・クライシス以来の多さとなっており、Q1で見ると2010年以来の多さになっている。この数字は1, 2月のトレンドの延長上にあり、従って3月後半の信用収縮の結果というよりは高金利自体によるものであるが、今後は信用収縮の影響が加わる。このあたりの予想はこれからやって来る米銀決算コールで銀行経営陣から教わることになる。

3月FOMCが解説するクレジット・コンディション

 中小銀行危機の最中に開かれた3月FOMCは前回の記事の予想通り25bpの利上げを行った。3月FOMCのMVPワードは間違いなくcredit conditionである。1月FOMCでは出て来なかったこの言葉は3月FOMCの記者会見で実に10回も登場している。記者会見はやや緊張感を感じられる形で、経済より前にまずバンキング・セクターの堅牢性についてアピールするところから始まった。これを「バンキング・セクターの話題を切り離し、金融政策はあくまでもインフレ退治を優先する」と解釈する声もあったが的外れであり、なぜなら切り離されたのはあくまでも「中央銀行としての金融システム及び預金の安全性アピール」だけだからである。SIVBの特殊性も取り上げられたが、その文脈では特殊さを強調するのは当たり前であり、それとは別に中小銀行危機が招いた広範なクレジット・コンディションの議論は至るところで取り上げられた。

 2月の経済指標が軒並みホットだったので一時的にノン・リセッションが話題になり、またそれを引締めるのに3月50bp利上げが必要となる説さえも唱えられ、それに伴い米国の長期金利は一時4%を超えた。50bp利上げについては当然本ブログなどは「最初に地銀の経営危機のヘッドラインが流れた瞬間以降、少しでも3月の50bp利上げを信じ続けたとすればそれは金融政策への理解が全く欠落している」と否定的だったが、実際3月FOMCで議論されたのはあくまでも25bp利上げか据置きか、であった。記者会見の論理によると2月の経済指標は強かったものの、最近の金融システムのイベント(中小銀行危機)はよりタイトなクレジット・コンディションに繋がると信じられ、それが「少なくとも25bpの利上げ」に相当するため、今後は「継続的な利上げ(ongoing rate increases)」から「幾分かの追加的な引き締めが適切かもしれない(some additional policy firming may be appropriate)」とフォワードガイダンスを軟化させている。「クレジット・コンディションの経済への影響、労働市場、インフレーション」をモニターし評価するとのことであるが、この並びから優先順位を察するべきである。更にクレジット・コンディションの影響は実際に観測される必要もなく、予想ベースでも金融政策に影響を及ぼし得る。本ブログが常々唱えて来たように、金融システムが不確実性に晒された時、Fedは区々たるインフレごときを優先することはないのである。

 経済見通し(SEP)とドットチャートは当然年内利下げを否定し続けており、昨年12月対比で2023年末が5.1%でステイ、2024年年末は4.1%から4.3%にわずかに上昇、2025年年末は3.1%ステイとほとんど変わっていない。しかし元よりドットチャートは現時点の予想でしかなく、今後のデータに依存するものであることに留意すべきである。更に年内利下げの可能性についての質問に対するパウエル議長の回答は12月や1月のFOMCではきっぱりと否定していたのだが、3月FOMCでは「最も確からしいシナリオになった場合、参加者は年内利下げを見込んでいない。いつものように経済環境の推移には不確実性があり、金融政策はSEPに記した内容よりも現実に起きたことを反映することになるが、それはベースシナリオではない」とSEPの文言への過度な執着をむしろ否定するような煮え切らないものになっている。Fedよりも大胆に信用収縮のインパクトを予想できる立場にある我々から見ると、年内利下げの有り無し論争についてはこれで決着したと見てよいだろう。Team Pivotはもはやチームと表現されるような少数派ではないのである。

 一方パウエル議長は――やや緊張で噛みつつも――中小銀行の預金不足は準備預金不足を意味しないと説明した。これは前回の記事でも「マクロレベルでインターバンクで資金が逼迫するような局面にはほど遠い。QTが始まったばかりなのに近かったらたまったものではない」と結論付けた通りであり、問題はあくまでも預金の偏在なのである。登場した時からQT2は常にセンシティブな話題であったが、議長の説明の不慣れさを鑑みるに、QT2の修正は今回ほとんど俎上にも乗っていなかったように思われる。

フィナンシャル・コンディションの不完全性

 本ブログが執拗に批判してきたフィナンシャル・コンディション(FCI)についても、3月FOMCの記者会見では興味深い評価が見られた。フィナンシャル・コンディションはタイトニングしたが、これは金利水準や株価の変動にフォーカスした結果であり、貸出のコンディションはあまり考慮されていない。もし銀行貸出のコンディションにフォーカスすれば、もっとタイトになっているだろう。やはりFCIだけを見て引締めが足りないと考えるのは一面的だったのである。奇しくも数日後にブラード総裁もコラム寄稿でFCIのうち米ドル相場やクレジット・スプレッドは有用であるが、株価は「ボラタイルでありFCIを上下に大きく動かすが、それはその時バリュエーションの問題でしかなく、金融政策の影響を推測する時にあまり有用なチャネルではない」と否定している。3月上旬の金融ストレスの高まりをFCIが捉え損ねたのをブラードは問題視した。これらの議論をもって「S&P 500が上がるとFCIが緩んでパウエルが怒る」などという浅薄な都市伝説も完全に葬り去られたと判断すべきである。

 2023年のヘッドラインの多さと深刻さと比べて株式相場が概ね平穏だったのはやはり、Fedが退化させていた先見性を復活させつつあることがデュレーション・リスクのヘッジ機能の復活に繋がったためである。特に中小銀行危機はFedの先見性を大きく目覚めさせ、大幅なリスク・プレミアム拡大を大幅な金利低下がオフセットした。2月のノン・リセッション騒ぎと対応の必要性は3月FOMCで否定されたため、一時期4%を付けたその時の長期金利水準も否定されたと見なして差し支えない。4%を付けたこと自体はFedによる無理な誘導の結果ではなく、金利市場が2月の経済指標を自律的に織り込んだ結果である。デュレーション・リスクのヘッジ機能が復活したこと自体が重要だったので、金利上昇にはリスク・プレミアムの縮小が伴い、金利上昇自体が株式市場のクラッシュを招くことはなかった。また3月FOMC時点と比べて今は不確実性がさすがに後退しているため、再びリスク・プレミアムの縮小に伴う金利の正常化があったとしてもそれはヘッジされた動きである。一方たとえ経済指標主導でも金利上昇は中小銀行危機と信用収縮を招いたため、やはり大局的に見て米国10年金利の4%超えは伝説であり、まるで麒麟のように、この目で見た人は武勇伝として今後長らく語り継ぐことになるだろう。

関連記事

Transcript of Chair Powell’s Press Conference March 22, 2023 
Transcript of Chair Powell’s Press Conference February 1, 2023 
Transcript of Chair Powell’s Press Conference December 14, 2022 

What Do Financial Conditions Indexes Tell Us? -James Bullard 

SIVBを人柱に金融政策はnot QEモーメントに突入

これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。


この記事は投資行動を推奨するものではありません。